平成15年1月


1月31日(金)

●スキーといえば北海道。官民合わせて数多くのスキー場が設けられ、メッカの名をほしいままにしているが、このところ言われるのがスキー人口の陰り。全道的にみてもリフトの利用実績、ツアー客の入り込み実績が落ち込んでいるという▼そういう臥牛子は函館で生活するようになって辞めた一人。「仕事に追われて」とも言えるし、「しばらく休んだら気持ちが萎えて」とも…。これといった理由らしき理由はないが、背景には時代が語る理由があると指摘されている▼ある識者の話では大きく三つあるようだ。一つは娯楽の多様化。二つ目は金がかかること。三つ目は少子化。言われてみると確かに…。景気の悪い今の時代、とりわけ金に関しては説得力がある。ウエアから用具一式そろえ、スキー場までの交通費やリフト代まで考えると大変▼それでなくても若者には携帯料金が重くのしかかる。それに加え将来も背負っていく少子化という時代が抱える課題。これらの影響が表れ始めたということだろう、残念ながら現実に閉鎖するスキー場が出てしまった▼毎年道内のトップを切ることで知られる札幌近郊の中山峠、地元の横津岳もそうだ。このほか赤字に転落のスキー場もあると聞く。対策のキーワードは底辺の拡大だが、それは「スキー場も待てばいい時代から、愛好者を育てることに意を用いる時代」を迎えていることを物語っている。(H)


1月30日(木)

●私たちが口にする魚の種類は実に豊富。季節を問わず入手できるようになって「旬」という語感が薄れている。魚の「旬」の定義はややあいまいだが、「旬の魚はなぜうまい」(岩波新書・岩井保著)ではこう表現されている▼「大まかには産卵期直前の脂質含量がピークになる季節が一つの目安になる」と。その「旬」を歳時記などに収録されている俳句で見ると…。春のタイ、夏のカツオ、アユ、秋のサンマ、サバ、サケ、冬のブリ、フグ、アンコウなどが登場する▼実際に魚種は豊富で、わが国の淡水、近海に生息する魚は3800種以上を数える。振り返ると、戦後、漁船の性能と漁獲技術が著しく向上、冷凍・冷蔵設備が整い、魚場は沿岸から沖合い、遠洋へと広がった▼それは需要があったということ。つまりそれだけ食べていたわけで、日本人の動物たんぱく質摂取量の70%は水産物だった時代がある。ところが、経済の高度成長時代に様変わりし始め、1976年以降は50%を割って畜産物が主役の座に…▼魚食の伝統は崩れたが、その背景として日本人の生活スタイル、とりわけ住の変化が指摘されている。気密性が高い住居は魚の匂いや煙、内臓や骨などの生ごみを嫌うし、家事の省力化と食の洋風化は調理が面倒な魚を敬遠しがち、ということに▼だが、ここにきて魚が見直されている。畜産物に重点を移した飽食傾向が成人病との関係を提起したことと無縁でないが、養殖を除いても動物たんぱく質を供給してくれる魚はまだまだ豊富。「魚に目を向け、魚を大事に」。函館からのメッセージとして発信したい。(T)


1月29日(水)

●文殊(もんじゅ)―釈尊の左に侍して知恵をつかさどる菩aカ。常に獅子に乗っており、中国の五台山がその浄土。高速増殖原型炉「もんじゅ」でナトリウム漏れ事故が発生した時、市民団体が「文殊菩aカの名前を使わないで」と核燃料サイクル開発機構に申し入れた▼市民団体の「『もんじゅ』は事故を起こした施設にふさわしくない。文殊の知恵で廃炉にした方がよい」に核燃側は「文殊の知恵で原子力エネルギーを安全に制御したい」と“禅問答”。その「もんじゅ」が高裁から「設置許可は無効、炉心崩壊の恐れもある」と宣告された▼商業用原発(軽水炉)の核燃料を再処理して取り出したプルトニウムを燃やす、その中心を担うのが高速増殖炉。燃えないウランとプルトニウムを燃やすことで、燃やした核燃料以上のプルトニウムが生産できる「夢の原子炉」。しかし、8年前のナトリウム漏れ火災事故で運転はストップしたまま▼判決では「ナトリウム漏れ事故の安全審査に重大な誤りがあり、原子炉設置許可は違法。安全性を一から見直せ」といい、廃炉を迫っている。高速増殖炉では、最先端を走ったフランスが停止し、イタリアが手を引き、ドイツが放棄し、アメリカがあきらめるなど、各国は二の足を踏んでいる▼素人考えで言うと、この判決は一旦足を踏み込むと抜けきれない、そんな国の思考に対する警鐘のよだ。泊原発3号機のヒアリングでもトラブル隠しなど国の対応への不信感が高かった。資源の少ない列島、エネルギーのリサイクル技術は不可欠。安全性を求めて、禅問答が必要。(M)


1月28日(火)

●観光地ならずとも派手な看板は不快感を覚えるもの。放置しているその都市の、住む人たちの感性が疑われかねない。だが、現実は…。欧州など住民意識も高く、規制も徹底されている諸外国に比べるまでもなく、わが国はこの分野の後進国▼かなり甘いが、それでも近年、規制の動きが高まりつつある。遅ればせながら。函館市も含まれるが、とりわけ神経を使うべきは歴史・文化的財産を有し、街並みも含めて観光資源となっている都市であり地域。何故か、それは全体がテーマパークと考えれば分かりやすい▼函館に限っても、観光都市を標榜している以上、街全体を規制の対象に考えるべきという意見もないわけでないが、それはともかく、せめて西部地区ぐらいは考えたい。確かに今は極端な看板こそないが、将来は保証の限りでない。手は今から討っておくべきである▼函館市も考えていたようで、その要望を受けた道も腰をあげた。屋外広告物条例の禁止地域に指定する意向という。対象となるのは西部地区の旧函館区公会堂や元町公園、ハリストス正教会など伝統的建造物群保存地区の一部約11ヘクタール。30日には住民説明会が予定されている▼さらに諮問機関の意見を求め3月中にも指定の運び。いろいろ意見はあろうが、「あの時、指定しておけばよかった」といった後悔だけはしたくない。美しい都市景観は地域のかけがえのない財産であり、将来さらに大きな財産になるのだから。(H)


