平成16年9月


9月30日(木)

●どこの都市でもそうだが、幾つか「こんなまちでありたい」との願いを込めた“宣言”をしている。都市の一つのスローガンと言っては語弊があるが、ただ意外と住民が知らないというのも現実。函館市民はどうだろうか、実は五つ制定しているのだが▼制定順に挙げると、第一号は安全都市宣言。「市民生活の信条を安全第一とし災害のない明るい都市建設を…」との趣旨で1961(昭和36)年3月に。次が「非核三原則の堅持と恒久平和の実現を願い…」とする核兵器廃絶平和都市宣言で、制定は1984(昭和59)年8月▼さらに時代は昭和から平成に移って、1989(平成元)年8月には、函館市としては遅ればせながらの国際観光都市宣言が制定され、1992(平成4)年10月には「からだと心を鍛え、活力あふれるまちづくりを目指し…」とするスポーツ健康都市宣言が▼そして、1994(平成6)年12月にはいきいき長寿都市宣言。「共に力を合わせ、心から長寿を喜び合えるまち函館を実現することを目指し…」として。このほか、函館には1995(平成7)年3月に制定された「函館―ひかりのおくりもの―」という基本理念もある▼よく考えてみると、これらは函館のまちづくりのベースとなる精神とも言える。「安全」「平和」「観光」「健康」「長寿」。それぞれの2文字を拾い出すと分かりいい。あえてここで取り上げたのは、知ってもらうことが大事と考えたから。行政のコンセプトで終わらせておいては制定した意味がない。(A)


9月29日(水)

●生き延びるために小規模事業経営者が神経を使うのは「ユーザーの声」より、むしろ「業界や他社の動向」。しかも「その動向や情報の把握に最も苦慮している」。株式会社フォーバル(東京)が行ったアンケート調査で、こんな姿が浮き彫りにされている▼今年3月に札幌など全国主要都市の同社顧客から聞き取ったもので、476人が答えている。その質問項目の中で幾つか注目される意識が読み取れるが、その一つが今の時代が故の情報に対する意識。総じて高いものの、その神経の使い先は圧倒的に同業情報▼68%が「まずは業界の動向・他社の動向」とし、それに続いて新聞などの一般ニュース(39%)や市場予測(25%)。競争が激しいから、商品の開発や販売戦略など他社の動きに敏感になるのは当然だが、それが気になって仕方ない、というレベルにも聞こえてくる▼新聞やテレビなどで報じられる類の一般的な情報なら、容易に入手できる。だが、踏み込んだ情報となると難しい。だから意識する、ということだろうが、そこに神経が行き過ぎている反動か、情報として「ユーザーの声」の位置づけは、意外なほど低い▼同業情報の5分の1、わずか13%だった。近年、よく聞くのが、日本語で顧客本位という意味のユーザーオリエンテッドという言葉。お客さんが求めていることの把握であり、競争を勝ち抜く鍵とも言われるからだが、それにしても13%とは…。大事なことを気づかせてもらった思いがする。(N)


9月28日(火)

●「また、天に大きなしるしが現れた。1人の女が身に太陽をまとい、月を足の下にし、頭には12の星の冠をかぶっていた」(黙示録)。自ら光を発しない月は太陽の光を浴びて輝く。聖母マリアは他の被造物(星々)の中でも、ひときわ明るく、美しく輝いていた…▼「嵐が吹こうと、吹雪がこようと、天には黒雲、地には争いが絶えなかろうと、いつも心に太陽を持て、くちびるに歌を持て…」(ドイツの詩人・フライシュレン)。外電によると、うお座の周辺の宇宙のかなたから1000光年前に出された未知の電波信号が届いたという▼また、地球から10億光年も離れた20万光年の大きさの銀河が2万光年の小さな銀河をのみ込む様子を「すばる望遠鏡」がとらえた。比べて、わが銀河系はちっぽけな星の集団。北海道などの小学4―6年生の約4割が「その太陽が地球の周りを回っている」と考えている(国立天文台調べ)▼火星も地球の周りを回っており(27%)、太陽が西に沈まないと答えた子供が3割も。半数以上が「月の満ち欠け」を理解していなかった。国際宇宙ステーションも90分で地球を1周している。生活実感から「天動説」を受け入れているのかも▼理科教育の欠陥と受け止めている識者もいるが、コペルニクスの理論が実証されたのは、300年も後のことだった。月下に花やだんごなどを盛り、子供たちに星を仰ぐ時間を持たせ、「宇宙のロマン」を肌で感じさせよう。自然と触れ合う機会がより必要だ。きょう28日は「十五夜」。(M)


9月27日(月)

●強風を伴った台風18号が道南に大きなつめ跡を残して、ほぼ3週間。道路や港の損壊のほか、ハウスの倒壊やリンゴの落下などによる農業被害、数え切れないほどと予測される山林の倒木…その後遺症は随所に見られ、改めて脅威が蘇ってくる▼「台風を甘く見てはいけない」。よく言われるが、その恐ろしさを、まざまざと見せつけられた。街路樹が倒れ、住宅の屋根がはがれ飛び、これは大変、と思う間もなく停電に。臥牛子の自宅も二晩、電気のない生活を余儀なくされ、そこで体感したのは電気のありがたさ▼生活に支障が出ることばかり。マンションでは水が出ない、したがってトイレも使えない。もちろんエレベーターも動かない。電話も機種によっては…。携帯などの充電もできない。レンジもだめだから料理も制約される。冬の時期だったらストーブの類もアウト▼今から40年ほど前の子ども時代、週に1回とか月に1回とか、作業のための停電があった。それが今や、よほどのことがない限り停電はなく、たとえあってもわずかな時間。それに慣れ切って、停電のないのが当然、台風ぐらいでは大丈夫、と思ってきた節がある▼「まだかよ」。矢面に立った復旧作業の人たちは気の毒だったが、今回の経験から学んだのは、飲み水と風呂水などの取り置きと、調理抜きで食べられる食品の用意。今の時代、電気がなければ、企業活動ばかりか家庭生活も含め、世の中、支障だらけ。この台風は「利便性」「効率性」を追求する今の社会への警告だったかもしれない。(H)


