平成18年6月

 


6月30日(金)

●6月30日は1年間の折り返し点に当たるハーフタイム・デー。年始から181日目、大晦日(みそか)まで184日。「夏越(なごし)の祓(はらい)する人は千歳の命のぶというなり」ーこう唱えながら、京都上加茂神社の近くに住んでいた学生時代、茅の輪をくぐったものだ▼旧暦では「夏越の祓」で6月晦日と言い、茅の輪をくぐることによって、罪や穢(けが)れを祓って、無病息災と悪厄退散を祈る。人形(ひとがた)に自分の名前を書いて、息を吹きかける。人々から託された何千体の人形が小川に流され、抹茶をたてて水無月(和菓子)を頂く▼もう半年過ぎた、まだ半年ある、いや半年しか残っていない…どうする。ハーフタイム・デーは「よく考える時間」だ。ドイツで繰り広げられているサッカーW杯で言えば、このハーフタイムで戦術を練り直したり、再度、選手同士の意思統一を図ったり、試合の結果を左右する重要な時…▼「当機は津軽海峡を通過します。時計の針を1時間お進めください」。今年も札幌を中心に、経済効果や省エネルギー効果を狙ったサマータイムの実験導入が行われている。お盆前まで期間中、自治体や企業など約3万人が参加して。その人たちのハーフタイムは、というと1時間繰り上がっていることになる▼6月末は1年の中日。江差の“あと半年”は「かもめ島まつり」から始まる。ニシンの来群をもたらした瓶子岩に大しめ縄をかけ、北前船を漕いで、おみこしが海上渡御、今年後半の大漁と無病息災を祈る。ハーフタイムの後半は前半より「3日」多い。有意義な使い方を考えよう。(M)


6月29日(木)

●“コメ離れ”に歯止めがかからないという。米は日本人の主食であり、主作物の稲作を守る視点からも「ごはんを」と啓もうされて久しいが、食品の氾(はん)らんや食生活の多様化などの前に、実効は上がらず、年を追って消費量は減る傾向▼1年間に一人当たりどのぐらいの量の米を食べているか、それは“コメ離れ”を知る一つの目安。個人差は大きいが、平均値でみると、言われる現実が分かる。農水省が発表した2005年度の一人の年間消費量は58・5キロ。5年連続で前の年を下回って過去最低▼過去のデータをひも解いてみると、団塊の世代が高校生だった40年ほど前の1965(昭和40)年は、112キロだった。今のほぼ2倍だが、その5年後には100キロを割って、あとは減少の一途。それでも2000年は64・6キロあったのだが、ついに60キロも割って…▼60キロは尺貫法的には1俵だが、一人が年間、その1俵まで食べていないということである。栄養学の面からも推奨され、炊飯器なども整い、無洗米さえある時代なのに、減少傾向が止まらないという現実は深刻。このままでは稲作現場に再び影を落としかねない▼渡島の稲作も減反政策を乗り越え、近年も毎年3000ヘクタール規模で作付けされている。道南農試が生み出した「ふっくりんこ」に力が入れられているのは、誰もが知るところだが、その鍵を握るのは消費。地産地消、産消協働が叫ばれるが、米の消費実態は、その視点からの問題提起である。(N)


6月28日(水)

●産業の振興に欠かせない要件が幾つかある。その中で、絶対に、という枕詞がつく一つが幅広い意味での「研究」。地元にそうした商品開発などを担う機関があるかないか、その差は大きいが、地方都市という枠内なら函館は恵まれている方に入る▼中小企業が独自に研究、開発体制を持つことは資金面などからも難しい。だが、新たな商品を生み出す際などには、こうしたデータがほしい、といったことがあるはずで、函館にはそんな頼れる機関が複数…。とりわけ道立工業技術センター(桔梗町)の存在は大▼開所から20年。その果たしている役割は、昨年度の企業、公益法人の受託研究、共同研究実績などからもうかがえる。年間40件。前年度に比べ4件増えて過去最高という報告だが、その裏に見落としてならないのは、同センターの充実の一方にある企業の積極的な姿勢▼地域特産の海産物を素材にした、いわば海洋・水産関連の研究の多いのが特徴で、昨年度もガゴメコンブに関するものを含め約半数の21件。ただ、その一方で廃油の利活用など環境に配慮した事業に絡む研究が見られるなど、研究の委託内容も確実に広がりつつある▼地域を問わず産学官の連携が叫ばれて久しい。函館でもそれが名目だけの時代が長かったが、今まさに現実に。持ち込まれる事例がそれを物語っているが、同センターの宮嶋克己研究開発部長も本紙の取材に、こう答えている。「地域の研究に対するムードが高まってきている」。短い談話だが、分かりやすく今の姿が伝わってくる。(N)


6月27日(火)