1月27日(月)

●急な高熱、頭痛、関節痛、筋肉痛、全身の倦怠感…1カ月も早いペースでインフルエンザが猛威をふるい始めた。全国の患者は前年の6倍ともいわれる。道内の患者数も3000人を超え、先週の学級閉鎖は65校。函館でも昨冬を上回っており、来月中旬がピークとなる▼今冬のインフルエンザは、A香港型が主流で約2割がB香港型。特に体力のない子供や高齢者がかかり、死亡率の高い脳症・脳炎を併発しやすいという。発症から1日で容態が急変することもある。長野県の老人施設では7人が肺炎を併発し亡くなった▼インフルエンザで脳症を併発した香川県の小1の男児は病院に運ばれたが、けいれんを起こし意識がなく、回復しないまま死亡した(19日)。予防にはワクチンの接種が最も効果的といわれているが、その「抗ウイルス剤」も早い流行に追いつかず品不足。医療機関は薬の確保に躍起だ▼併発の脳炎・脳症には強い解熱剤を使うため4人に1人の割合で後遺症が残るといわれてきたが、最近は解熱剤の研究も進み死亡率は半減の傾向にあるようだ。ワクチン以外の予防法はインフルエンザにかかったかなと思ったら、まず休養と栄養を取ることだ。もちろん、手洗い、うがい励行▼風邪―「源氏物語」や「竹取物語」にも出てくる病名。昔から「風邪は万病の元」「風邪は百薬の長」と伝えられる。香港などで流行しているHI型ウイルスによる「はしか」も発症、「西ナイル熱」も日本に上陸する恐れが出ている。予防の徹底と早い受診で風邪のピークを乗り切ろう。(M)


1月26日(日)

●「時のアセス」の俎上に上がった最大の事業・日高横断道路の建設が凍結へと傾いている。道は先に、道政策評価委員会に「当分」という表現つきながら「新規の工事は行わない」とする評価調書案を提出したが、実質的にあとは知事判断を待つだけ▼日高と十勝は日高山脈に遮られている。そのため道路網は制限され、かつては黄金道路と通称される襟裳岬を回る路線だけという時代が。その後に日勝峠回りが出来たが、中央部にも、ということで計画されたのがこの道路。自然保護の観点から議論を呼んだのも記憶に新しい▼着工してすでに10年余の工事進捗率は40%。これから山懐に切り込む段階を迎える。だが、この間にもう一つ計画されていた通称天馬街道(広尾―浦河)が開通、現在3ルートが確保されている。とすれば「どうしても必要か」という議論が生まれて当然▼計画された時と現在では…。どんな事業にも言えることだが、時間がかかればかかるほど、置かれる環境は変化する。この道路もその典型的な事例。今後、完成までに30年ほどが見込まれ、予算も道費だけで500億円以上、さらに国費分も考えると…▼将来的な交通量の予測は難しい。例え「妥当な計画」「必要性あり」としても、ここで計画を抜本的に見直すことの意義は大きい。すっかり一般語化した「時のアセス」。堀知事が打ち出し、全国的に注目されたが、生みの親による“最後の判断”が間もなく下されようとしている。(A)


1月25日(土)

●新年度予算をはじめ重要法案を審議する国政の大舞台・通常国会が幕を開けた。本格論議はこれからだが、このところ政治への期待は湿りがち。それは投票率や各種世論調査に表れているが、衆院議長から異例の訓示を受ける現実は情けないの一言▼昨年の臨時国会は“無気力国会”と揶揄(やゆ)された。疲弊した経済の再建策が求められ、さらには北朝鮮の拉致問題などもあったのに委員会の出席率は最低で、記憶に残る論戦もないまま幕を閉じた。国費の無駄遣いとは言わないまでも、失望感を増幅させたことは確か▼衆院議長の訓示はこうした背景を踏まえたものだが、これ以上、信頼を失っては、という危機感を感じたからに違いない。ともかく国会議員には多額の歳費と公設秘書給与、政党には政党交付金(共産は申請せず)が支給されている。その金額たるや…▼2003年分の申請に基づく政党交付金の総額は317億円。自民の152億円を最高に、昨年末駆け込みで結成された保守新党も5億円ほど。議員歳費、公設秘書給与、政党交付金を合わせると、ざっと見積もって800億円。議会事務費、管理費などまで含めると膨大な金額になる▼そう考えると、国民がそれに見合った政治を求めて当然。ところが、期待に応えていると思えない、政治不信に拍車をかけているのはそんな思い。「この額も安い」とまで思わせてくれなくていい、せめて額に値する“仕事”ぐらいは…。今国会にその答えを求めたい。(A)


1月24日(金)

