平成15年2月


2月28日(金)

●3月弥生は陰陽道で何事をするにも上吉の大安からスタート。女児の健やかな成長を願う桃の節句、虫がはい出す啓蟄、祖先の霊を慰める彼岸入り、春分の日と続き、入園・入学・進学の準備をする月でもある。その3月の日本最古のカレンダーが見つかった▼奈良県明日香の遺跡から出土した飛鳥時代の689年3月と4月の木簡。中国の天文学者が考案した「元嘉歴」で、表に3月、裏に4月の各1週間分の暦が読解できたという。3月の上弦の月は9日(今年は11日)、12日は出先からの帰宅は凶となる「帰忌」(現在は不成就日の意…)▼また「天倉」(蔵開きに吉)や「血忌」(出血に凶)「往亡」(旅行などは不吉)などもあり、現在の大安や友引などの源流だ。「今日は往亡なので旅に出ると凶が来る」「早く帰りたいけど帰忌日なので凶が来る」などの会話が交わされていたかも…。二十四節の「三月節」もある▼干支に続いて1文字で日々の吉凶を表す、このカレンダーが当時の生活に浸透していたようだ。「春は来ず、春来たり、春は来、春来るとき、春来たれども、春来よ」(古語辞典)。春も「吉が来る」ように「来」を連れ添うと幸せ感を醸し出す。今月は「摩周丸」がリニューアルして帰って来る▼しかし、金融業者などを名乗り「親が借金を返せない。子供をつぶしてやる」など小中学校に脅迫電話をかけて「来る」のは許せない。「血忌」や「仏滅」に遭って、地獄の鉄ウスですり潰されてしまうぞ。飛鳥の人たちのように、望(満月)に願いをかけて、明るい春を期待したい。(M)


2月27日(木)

●三寒四温。1月は「行っちゃった」2月は「逃げちゃった」3月は「去っちゃった」。寒い冬は早く過ぎてほしい。春を待つ道南の海を舞台に、水温が高めの海域でもコンブが育つような「藻場造成」など三つの事業が進められ、期待されている▼本紙によると、漁礁づくりの会社が函館市弁天町に海藻技術研究所を設立、本来水温が低い海で生育するコンブを水温が高い海(暖水海域)でも育つように、藻場造成技術を北大水産学部と共同開発する。海藻が生い茂る藻場は、魚介類が卵を産み付けるなど漁場生態系の役割を果たす▼函館コンブの父・坂田孫六が根崎の海に石を投げ入れて礁を造り、4年の試行錯誤の結果、幅が広く厚いコンブが採れたのは1世紀前のこと。良質のコンブで漁民の生活が向上した。今、産学官連帯による平成のコンブ増殖事業。暖水域での養殖はアワビなどにも適用するという▼木古内の海域では高級魚クロソイを育てる人工漁礁群に着手。高さ10メートルのジャングル型の鉄製漁礁やサイコロ型のコククリート製漁礁など約180基。育成と集魚の人工漁礁は道内初で、単独の人工漁礁としても道内で最大規模。道も守り育てる漁業のモデル事業として注目期▼それに熊石沖の海洋深層水を使ったスケトウダラの輸出。雑菌の少ない深層水を水揚げした魚に散水するだけで、ツヤツヤの付加価値。韓国などで好評、輸出が倍増。いずれも水産業の振興に結びつく。海藻はコンブやイカの揺りかご。鮮度のよい、骨のある魚介類を食べさせて、骨のある子供を育てよう。(M)


2月26日(水)

●全国数多い市町村長の中で、住民から「辞めないで」の大合唱を受ける例は、あまり聞いたことがない。リコールという言葉に代表されるが、往々にしてあるのは逆のパターン。現実に「辞めてほしい」と行動を起こされるケースが圧倒的に多い▼この稀な舞台に立っているのはニセコ町の逢坂誠二町長。ご存知のように、その行政哲学、見識、行動力で、町民の支持を確実にした全国区の存在。若さに加え、知名度もあり、4月の道知事選の最有力候補者として挙げられたのは当然。立候補は確実な流れだった▼だが、取り巻く環境は自分の意図しない方向へ。そこが“逢坂流”とでも言おうか、見送る決断も唐突に、その報告もホームメージで、と今風。そこまでは理解できるが、いくら騒がせた責任を感じるとはいえ、町長の退職を申し出るとは…。驚いたのは町民だ▼「それは困る」。撤回を求める全町的な署名運動が行われた。その結果、署名した町民は対象者の7割を超える3千人。驚きを覚える数だが、これだけ多いと議会も軽々しく動けない。本来なら27日の臨時会で同意を求めるべきところだが、提案を見送ることにしたという▼どうやらボールは投げ返された情勢。日本人の価値観からすると、これほどの熱い支持をそでには出来まい、撤回に必要な大義名分もこの署名数で十分。再び逢坂町長の判断に委ねられた格好だが、どんな結果になるにせよ、そこに地方自治の素晴らしい原点をみる思いがする。(H)


2月25日(火)