●女性は85・59歳、男性は78・64歳。と言えば何のことか分かると思うが、厚労省の簡易生命表で明らかになった日本人の2004年平均寿命。昨年生まれた女児の76%、男児の55%は80歳まで生きられる見通しという意味でもある▼食生活の向上、医療や福祉の充実などを背景に戦後、わが国の平均寿命は伸び、今や世界屈指の長寿国。それは各種調査が明らかにしているが、高齢者白書では、昨年10月現在、65歳以上の人は2488万人、うち90歳以上の人は100万人を超えたと報告されている▼平均寿命の伸びをうかがわせるに十分。実際に1955(昭和30)年に女性で67・75歳、男性で63・60歳だったのが、20年後の1975(昭和50)年には男性も70歳代に乗り、5年前の2000(平成12)年には女性が84・60歳、男性が77・72歳になっていた▼昨年の平均寿命を50年に照らすと、この間に女性は17・84歳、男性は15・04歳も伸びている。女性は世界一、男性は第二位…。ちなみに女性はわが国に続く香港が84・3歳、スイスが83・0歳。男性はアイスランドが78・5歳。“人生80年時代”を実感させる▼まさに世界に誇れる姿だが、長寿に伴って増しているのが年金、福祉介護問題に象徴される幾つもの課題。そこに問われているのは「豊かな老後」に見合った現実があるか、また「豊かな老後」を送れる社会環境が築き上げられているか、ということだが、残念ながらその答えは未だ見えていない。(N)


6月26日(月)

●地域社会の人間関係の希薄化が言われて久しい。その認識は既に日常の実感レベルだが、もはや調査結果も「ここまでか…」と教える現実に。各種の調査などから浮き彫りにされているが、6月中旬、発表された読売新聞社の世論調査の結果も然り▼家族構成に始まって近所のことはある程度分かる、日常的には親戚より隣近所に世話になる、という時代が長かった。ところが、この30年ほど、核家族化の進行などを背景に、そうした姿は色あせて、今や「隣りは『何する者ぞ』の関係」とさえ言われるほど▼その結果として、町内会などの地域活動が難しさを増している、とはよく言われる話だが、同社の調査によると「社会の人付き合いや人間関係が希薄になっている」という思いを抱いている人は実に約80%。6年前に行った前回比でも、さらに7ポイント増えているというから深刻▼そして、もう一つ気になるのは、その波が確実に町村部にも押し寄せていること。約75%の数字は都市部との差は5ポイントにすぎず、ほとんど同じ。ただ、仕方ないことだと割り切っているか、と言うと、必ずしもそうでなく、約70%が隣近所は大事と答えている▼函館市をはじめ道南も恐らく全国傾向と大きな差はないに違いない。ただ、函館市などでは町会活動が再び息を吹き返しつつあるとも言われるが、防犯、とりわけ子どもを守ろうという意識の輪が広がっている今こそ、社会や地域との結びつきの大切さを考えるチャンス。その行動の第一歩はさわやかなあいさつから始まる。(H)


6月25日(日)

●高齢社会になればドライバーの高齢化率は上がる。当然と言えば当然だが、それに比例して事故の懸念も増す。現実は既に“危機段階”に入っている。先日、江差町で発足した、シニア・ドライバーズクラブ設立に向けた発起人会などは、その対策への動き▼高齢者は長年、事故の被害者、いわば弱者としてとらえられてきたが、ドライバー人口の増加によって加害者ウエートも高まる傾向に。道警によると、昨年の死亡事故第一当事者(加害)の年齢別発生率で、65歳以上は18・3%。ほぼ5件に1件にまでなってきている▼公的な対策として70歳以上の人が免許更新をする際に適正検査(特別講習)が課せられているが、家族にすれば常に心配の種。「大丈夫」と言われたところで、人間誰しも年齢ととともに運転能力、判断能力が衰えるのだから、簡単に「そうか」とはならない▼免許証の返納も促されているが、それだって自主的な行為が前提であり、強要はできない。昨年の全国調査でも70歳以上の85%が「(返納は)考えていない」と答えている。これも高齢社会の避けられない現実だが、となると、常に安全意識を喚起していくしかない▼その役割を担うのがドライバーズクラブ。問題の根は自己過信であり、その排除には運転技術の点検を受ける機会を設けたり、危険交差点などを認識する取り組みが必要。道警函館方面本部管内では、ほかに幾つかクラブが発足しているという。願うはさらなる広がりだが、高齢社会は加速しており、悠長に構えてもいられない。(H)


6月24日(土)

●「都心回帰」。その現象が東京で顕著だと報じられている。「都心」は都の中心、「回帰」は一周してもとへ戻ることを意味する。ここで言うのは住宅事情。郊外へ求めた動きが“都心志向”に転じているということだが、これも一つの時代の流れ▼まさに地価と不可分の現象。バブルに至るまでの時期、地価は高騰し続け、マンションであろうが、戸建であろうが、東京の23区内などは庶民にとって高根の花だった。それが地価の下落に伴って、手の届くレベルに近づいたことで、生じ始めたのが回帰の動き▼それは国土交通省が5月末に発表した首都圏白書からもはっきりと。埼玉、茨城などの首都圏郊外の人口が減ってきたのに対して、東京の千代田など都心3区の人口増加率は、この10年で実に15%超。統計を見るまでもなく、マンションの建設光景からもうかがえる▼東京では電車の車窓からも、歩いていても、マンションの建設工事が目に飛び込んでくる。それだけ需要があるということだが、かつての郊外と同程度の価格で購入できるようになった今、できれば都心に、と考えるのは当然の心理。生活の利便性に格段の差があるのだから▼この現象が見られるのは東京ばかりでない。札幌もそうだが、規模が違うだけで地方の都市でも。例えば帯広。JR駅周辺に建設された高層マンションが、ここ数年だけで10指を超えている。「郊外」を処分して「都心」に。バブルの反動現象が各都市でじわじわと広がっている。(N)


6月23日(金)