●飲酒運転で摘発される人が増えている。その人数、昨年1年間に道内では1万223人。一昨年に比べ2580人の増加というから際立っているが、あくまで取り締まりの結果であり、実態的には氷山の一角という見方が出来るのも現実▼それほどまでに多いということである。交通事故を減らそう、それは社会に提起されている課題であり、そのために求められるのがルールの厳守。速度を守る、無理な追い越しをしない…。細かく言えばまだまだあるが、中でも厳しく糾弾されて然るべきは酒を飲んでの運転▼「(酒に強いから)自分は大丈夫」「たいした量でないから」「少し醒ましたから」。飲んでハンドルを握る時は都合のいい理由をつけるが、いずれも自分を正当化する気安め。摘発された人のほとんどが酒気帯びという現実から、その意識が読み取れる▼道路交通法の改正で飲酒の基準を厳しくしたのは当然。飲酒運転が重大事故に結びつく危険性が高いのだから。本来なら「これは大変」とばかり摘発される人が減るはずだが、増えているということは…。潜在的な飲酒運転者が多い現実を物語っている▼ちょっとした不注意でも起きるのが交通事故。注意していたつもりでも…。ただし、飲酒はその範ちゅうでない。社会人としての基本が問われる行為。「飲んだら乗るな、乗るなら飲むな」。改めてこの標語をかみ締めよう、昨年の飲酒運転統計はこう問いかけている。(N)


1月23日(木)

●江戸時代の豪商として知られる高田屋嘉兵衛。功績は語り尽くせないほど挙げられ、今の世に伝えられている。経済界の礎を築く役割を担ったばかりか、地域に果たした多方面の貢献は特筆に価する。その嘉兵衛を偲ぶ足跡が函館に結構残っている▼その一つが嘉兵衛が造ったとされる井戸。10日ほど前に本紙で報じていたので記憶に新しいところだが、大火の多い函館に必要と考えて造ったとされる9カ所のうち、ただ1カ所、大町の高田屋本店跡にあるペンション「じょう蔵」の敷地内に現存している▼代々の居住者に使われ、ここ20年ほどは使われなくなっていたが、素晴らしいことに壊されることなく守られてきた。そして「じょう蔵」のオーナーが保存・活用の考えを打ち出したことで、蘇るのは時間の問題に▼意外と知られていないが、嘉兵衛の足跡が他にも…。「今こそ高田屋嘉兵衛の精神で」と題したトーク番組が昨年9月にあった。NHK第一の「道南ラジオ特集」で、語り合ったのは郷土史家の須藤隆仙さんと公立はこだて未来大教授の鈴木克也さん。その中で、さらに銅像やお墓などが“ゆかり”を交えて紹介された▼鈴木さんはこんな提言もしている。「嘉兵衛の素晴らしさを分かってもらいたい。教育面でも、観光面でも、分かってもらうためには形がいるということ」。理解しやすい、身近に感じる、確かにそうだ。井戸の保存・活用はそれを実践する取り組みであり、オーナーの英断に拍手を送りたい。(H)


1月22日(水)

●「ありがとう」の作文は書きましたか。考えていることを素直に表現すればよいのだが、いざ文章にすると意外と難しい。特に「愛情」に関しては。九州の知人から石川啄木の恋文をめぐるエピソードを聞いた▼啄木が東京で暮らしていた時、大分県臼杵市の味噌製造業の平山良太郎さんと恋文を交わした。平山さんが主宰していた短歌会と詩歌の添削などを通して交流があった。女性会員の一人が啄木から手紙で短歌の指導を受けていたのをうらやましく思い、女性名で啄木に手紙を書いたという▼啄木は「写真お恵み下さる由、鶴首して待上候(首を長くして…)」と返事。平山さんは京都の美人芸者の写真を同封したところ、「君。わが机の上にほほゑみ給うふ美しき君」「我は君をこよなく美しき人と思ひつ」など情熱的な手紙が届いた。女装の男性ファンに振り回された▼啄木も苦笑い…。この恋文は臼杵市の喫茶店で公開されている。「祖母の家庭菜園の大根、キュウリは曲がった形をしていますが、おいしい。何よりもびっしりと祖母の愛情が詰まっています」―昨年に続いて中学生作文コンクールに入選した澤口知歩(的場中3年)の作品▼「その地域にしかない良さを大事にし、愛情いっぱいの北海道を都会人の『心のふるさと』にしたい」と結んでいる。そして、愛情の呼びかけが嘘をつかない、盗まない、怠けない(インカ帝国の三つの規律)の心を育てる。拉致被害者のように我が子に懸命に呼びかけても届かないのは悲しい。(M)


1月21日(火)

●「ありがとう」の作文は書きましたか。考えていることを素直に表現すればよいのだが、いざ文章にすると意外と難しい。特に「愛情」に関しては。九州の知人から石川啄木の恋文をめぐるエピソードを聞いた▼啄木が東京で暮らしていた時、大分県臼杵市の味噌製造業の平山良太郎さんと恋文を交わした。平山さんが主宰していた短歌会と詩歌の添削などを通して交流があった。女性会員の一人が啄木から手紙で短歌の指導を受けていたのをうらやましく思い、女性名で啄木に手紙を書いたという▼啄木は「写真お恵み下さる由、鶴首して待上候(首を長くして…)」と返事。平山さんは京都の美人芸者の写真を同封したところ、「君。わが机の上にほほゑみ給うふ美しき君」「我は君をこよなく美しき人と思ひつ」など情熱的な手紙が届いた。女装の男性ファンに振り回された▼啄木も苦笑い…。この恋文は臼杵市の喫茶店で公開されている。「祖母の家庭菜園の大根、キュウリは曲がった形をしていますが、おいしい。何よりもびっしりと祖母の愛情が詰まっています」―昨年に続いて中学生作文コンクールに入選した澤口知歩(的場中3年)の作品▼「その地域にしかない良さを大事にし、愛情いっぱいの北海道を都会人の『心のふるさと』にしたい」と結んでいる。そして、愛情の呼びかけが嘘をつかない、盗まない、怠けない(インカ帝国の三つの規律)の心を育てる。拉致被害者のように我が子に懸命に呼びかけても届かないのは悲しい。(M)


1月20日(月)