9月26日(日)

●台風が来るたびに“あの時”が頭を過ぎる。激しい風、叩きつけるような雨…。「洞爺丸が沈没した」。悲惨というしかない事故の情報が飛び込んできたのは、そろそろ寝床につこうか、という時刻だった。1954(昭和29)年の9月26日午後10時20分ごろ▼わが国ばかりか世界の海難史上、類をみない大惨事。泳ぎ着けた人はごくわずか。必死の救助作業も荒れる天候に悩まされ、犠牲者は1155人にも。ちょうど50年前の“あの時”を昨日のごとく鮮明に覚えている人が函館・道南には少なくないはず▼その記録は函館市史など、多くの書物に残されている。そのいずれからも伝わってくるのは、狂った気象現象に立ち向かいながら、あらゆる術も効かなかった、という緊迫した、厳しい状況。当時、最新鋭と言われた船だったが、牙をむいた風雨の前では…▼港内を出ることもできなければ、桟橋まで引き返すこともままならなかった。桟橋を離れて3時間余り、切羽詰まった船内の様子は想像して余りある。同じ運命を辿(たど)った貨物船の青函丸や北見丸、十勝丸、日高丸もそうだが、5隻合わせて1500人を超える人が犠牲に▼現場をすぐそこに望むことができる七重浜の国道沿いに、慰霊碑が建立されたのは翌年の8月25日のこと。すっかり商業施設などに囲まれてしまったが、先日、足を運んでホッとした。碑の周りの芝生も花壇もきれいに手入れされていたから。時を刻んで50年、慰霊碑が静かに“あの時”を証言している。(A)


9月25日(土)

●プロ野球の“労使交渉”がまとまり、ストは回避された。明らかに分が悪かったのは、球団側というか経営者側。大幅に譲歩しなければならなかった合意内容が、すべてを物語っている。これほど批判を浴びるとは…。認識の甘さを指摘されても仕方ない▼ストを経験したが、少しも無駄ではなかった。これまで見えなかったプロ野球界の姿が幾つか浮き彫りにされ、何より透明性を担保にとった意義は大。将来を考えると必ずやプラスになったはずで、経営者側はその機会を提起してもらったことに感謝してあまりある▼どうひいき目に見ても、球団側の考え方、説明には説得力はなかった。しかも思惑ばかりが表に出て、足並みがそろわないとなれば、信用せよ、という方が無理。ストに踏み切っても多くのファンが選手会を支持した理由もそこに。もはや現実を認識するしかなかった▼1週間前、経営者側があれほど抵抗した「来季のパ6球団への『最大限の努力』」という表現。それが合意では「来季セ・パ12球団に戻すことを視野に新規参入の資格審査を速やかに進める」と。まさに全面的な譲歩。あのストの責任は経営者側にあり、と認めたに等しい▼「『経営者の論理』に風穴」。24日付のある新聞の見出しだが、確かに状況は風穴が開きつつあるところ。大事なのは今後の姿であり、これまで通りなら、ファンも見限ってしまうに違いない。この合意の実践こそ大きな試金石。そこにプロ野球界の将来の鍵が凝縮されていると言っても過言でない。(N)


9月24日(金)

●消費税は今や税収の柱。年間約9兆5000億円で、所得税に次ぐ規模にまでなっている。激しい反対があった中、導入されて既に15年。直間比率の是正という役割を果たし、この4月から総額表示に移行したことで、その存在は一層強固なものに▼ところが、当初から懸念された課題を抱えたまま、という現実があるのも事実。一向に減らない事業者の滞納で、毎年度、全国で5000億円以上(北海道は2003年度で176億円)も。国税当局が懸命に滞納整理に当たっているが、過年度分を含めた膨大な滞納残高との追いかけっこ状態▼税収不足が言われる時代に半端な額でない。説明するまでもなく、消費税は所得にかかわらず商品を購入する際、否応なしに徴収される税。事業者は一時預かっているにすぎず、いわば他人の金であり、納期に払い込むのは当然の倫理。そこに少しも弁明の余地はないのだが…▼大目にも見てもせいぜい数カ月。いくら経営環境が厳しいとは言っても、過年度となってしまうと、もはや犯罪行為。そのために徴収業務に滞納整理が重くのしかかり、本来、必要でない国費まで費やされている▼制度の甘さも指摘されて当然。悪質な滞納者の公表など罰則規定を盛り込んだ抜本的な対策を求めるべき、そういった主張が出てくるのも頷ける。繰り返すが、他の税とは違って言い訳が通用しない性格を持っている税である。消費税の滞納にはもっと厳しい目を向けていい。(N)


9月23日(木)