●道内には地域活性化を目指したさまざまな取り組みがあるが、その一つに「わが村は美しく―北海道」運動がある。5月28日付から応募団体の掲載(隔週日曜日)を始めた事業コンクールは、その核的な存在。道南から13の取り組みが名乗りを挙げている▼その目指すところは「地域の魅力づくりのため、地域の資源を活かし、地域住民が主体的に行っている事業支援」。ドイツには40年前から取り組まれている同名の農村コンクールがあるが、道開発局が提唱したのは2001年。まだ始まったばかりである▼その推進団体として設けられたのが北海道田園委員会で、地域特産物、人の交流、景観の3部門別に応募を受けて支援する取り組み。時間もたっていないこともあって、意外と知られていないが、募集は既に3回を終え、本紙が連載していくのは、その3回目の応募事業▼紹介のトップとして取り上げられたのは、北斗市の「六輪村」だった。農家の主婦6人が「消費者に農業を知ってもらい、信頼を築き、広げる場に」と、取り組みを始めて10年。農産物から加工品まで扱い、さらに昨年12月には体験工房をオープンさせている▼「地域の活性化」は、行政が抱える課題を表す言葉として使われるが、主役はあくまで住民。道南でもそうだが、ここ数年、その “活性化事業”が次々と生まれている。「その芽を大事に育てよう」。「わが村は美しく―北海道」運動の趣旨はそこにあり、紙面での紹介が少しでも手助けになれば、と願っている。(A)


6月22日(木)

●夕張市は近く国に財政再建団体の指定を申請する。炭鉱の閉山、それに伴う人口の激減、厳しい行政環境に置かれた中で膨らんだのは財政赤字。年々悪化の道をたどり、実質的な負債は年間財政規模の10倍を超える約600億円といわれる▼道も然りだが、都道府県、市町村と地方自治体の多くは財政運営に悩んでいる。その裏には高度経済成長時の競い合うような大型投資の“つけ”もあるが、その後の時代の変化に対処し切れなかった結果という指摘も。そこに浮かび上がるのは、あえぐ地方の共通の姿▼夕張市は誰もが知るように、かつて24カ所もの炭鉱を有するわが国最大の産炭地だった。12万人の人口を数えた華やかな時代も、閉山に歯止めのかからないまま16年ほど前にはすべての炭鉱がなくなり、まちの将来像を描く中で、観光に活路を見いだそうとしたのだが…▼石炭の歴史村などのレジャー事業を展開し、大々的な映画祭も“夕張”を発信した。多くの事例に漏れず、確かに財政を圧迫することになったが、それを今、糾弾しても意味はない。「手をこまねいているわけにいかない」。当時はそれほどに切羽詰った環境だったのだから▼ただ、その後の見極めがどうだったかは別の問題であり、もっと早く判断していれば、という指摘は外れていない。道内では健全財政と胸を張れる市町村は少ないと言われ、その財政事情は合併問題にも影を落としているが、それにしても…。夕張市が抱えた負債はあまりにも多額というほかない。(N)


6月21日(水)

●道に迷っている自覚はなかった。濃密な竹ヤブで地面を見ながらタケノコを採っていたが、「気がつけば自分の位置をすっかり見失っていた」。助けを求めようと腰を下ろすが、不安にかられ、思わぬ行動に。林道脇の沢に入り、再び険しい山中へ…▼食料はない。日没が迫って、ウインドブレーカーだけでは寒さが体力を奪い、巨大なヒグマのふんに不安感は頂点に。上ノ国町の山中で、半日迷ったあげく、捜索が続く中、自力で下山した62歳男性の遭難体験(10日付本紙)。今月に入って、山菜採りに伴う遭難事故が続出している▼ヒグマとも遭遇しかねない。先日も日高管内で山菜採りの53歳の男性がヒグマに襲われたとみられる傷を受けて亡くなった。夕方、約1キロ先の林道に止めておいた車に向かう途中、襲われたらしく、急流の川を下り、海岸にまで流されていたという▼この時期はヒグマも餌を求めて活動が活発になる。専門家は、もし遭遇したら、決して背を向けたり、走って逃げたりしないように、と忠告する。必ず襲いかかってくるからで、クマから目を離さず、相手の行動をうかがい、静かに後ずさりして離れることが肝心ということだが、ふんなど見たら、とにかく退避が一番…▼遭難が相次いだ上ノ国のタケノコ園で、捜索隊に紛れ込んでリュックいっぱいにタケノコを採っていた、ふとどきな男もいたという話もあるが、山菜採りのマナーと鉄則は忘れないように。それは1人では出かけない、声の届く範囲で行動する、山中に迷ったら見通しの利く場所で動かない、ことなどである。(M)


6月20日(火)