●選挙のたびに低投票率が問題として提起される。そうなって久しいが、高まる動きは見られず、政治の危機という指摘もあながち大げさでない。それほどまでに深刻な事態ということだが、「何とかしなければ…」という思いを歌に託した人がいる▼その人は静岡県富士市に住む塾講師の清水登志男さん。「選挙は未来を託す人を選ぶ行為なのに、投票率が低いのは危険なこと。みんなで考えなくてはいけない」。その思いを共有してもらう方法として考えたのが歌での啓蒙。「選挙に行こう」はこうして誕生した▼低い投票率の選挙を例にとるのはいとも簡単。それほどに多いということだが、直近では昨年10月に行われた統一補選もしかり。補選ということで割り引いて考えるにしても、参院千葉では24・14%、衆院神奈川8区では33・66%、同大阪10区で41・45パーセントなど軒並み50%割れ▼大都市に限ったことでない。現実に函館も例外でないのだから。市長・市議、知事・道議員、衆院、参院など、平成に入ってから18回の各級選挙があったが、50%割れが6回、50%台が7回…。一昨年の参院選では全道最下位という汚名をいただいている▼積もり積もる政治不信。諦めの気持ちの行き着くところが棄権とも言われるが、それを容認しては…。政治は皆で進めるもの、その原点が選挙であり、低投票率は憂いるべき現実。清水さんは呼び掛ける。「選挙に行こう」。身近な統一地方選挙は3カ月後に迫っている。(A)


1月19日(日)

●函館で写真撮影が行われたのは1854年、ペリーの艦隊が入港した時と言われる。実際、艦隊の写真師・ブラウンがペリー応接役の松前藩士、松前勘解由ら3人と、ほかに女性3人を写している。広がるのはその後…▼1858年にロシア領事・ゴシケヴィッチらが函館に着任、後に医師・ゼレンスキーも赴任し、函館が輩出した著名な写真家・木津幸吉、田本研造らに写真を伝授した(佐藤清一「箱館写真のはじまり」五稜郭タワー株式会社)という記録が残っている▼木津幸吉は1859年、新潟県新発田から函館に来て、仕立屋を開業したが、写真に没頭し、新地新町(現船見町)に北海道最初の写場を開いた人物。そして1869年、明治2年だが、写真機材を田本に譲って東京へ移住して活躍している▼三重県出身の田本は、長崎で医学と化学を学び、1860年に函館に来たが、凍傷で壊疽(えそ)に。右足を切断したため医師を断念して写真の道に進んだという人物。レンズ、薬剤、用紙まで外国人に聞いたり、洋書を読んで研究するなど勉強家だった▼開拓使の事業の記録写真を引き受けたほか、北海道で初めて本格的な写真館を建て、多くの優秀な子弟を育てている。その田本に写真を勧めたのが択捉島生まれで、上海で写真術を習得した経歴を持つ横山松三郎…▼写真にまつわる人に触れてきたが、言いたかったのは、函館こそ幕末から明治にかけて日本の写真の基礎を築いていた地だということ。この史実をもっと知ってもらいたいし、知ってもらう努力も求められている。(T)


1月18日(土)

●食品、環境など生活全般に共通して要求されている「安心・安全」。とりわけ“食”については、注がれる目が厳しくなるばかり。それは紛れもなく農業生産地である本道に突きつけられている地域課題だが、その取り組み如何が将来の鍵を握っている▼わが国は“食”を確保することで精いっぱいの時代を経験した。その打開策として生産至上主義に立って生産現場の機械化を勧め、化学肥料をはじめ農薬の使用を促した結果、生産性は飛躍的に向上。一方で、輸入自由化によって外国産も入り乱れて今や種類も量も豊富に▼それは消費者が選別消費する時代を迎えたことを物語る現実であり、問いかけられているコンセプトは「体にやさしい食」。分かりやすく言えば「量もさることながら重視するのは質」ということ。時代は変わった。腰をあげた道の堀知事は本紙の新年対談でこう話している▼「生産、加工から流通、消費の各段階で安全・安心を確保できる仕組みを確立し、道産ブランドの信頼性を高める安心・安全フードシステムづくりを進める」。その具体策として検討しているのは、フランスの食品認証制度を参考にした道独自の認証制度づくり▼新年度からモデル事業を始め、2004年度から本格的にスタートさせる考え。こうした制度は、生産現場の透明性と第三者のお墨付きを求める消費者心理に応える道だが、そこで大事なのは安心・安全なものを作るという地域合意であり、求められるのは正直な、正確な情報の提供である。(N)


1月17日(金)

●防火で大切なのは極めて常識的な注意。「マッチ1本火事のもと」に代表されるが、それは消防士の目にも同じに映っている。防火標語が物語るように、火事はそのちょっとした不注意で起きるということ。実際に原因のほとんどがちょっとした不注意と放火…▼わが国には「地震・雷・火事・親父」という格言がある。親父を除いては今も通じるが、火事はそれだけ恐ろしいという意味。ともかく長年かけて築いてきた財産を根こそぎ持っていってしまうばかりか、隣近所にまで被害をもたらしかねないのだから頷ける▼対策は神経質なまでの注意と言われるが、大阪に本社のある株式会社モリタが行った消防士に対する防火アンケートの結果にも、それがかい間見える。例えば、実行してもらいたい防火対策だが、消防士が挙げているのは…▼「火を使っている時には目を離さない」「出かける時や就寝前の火の点検」「寝たばこをしない」など常識的なこと。逆に、これだけはやめてほしい、と求めているのは「自分は大丈夫」といった自己過信を含め、防火に対する甘い考え。そんな人が多い現実を言いたいのだと思われる▼その一方で、驚かされたのは今後増加すると予測される火災原因に対する答え。何とトップに挙げられているのは放火。しかも60%と群を抜いて。防火活動は地域で、と求められる理由はここにありそうだが、対策のキーワードとなる言葉は、いつの時代も注意と警戒。火災の少ない年であるように…。(H)


1月16日(木)