●国民が政府に求めることは多々ある。ここ10年ほどは「景気対策」だった。国民生活に関する世論調査によると、依然として根強く要望されているが、敢えて過去形にしたのは、求める政策のトップが今年は「医療・年金などの社会保障改革」だったから▼要望の裏返しは不満であり不信。景気対策の雇用などは分かりやすい例だが、不安がある、困っている、だから何とかして、となる。それが昨年まで6年間はその最大の要望が景気対策(67%)だったのだが、今年はそれを上回る不満、不信が出てきたということ▼それは「医療・年金…」。この調査(複数回答)では「景気…」の59%より9ポイントも多い68%で最も多く、さらに「高齢社会対策」も50%までに。お粗末な将来予測や受給条件の後退、制度の欠陥…。一気に表面化した年金問題がこんな思いを抱かせたことは想像に難くない▼そこに生まれるのは将来への不安。それは、今後の生活の見通し、に対する答えからもうかがえるが、「よくなっていく」と答えた人はわずか8%。逆に「悪くなっていく」と感じている人は中高齢者を中心に26%も。期待を抱かせていない政治の現実が浮かび上がってくる▼全国的には明るさが灯ってきたと言われる景気も、一部の企業や業界に限った話。函館・道南も含め、その実感がない地域が多いが、それに年金など信頼を損ねることが加わっては「冗談じゃないぞ」という気持ちになって当然。この調査結果をどう認識するのか、政府ばかりか国会議員からも、その答えを聞きたい。(N)


9月22日(水)

●米大統領選が沸騰し佳境に入った中、ブッシュ大統領を痛烈に批判した映画「華氏911」を観た。米国の真夏日は86度、沸騰点は212度、紙が燃える温度の発火点は451度…。ならば同時多発テロは「自由が燃える温度」の意味を込めて「911」としたらしい▼「いかなる備蓄も発見されなかった。今後も発見されることはなかろう」(パウエル国務長官)。米主導の調査チームも「大量破壊兵器の備蓄はなかった」と結論づけた。アナン事務総長は国連憲章に照らして「イラク戦争は違法」と言い切った。戦端を開く「大義」はなかったのだ▼米軍の死者は1000人を超え、イラク人は子どもを含め、その10倍以上になる。「華氏911」のムーア監督はプロパガンダ(政治宣伝)ではないと言っているが、ブッシュ=無能な危険人物―という結論を用意し、そこにあてはめる素材を編集した。事実を積み重ねて、戦争の「舞台裏」を暴露している▼人間と街が攻撃される悲惨な映像、特に「爆撃で5回も葬式を出した」と泣き叫ぶ女性の姿に深い憤りを覚える。ブッシュ大統領は、戻ってきた兵士の棺をみて「何のために死んだんだ」という母親の疑問にどう答えるのだろうか。米国の大義に追従した小泉首相も「同罪」だ▼今度は共和党支持の監督が熱で脳機能が停止し始める温度の「摂氏41・11」を製作した。人の「生と死」を政争の具にしてはならない。「すべての者は暴力におびえ、すべての者は死をおそれる。己が身をひきくらべて、殺してはならぬ。殺さしめてはならぬ」(ダンマパダ第10章)。よく考えよう。(M)


9月21日(火)

●わが国の人口は? 知っているようで意外と知らない。聞かれて直ぐに答えられる人も少ないと思うが、8月初めに総務省が発表した今年3月末の総人口(住民基本台帳)は「1億2682万4166人」。1億2000万人台と覚えておけばいい▼これまでは着実に増える動きを巡ってきた。振り返ってみると、例えば第一回の国勢調査が行われた1920(大正9)年は5596万人。さらに1950(昭和25)年には8411万人まで増え、その20年後の1970(昭和45)年には1億466万人と1億人台に▼80年ほどで2倍強に増えたということだが、この人口増こそ、わが国の経済繁栄を生み出し、支えた原動力。年齢バランスが保たれ、一定の労働人口が確保されてきた。それが崩れ始めると、様々な問題が提起されてくる。今まさに渦中の年金はその典型例…▼当然、気になるのは今後の見通しだが、国立社会保障・人口問題研究所は、2006年に1億2774万人でピークに達し、その後は減少に転じると予測している。それを裏付けるかのように、出生者数は5年連続減少して昨年度は113万人。過去最低のレベルだった▼逆に増加が続いているのが老年人口。「少子高齢化がますます色濃くなる」のは、動かしようのない現実。年金を含め後手に回っている政策が多々指摘されるが、遅ればせながらでも手を打たなければ…。約1億2682万人が安心して暮らしていけるか否かの鍵は、将来を見据えた政策が握っている。(H)


9月20日(月)

●選手会によるプロ野球初のストが行われた。多々議論があるようだが、どう考えても球団側に説得力が乏しい。17日夜の交渉後の記者会見が象徴的だったが、選手会側のお詫びからは気持ちが伝わってきたのに対し、球団側からは響いてくるもの何もなし▼「(ストは)ファンに対する直接的かつ重大な背信行為」と決め付け、悪いのは選手会、球団側に責任はない、と言わんばかり。誰でも分かることだが、こうなる原因を作ったのはどっちなのか。球団側であることさえ理解できていない、呆れるばかりだった▼日ごろ「社会的使命」をことさら強調している経営者たちである。声高に経営優先を言うのなら選手会、ファンを納得させうる説明をして当然なのに、それもない。これでは…。選手会が求めた「来年セ6、パ6への最大限の努力」は、少しも無理な話ではない▼既に新規参入の申請が出ているのだから。審査に時間がかかる、それは分かるが、最初から相手にしないといった姿勢で「時間が足りない」は、あまりに小ばかにした姿勢。だから様々な憶測も飛び交う。来年6チームにしては困ることがあるから、もその一つだが…▼幸か不幸か、一連の騒動で明らかになったのは、球団側も、機構側も同じ体質で、調整機能が働かない組織だということ。せめて機構側だけでもしっかりしていれば、ここまでの事態は避けられたはずだが、それにしても「最大限の努力」が難しいことだとは…。恐らくそれはプロ野球の球団経営者だけに違いない。(N)