●近年、子どもたちの食生活が問題になっている。スナック菓子やインスタント食品の食べ過ぎ、朝食抜き登校…。こうした偏った栄養摂取や変則の食事の結果、脂肪の取り過ぎやカルシウム不足などが増え、様々な問題が提起される現実に▼健全な心身はバランスのとれた、規則正しい食生活と無縁でない。その一翼を担っているのが小中学校の給食。すべての学校でないまでも栄養職員が給食の栄養管理を担い、子どもたちに“正しい食”について指導しているが、それで十分か否かの判断は分かれるところ▼充実させるに越したことはないのだから。文部科学省もさらなる対策が必要との認識に立ったのだろう、専門家会議に意見を求めた。先日、その2次報告が公表されたが、大きな疑問を覚えたのは「栄養教諭」の配置を盛り込んでいること。「そこまで…」という思いが拭えない▼その大義名分は指導充実のため、ということだが、だからと言って即新たな職を設けることにつなげるのは、どう考えても早計。そこまで飛躍させなくても…。異論があるかもしれないが、例えば総合的な学習の時間に外部から専門家を呼ぶ方途も考えられる▼確かに、子どものうちに正しい知識を持たせることは大事。だが、それだけでは今突きつけられている課題に対する答えにはならない。現実問題として最も指導の対象とされるべきは親なのだから。としたら…。残念ながら、親の意識をどう高めるかという視点が欠けている。(N)


2月24日(月)

●すっかり恒例となったサラリーマン川柳(第一生命保険)。16回目の応募作品2万4529編は“サラ川健在”の証明だが、楽しませてくれる作品が毎年、これほど出てくると感心させられる。発表された今年の入選作100編も甲乙つけ難い▼人気の背景はその年の世相を垣間見せるから。また、自分ではなかなか考えつかないという羨望も拭えない。このあと、人気投票を経て4月下旬に優秀10編が決まるそうだが、このレベルまできたら10編に選ばれるかどうかの鍵は優劣ではなく好み。個人的に幾つか挙げると…▼「人生は 川の流れと タマがいう」。この作品は爽やかな響きの中に人生観を表している秀作。その一方で目立つのが現実を語りかける悲哀もの。「ついに来た 俺も週休 七日制」はその代表格だが、簡潔、明瞭。今の雇用情勢をずばりと言い切っている▼「時間かけ 打ったメールに すぐ返事」も、それだけ仕事がない、暇だということ。さらに「ボーナスも 今のはやりか 薄型に!」や「不景気で 家族のだんらん 取り戻す」は、敢えて説明するまでもないし、「引き際が 大事と言いつつ 引かぬ奴」も分かりいい▼政治に対する作品に目を向けると、「道路族 車通らず 意地通す」「民営化 今、決まらねば 眠・永・化」「丸投げは どんな技かと 子に聞かれ」などが特筆される。それにしても…。気にかかるのは切実感あふれる作品が多いこと。厳しい現実が伝わってくる。(H)


2月23日(日)

●2002年版文部科学白書は「学力の低下」への懸念を認め、改革の必要性を特集した。ここ数年、教育現場では実感として受け止められ、危機感も広がっていたが、白書で、しかも特集的に触れられると、一層の重みを伴って伝わってくる▼白書が発表される少し前に、市内の塾経営者に話を聞く機会があった。その際に印象的だったのが、学力が低下するようになった理由。「二つあって、一つは学習時間の減少で、もう一つが意欲の減退ですよ」。しかも、学習時間の減少は家庭学習の減少なのだと…▼「学力は学校で学び、家庭で学習してアップする」とよく言われるが、意欲の減退も深刻ながら“勉強の両輪”が崩れているとは…。だが、この現実は現実。答えは昨年実施された全国一斉の学力調査にも表れたし、国際比較調査結果などからも容易にうかがえる▼例えば高校生で平日に学校以外でする勉強時間は50分。ちなみに、この調査では中国で2時間17分、アメリカで1時間だった。さらに15歳を対象にした別の調査では32カ国中、最も少なかったという驚く結果も。「勉強する日本の児童生徒」というかつてのイメージはどこへやら▼そんな思いがこみ上げてくるが、白書はその背景として「授業の理解度が十分でない」ことを挙げ、対策として「基礎・基本を徹底させねばならない」としている。例え、まだ「全体としておおむね良好」だとしても、このままでは…。看過できない課題を突きつけられている。(A)


2月22日(土)

●市町村にとって今年最大の行政課題は合併問題への対応。函館市と渡島東部4町村も任意合併協議会の準備組織に当たる研究会(市町村合併調査室)を設けたが、必ずしも地域に機運の盛り上がりはみられない。ここに問題の根が垣間見える▼市町村自らの意思というより、国から強制されて、という流れだから。「このままでは財政支出の継続は難しい。だから合併で効率化を」。財政難は現実だから分かるが、指摘されるべきは特例を設けて有無を言わさぬ手法。そこには住民の気持ちを考える姿はない▼要は、そろばん勘定で合併を進めるか、拒否してハンデを背負うか、それは自分たちで判断しなさいということ。「市町村だけが何故、割りを食わなければならないのか。国は…」。市町村長の間にそんな素朴な疑問、納得出来ない思いが沸いてきて当然。ついに…。群馬県町村会が異議を唱えた▼国会議員の数を半減せよ、と。少々、感情的とも映るが、それも苦悩が沸点に達していることの表れ。「従前の上意下達手法から脱却せず、市町村合併推進策に見られる金銭による誘導など姑息な手段が展開されている」。宣言の表現も実に明快だ▼合併への動きは都道府県によって温度差がある。それは当然、それぞれに地域事情があるのだから。提言・実践首長会も「全国画一的な合併方式は市町村間格差を生じさせる」と指摘している。群馬県町村会と趣旨は同じ。この思いを国は、国会議員はどう受け止めるのだろうか▼少なくても大変なつけを回したという反省だけは明確にしてもらわなければ…。(A)