●人、組織、制度とそれぞれに歩みを重ね、節目の年が来る。函館・道南でも、毎年「…周年」などとうたった記事が紙面をにぎわすが、さて、今年は。個人的には、第80回を迎える赤光社(しゃっこうしゃ)公募美術展に関心を寄せる一人▼1921(大正10)年創立の赤光社美術協会が運営母体。その歴史は道展の78回、全道展の58回(ともに今年)を上回り、道内の美術公募展では最も長い時間を刻む。50(昭和25)年の第1回函館市文化賞、61(同36)年の道文化奨励賞受賞を挙げるまでもなく、地域の美術振興に果たしてきた役割は大▼田辺三重松、池谷寅一、岩船修三、橋本三郎…。毎年の展覧会プログラムに掲載される赤光社略史には、時の洋画壇を担った画家たちの名前が並ぶ。ここを足掛かりに、全道、全国へと活動の幅を広げた作家たちも少なくない▼現在の所属は会員68人、会友が36人。これだけで100人を超える大所帯だが、一方では、他の多くの文化団体と同様、高齢化が進み、「組織として新たな活力が生まれずらい」といった悩みも聞く。公募展離れが言われる中、若い世代をどう掘り起こしていくかも今後の課題だ▼そんな中で迎える今秋の記念展。特別な記念事業は現時点では予定はないようだが、そのエネルギーが展覧会に注がれると考えれば、むしろ歓迎すべきこと。“手弁当”で続いた80回の重み、そして赤光社としての未来への意気込みを、会場で感じ取りたい。1愛好者として今からそれを楽しみにしている。(J)


1月15日(水)

●牛が臥(ふ)せているように見えるところから、臥牛山と呼ばれる函館山。大渕玄一著の「函館の地史」(長門出版社)によると、火山が噴出して出来たものだが、今の姿は牛の主要な骨格部分だけが残っていて、皮や肉は失われた状況だという▼百万年単位の昔、まず寒川凝灰角礫岩層と呼ばれるものの上に、寒川火山噴出物層が噴出して古函館山が出来た。今の八幡山、水元山、牛の背がそうらしい。その後、古函館山は長期にわたって浸食され、立待岬溶岩、千畳敷溶岩、高竜寺山溶岩、御殿山溶岩などが噴出してこれと合体▼こうして現在の函館山の山体が造られたもので、一度の噴火で出来たわけではないという。同時に横津岳などの亀田山地も連動して動き、活動終息後も隆起や侵食を経て砂州が成長し、函館市街をのせている地盤が出来、函館山とつながったようだ▼函館山とは古さは比較にならないが、約2万年前、最終氷期の津軽海峡は白神岬と竜飛岬の間の海面が低下していて、つながっていたといわれる。今も海面下に浅い鞍部があり、そこを青函トンネルが走っている。函館山も津軽海峡も大切な自然の財産であり、観光の柱…▼その函館山について、大渕さんは崩落防止の工事などとは別に、山の個性を生かした標式的な岩や地層の見える露頭の保存を提案している。自然は後々の世代に引き渡さねばならない生活舞台。だから、そこに住む人は時には自然の歴史に思いをはせ、地の「理」にかなった生き方を考えるべき、と。確かにそうだ。頷くしかない。(T)


1月14日(火)

●いっ時、これは最高と思われても、何時の時代も人間はそれでよしとしない。次々と新しいものを生み出し続ける。機器に幾多もの例を見ることができるが、一時期を築いたワープロも…。すっかりパソコンにとって変わられ、遂に生産が中止される運命に▼仕事などで“世話”になった人は多いはず。日本語のワープロはそうそう簡単でない、と言われたが、東芝が初めて世に送り出したのは1978年。思い出すが、当時の機種は漢字のカートリッジを外付けで、使い勝手の悪かったこと。それが年々、進歩して…▼ともかく文書を書くならパソコンの比でない。今も根強い愛用者がいるというのも頷けるが、パソコンにその機能が付加されては勝ち目はなし。それは分かるが、あまりにも動きが早すぎる。わずか25年である。一般化してからはせいぜい10数年である▼生産のピークは90年度前後と言われるが、急速な普及の流れは85年度あたりからで年間200万台時代に。最高の89年度は270万台を出荷したという記録が残っている。各社がしのぎを削り、需要に生産が追いつかない機種も。だが、それもつかの間でしかなかった▼多機能に加え、インターネットが容易にできるにつれて、パソコンが急激にその座を脅かし始めたと思ったら、あっという間に…。3年ほど前から生産中止が現実となり、最後まで残っていたシャープからも見切りをつけられた。改めて手元にあるワープロが大事なものに思えてくる。(H)


1月13日(月)

●「インターンシップ」。直訳すると「実習訓練」ということだが、もう少しかみ砕いて一般的な表現としてなら「企業体験」が分かりいい。「高校生、大学生などが在学中に自らの専攻や将来の進路と関連した就業体験をする制度」を意味する▼通常用語としてすっかり定着した感があるが、実態的にどうかというと、まだまだ始まったばかり。企業にとっては優秀な人材確保の道が開け、学生らにとっては企業の業務内容や体質を事前に体感できる、双方にメリットがあるが、慣れ切っていないということだろう▼軌道に乗せる前提は言うまでもなく企業、学校ともに制度を理解すること。そんな中、道内でも積極的に対応しようという企業が増え始めている。例えば帯広。人口17万人の地方都市ながら、昨年末段階で200社以上が受け入れ企業として登録、一方の学校側も道立高校6校が試みたという▼長引く不況で改善されない雇用環境。新卒の内定状況も悪く、氷河期、超氷河期とも言われ続け、実際に今年春の新卒環境も最悪。その一方で、提起されているのが数年での離職。実際に高卒では3年以内の退職者は半数近くという統計もある▼企業、個人にとっても不幸なことだが、理由として指摘されるのが就職前に描いていたイメージとのギャップ。そこに「体験した上で考える道を」というインターンシップの期待される効果があるわけで、何とか定着してほしい。だが、その前に…。採用計画の改善がされるような環境が求められている。(N)