9月19日(日)

●多年にわたり社会に尽くしてきたお年寄りを敬愛し、長寿を祝う国民の祝日、と言えば、誰もが分かる「敬老の日」。祝日になったのは1966(昭和41)年というから、まだ38年ほど。9月15日だったのが、昨年からは9月の第3月曜日ということに▼今年はあす20日。その敬老の日の歴史には諸説あるようだが、最も現実的なのが兵庫県の野間谷村(現八千代町)発祥説。今から60年ほど前に遡(さかのぼ)るが、農閑期の9月15日に開いた「としよりの日」が始まりと言われ、それが兵庫県全域に広がって、全国的な祝日になった、と▼この場合のお年寄りは高齢者と同じ意味をもたない。先進国の間で高齢者と言えば65歳以上。わが国は既にそうだが、その率が14%を超えると高齢社会と表現される。ちなみに今年8月1日現在で、その数は2477万人。75歳以上でも1099万人を数える▼今の時代、70歳はまだままだ現役であり、敬老対象にしたら逆に叱(しか)りを受けかねない。ということで、近年は80歳以上を描く自治体が多いようだが、それはあくまで行政的なこと。大人も子供も自分の祖父母を敬うに年齢は関係ない。祝日を設けた大事な精神はそこにある▼時代がどう変わろうと「お年寄りの現役時代の頑張りがあって今がある」ことに変わりはない。その中でも今、70歳以上と言えば、物心がついた子ども時代から戦中の、戦後の苦しい時代を経験し、復興に頑張ってきた人たち。せめて「敬老の日」には、そこまで思いを巡らせたい。(A)


9月18日(土)

●スト突入か回避か、世間を騒がせてきたプロ野球界だが、選手会はストに入ることを決めた。その正否判断は当事者がすべきことであり、端から言う筋合いではないが、これまでの経緯、浮き彫りになった問題に照らして考えたら仕方がないか、と▼「プロスポーツはビジネス、だから経営が先にありきで何が悪い」。大義としている社会的使命など元々なかったのかと思わせるほど、プロ野球の球団側が一連の騒動で見せたのは、このビジネス認識。閉鎖性といい、隠し持っていた本音を見せつけられた思いがする▼そもそも近鉄・オリックスの合併は、球団側にとって渡りに船の話だったということだろう。売却でなく、合併だから1チーム減る、2リーグは維持できないから1リーグ制だ、と。その動きを加速させる中で、少なくとも選手、ファンの思いを汲もうとする姿はなかった▼公正取引委員会の委員長経験者であるコミッショナーも然り。新たな球団経営に手を挙げる企業の登場は歓迎すべきことなのに、いかにも迷惑といった感じで、相手にしないと言わんばかり。熱烈なファンが感じる「どうして」という疑念は、最後までぬぐいきれていない▼選手会も何とかストを回避しようとしたに違いない。大幅な交渉時間の延長がそれを物語っている。初のストの受け止め方はファンそれぞれだろうが、この騒動が来季以降、どんな形で現れるか。プロ野球界は大きな犠牲とリスクを背負ったことだけは間違いない。(H)


9月17日(金)

●「引き続き噴火が継続し、火山活動は活発な状態が続いています」。16日午前10時発表の気象庁の浅間山に関する火山情報だが、噴火に伴う地震も依然として高水準。この日の午前8時からの1時間だけでも71回というから予断を許さない▼群馬県と長野県にまたがるように位置する浅間山が突然、噴火したのは1日。専門的な表現では火山活動度レベル3の中規模噴火だった。その後も火山活動は継続していて14日には小規模な噴火が発生するなど、なお小中規模の噴火が起きる可能性がある、とされる状況▼計器類の設置などで予知能力が進歩したと言われる噴火も、まだまだ難しさを抱えているようで、浅間山も突然、の印象。大噴火でなかったのが幸いだったが、北海道駒ケ岳を抱える道南としては他人事でない。駒ケ岳も注意が必要と言われている山だから▼8月の情報では、確かに火山活動はおおむね静穏に経過しているとし、火山性微動も2001年1月以降、観測されていない。だが、実際に1996年から2000年までの間、6回の小噴火が起きている。しかも山体はわずかな膨張傾向が続いているとも言われ、安心は禁物▼地震、台風などもそうだが、しばらく直面しないと、備えの気持ちや体制は緩みがちに。駒ケ岳にしても「まあ大丈夫」と受け止めている人が少なくないと思うが、時々、緩んでいないか、と気づかせてくれるのは他地域での発生。浅間山の噴火はその役割を担ってくれている。(N)


9月16日(木)