2月21日(金)

●郵政事業庁が4月1日、日本郵政公社に生まれ変わる。民間の発想を求められての衣替え。サービスの充実が最大のテーマだが、内部的に最も大変なのは職員の意識改革だと言われる。確かに…。そう簡単に順応出来る人って多くないはずだから▼でも過去を振り返ると、窓口の対応一つとっても隔世の感がある。「応対が良くなった」に代表されるが、配達のサービスも改善され、今では小包の集荷にまで来るように。郵便局舎のロビーの開放、各種教室の開設など確実に地域活動の一翼を担いつつある▼「地域との触れ合い」もさらに。つい最近だが、こんな新聞報道を目にした。一つは十勝の西帯広郵便局の話だが、子供連れの利用者のために「子供たちの遊び場」を設けたという。それほどの時間でないにしても、確かに待たされることが。ちょっとした心遣いである▼もう一つは栃木郵便局の試み。自宅や事務所に「郵便あります」と記した小旗を掲げておくと集めに来てくれるというサービスだが、高齢化社会のニーズに応えた取り組みとして注目される。知らないだけで、実際にはまだあるに違いない。流れは出来ている▼こうした話に触れると、公社化に向けてキーワードに選ばれた言葉「真っ向サービス」にも違和感を覚えない。「サービスに、息吹を。」「新しくなるのは気持ちです」など他に数多くの候補作品があった中で…。「真っ向サービス」からは並々ならぬ決意をうかがうことが出来る。(H)


2月20日(木)

●北海道が有する自然財産は数多いが、その代表的な一つが釧路湿原。世界的にも学術的価値が評価され、ラムサール条約に登録されている。もう20数年になるが、例えそこまで知らなくても、訪れると、その素晴らしさを肌で感じさせられる▼だが、現実問題として農地開発などによる乾燥化や、釧路川からの土砂流入が指摘され、この50年間で減少した面積は約6千ヘクタールとも言われている。「放置しておいては取り返しがつかなくなる」。素人目にはともかく、かねて専門家の間から対策を求める声があったところ▼そうした議論に後押しされて環境省が本格的に乗り出すことに。一般的に分かりやすい表現をするなら「自然再生事業」とでもなろうか。この種事業は例がなく、釧路湿原にふさわしく、紛れもない着手第一号。計画では何とか2万3千ヘクタールほどに戻したいとしている▼初年度の予算は8億円。作業は始まったばかりで、ミズゴケの生育を阻むハンノキの伐採から行われているが、大事なのは継続的な取り組み。予期せぬ事態が生まれるかもしれないし、ともかく成果が形となって現れるまでに相当な時間を覚悟しなければならない▼自然再生型公共事業―自然の摂理を損なってまでの事業を見直し、自然との共生という考え方に立った公共事業だが、近年、わが国でも脚光を浴びている。釧路湿原の再生は背景こそ違うが、蘇らせるとする発想は同じ。将来のモデルになるように…。釧路湿原の取り組みはそんな期待を背負っている。(N)


2月19日(水)

●長野県の田中康夫知事が近く開会する県議会に再び斬新な人事を提案する。昨年の県公安委員に続いての“田中流”だが、今度は県教育委員で。その人は…。長男をいじめによる自殺で亡くし、その後、いじめを無くす活動に取り組んでいる49歳の団体職員▼ほとんどの都道府県がそうであるように、公安委員にせよ、教育委員にせよ、地域の名士や行政経験者から選任されるのが一般的。その任にあるご本人には極めて失礼な話ながら、実務より名誉職的な意味合いが強くはないかと指摘される背景もそこにある▼要は選任する側の考え方次第だが、昨年の県公安委員選任に当たって田中知事が議会に同意を求めたのは、松本サリン事件で被害者にもかかわらず容疑者扱いをされた河野義行さんだった。そして今度は教育委員に、心底辛い経験をした前島章良さんを口説き落とした▼学力の問題に始まって教育現場は、今なお様々な課題を抱えている。いじめ対策もしかりだが、その任に求められているのは実体験者と考えれば分かりいい。「幅広い経験を教育の向上につなげるために努力している人こそ適任」。別に特別な理由とも思えない▼2人の起用は、前例にとらわれずに広く人材を求めた結果と言えばそれまでであり、田中知事に言わせると「特別視されることの方が問題」となるのかもしれない。でも、これは英断。ともすれば既成概念に縛られがちな現実に一石を投じる人事という思いもこみ上げてくる。(H)


2月18日(火)