1月12日(日)

●わが国の人口は2006年に1億2700万人でピークになったあと減少し、2050年には1億人になる。厚生労働省の2002年の人口予測には、納得と驚きが入り混じる。だが、現実は現実。1997年以降、わが国の生産年齢人口は減り続けている▼これは生産能力がもはや伸びず、需要も減っていくということを意味しているばかりか、行き詰った国の構造改革をやり遂げ、実現したにしても従来のような経済成長は望めないことを教えている▼個人消費が上向かないのも、国民が雇用や年金、自分の将来に不安を感じ、わが国の人口構造の激変への対応に展望を持てないから。それが端的に表れるのが政治に対する期待だが、投票率が下がるのはこうした不安に起因する▼それに対し、政治家、政党は心に響くような未来像やビジョンを示せないでおり、その一方で、テレビ、雑誌などにはグルメ、旅行、温泉情報があふれている▼また、大都市の繁華街の人並みをみていると、本当に不況なのかと疑いたくなるほど。そこから危機感は感じられず、一国快楽主義と皮肉られても仕方ないが、国民の腹の中には「このままではいけない」という思いがある▼わが国は明治以降ことあるごとに西欧にお手本を見出し、それで方向づけをしてきた。そして戦後は存立条件も人口構造も違うアメリカに。だは、これからの時代を乗り切るに大事なのは、自前で自分の国の未来像を描くこと。今改めてそれが問われている。(T)


1月11日(土)

●26年前、久米裕さんが北朝鮮に拉致された宇出津事件の舞台になったのが石川県能都町(臥牛子の故郷)遠島山公園にある「舟隠し」。甲集落に伸びる玄武岩の断崖がすばらしい屈折を見せる。老松、老樹が茂る遠島山。子供の頃、よく遠足や写生に出かけた▼舟隠しは海からも陸からも見えない入り江。戦国時代、この高台の棚木城を攻めた水軍が櫓漕ぎ舟を隠した。現在は使われておらず、地元の漁民すら知らない浜辺。佐渡や柏崎、小浜もそうだが、工作員は事前に隠れた海岸を調査していた。だから拉致事件の目撃者は少ない▼宇出津事件の工作員が国際手配された決め手には駅前旅館の女将の証言があった。2人の行動を不審に思った女将が、関与の男が久米さんの上着から刺繍の名前を切り取る前に「久米」と記されているのを見ていた。ばれた男は「強制送還されたら、死刑にされる」と嘆願したという▼その2か月後に横田めぐみさん、続いて地村さん夫妻、曽我ひとみさんらの事件が発生。歴史には「もし」の言葉はないが、もし宇出津事件が26年前に解決していたら多くの奇数な運命は起きなかった。「救う会」の調査会はさらに40人の氏名、顔写真、失踪の経緯などを公表した▼北朝鮮はNPT(核拡散防止条約)の脱退を表明、瀬戸際外交で緊張を一層高めている。「鹿を指して馬となす」―間違いを知りながら強引に押し通す(中国の諺)のプロパガンダから、卒業はしてほしい。被害者が帰国して3か月。拉致事件を核という「舟隠し」から引っ張り出して、春を待とう。(M)


1月10日(金)

●「ありがとう」。これほど感謝の気持ちが伝わる言葉はない。子供から大人まで、生活の中で、社会の中で、最も尊ばれていい、鍵となる言葉でもある。言えた時に感じる清々しさ、逆に言ってもらった時に覚える喜び…。この言葉にはそんな力がある▼気づいているかどうかだけで、人間誰しも人に(それが親でもあり、友人でもあり、同僚でもあるが)支えられて生きている。その中で大事なのは素直な気持ちであり、伝えるための「ありがとう」。「すみません」などとともに、欠かせない言葉である▼だが、照れからか、して貰って当たり前という風潮からか、「ありがとう」の言葉が影を潜めてきている。その気持ちがなくなった訳でないのに。「ありがとう」を考える機会があっていいのではないか、そんな思いから函館市倫理法人会(高木幹雄会長)が打ち出したのは…▼「ありがとう大賞」の創設だった。「素直な感動、作文に託しませんか、あなたも」。こんなキャッチフレーズで。子から親へ、夫から妻へ、生徒から先生へ…。その時言いそびれたが、今からでも伝えたい、皆、少なからず持っている心の中の「ありがとう」を語ってもらおう、と▼気持ちが塞ぎがちな今の時代だからこそ「ありがとう」が大事。感動する話、気づかされる話等々、どんな「ありがとう」が届くか未知数だが、この取り組みはあくまで一つのきっかけづくり。既に募集に入っているが、あなたも是非に。「ありがとう」の輪を広げよう。(A)


1月9日(木)

●「心の病」という言葉がいとも簡単に使われる。それだけの現実があることの証だが、子供から大人まで、職業に関係なく増えている。学校の先生も然り。それにしても文部科学省が昨年末、発表した一昨年の実態調査の結果には驚かされる▼ちょっとひも解いてみると、病気のために休職した先生は全国で5228人。それが多いか少ないかは別として、見過ごせないのは「心の病」による人で、実に2503人という。370人に1人、休職者の48%を占める。1979年にこの調査が始まってから最も多い▼もう一つ気になるのが、指導力不足教員と認定された先生も増える傾向にあること。難しい職場環境、複雑な児童・生徒指導、父母との関係、そして多忙…。だが、それだけが要因とは思えないし、むしろストレス社会といわれる現代の縮図と受け止められる▼大雑把な言い方だが、戦後のわが国は、合理性・利便性を追求し続けた時代でもあった。その結果として経済大国を築き上げたが、一方で失ったと言われるのが人間関係。核家族化の進行に加え、希薄になった地域での付き合い…。子どもの時から人と接する機会が減っている▼社会に対する価値観も大きく変わった。そして今、直面しているのが人に悩むという姿。電話からメールへ、このままでは人間性疎外の社会になりかねない、と指摘する識者もいるが、社会が心の健康をどう取り戻すか、この“先生の実態”もそれを問いかけている。(N)