●大学が変わってきている。少子時代が目覚めさせたとも言われるが、開かれた存在へと確実に。その具体例が数多くある中で、ざん新と映るのが青森県の弘前大学が打ち出した取り組み。50歳以上を対象にした「シニアサマーカレッジ」の開講である▼大学は閉ざされた環境で、学内外の壁が厚い時代が長かった。その典型が国立大だったが、独立行政法人化といった時代の流れもあって近年は…。函館市内の大学に目を向けても地域への貢献をより重視するようになったほか、公開講座なども積極的に▼そんな背景の中で弘前大学が大手旅行会社とタイアップして実施を打ち出したのが「シニアサマーカレッジ」。特筆されるのは50歳以上をターゲットにした点だが、団塊の世代が退職期を迎え、受講熱が高まるといった期待と読みから。いわば大学の長期戦略…▼もちろん全国的な募集で、受け入れも最大300人というから、かなり大規模。今年の日程は8月28日から9月10日までで、この間に一般講義のほか、白神山地や三内丸山遺跡など地域テーマなど20講義が組まれている。ちなみに受講料は13万円(旅費、宿泊費別)▼どのぐらいの受講者がいるかに関心が集まるが、大学にとっては「全国に良さを認識してもらう機会」という思いがあり、また地域にとっては10日余りの長期滞在者が増えることによる経済効果も。短期とはいえ、50歳を過ぎてキャンパスライフの一端を味わえるとは…。粋な企画として注目に値する。(H)


6月19日(月)

●残り10日ほどになったが、6月が国の提唱する「食育月間」であることをご存知だろうか。推測の域ながら、恐らく認識外の人が多いに違いない。今年度から始まった運動だから仕方ないとも言えるが、それにしても耳にしない、目にしない▼食生活の乱れが指摘されるようになって久しい。国の調査によると、朝食抜きの現実は小学5年生で4%、成人の20歳代で30%、30歳代で23%といい、健康面への影響が懸念される深刻な事態。看過できないとして昨年7月に食育基本法が制定された▼国民運動を促す趣旨で、その柱に据えられたのが、国や地方公共団体、関係機関等が協力して国民への浸透を図る「食育月間」の取り組み。初年度のアピールとして「毎日朝食をとること」を掲げ、採用したキャッチフレーズは、分かりやすい「みんなで 毎日 朝ごはん」▼ちなみに国が打ち出した目標は、5年後に先の小学5年生の欠食(朝食)をゼロに、成人を15%以下にすること。ただ、そこに決定的な妙案があるわけではなく、即効薬はない。学校などの施設だけならまだしも、家庭の問題に及ぶから難しい。時間をかけて、地道な啓もうしかない▼「少なくとも週1日は家族そろって楽しく食卓を囲むことを呼びかける広報啓発活動を実施する」。基本計画ではこううたっている。その割に伝わってきていないのが気になるところだが、頭に入れておこう、「食育月間」という国民運動があることを。そして毎月19日が「食育の日」であることも…。(H)


6月18日(日)

●観光宣伝はそう簡単でないと言われるが、確かに、これが決め手、という策はない。各地がさまざまに知恵を絞り、時間をかけて“売り込み”を図っているが、その難しさは各地が苦しむ現実が物語っている。だが、諦(あきら)めては将来も開けてこない▼この悩みは函館市も同じ。毎年、あの手この手の宣伝を行っているが、入り込み数は必ずしも比例しない。先日の本欄も取り上げていたように、昨年度500万人を割ったことからもうかがえる。そこで、ということでもないが、函館市が新たに打った一手がJR山手線(東京)の車体広告▼ここ数年、急速に需要が増えている“新媒体”だが、7月1日までの予定で、この4日から2編成が走っているという。実はその初日、たまたま所要で上京していたので新橋駅での巡り合いを期待したが、残念ながらかなわなかった。今週末の上京ではぜひお目にかかりたいと思っている▼聞くところによると、乗降扉の高さ大とあって迫力十分のよう。乗り込む際に「函館山からの景観」や「八幡坂からの美しい港風景」などの“函館”が、否応なしに目に飛び込んでくるのだから。ただ、見た人の話を聞いて、少し気になったのが3種類の写真がおなじみの構図だったこと▼函館野外劇の図柄など迫りくる“函館の夏”をもっと強調するとか、斬新さがあって良かったのでは、といった声も。今後の教訓だが、費用対効果の検証は必要ながら、この新作戦、いいところに目をつけたことだけは確かである。(N)


6月17日(土)

●激闘のサッカーワールドカップ(W杯)が始まって、サムライブルーのアームリングを入手して、にわかファンに。サッカーは足でボールを操るからミスも出やすく、得点も取りにくいから、少ないチャンスをどう生かすかが勝敗のポイント。だが、動きの速い競技故に、誤審もつきもののようだ▼先日の日本と豪州戦でもエジプト人主審に誤審があったと。日本の先取点について「自分の間違いだ。申し訳ない」と答えたという話のほか、後半に日本が得て当然のPKがあったとするFIFA(国際サッカー連盟)の見解が伝えられている▼サッカーはボール1つあれば誰もが路上でもできる“世界共通語”。政治から切り離さなければならないというが、W杯は紛れもなく国と国の戦い。選手は背後にいるサポーターの歓喜と絶望を背負う役割を自ら課しており、だから奇跡の勝利も生まれる▼アメリカ国民の69%は「W杯を全くテレビ観戦しない」(ギャラップ社調査)という。そんな大国がある一方、イングランドと対戦した人口わずか140万人のトリニダード・トバゴや韓国と戦ったトーゴなど、路地裏サッカーからドイツの大舞台に登場した小さな国もある▼サムライブルーは初戦の豪州戦を落とした。敗因をめぐって「積極性のなさ」「攻撃の詰めの甘さと迷い」など、まさに1億総評論家の様相。それだけ期待が大きいということだが、ジーコ監督は、あす18日のクロアチア戦では攻撃型布陣を選択したという。それが吉と出るように…。サムライブルーに後はない。“がけっぷちの力”の発揮を願うばかりである。(M)