●樺戸集治監の罰則の一つに「搾衣」がある。皮(革)と麻で造られた戒具。囚人の身体に着せてバンドで絞めて水をかける。体温が乾きはじめると、皮が縮みだし、胴体が絞めつけられて呼吸困難になって、唇も紫色になり息もたえだえに。脱走すると斬り殺される▼名古屋刑務所の受刑者急死事件は革手錠の締め上げによるものだった。刑務官につかみかかった受刑者の革手錠を、よりきつく締めつけられる幅の狭い革手錠に交換、手錠と一体化した腰ベルトを強く締めたという。しかも、副看守長が部下の2人に「もっとやれ」と指示していた▼さらに先日、同じ刑務所で発覚した致死事件は、真冬に受刑者を裸にし消防用ホースで多量の水を尻めがけて放水、直腸と肛門に裂傷などを負わせ、細菌性ショックで死亡させた疑い。受刑者は汚物をまき散らしたり、刑務官に暴行を加えたため革手錠で拘束されていた▼学生時代、関西の刑務所で看守実習をした時、「旦那さん、新米やね」と冷かされ、どつかれるのは序の口、汚物を投げつけられたこともあった。部下にも革ベルトを締め上げさせたのは、受刑者に苦痛を与えようとしたのだが、革手錠や放水が正当な制圧行為なか、検証が必要▼120年前に皮と水を使った樺戸集監の「搾衣」を真似たわけでもあるまい。札幌刑務所でも元受刑者が刑務官らから暴行を受けたとして告訴している。「刑務官の人権意識など矯正行政のあり方を見直し、国民の信頼回復に向け最大限努力したい」(森山真弓法相)―当然のことだ。(M)


2月17日(月)

●大都市の繁華街やターミナルには、必ずと言っていいほど百貨店があるが、世界最初は1852年、パリに出来たボン・マルシェ。わが国では呉服店がその母体で、明治38年に三越呉服店がデパートメントストア宣言したのが始まりという(宮野力哉著「絵とき百貨店文化誌」百貨店文化誌」による)▼函館では今井呉服店が大正12年、末広町に店舗を新築してスタート。同じ頃、洋品、洋服の渡邊合名会社から森屋百貨店に、そして棒二荻野呉服店も百貨店に衣替えしている。当然、売り方も変わり、座売りから陳列販売となり、店内も土足が解禁された▼板ガラスの製造技術の進歩で、陳列ケースやショーウインドーが可能になったことも動きを加速させた。店内には劇場も設けられ、屋上には庭園や熱帯植物、写真スタジオ…。当時の庶民にとって「行くことが出来ない西欧」を体験できる場所でもあった▼お子様ランチを生んだという食堂も新鮮だった。さらに当時は美術館などない時代だったから、美術、華道、茶道、文学、手芸、芸能など、ありとあらゆる展覧会を開くなど美術館の代行も。単に物を買うだけでなく、知識を得る場、行楽の場でもあった▼百貨店はこうして、洋風化する人々の暮らしを後押しする中で成長した。しかし、これからの時代は…。「日本人らしい暮らしの提言と商品づくりにもっと目を向けてほしい」。この本で宮野氏が言わんとしているポイントの一つがそこにあると受け止めたが、共感を覚える。(T)


2月16日(日)

●長引く不況、そのしわ寄せは自ずと労働環境に。賃金の不払い、支給遅延、解雇など労基署に持ち込まれる相談は増えるばかり。函館も例外でない。先日の本紙によると、昨年1年間に函館労基署が受理した労働相談件数は1696件も数える▼消費が伸びないから、製造が落ち込み、収益は上がらない。それが経営を直撃し、企業は経費の節減に走る。手っ取り早いのは人件費。つけは回りまわって労働者に。まさしく悪循環に陥って抜け出せない状況だが、完全失業率、新規雇用などが現実を物語っている▼発表されるたびに気持ちがなえてくる。中央大手で動き始めた今春闘も最優先課題は雇用の確保。賃金は現状維持なら良しとし、賃下げ論議すら平気で。年収の20%ダウンという企業も現れた。大手でこうなのだから、函館など地方の企業では推して知るべし▼それにしても…。これほどまでにある労使のトラブルの反省は企業に求められて当然だが、問題はここ数年、相談が増え続けていること。ちなみに5年前の1998年は昨年の半数以下の682件でしかなかった。それが2000年以降は1000件台。正常な姿でない▼「厳しい状況でも最低限、労働条件を守り、労使の信頼関係を築く中で不況を乗り切ってほしい」。本紙の取材に函館労基署は、こうコメントしている。その通りで、こういうご時世だからこそ信頼関係こそ大事。労働相談の実態は企業にそれを構築する姿勢を求めている。(N)


2月15日(土)

●拉致家族5人が北朝鮮から帰国して15日で4か月。故郷の生活にも慣れ、自立へ向け頑張っている。蓮池薫さんによると、帰国前に両親にあてたビデオで「北朝鮮に来てください。私たちは日本に行けません」と呼びかけた発言は「北朝鮮の指示」だったという▼横田めぐみさんの娘のキム・ヘギョンさんに「おじいちゃん、おばあちゃんに会いたい。北朝鮮に来て」と言わせたり、被害者リストにない米の脱走兵と結婚させた曽我ひとみさんを帰国させたり、ずるい“演出”が目立ち、被害者がたくさんいることを示唆した▼特定失踪者問題調査会は拉致の疑いを排除できない行方不明の44人(後で1人の無事を確認)を公表した。函館市内のバス停で友人と別れたのを最後に消息を絶った森洋子さんら道内の5人も含まれている。先月の第1次分40人と合わせ公表は83人。非公開を含めると228人にのぼる▼「拉致問題が解決しない限り日朝正常化交渉はない」に「米国との核開発問題」が加わり、拉致解決は暗礁に乗り上げたまま。核カードは国連安保理に持ち込まれ、北朝鮮の反発は必至でキレる寸前の瀬戸際外交はまだまだ続く。世界の目を拉致問題に向せなければ▼米公聴会で証言したり、各国のメディアに訴えるのも結構。国連頼みではなく、国が相手を交渉のテーブルに付くよう死に物狂いで働きかける必要がある。人語を話し万物に通暁している中国の聖獣「白澤」に出現してもらい、日朝の首脳を諭して「妖怪の害」から拉致被害者を守り、春を迎えたい。(M)