●最後の祈りを終え、首にロープをかけた死刑囚が1メートル四方の台に乗ると、執行官がレバーを引く。医師が13階段を降りて心臓停止を確認する。筆者が46年前に見学した大阪拘置所の死刑室で、児童8人を殺害した宅間守死刑囚の刑が執行された▼117年前、奉公先の女主人を殺し石油をかけて焼いた囚人が空知集治監に収監された。同じ監房に、往来伝導しただけで逮捕された青年が入ってきたのをきっかけに、教誨師の聖書講義を受けるようになり「イエス罪人を救わん為に世に臨れり」などの章句にぶつかる度に心が浄化された▼水道木管を開発するなど模範囚となり、仮出獄の恩恵に与かり23年の鉄窓から開放された。被害者の墓に参ったのは言うまでもない。宅間死刑囚の刑執行は判決確定から1年で、本人が望んだとはいえ、あまりにも早かった(法律では「判決決定から6カ月以内に執行」とあるが…)▼人間らしい良心を持たない情性欠如者といわれ、遺族の前で「幼稚園に突撃したら30人以上は殺せた」と暴言をはいた宅間死刑囚は、心理士らが面会を重ねるうちに「子供には何の罪もない。無念だろう」「自分がしたことで不幸になった人がいることは分かる」と変化した▼改心を願って刑執行は数年から10年以上たって行われるのが大半。弁護士も「謝罪を引き出そうと努力していただけに、もっと時間がほしかった」と残念がった。我が子を失った親のやるせない心境は「鬼」がいなくなっても消えない。早急に子供に対する卑劣な暴力を封じ込める環境を作らなければ。(M)


9月15日(水)

●先ほどのNHKの調査で「北方領土は日本の領土に帰属することを確認すること」と答えた人は48%だった。元島民の孫たちの訴えを受けて、小泉純一郎首相は洋上から北方領土を視察し「四島返還なくして、平和条約なし」の姿勢を示した…▼「第三次大戦を仕掛けるものだ。ヒロシマ、ナガサキ(原爆投下)だけで足りないのか」。ロシアの自由民主党のジリノフスキー党首が北方領土返還を求める日本を激しく非難した(8月5日)。10年前にも「返還を要求し続けるなら、東京に原爆を落としてやる」と物騒な発言をしている▼また、駐日大使が「日本が領土問題に固執すれば解決は遠のく」と言ったように、ロシアは領土問題を棚上げしたまま、日本から経済協力を最大限に引き出そうというのが狙いだろう。住み着いているロシア人も「日本人も一緒に住めばインフラ(社会資本)などが整備される」ことぐらいしか考えていない▼日本がポツダム宣言を受諾する1週間前、旧ソ連は日ソ中立条約を一方的に破棄し対日戦に参加、北方領土を奪ってロシア人を定住させた。以来半世紀以上、日本の「主権」が侵された状態だ▼来年は北方領土が占領されて60年を迎える。元島民も高齢化し、終戦時の半分になった。自由訪問や墓参にしても、医者の診断書を必要とする人もいる。来年はプーチン大統領がやってくる。首脳会談は返還運動の拠点・根室で開催してほしい。洋上視察をパフォーマンスに終わらせないためにも。(M)


9月14日(火)

●街が変わる。大げさでない。電柱、電線があるなしで、イメージは大きく違って映る。以前に本欄でも触れたが、函館も駅前の少しの区間だけ地中化された。一帯の再整備と連動していることもあるが、空が広がったというか、すっきり感が漂う▼街の美観、景観を語る時、必ず取り上げられるのがこの問題。わが国では、普及を優先に、工事が簡単でコストの安い地上化が採用された歴史がある。その結果、通りの5bほど上は電線などが走り、柱には張り紙が後を絶たない、という現実を抱えている▼国土交通省が7月に発表した統計によると、商業地域の幹線道路における地中化(無電柱化)率は、全国平均で9%とのこと。「それじゃ地中化だ」と言ったところで、おいそれとはいかない。大変な事業であり、実際に都市の商業地域だけ考えてもかなりの月日が必要▼誰の目にも明らかだが、東京は進んでいて二十三区内は46%。そのほかの都市(県)は差があって鳥取の31%、鹿児島の29%などの一方で、北海道は平均でわずか3%。札幌も4・3%でしかない。この差は財政負担もさることながら、大きいのは政策的な判断▼どの事業を優先させるかの判断と言えば分かりいいが、北海道は後回しにしてきたということ。さて今後はどうするか、確かに大変だが、先の台風18号でも道南地方は断線などで約6万7000戸が停電した。改めて計画的な取り組みが求められている。(A)


9月12日(日)

●先日も触れた食料自給率。40%と低いのに、離農後放置された状態の農地が少なくない。その割合は離農跡地のざっと4割。農政ならぬ“ノー政”の一面を垣間見る思いがするが、それは同時に新規就農を誘導する施策などが実効を挙げていない現実を教えている▼依然として歯止めがかからない離農。兼業の多い本州も、専業の多い北海道も同じだが、それに伴って生じるのが農地の行方。他の農家に貸し付けるケースが最も多く、農水省が行った2003年の実態調査でも59・6%と出ているが、問題は残る農地のその後…▼売れもしない、借り手もつかない、と37・9%の農地が放置状態という。つまり離農によって遊休、放置農地が増え続けているということ。渡島地域も例外でない。2002年の統計は「全体の耕地面積が2万7000ヘクタールから2万5000ヘクタール減少する」と報告している▼国が対策を講じていないとは言わないが、離農や農地のこうした実態の一方で、新規就農は進んでいない。農業就業人口に占める65歳以上の割合は、既に5割を超すレベルまできているというのに。「このままで(将来は)大丈夫なのか」。思わずそんな不安が頭を過ぎる▼わが国の農政は食料自給率の向上という使命を負っている。そのための前提となるのが農地、就農人口の維持だが、いずれも減少続きときては展望が開けない。それを端的に物語るように、今なお農業に「厳しい環境」、農政に「課題山積」という言葉がつきまとう。早く死語になる時代になってほしいと思うのだが、持つ意味合いが重くなっていく感じなのが堪らない。(A)


9月11日(土)