1月8日(水)

●芹なずな御形はこべら仏の座すずなすずしろこれぞ七草―春の七草粥は食べましたか。正月三が日の全国の人出は神社仏閣が862万人で、昨年より131万人増え、スキー場など行楽地は2万人減って444万人。近くの仏神に無病息災を願ったというところか▼おせち料理に疲れた胃をやすめ、風邪予防のために食べるのが七草粥。他の節供と同じく中国に由来するものだが、日本では万葉集に七草用の若菜摘みが詠われており、現在のように粥にして食べるのは室町時代以降。「七草なずな、唐土の鳥が…」と囃子を唄いながら刻んだとか▼七草は漢方薬でもあった。ナズナ(ペンペン草)は止血や視力改善、スズシロ(大根)は胃腸に良く、ホトレノザは四肢の痺れに効き、2千年も前から薬草として用いられたセリは香りが強く食欲をそそる。粥のうるち米そのものも滋養となる。今、出回っている七草の大半は温室栽培▼スーパーの七草セットを開いたら、セリ、ナズナ、カブ、ハハコグサはよいとして、七草に入っていない野草も…。時代によって変わってきたのか。そう言えば最近「海の七草」も売れているという。ワカメ、ヒジキ、モズク、ジンバなど海の幸を組み合わせ、アワビの貝殻に乗せて神棚へ▼春の七草粥も海の七草もヘルシーフード。函館水産物市場でもタイやブリなど縁起物が初セリにかけられた。この時季、七草を摘むのはちょっと早い。本来は旧暦の1月7日に食べるもの。年によって違うが、今年は2月7日。来月は今一度「七草」を食して、食卓から邪気を追っ払おう。(M)


1月7日(火)

●保守党と民主党の一部議員による新党が25日にも結成される。政党の離合集散はこの10年ほどの間、目まぐるしく繰り返されてきた。まだ記憶に新しいが、日本新党、新進など脚光を浴びながらも、数年しか持たずに姿を消した政党も…▼ようやく落ち着きを取り戻したかに見えていたが、どうしてどうして。種火は常にくすぶり続けていることを教えられる。それにしても「この年末の押し迫った時期に」と思うが、それなりの背景があってのこと。大方の見るところ一致するが、一つは保守党の生き残りへの模索▼次が寄り合い所帯である民主党の内部事情、それに政党助成金の申請時期が迫っていることが加わる。確かに保守党は政権与党に身を置いているから今があるが、支持率は最低で、先行きに展望すら立たない。一方、先の代表選で露呈した通り民主党も一枚岩でない▼相容れない議員は…。政党助成金や既存政党には移れない比例当選者のことを考えると新党結成、それも今しかない、と。冷ややかな見方が物語っているように直接、政局に影響する動きではないが、その裏に、どう感じるかは別に解散総選挙風を感じなくもない▼臨時国会は内容のないまま終わったが、政局はむしろ波乱含み。政治家は常に選挙を意識する、この新党は参加する議員の思惑が一致したということだろう。政策効果が一向に見えない経済対策、丸投げ批判をされた道路民営化問題の今後の対応、下がった内閣支持率。統一地方選挙に加え、解散総選挙…来年は選挙の年かもしれない。(N)


1月6日(月)

●ドライバーを悩ます雪道道路。毎冬のことで慣れているとは言っても、つるつる状態の路面には悩まされる。横ずれしたり、制動が効かないといった経験をしている人は少なくないはず。現実問題として降雪直後には物損事故が増加する▼タイヤがスパイクからスタッドレスの時代になって、かなりの時間が経つ。四輪駆動が普及し、より慎重な運転が啓蒙されているが、それでも僅かな勾配でもスリップする。けっして珍しい光景でないが、対策として導入されてきたのがロードヒーティング▼全道的に整備距離を延ばしてきた。函館市内でも60数ヵ所の車道(延長7・3キロ)に設備されている。だが、難点は整備費とかさむ維持管理費。ついに札幌市は廃止の方針を打ち出した。その電気代と維持改修費を合わせた年間経費は約40億円というから、ばかにならない▼除排雪の徹底と融雪剤の散布で対応することにし、とりあえず今冬3路線7区間で廃止、さらに10年間で84区間を考えているという。悩みは札幌市ばかりでない。そんな中で注目を浴びているのが、センサーで車などを感知し凍結防止剤を散布する凍結防止剤自動散布装置▼設置費も安く効率的。昨年末、本紙でも取り上げたが、市道上湯川団地通りに設けられている。西部地区をはじめ函館は坂の多い街。それだけにロードヒーティングへの期待が強いが、効率的な方途をあらゆる角度から考えるべき。凍結路面対策の試行錯誤が続いていることを実感する。(H)


1月5日(日)