2月14日(金)

●今の時代、問いかけられていることは多々ある。歴史的財産をどう残していくかもその一つ。現実に知らないところで消えていく貴重な財産が少なくない。「時代とともに」。それは発展の証でもあるが、その裏にある大事なことを忘れてはならない▼何事にも言えるが、棄てたり壊したりするのは簡単。だが、それは二度と元に戻らないことを意味する。分かりやすい例としてよく挙げられるのは建築物や樹木。言うまでもなく建物は一度壊すとおしまい。木も植え直したところで数十年かかる。だから、短絡的に考えてはいけないと▼つい最近、取り壊しが全国的な話題になった滋賀県の豊郷小校舎問題はその典型例。何故、そんな疑問がつきまとう。少なくても日本建築学会が価値を認めている建物である。今新たに和歌山県の高野口小校舎もその渦中に置かれている▼確かに、使い続けるには定期的な補修が伴おう。単に保存するにしても維持経費たるやばかにならない。財政状況がひっ迫しているこのご時世では、市町村が逡巡してしまうのも頷けなくはない。だが、それで仕方ないとするのか、いみじくも豊郷小論議が問題を提起したとも言える▼求められるべきは国の政策の見直し。権威ある機関が歴史的、文化的価値があると評価した公共施設には弾力的に維持費を負担していくといった政策があっていい。そんな声を地方から…。函館なども抱える問題であり、今後、議論の広がりが望まれる。(A)


2月13日(木)

●「雪やこんこ、霰(あられ)やこんこ」の「雪」や「ともし火ちかく衣縫う母は…」の「冬の夜」、そして「うの花のにおう垣根に…」の「夏は来ぬ」など、明治、大正の日本で、何故これほどの唱歌や童謡の名作が生まれたのだろうか▼芳賀徹氏はその著書「詩歌の森」(中公新書)で、こう記している。当時の文部省も、詩人も、作曲家たちも、少年少女の教育という近代の大事業に熱心で、それを通じて若い世代の間に健やかな文化ナショナリズムが育つことを願ったからではないか、と▼実際に楽曲も、教育方法も西洋に学びながら、歌詞にはたっぷりと万葉以来の日本の自然、人事にかかわる詩的映像が盛り込まれている。唱歌がいわば貯水池になって、日本のそれまでの詩歌の水脈を豊かに受け入れ、より平明な言葉で少年少女に伝えたのだと言えよう▼そして明治以来、西洋の近現代詩の翻訳が相次いで出されている。上田敏の「海潮音」、永井荷風の「珊瑚礁」、樋口大学の「月下の一群」など日本語の詩としても名品ぞろい。芳賀は日本の詩歌の森に美しい混血の花を咲かせたこととも通じるという▼これらの訳詩が光り輝き、日本人の心を震わせるのも、万葉、古今の時代から連なる日本の自然、詩情がベースになっている故。激動の昭和をはさんで平成も15年目。日本の詩歌のこうした水脈は今もこんこんと流れ続けているはずなのだが…▼豊かで、便利なモノがあふれる社会に目を奪われていると、この詩歌の教えを忘れた日本になってしまいかねない。(T)


2月12日(水)

●夏の五稜郭を彩る「函館野外劇」。16年目の今年は、新シナリオ「星の城、明日に輝け」に挑戦する。本紙新年号は「ドラマチックなストーリー、大掛かりな舞台、あふれんばかりの参加者…。市民の夢や希望がぎっしり詰まった第一歩を刻む」と紹介している▼「函館野外劇」が産声を上げたのは1988(昭和63)年。国内には学ぶ事例が少ない中、厳しい運営環境を強いられながらも、今日へと受け継いできた。支えたのは紛れもなく関係者の熱意と地道な努力。今、それが開花し、昨年はサミットを成功させた▼「こんなに素晴らしい地域財産があるんだ」。今でも初めて鑑賞した時の感動を忘れられない。転勤族には観るように勧めているが、ここ数年、宣伝活動などに力を注いだ成果が見え始め、際立って対外的に知名度を上げている。そこで打ち出したのが再構築構想…▼毎年、同じ内容で代わり映えしない、そんな声は昨年まで。舞台演劇のプロの指導を受けて見直しを行った。議論を重ね、検討を繰り返して新しいシナリオが誕生。さらにテーマ曲を函館出身のGLAYに依頼する署名運動を展開、市民にもアピールした▼今年はいわば新たな出発年。オーディションも行うなど、今年の準備が始まっている。こうした“地域財産”作りは産み出すのも大変だが、難しいのはさらに育て継続させていくこと。そこに求められ、問われるのが地域の理解と後押しであり、観に行くのはその最たる行動。今年は飛躍の年にふさわしいほどに客席が埋まる光景を期待したい。(A)