●「年金改革は不信の一掃から」。それほどまでに年金は信頼を失っている。というのも今日の事態にしたのは、時代背景や制度の問題ばかりでなく、むしろ甘い管理の問題、安易な投資など、厳しい言葉を使うと、ずさんな運営も要因と映るから▼年金財政に少子化や雇用の影響などが重くのしかかっていることは否定しない。ただ、悪化の理由がそれだけなら、こうも批判はされないはず。ところが、莫大な投資を繰り返したお役所事業はことごとく失敗し、自分たちの福利厚生にまで使っていたとあっては…▼しかも加入者にはお役所対応だった。厳しい批判を甘んじて受けて当然だが、そんな中、社会保険庁は加入者に毎年、納付状況を知らせる通知書を送付する方針を打ち出した。思わずその通信費はどこから捻出されるのか気になってくるが、行っていて当たり前だったこと▼どうやら納付を促す一策のようだが、それはそうと、急ぎ見せなければならないのは信頼を回復すべく姿。散々指摘された安易な体制、組織体質に批判が強かったのだから。「どう改善したのかが確認できないうちは安心して収められない」。そんな言い訳も許してしまう▼理由はどうあれ、受給年齢の繰り下げや受給額の減額は否応なしだった。そこにあるのが政治の、行政の尻拭(ぬぐ)いをさせられたという思いであり、一言も二言も言いたくなるのは信頼を持てないでいるから。そのメッセージこそ今、求められているのだが、残念というか、まだ伝わってきていない。(N)


9月10日(金)

●転勤族が函館に来て驚くことの一つが、市の広報紙や議会報などが新聞に折り込まれてくること。慣れ切ったためか、表立った議論になってこなかったようだが、違和感を覚えさせるのは、折り込みは全世帯に届けるという原則を保証し得る方法ではないから▼確かに、配布はこうすべきだ、という制約はない。そんな中で多いのが、函館市と合併する町村もそうであるように、町内会(町会)への委託。臥牛子が以前、生活した3市町もそうだった。支払われる配布手数料は町内会の活動資金となるし、しかも配布漏れがない▼その一方、新聞折り込みだと、全戸に行き渡らないほか、無駄が多い。若い世代に多いと言われるが、新聞の無読世帯は市に連絡しない限り届かない。逆に複数紙を購読している世帯には何部も届く、ということが起きる。でも、函館市は見直す考えはないようだ▼かなり以前だが、本紙の「石畳」に、折り込み方式はおかしい、という投書が掲載されたことがある。それに対する函館市の答えは「急いで配布する必要があるから」などだったが、考えるまでもなく、広報紙や議会報などに数日も待てない緊急な告知は載っていない▼少なくても一つの例として挙げた町内会委託には、配布を通して市政を身近な存在にするという意味合いがある。行政が最も大事に考えるべきはこの視点。そこが民間のPR紙と決定的に違うところだが、函館市はその辺りをどう判断しているのだろうか。本紙によると、今、合併後の対応を協議しているということだが…。(A)


9月9日(木)

●毎日のように救急車が走り回る光景を見かける。一日、どのぐらい救急車が出動しているのだろうか、そんな素朴な疑問を抱く人もいようが、ちなみに函館消防本部管轄の昨年の統計で32・7件だそう。「えっ、そんなにも」。きょう9日は“救急の日”▼「きゅう(9)きゅう(9)」の語呂合わせから選ばれたのだが、「救急業務や救急医療について理解と認識を深めてもらい、関係者の士気を高める日」として制定されたのは1982(昭和57)年のこと。以来、この日を中心に毎年各地で啓蒙活動が行われている▼その一端にあるのが、年々増え続ける救急出動の実態を知ってもらうこと。函館市をみても1997(平成9)年に9103件だったのが、その2年後には1万件台に乗り、昨年は1万1933件。一日平均が32・7件ということは、44分に1回の割合で出動している勘定▼さらに市民26人に1人が利用したというか、お世話になっている姿も浮かび上がる。「躊躇(ちゅうちょ)なく…」。救急が身近な存在になってきたことの表れ、と受け止めることもできるが、その一方で込み上げてくるのが「このまま増えていったら」という思い▼鍵を握るのは、正しい利用意識をどう持ってもらうか、ということ。確かに冷静な判断と言っても難しいのだが、少なくとも、こんな利用は避けてほしい、といった事例を具体的に示していくことも一策。救命講習などと合わせ、市民一人ひとりが「救急」の意味を考える日にしたい。(H)


9月8日(水)

●西日本や紀伊半島には除福や空海にかかわる温泉伝説が豊富。除福は2200年前、秦の始皇帝の命を受けて不老長寿の霊薬を求めて渡来、天台烏薬を手に入れた人物。湯の神のお告げによって発見した古湯温泉(佐賀県)の湯守にもなっている▼高野山近くの竜神温泉は空海が1200年前に竜宮から湯を引いて開いた浴場。温泉に含まれたナトリウム炭酸水素塩が皮膚の表面を軟化させ、肌の汚れを落とし、カルシウムやマグネシウムイオンが湯上りの肌をしっとりさせる。日本「三大美人の湯」の効能…▼当然ながら昔は井戸水や水道水や入浴剤をいれるなど「偽りの看板」なんて考えられなかった。温泉法では「地中から湧く温度が25度以上か、硫黄やラドンなど規定物質を一定量以上含むもの」とあるが、不正の理由は「源泉の枯渇」や「温泉を引くのに金がかかる」など▼道南の温泉郷・湯の川温泉では自主調査の結果、すべてのホテル・旅館(28館)が天然温泉で、大沼温泉(6館)も不正行為はなかった。道内の31温泉地の自主点検でも偽装表示はなく、21温泉地の一部で加水、循環ろ過などが見られただけ▼「温泉」でないのに入湯税(標準額150円、市町村に納める)を取ると一種の詐欺行為。後になって偽造が発覚すれば信頼を失う。温度調整の加水に天台烏薬で作った不老長寿の入浴剤を入れるぐらいは許されてもいいが…。