●国際観光都市を標榜する函館。確かにここ数年、外国人観光客の入りこみが増えている。だが、受け入れの現実はどうで、どういう評価を得ているのか。対策の原点がそこにあるとすれば、どこかで検証しておく必要がある。今まさに、その時期…▼行政、観光関連団体には釈迦に説法だが、「自分たちも」と行動を起こした組織がある。北海道中小企業家同友会函館支部の道南観光研究会。観光ボランティア通訳養成のための英会話研修会を受講していた人たちで、受け入れの現状や課題の調査に乗り出すという▼外国人観光客の入り込み増は函館でも顕著。渡島支庁が発表した今年度上半期(昨年4―9月)の外国人宿泊者数は2万8672人。昨年同期に比べて49%も伸びている。全体の入り込みを尺度に考えると、極く一部に過ぎないが、増加基調は将来に期待を抱かせる▼だから、地域として考えなければならない。そこに同研究会の思いが凝縮されていると思われるが、皮切りの行動として着手するのが“生の声”を聞くこと。現実にどんな対応をしていて、どんなトラブルがあって、どんな要望が寄せられているのか、そこに目を向ける▼もちろん、狙いはホスピタリティー(もてなしの心)の向上と、市民レベルの取り組みの輪を広げること。紛れもなくその一つのきっかけとして期待される動きであり、地域にとって歓迎すべき行動。多くの人が現実に目を向ける機会にもなるから。3月にまとめられる調査結果が注目される。(A)


1月4日(土)

●「年末ジャンボ」。それで通るほど知名度を上げている。昨年の大晦日には一喜一憂した人が多かったと思うが、今年も夢を追い続ける気持ちの人は多いはず。そこにあるのは「いつか当たる」という期待感。宝くじは誰にもそんな思いを抱かせる▼ジャンボは年末ばかりでない。年間、全国で何百人も運によって億を手にしている人がいる事実がある。本州の人口400人ほどの離島にある宝当神社への参拝者が急増しているという話もあるが、“祈り”の仕方は人それぞれ。毎年、出されている「宝くじ長者白書」が面白い▼最新の平成13年度版をひもとき、1000万円以上当たった1432人の人間像をのぞくと…。男性では20年以上買い続けている50歳代の牡羊座の会社員で、イニシャルはT・Sさん。女性は5年以上の50歳代の魚座の主婦で、M・Mさんという▼さらに購入動機は「夢をもちたい」、売り場は「いつも同じ所で」、購入枚数は「30枚以上」の人に確率が高い。北海道では人間像はちょっと違ってくるが、動機、売り場、購入枚数などの傾向はほぼ同じ。「夢を追って同じ窓口から30枚以上を」という当選像が浮かび上がってくる▼そして、もう一つ興味深いのは1000万円以上当たった人の購入頻度。実は「ジャンボのみ」を含めて年数回という人が63%という。必ずしも毎回買うヘビーユーザーとは限らないところが、宝くじの魅力。「今年こそは」。年明け早々、宝くじに1年の夢を託すのも今の時代故か…。(H)


1月3日(金)

●どんな初夢を見ましたか。今年の夢判断によると、乗り物に乗る夢を見ると慶び事があるらしい。ある研究チームはノンレム睡眠と呼ばれる深い睡眠のうち、特に熟睡の状態でも夢を見ることを確認した。しかも鮮明度は意外と高いという。青函連絡船の雄姿の夢を見た▼青函連絡船は産業遺産。中3の時、初めて連絡船に乗り北海道に。52年前の春。大学時代も休みごと連絡船で往復。ポケット瓶の洋酒とカレーが楽しみだった。それが青函トンネルの開通で廃船となって15年。昨年、摩周丸の懐かしい汽笛が復活、往時の航海も再現された▼市に身売りされたメモリアルシップ・摩周丸は4月には、青函連絡船と摩周丸の2つの展示テーマにリニューアルする。もう一つの青函トンネル記念館(福島町)は、老朽化し入館者が減ったため昨秋閉館した。これを緑の島に移設したらどうか。函館にとって新しい観光資源になる▼観光客にイカを食べてもらい、摩周丸とトンネル記念館で旅情を満喫してもらうのだ。また、五稜郭公園にある幕末の武田斐三郎のレリーフの顔がピカピカに光っている。五稜郭を設計した科学者で、昨年あたりから観光客が「手で触れると頭がよくなる」と触っていくようになった▼東京兜町の干支では「ヒツジは辛抱」らしいが、未(羊)は夢を食う獏ともいわれる。金属(鉄)が主食で戦争が起きると鉄がなくなるので、平和を願っている。函館は乗り物によって飛躍してきた。小さな夢でもいい、着々と正夢になるノンレム睡眠の「初夢」は何度でも見たい。(M)


1月1日(水)

●21世紀に入って3年目の年が幕を開けた。年初の枕詞として「輝かしい」とか「明るい」が定番だが、国内外の情勢は緊迫と混迷を続けており、使うには期待感がより加味される。だが、どうしてもこみ上げてくるのが「今年こそは」という思い…▼気がかりというか関心事は尽きない。イランや北朝鮮問題は他人事でない。とりわけ拉致の解決を含む日朝交渉は…。その行方からは目を離せない。一方、国内的には何はともあれ経済の再生。雇用の不安、消費の低迷、生産の減少…。まさに悪循環のるつぼにはまっている▼この閉塞感は函館・道南も例外でない。むしろ厳しい地域であり、なおも悲鳴が聞こえてきそうだが、まちづくりに目を移すと、函館では6月に新しいJR駅舎が開業し、それに連動した駅前の再開発事業も進み、空の玄関口・空港ビルも新しい顔をのぞかせるなど槌音は心地よい▼なのに…。将来へのビジョンは描けない。各市町村同じだが、市町村合併が重くのしかかっている。財政の行き詰まりなどを背景にした強制的誘導とも映るが、良し悪しを別に論議を避けて通れないのも現実。どこまで主体的に判断するか、今年は本格論議の年でもある▼それは4月に迎える統一地方選挙の共通した争点。まさに課題山積で、世の中の歯車がすべて金属疲労している状態だが、どう和らげ、新たな道筋を生み出していくか。鍵を握っているのは政治であり、そのために大事なのは「信頼」と「合意」。この言葉がキーワードとなる年が歩みを始めた。(A)


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