2月11日(火)

●あまり見かけないのに、身近に感じる草花がある。「菜の花」もその一つ。唱歌に登場し、学校で歌った思い出がある、また素朴な姿がそう感じさせるのかもしれないが、春に黄色い花をつけ、野や畑を彩る光景は古里のイメージとだぶっても映る▼実際にまちおこしなどの取り組みにも登場する。滋賀県の愛東町や近くでは青森県の横浜町などに例をみることが出来るが、鑑賞にもよし、食用、肥料にも使え、油(菜種油)も生み出せる。極めて用途が多く、リサイクル植物として改めて脚光を浴びつつある▼函館も「菜の花」とけっして無縁な地でない。少なくても高田屋嘉兵衛が菜種油をたらしたという歴史的な背景がある。その要素を加味させて立ち上がったのが30歳代の若き経営者ら3人。すべての取り組みはこれからだが、3人の熱い思いは無限に広がろうとしている▼現時点の構想として描かれているのは、遊休田畑や空き地への栽培奨励、それによる美観確保、食材にした地産地消の商品開発、イベントでの菜種油の灯火使用など。まず今春には種まきをする考えで、学校に体験学習として参加してもらうことも視野に入れている▼今、実施中の「五稜星の夢」もそうだが、函館・道南には地域に対する思いを凝縮した民間プロジェクトが結構あって、それぞれ貢献している。そこに新たな「菜の花」が。これまでにない視点がうかがえる。夢も広がる。焦らず、しっかりと道筋をつけていってほしいと思う。(Y)


2月10日(月)

●休 刊


2月9日(日)

●立春が過ぎ、北国も次第に春の息吹を感じ始める季節。函館・道南でもネコヤナギが芽吹き、福寿草も花をつけ、サクラの開花へと向かう。数日前の本紙で報じていたが、1600本のソメイヨシノがある五稜郭公園では今、せん定作業がピークを迎えている▼近年、サクラの人気はうなぎのぼり。身近では弘前、角館や松前などに代表されるが、観賞ツアーの人気がそれを裏づけている。「今年は何所そこに」と計画を練って、気象庁が発表する開花予想を待っている人もいようかと思うが、既に開花の便りが届き始めている▼新聞やテレビで紹介されていた沖縄。1月18日に開花宣言され、桜まつりが開かれた。北部の八重岳辺りでだが、さすがは南国。もちろん北国のサクラとは趣を異にする、その名もカンヒザクラ(寒緋桜)。ソメイヨシノの淡い色とは違って濃く、花びらも小ぶり▼サクラは沖縄のイメージとだぶって写らない。教えられて「これが」と分かる旅行者が多いというのも頷けるが、所変われば品変わる、の格言を思い起こさせるほどにサクラ一つとっても沖縄は異質。幾つか挙げるが、我々の先入概念が覆させられることがある▼例えば桜前線が北上でないこと。逆に北から南へ南下するそうで、八重岳から那覇辺りまでくるのに1カ月ほどかかるという。もう一つ散り方も。ひらひらといった感じの花吹雪は見られないのだそうだ。サクラの種類、実に300種。その奥の深さをつくづく思い知らされる。(H)


2月8日(土)

●1月末、北海道駒ケ岳が常時観測火山の中でも「特に活動の活発な火山」のAランクに指定された。記録に残っている最も古い噴火は寛永の大噴火(1640年)。「松前年々記」などによると、岳にわかに焼け崩れ、津波が起こり、4日間も降灰、津軽や越後まで降り注いだ▼100隻余りのコンブ取りの舟が津波に巻き込まれ、700余人が溺死した。昭和の大噴火(1929年、6人死傷)では、上空が真っ赤に燃え、汽車よりも速く駒ケ岳から下った溶岩が谷を埋め、樹木を焼く恐ろしさに、家を捨てて逃げた(森地方史研究家・小井田武氏)▼火山噴火予知連絡会が分類した「活火山リスト」の活火山はこれまでの86から108に増え、道内からはAランクに駒ケ岳のほか十勝岳、樽前山、有珠山、Bランクには渡島大島など6火山、Cランクには羊蹄山など8火山が入った。B、Cランクでも噴火の可能性は十分高いという▼駒ケ岳は96年3月と98年10月に小噴火、3年前の9月から11月にかけて4回も小噴火。その後、噴煙活動は続いているが、北大大学院の研究観測センターによると、マグマ蓄積に伴う山の膨張も続いており、昭和大噴火で放出されたマグマ量4億2000万トンに匹敵するという▼駒ケ岳のAランク入りを機会に今一度、防災を見直そう。キーワードは情報と警戒避難。寛永の大噴火で川がせき止められ、大沼、小沼など景勝地が出来た。有珠山も3年前の噴火で“噴火体験”の遊歩道などがお目見えし、観光客でにぎわっている。自然の怒りを逆手に取って、共存するしかない。(M)


2月7日(金)