6月16日(金)

●「『取材源の秘匿』は最も大切な職業倫理」。報道の仕事に携わる者にとって、例え裁判所から問われようと、踏み外してならない基本姿勢である。というのも取材先を守ることは報道の自由を維持し、果ては知る権利を確保する大前提だから▼この14日、東京高裁で当然と言えば当然、画期的と言えば画期的な判決があった。それは米国の企業が米国政府を相手取って起こした損害賠償訴訟の嘱託尋問で、読売新聞記者が取材源に関する証言はできないと拒絶したのに対する判断で、全面的に秘匿を認める判決だった▼「この情報はどこから得たのか」「誰から聞いたのか」。時には声高に、聞いてくる事例は少なくない。それに答えていたら、どういうことになるか。取材先に激しい抗議を寄せ、場合によっては大変な事態を招きかねない。もし、そうなるのなら、誰が取材に応じるか▼「(出所を)明かさない」は、取材時の暗黙の了解であり、被害を及ぼさないという前提で成り立っている。例えば告発から表面化することが少なくない不正問題にしても、もし秘匿が担保されないとしたら…。問題が表に出づらくなるのは容易に想像できるところ▼それでなくても昨今は、守秘義務を理由に制限しようとする動きが指摘される。それだけに東京高裁の判決が持つ意義は大。「取材活動が公権力の介入から自由であるためには取材源が秘匿される必要がある」と明快に認定したから。言論の自由の視点からも、司法はこの判断を再び覆してはならない。(N)


6月15日(木)

●昨年度、函館市を訪れた観光客は484万3000人。5月末に函館市が発表した数字だが、真正面から受け止めなければならないのは、再び500万人を割ったという事実。伸び悩みならまだしも減少気味ときては危機感を持たざるを得ない▼北海道の代表的観光地として、函館は札幌、小樽、富良野などと並び称される。実際に個人観光客のウエートは高く、道内他地域からは羨ましく思われる存在。年間500万人を超えるレベルになって、しばらくたつが、その後は停滞気味で、かつて掲げた750万人の目標は…▼ちなみに、この10年を振り返ると、1996年度は522万6000人だった。そして最高だったのが1998年度の539万2000人。それが一昨年度は506万8000人となり、底力が期待された昨年度はさらに落ち込んで…▼大事なのは、何故そうなのか、を徹底的に考えることである。新聞各紙を読むと、函館市は低迷した理由として愛知地球博の開催、知床の世界自然遺産登録、韓流ブームなどを挙げている。それらの影響は否定しないが、問題は本当にそれだけと片付けていいのか、ということ▼観光は“水もの産業”とも言われ、他地域の影響など浮き沈みはつきまとう。確かにそうだが、その一方、簡単に影響を受けるうちは本物でない、とする説もある。昨年度の500万人割れは、まさに「函館は本物か」という問いかけ。もはや大丈夫は通用しない、というメッセージにも聞こえる。(N)


6月14日(水)

●第164通常国会は間もなく会期切れを迎える。1月20日に開会して、ほぼ5カ月、国民の目には空虚に映る国会だった。言葉を換えると“低調国会”とでもなろうか、予算案の審議をはじめとする本筋での与野党議論は、ほとんど印象に残らずじまい▼通常、臨時、特別国会がある中で、最も重きが置かれているのが通常国会。ところが、今国会は大事な予算審議のさ中に、辞職した民主議員による偽メール問題が発覚。さらに耐震偽装問題も加わり、気づいてみると、肝心の予算も素通り状態で楽々と成立…▼その後も低調な流れは変わらず、国民に伝わってくる議論はあって無きがごとし。憲法改正の手続きを定める上で鍵となる国民投票法案、愛国心を焦点にした教育基本法改正案も提案して終わり。さらに共謀罪新設の組織犯罪防止法に至っては、自民も自民なら民主も民主▼自民が民主案をのむ方針を打ち出すや、本来なら歓迎して当然なのに民主は逆の対応に。理由はともかく、何とも説得力に欠ける対応。このままでは政治不信を募らせる、会期を延長してでも重要法案の議論を、といった動きもなく、淡々とした幕切れに▼自民の関心事はポスト小泉の党総裁選挙(9月)であり、一方、民主も…。小沢代表の口から聞こえてくるのは来年の参院選の話。確かに幾つも法案は成立しているが、行財政改革は、年金制度問題は…。「見えてこない」は「伝わってこない」ということ。永田町がだんだん遠い存在になろうとしていると思われて仕方ない。(N)


6月13日(火)

●「法」は本来、優しいはずなのに、厳しく、冷たく思える時もある。この7日に東京地裁で判決のあったドミニカ日本人移民訴訟はまさしく後者。国の責任を明確に認定しながら、いわゆる「除斥(じょせき)期間」が過ぎていたという理由で請求は棄却に▼戦後、わが国はブラジル、アルゼンチンなど中南米への移民政策を推進したが、ドミニカはその一つ。「優良な農地が無償で…」を信じた約250家族の1320人が渡った。ところが、夢に描いた移住地はどうにもならない不毛の地で、待っていたのは過酷な日々だった▼20年ほど前だが、ブラジルなどの移住地を訪ねたことがある。北海道から渡った家族のその後を尋ね歩く取材だった。サンパウロなど主要都市から遠く離れた所ばかり、主に農業に就いている人に会ったのだが、当時でさえ、かなり苦労している姿があった▼報じられている範囲から推測するに、ドミニカはより過酷な環境だったよう。しかも国の事前調査はずさん、説明内容も現実と違っていたとすると、移住者の怒りは当然で、裁判所が国の責任を認めたのも当たり前。ただ「提訴するのが遅かった」というのだから、何とも無情な話▼「法」が持つ機微だが、賠償を求めた移住者が冷たい判断と受け止め、控訴した気持ちは痛いほど理解できる。これは政治の責任。賠償の必要なしとする司法判断が出されたからといって、国は責めを免れるものでない。判決を受けて「さらに救済の道を検討する」としているが、もっと早くできなかったのか、そんな思いがしてならない。(A)