 湯に入りて病なおればすがりてし杖立ておいて帰る諸人

 空海

(M)


9月7日(火)

●職業柄、毎日いくつもの新聞に目を通す。宅配される新聞はもとより、郵送で届く各地の地域紙まで。それぞれの地域事情が分かるし、同じ地域紙として考えさせられる記事を発見することが多いからだが、8月末、「札幌タイムス」に掲載されていた医師の話もその一つ▼「『往診』原点に暮らしの医療」という見出しの記事だった。注目したのは、この記事の中にあった医師の談話が説得力を持っていたから。そのまま紹介するが、まず「具合が悪くなったら来い。見てやる、治してやる、というのは本当の医療じゃない」という下り▼さらに…。「今の医療は後手必勝の医療。そうじゃなくて地域の医療は先手必勝の病気にならないための予防医学であるべき。診療は金になるが、医療指導は算定されない。しかし金にならなければやらなくていいのか。そうじゃないはず」。医師としての哲学がのぞく▼かつての時代、往診は普通だった。そうでなくなった、と言われる今、この医師には「往診をしなくなったことで、医療が住民から離れてしまった」と映る。実践しているだけに重みのある言葉だが、実際に往診をいとわず、地域の人との交流を大事にしている▼そこから信頼感が生まれる。気持ちがつながっているから、ちょっと調子が悪い程度でも気軽に相談できる、これほどの安心はない。今はこうした関係が築きにくくなっている時代。それだけに、この医師の実践は大きな問題提起。同紙が1面で取り上げた理由もそこにあると推察される。(H)


9月6日(月)

●函館青年会議所が校庭の芝生化を提案、八幡小学校で実験的取り組みを行っている。今の時代、函館・道南に限らず校庭のほとんどは土。芝生はせいぜい部分的にある程度で、まったくない、という学校も。家庭にあるという子も極めて少数…▼固くなった土とは違う芝生の感触。それを知らない子どもたちが地方でも増えている。確かに大都市ではヒートアイランド対策という視点もあるが、校庭の芝生化が広がりつつある最大の理由は、サッカーを楽しむなど、子供たちが伸び伸びと体を動かせる環境づくり▼「それまでより休み時間に校庭で遊ぶようになった」などの話は、その代表的な成果事例。ただし、芝生は生きものだから、時期ごとに必要な管理が伴うなど手間がかかる。問題はその点だが、先進例が教えるのは父母の理解であり、教育的な位置づけをすること、とか▼実際に子どもたちが芝刈りなど、何らかの形でかかわっている例が多い。それを含めて着目したのが函館青年会議所。函館でも試みよう、と理解を得た八幡小学校で行動に移したのが8月初め。校庭の一部分だが、踏み固められた土を5センチほど掘り起こして、種をまきつけた▼その経過はホームページでも報告しているが、この1日には草刈りをするまでに。既に全国で300を超える学校が芝生化された、というデータもあるが、理想は土と芝生があること。今後にどんな道筋をつけるか、面積的にはわずかだが、この実験的取り組みが発している提案は一考に値する。(A)


9月5日(日)

●児童ら人質1200人が気温30度の体育館で2日間。武装集団は水も食料も与えてくれなかった。2つのキャンデーを子供にあげようとした女性が射殺された。館内には爆弾や地雷。上半身裸で逃げ惑う子供らに銃弾の雨…。ロシア南部の学校占拠テロには憤りが込み上げる▼チェチェンの紛争は200年前にさかのぼる。帝国ロシアがカフカス地域を併合した時、イスラム教の指導者が反ロシア抵抗運動を展開し、徹底的に抑圧された。旧ソ連崩壊後も15の共和国は独立したが、宗教の違いなどもあって、チェチェンだけは独立を許されなかった▼圧倒的な力による掃討作戦で犠牲者が増えるばかりのチェチェンはイスラム原理主義に走った。2年前のモスクワ劇場占拠(129人死亡)、今年2月のモスクワ地下鉄自爆テロ(40人死亡)、8月の旅客機2機の爆弾同時テロ(90人死亡)など、非人間的なテロが次々と▼いずれも直接関与しているのが「黒衣の女たち」と呼ばれる女性。今回の学校を占拠した武装集団にも多数の女性が加わっている。長年に及ぶロシアとの戦闘で夫や息子を失った女性が、仇(あだ)を討とうと自爆テロを志願しているのか、黒衣の身に爆薬を縛り付けて…▼戦争(紛争)では必ずと言っていいほど、子供が犠牲になる。ただ、モスクや学校は「聖域」で、戦場とは遠い存在だったはずだが、それも踏みにじった。特に始業式で全校生徒が登校している時を狙うとは。断じて許せない。犠牲者は300人超とも伝えられている。あまりにも悲しく、言葉がない。(M)


9月4日(土)