●「総合的な学習の時間」が小中学校の現場に導入されて間もなく1年。どう対応すべきか、各学校で悩みを抱えたスタートが伝えられたが、その実態は…。文部科学省の調査(教育課程の編成状況)によると、公立小学校では過半数が英会話だったという▼「教科の枠を超え、特定の主題にそって総合的に学習を組織する教育課程であり方法」。行政的な表現で分かりづらいが、要は教科にない勉強、例えば情報や福祉、環境、健康などを学ぶ機会ということ。体験学習や地域の特色を活かした取り組みが奨励されている▼教育関係者の間に賛否があった中で昨年4月、導入に至った。時間数は小学校3年以上で週3時間程度、中学校で2時間程度だが、初年度であり、いまだ試行錯誤の段階といわれるのも当然。そんな中で小学校では英会話が多いという実態が明らかになった▼具体的な授業内容までは定かでないが、教える人材の確保などを考えると、都会の学校でより採用率が高いという構図が浮かび上がってくる。地方との間に格差が生まれかねない、そんな思いも抱くが、現実として受け止めると、それだけ需要があるということでもある▼わが国の英語教育は読み書きだけ、話す・聞くが欠けている、と指摘されて久しい。だからと言って教科の中で採用するのは難しい。だが、この「総合的な学習の時間」ならば、ということだろう。国際化の時代。この調査結果はいみじくも求められる授業があったことを教えている。(N)


2月6日(木)

●長野県が大胆な職員給与の削減策を打ち出し、注目されている。役職に応じて実に5―10%。業績に左右される民間では珍しくもないが、公務員の世界では…。実施した事例でもせいぜい1、2%というのが多く、これほどの率は聞いたことがない▼市町村を含めて地方自治体の財政運営は、総じて綱渡り状態。まとまった基金があったのは過去の話で、今や歳入不足に直面している自治体がほとんど。経済の現状を論じるまでもなく、明るい見通しは望めない。かと言って、増税しようものなら待つのは批判だけ▼残された道は歳出を抑えることであり、注視されているのは義務的経費の抑制。定数や給与の見直しなどは少しも例外でない。それを遅ればせながら行いつつあるということであり、避けて通れない課題として真剣に向き合い始めたことの表れとも映る▼これによる長野県の削減額は年間60億円ほど、新年度から3カ年で190億円になるという。もちろん職員ばかりに強いることは出来ない。知事自ら30%カットしている。ここまでやられたら他都道府県も「長野は長野」と言ってはいられない。その影響たるや▼脱ダム宣言に始まって議会との確執…。良くも悪くもその行動が話題になった田中康夫知事だが、こればかりは議会も反対のしようがあるまい。久々の登場が行政の基本にかかわる問題の成果を引き下げてとはなかなか…。立派。市民派知事の面目躍如、そんな思いがしてくる。(A)


2月5日(水)

●中学生の万引き現場を目撃したら「万引きはいけないよ」と注意しますか。それとも「万引きはそう悪いことではない」と見て見ぬふりをしますか。川崎市で本を万引き、警察の追跡から逃げる途中で特急にはねられ死亡した事件(1月21日)は波紋を投げかけた▼マンガ6冊を服に入れ古書店を出た中3男子を店主が呼びとめた。名前や学校名を言わないので110番通報。任意同行されかかって逃走、遮断機の下をくぐって踏切に入ったという。中学生の親は「店の前を通るのがつらい。廃業してくれたらうれしい」(後に謝罪したが…)と非難▼また「配慮が足りない」「人殺し」「今の子供はキレやすいので丁寧に扱うべきだ」などの声も寄せられ、店主は廃業も考えたという。その後「万引きを注意した店が非難されるのはおかしい」「通報は正しい」「見て見ぬふりの風潮が恐ろしい」など激励のメールも殺到▼万引きは全窃盗の約5・5%、年々増加の傾向にある。かつては本を買えない苦学生によるものが多く、大目に見られた。今は万引きした書籍を読まないで古本屋に売ったり、ごく普通の少年が集団的に盗んで自慢げに見せびらかすケースも。「丁寧に扱うべき」なんて、とんでもない▼昨年も書店の87%が万引きに遭っており、1店平均の被害は年間約70万円。子供に悪いことを毅然と注意する―それが大人の責任。「万引き」は恥ずべき犯罪行為だということを家庭で話し合い、学校や地域ぐるみで子供の言動をよく見守ってほしい。川崎の悲劇を繰り返さないためにも。(M)


2月4日(火)

●道知事選で焦点の人となっていたニセコ町長の逢坂誠二氏が、出馬しない考えを表明した。九分九厘出馬する、環境を整えているだけ、といった観測が支配的だっただけに、一般的には「まさか」の展開。だが、その答えは自民、民主の動きに見出せる▼北海道の知事選は、かつて政党が主導した時代がある。自民、社会(当時)が党の面子にかけて候補者を擁立し、政党の後押しが鍵を握った選挙も記憶に残っているが、今は政党支持率が象徴するように脱政党の時代。国政を除いてはそれが色濃くなっている▼ところが、この1カ月余りを見る限り、自民、民主両党とも擁立の実績を優先させた動き。表に出ないとは言いながら、現実には政党色を滲み出させている。その結果、もはや無党派は通用せず、意図しない流れに…。逢坂氏にはそれが足かせになったということだろう▼それは自民も同じ。土壇場で堀知事から高橋はるみ氏に乗り換えた判断は、国会議員のいわば党内論理。ここにきて酒井芳秀氏(道議会議長)が出馬に動いたのは、その動きが説得力が欠けるからであり、さらにマイナスを刻んだ典型的な事例と言うことが出来る▼世論調査や近年の各種選挙結果が物語るように、政党にかつての求心力はない。だが、それを認識したくない、そこに生まれるギャップ…。「時代は、選挙意識は変わっているのに」。逢坂氏の動き、自民の混迷をみていると、どうしてもこの言葉が頭をもたげてくる。(H)