6月12日(月)

●きょう12日は長崎に原爆が投下されてから22222日。アインシュタインは哲学者の篠原正瑛氏に送った手紙で「日本に対する原爆使用は有罪だと考えているが、この致命的な決定を阻止するために何もできなかった…」と苦悩をにじませている▼証言を検証していくと、原爆はすさまじいものであるという印象が増していく。肉の腐敗臭が強烈な廃墟のただ中を数時間歩くと…。炸裂した原子が人間の肉体や骨に対してどのような力をもっているのか…。でも、原爆が原因で死ぬのだ(ウェラー記者の原爆投下1カ月後のルポ=毎日新聞)▼広島、長崎を焼き尽くし、多数の市民を殺傷し、苦しめている2発の原爆。その破壊力を目の当たりにした刹那から、核の恐怖と対峙するために核に依存するという矛盾に満ちた世界が始まった。そして長崎平和記念館の数字が22222日の悲しいぞろ目を迎えた(広島は3日前)▼2カ月前、長崎さるく博で訪れた際、この日数を刻む掲示板を初めて知った。熱で変色した石や焼けただれた被爆者の写真などを見ていると、22222の数字から被爆者がさ迷い、苦しみながらも「核兵器のない世界を」と叫けぶ声が聞こえてくる。あすは22223回目の合掌だ▼核兵器を使えば人類(地球)が破滅する。長崎への原爆投下以来、戦場で核兵器が使用されていない。核保有国は、その恐ろしさを十分知っているが、イランや北朝鮮のように核開発に頼ろうとしているのも現実。子どもや孫たちが「平和な33333日」が迎えられるよう祈りたい。(M)


6月11日(日)

●今の時代に求められるコンセプトに「安心」「安全」がある。それは食にも、防犯など日常生活にも通じるが、確かに脅かされていると感じる現実がある。裏返すと社会の基本的支柱の「信頼」が揺らいでいるということであり、まさに危機的状況▼象徴的なのは子どもが犠牲になる凶悪事件の続発だが、建物にも…。構造計算の耐震偽装問題がもたらした衝撃に加え、今度はエレベーター。一昨日の本欄でも触れたが、まさかというか、ついにというか、東京で死亡事故が起きてしまった▼住宅を購入する際、素人が確認できる「安全」には限界がある。ましてや完成した物件などは壁を壊して確かめることもできず、資料を、説明を信じるしか術はない。そこにあるのは「信頼」という絆(きずな)であり、偽装やずさんな対応は、著しくそれを裏切る行為▼エレベーターの事故にしても同じ。誰もが「安全」と信じ、トラブルはあり得ない、という前提で利用しているわけだから。なのに、こうも、というほど異常があったことが表に出るや、長年培ってきた「安心」はいっぺんに吹き飛んでしまう。いずれも一部の企業なのだが、もたらされる心理的影響は計り知れない▼うちの建物、うちのエレベーターも、もしかしたら、という思いが込み上げかねない。社会において「安心」「安全」の「信頼」ほど大事なものはない。裏切った企業の責任は重く、社会から糾弾されて当然とする理由もそこにある。(N)


6月10日(土)

●6月10日が「時の記念日」ということは、広く知られている。ただ、定めた団体や定められた理由となるとどうか。古時計の供養といった話題が報じられるから、時計組合が、大切にしよう、と誕生させた記念日なのでは、と思っている人もいよう▼実は大正時代にあった生活改善同盟会なる組織が制定したのが始まり、と言われている。「きちんと時間を守ることで生活の改善、合理化を」というのが趣旨で、今から85年も前の1920(大正9)年のこと。6月10日が選ばれたには、また別の理由があって…▼よりどころは「日本書紀」。4月25日の項に「時」に絡む記述があり、旧暦のその日が6月10日に当たることから。「(時間を)守ろう」「(時間を)大切に」という啓もうだが、その“時”を教えてくれる一つが時計。だから時計に感謝しようという思いも当然ながら沸いてくる▼社会の営みもそうだが、私生活にしても、時間はすべてについて回る。何時に起きて、出かけて、何時まで過ごしてといったことのほか、約束にも場所とともに時間が。しかも、時間は過ぎていくばかりで、二度と戻ってはこない。「大切に」とされる理由もそこに▼頭では分かっていても、また自覚していないだけで、無駄にしている時間は誰にもあるもの。函館を含め都市名がついた○○時間をはじめ、拾い上げれば切りがないが、時々振り返ってみてはどうか。そう教えているのが「時の記念日」であり、年に一度考えよう、という勧めとも言える。(H)


6月9日(金)