●「少子化」。よく目にし、耳にする言葉だが、現実の話。実際に年齢別の人口構成は歪み始め、年金問題が象徴するように、将来の社会構造を根底から揺るがしかねない、憂慮される問題。即効薬のない課題として大きく提起されている▼一人の女性が生涯に産む子どもの数(合計特殊出生率)は、昨年の数字で1・29。わが国では1970年代前半までは2・0を上回っていたが、1975年に2・0を割ってからは減少の一途。北海道は、というと、全国平均よりさらに低く、昨年の率も1・20▼教育費など家計の問題、いじめや虐待など社会の問題をはじめ、背景には様々な問題がある、と言われる。確かに今の時代、子育ての環境は厳しい、そこで「対策が必要」と。国は少子化社会対策基本法を定めているが、道はさらなるバックボーンとして条例の制定を打ち出した▼今月中旬に開会する定例道議会に提案する考えの条例は、通称・北海道子ども未来づくり条例。基本施策として保育サービス等の充実、雇用環境の整備、経済負担の軽減などを掲げている。ただ、これはあくまで行政にとって考えられる行動。有効かどうか、となると難しい▼仕事に生きがいを見出せ、生活力も…。長年、求められてきた姿だが、ようやく女性の地位もそこまできた。もちろん結婚するしない、子どもを産む産まないは個人の自由である。とはいえ、いつの時代も社会や行政が問われているのは、子育てしやすい環境を整える努力。道の条例も、そのための前提づくりと受け止めると分かりいい。(H)


9月3日(金)

●中高年になると誰しも気になるのが健康。人間ドックなどの健診を受けて「異常なし」という人は13%、という調査データがあるが、いずれにせよ賞賛に値する。思わず「どんな生活をしているのだろう」と邪推したくもなるが、悩ましいのは生活習慣病▼かつては成人病と呼ばれていたが、行政用語として採用されたのは今から10年ほど前。その定義は言葉通りで「食生活や喫煙、飲酒などの生活習慣が、発症もととなり、進行させる疾患」。具体的に肥満や高脂血症、高血圧症、高尿酸血症などがその類▼分かりやすく表現するなら「不摂生による疾患」。だから治す術も生活習慣で、となる。バランスのいい食生活を、飲酒もほどほどに、適度な運動を忘れずに、などは誰しもの頭に入っていることだが、いざ実行となると、簡単なようで難しい。習慣病と呼ぶ所以はそこにある▼少し前、医療関係者から「最近はそれでも健診結果を意識する人が増えてきている」という話を聞いた。そうかな、と思っていたが、それを裏付けるように先日、「異常の割合が減少の傾向にある」との調査結果を目にした▼「何か体を動かすことをしなければ」。確かに、健康志向の機運が運動に対する意識を高めている。保健センターの受講数や五稜郭公園をウオーキングする人の数など、その姿は函館でもうかがえるが、もっともっと…。道南は今、運動のきっかけづくりに格好の季節を迎えている。(A)


9月2日(木)

●アテネ五輪が終わって4日。最後の男子マラソンで起きた前代未聞な選手妨害事件や、男子ハンマー投げでのドーピングなど、影を落とした問題も起きたが、その余韻と興奮は今も…。笑顔と涙が交錯し、感動を与えてもらった17日間だった▼オリンピックで勝つことがどれだけ難しいことか、それは誰もが分かる。卓球の福原愛が「まぐれで勝てる、(オリンピックは)それほど甘くはありません」は語っていたが、つくづく、そう思う。精神面を含めて「あと一歩」の壁が厚い。勝者が讃えられる理由もそこにある▼オリンピックにかかわらず、スポーツは“力”がなければ勝てない。さらに何かあるとすれば、よく言われるのが“運”。確かに組み合わせなどで多少あるかもしれないが、もう一つ挙げるとすれば“勢い”というか“気持ち”。精神的にも、肉体的にも最高の状態で臨むのは容易なことではないから▼アテネで例を挙げると、柔道や競泳、レスリングの選手、チームには、この“勢い”があった半面、野球やソフトボール、女子バレーボールなどは…。“力”はあるのに、そこに表れた差は、微妙な歯車の狂いを取り戻せたか否かだけ。本当に過酷な舞台というほかない▼それにしても日本選手みんなが精いっぱい戦い、爽やかだった。その一つの結果が金銀銅のメダル37個だが、残念ながらメダルに手が届かなかったものの、この世界最高の舞台で入賞を果たしたり、自己記録を更新した選手も多い。「ご苦労さま」。批評や理屈は抜きに今、選手に贈る言葉は、これしかない。(H)


9月1日(水)

●地震、豪雨…。時として狂い出したように人間社会へ牙を向けてくる。台風16号も爪跡を残したが、この夏は新潟や福井、高知などで大規模な豪雨災害が発生した。命を落とした人、家を失った人も多く、改めて自然災害の脅威を思い知らされる▼予測がつかないから、万全はあり得ない。確かにそうだが、備えるに越したことはない。皆そう思っているのに、ともすれば過去の教訓は忘れがちに。だからこそ時々、せめて年に1回は考えるべき。そんな願いから設けられたのが「防災の日」であり「防災用品点検の日」▼その日のきょう1日は、わが国最悪の地震災害・関東大震災が発生した日でもある。1923(大正12)年のこの日午前11時58分だった。地震の脅威は昔も今も同じで、阪神淡路大震災、北海道南西沖地震など、この10年ほどの間も続発している▼さらに豪雨災害は毎年のように…。「防災の日」は伊勢湾台風に襲われた翌年の1960(昭和35)年、関東大震災を教訓に、と制定された。さらに、それだけでは足りない。「…点検の日」も必要、と呼びかけたのは民間の防災アドバイザーだった▼「日ごろから備えの意識と行動を。行政はもちろん個人でも」。3、6、9、12月の1日をその日と提唱した。「防災の日」「…点検の日」が問いかけているのは難しいことではない。備えに備え過ぎはない、ということである。「大丈夫かな」。9月1日はこの言葉を自分にかけてみる日、せめてそう考えたい。(A)


戻る