2月3日(月)

●リストラなどによる構造改革に加え、企業の再編など、日本経済の先行きは依然として不透明。出世、昇進するのも容易でない時代に陥っている。そんな中でどんな気持ちで働いているのか、その一面を昨年、GEコンシューマー・クレジットが行った調査が浮き彫りにしている▼時代が作る社会の価値観は、企業に働く人の意識にも表れて当然。そういう目でみると、より興味を抱かせる。例えば出世の意欲だが、「何がなんでも」という思いを抱いて働いている人は僅か3%ほどで、15年前に比べて三分の一だという▼この調査の対象は東京・大阪のビジネスパーソン1千人。ほかにも意識変化を垣間見せる結果が多々…。どこまで出世したいか、を例にとると、男女で大きく異なるが、男性の社長志向は22%。とりあえずは部長以上ということか、80%以上がそう答えている▼出世したい理由はいかにも正直。働きがいでも、評価の結果としてでもなく、実は高収入がそのトップ。しかも圧倒的で、15年前には6%でしかなかったのが今回は48%…。正当に評価されていないという不満派の増加とともに、今の時代を感じさせる▼さらに出世の条件もその一つ。15年前は運、体力、やる気などが上位に挙げられていたが、今や実力・実績、決断力と。仕事に対する意識が変わったと言われて久しい。この調査結果の裏に見え隠れするのは、生活を楽しむために働くという生活優先型の意識。確かに、そこに違和感を覚えない時代になっている。(A)


2月2日(日)

●道南地域に花卉の生産出荷組合が誕生した。今の時代、どんな素晴らしい商品を産み出しても市場にアピールしなければ広がりが出てこない。そこに産地化の必要性が説かれる背景があり、組合誕生はまさに一大産地形成のための新たな出発点▼道南の農業は恵まれた気候から、稲作に始まって畑作、果樹、畜産など多彩。面積的にはともかく花卉は道内で最大の生産地。JA新はこだての昨年の販売見通しは16億5千万円。さらに伸びる環境下にあると言われるが、手をこまねいているだけでは道が開けない▼大事なのは組織力、地域力をどう発揮するかということ。ポイントは二つで、一つは品質に差異のない生産技術の構築。分かりやすく言えば、生産者がどれだけ同品質生産を実現させるかということだが、それはもう一つのポイントであるブランド化にも影響する▼当然ながらブランド名も鍵を握る。米の「ひとめぼれ」「あきたこまち」などに代表されるが、近年は農産物にざん新な名が次々登場している。これも時代の要請。注目の中で組合が採用したのは「函館育ち」。すでに米や野菜で使われ、浸透しているブランド名だ▼花卉が加わることで「函館育ち」はさらに知名度を高めるに違いない。逆に、他の作物に迷惑をかけられないという思いも生まれ、農業者同士の連帯感を高める役割も期待される。生産者の思いは一緒。「美しさ、品質の良さの証し それが“函館育ち”です」。早速、作られたポスターはこうアピールしている。(N)


2月1日(土)

●きょう2月1日で「テレビ半世紀」。一部屋に1台の時代になったが、まだ一家に1台の家庭も少なくない。中3女子が父親と見たいテレビが違って口論の末、果物ナイフで父親を刺すなど、チャンネル争いも絶えない。テレビという「魔の箱」の影響も懸念されている▼力道山の活躍から始まって、初めて月面に立った宇宙飛行士、ロッキード事件の証人の「記憶にございません」(流行語に)。9・11の同時多発テロ、アフガン空爆、小泉首相の「公約違反、大したことではない」発言など、この半世紀、さまざまな映像が届いた▼若者のアンケートでは、今1番必要なものはテレビと答えている。瞬時に視覚的に世界の出来事が分かるからだ。知識を得る手っ取り早い手段だとも言っている。江戸後期に活躍した大型ドラマ「高田屋嘉兵衛」など函館をめぐる数々の映像が確かに函館を知る知識になっている▼テレビ50歳の今年は地上波がデジタル化へ動き出す。高画質、多チャンネル、データ放送など多くのメリットがあるといい、情報量も多くなる。しかし、問題は放映の中身だ。視聴率を上げたいがために“やらせ”が横行したり、悪影響を与えるような番組の一方的な垂れ流しは迷惑▼現在のBSデジタル8局の内容も似たり寄ったり。テレビの映像や言葉は「断片」だということを念頭におく必要がある。放映4年後に批判した大宅壮一の「テレビ番組は低俗なものばかり。一億総白痴化である」はまだ生きている。視聴者が選択し、上手につき合って行くしかないのか。(M)


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