●紀元前の古代ローマ皇帝の宮殿には、3基のエレベーターがあった。動力が人や動物、水力の時代に、アルキメデスがドラムにロープを巻きつけて発明した人力式の荷揚げ装置で、エレベーターの起源と言われている▼そのエレベーターは、今では高層ビルなどに欠かせない存在。“文明の鳥かご”が付いていて当たり前の建造物だが、30年前、東京・池袋のサンシャイン60ができた時、子どもたちと分速600メートルという世界最速のエレーベーターに乗って、歓声を上げたのを思い出す。それから時も経って、最近は一般住宅にも登場する時代…▼途中で止まったり、閉じ込められたりしないか、目的の階に着くまで、何となく不安だが、ついに恐れていた人身事故が起きてしまった。東京・港区のマンションの12階で降りようとした高校生が、エレベーターと天井に挟まれて死亡した。そのエレベーターはドアが全開のまま急上昇したというから恐ろしい▼製造メーカーであるシンドラー社は「世界で毎日7億5000万人が利用しており、業界の高い水準で設計されている」と胸を張っているが、2年前に米国・ニューヨーク市で同社製造のエレベーターが最上階の天井に衝突して60代の男性が死亡したほか、事故の報告はけっして少なくない▼同社は地下鉄などのエスカレーターも製造している。こうなってくると、つきまとうのは安全性の心配。法令では「エレベーターは扉が閉まりきらないと動かない仕組み」と規定されている。今、大事なのは、責任を感じることと、早く原因を究明し、安全のお墨付きを出すこと。惨事を繰り返さないために。(M)


6月8日(木)

●年間3万人を超える人が自ら命を絶っている。何とも悲しくなるが、8年連続して3万人超の現実は誰の目にも異常であり、政治や社会に対する警告。ここ数年、経済・生活苦が動機となった自殺者が増えていることも、重くのしかかる▼健康問題であったり、家族の悩みであったり、いつの時代も悩みを抱える人はいる。それでも警察庁が統計を取り始めたほぼ30年前は、年間2万人ほど。10年前でもせいぜい2万5000人だったが、長きに及んだわが国経済の陰りは新たな悩みを生み出したようで▼1998(平成10)年に3万1755人となった後は、3万人超えが続き、昨年は3万2552人。その人数の多さもさることながら問題は動機。昔も今も最多は健康問題(1万5014人)だが、注視しなければならないのはここ数年、経済・生活問題が増えていること▼商売に行き詰った末の負債や失業などによる生活苦で、昨年もほぼ四分の一に当たる7756人。4年連続の7000人台であり、事ここに至っては、政治の責任が問われても仕方ない。そう感じたか、与野党による「自殺対策基本法案」をまとめたという▼精神科などの医療体制の整備、早期発見のシステムづくり…。法律だから総論の羅列は仕方ないが、当面の実効となると何も見えてこない。残念ながら今の時代現象でもある経済・生活問題が動機の自殺を抑止する策も。とりあえず求められているのは、雇用政策を含めた、病む以前の段階の対策なのだが…。(N)


6月7日(水)

●地方自治法が改正され、いわゆる地方自治体三役の一人の出納長(都道府県)、収入役(市町村)が廃止される。その一方で、助役は権限を強化し「副市町村長」と改められる。組織の機能性を求める現実に沿ったもので、来年4月に施行となる▼「助役」「収入役」は、市町村職員の特別職名として長年、使われている名称。「助役」は鉄道会社でも使われるが、市町村では「長を補佐し、長に事故がある時はその代理をする者」であり、「収入役」は「出納その他の会計事務を担当する者」。いずれも地方自治法の規定による▼「助役」は第161条で、「収入役」は第168条で、定数も含めた規定があり、改正はほぼ50年ぶり。「助役」という役職名は消える運命となり、「収入役」はポストそのものがなくなるということ。ただ、実態的には条例で既に「収入役」を置いていない市町村が少なくない▼金融機関の対応が進んだこと、組織の簡素化を求める時代の要請、などが背景にあるが、渡島管内を例にみても顕著。函館市が今年、事実上の廃止に踏み切ったほか、北斗市や七飯町など8市町が町長や助役が兼掌する形をとり、なお配置しているのは2町だけ▼財政難が象徴するように、市町村が直面している現実は厳しい。北海道の立ち遅れが指摘される合併問題は、その解決策の問いかけにほかならないが、この地方自治法の改正も目指すところは同じで、いわば新しい時代のあり方の模索。行政の効率化、スリム化の取り組みは、まだ始まったばかりである。(N)


6月6日(火)

●殺害された秋田県藤里町の小1男児を草むらに遺棄したのは、一軒隣の33歳の女性だった。小4の長女が1カ月前に川で水死したとみられる事故で「悲劇の母親」を演じていたのに、一転して容疑者に▼なぜ、どうして、何があったというのだろうか。長女が亡くなって、自ら川に入り「冷たかったろうに」と花を流し、下校途中に連れ去られた男児の遺体が発見された時には、長女の遺影に「(男児も)一緒に連れていってね。ちゃんと(天国で)待っているんだよ、と話し掛けていた」と言っていたのに▼新緑に包まれた農村地帯にある小規模な新興団地。入居者の大半は若い世代で、隣人や地域との付き合いはいたって希薄とはいえ、誰もが予想できなかった事件。通学路の対策は十分取られているが、先月の運動会で1等賞を取り、大工さんになる夢を持っていた男児が、あまりにもかわいそう▼男児の衣服に付いていた毛髪が、女性の毛髪のDNAと一致したのが決め手とも言われる。子どもの命を守ることは親の本能だが、隣近所との付き合いの原点である「怨親平等」の精神が欠如していたということか。一生、ざんげと反省を繰り返すことになった▼逮捕された女性は「夜、念仏を唱えながら男児のことも一緒に祈っています」と言ったとも伝えられているが、詳しい動機や、男児と長女の死との関連など、まだ分からないことばかり。それにしても辛いことに…。この半年間、奈良、広島、栃木、秋田と下校中に「幼い灯」が消える悲劇が続いている。(M)


6月5日(月)

●自分が住むまちに満足しているか否か、その答えは漠然とした個人的な思いが左右する。だからと言って、意味のないこととして片付けるのは早計。満足派が多いに越したことはないからだが、もちろん何割いれば“合格点”か、といった基準はない▼5月末の本紙は、NPO法人・どうなん「学び」サポートセンターが行った調査報告の内容を報じていた。その中で注目されたのが、道南を幾つかに分けて分析した地域満足度。旧函館市を除く道南全体では「満足」「ほぼ満足」と答えた人の率が、ほぼ半数の46・5%だったという▼さらに興味深かったのは「どこが良くて、どこが悪いか」といった、いわゆる満足、不満の理由。満足として挙げられたのが「自然が豊か」「自分が生まれたまち」「人と人とのつながりがある」に対し、不満は「働く場所がない」「活気がない」「若者が少ない」こと▼これを要約すると「生活環境の面では満足できるが、現実の社会に目を移すと不満」とでもなろうか。以前から少しも変わっていない理由であり、最大公約数的な認識と言えるが、なお課題として抱えたままということ。特に重くのしかかるのは後者の不満の部分…▼確かに結構な率で「住み続ける」という答えがあった。積極的な思いによるものと受け止めたいが、定住推進に最も求められているのは「若者が定着できる職場の創造」。雇用の場の創出である。何時になったら…。そんな切なる思いは、この報告からも伝わってくる。(N)


6月4日(日)

●「お金は汗水たらし働いてためるものだよ」。40年余り前の子どもの頃、親から口すっぱく言われたのを覚えている。生活するのが精いっぱいという時代であり、小遣いはお年玉だけ。そのお年玉も貯金した記憶があるが、それが当たり前の時代だった▼今と違ってゲームセンターがあるわけでもなく、お金を使うにしても、せいぜい本か玩具を買う程度。時代が変われば微妙な違いが生じて当然だが、ただ、子どもに金銭意識を身につけさせることが大切な人間教育であることは、昔も今も変わらない▼そこで今の小中高校生のお金に対する意識だが…。興味深い調査結果を、5月中旬、金融広報中央委員会が発表していた。「子どものくらしとお金に関する調査」で、それによると「お金が一番」と答えた割合は、小学生の高学年で12%、中学生で26%、高校生では30%という▼さらに注目されたのが、fイけ事やマネーゲームに対する中高校生の認識。昨今の社会事象の影響なのか、肯定的な答えの割合が結構、高かった。マネーゲームでの稼ぎを是とする答えは中学生で30%、高校生で40%。fイけ事についても多少とはいえ、それを上回って…▼その一方で「お金はこつこつ働いてためるもの」という認識も、決して低くはない。中学生で74%、高校生で66%と出ている。こうした姿をどう受け止めるか、確かに判断が分かれるところだが、中学生の80%が「お金より大事なものがある」と答えているのは、一つの救いに聞こえてくる。(A)


6月3日(土)

●JRのダイヤが改正されて2カ月余りがたった。スーパー系の特急が増えるなど充実が図られたが、消えない疑問が一つ。函館と札幌や八戸間を結ぶ特急で、五稜郭駅に停車するのとしないのがあること▼特急が五稜郭駅に停車するようになるまでに時間がかかったのは「観光客を函館駅まで、という考えが地域にあったから」と聞いたことがある。それは住民のためという視点が欠けていたということだが、人口の分布などから推測して五稜郭駅の利用需要は多い▼実際に、それ以前から「停めてほしい」という要望があったと聞くし、その声が一部ながら停車する原動力になったのも事実。以来、10年ほどになるが、要望倒れでなかったことは今日の乗降客数が物語っている。しかし、今年の改正でも全特急停車が実現されるに至らなかった▼ダイヤを編成する上で、支障でもあるのなら別だが、素人目にはそうとも思えない。停車させたところで、函館との間の時間ロスはせいぜい2、3分。隣の函館駅は始発、終着駅であり、素人目には出発と到着を若干早め、遅めとすることで解決できることと映るのだが…▼実はこの話、ある会合で話題になったことがある。「停まるのと停まらないのがあるから(五稜郭駅停車の有無に)気をつけなければ…」。確認すれば済む、確かにそうだが、分かりやすさを求めるのは、利用者の常なる心理▼駅前が整備されたことでもあるし、次のダイヤ改正の際にはぜひ実現を。臥牛子もそう望む一人である。(H)


6月2日(金)

●かつて船長がモービィ・ディックと壮絶に格闘し、海の藻くずと消える映画「白鯨」があった。巨大な口は地獄への門と恐れられているクジラ。縄文時代から食用として捕獲されてきたが、函館はジョン万次郎から捕鯨の指導を受けるなどクジラと縁が深い▼西部地区の千歳坂には船長兼砲手の天野太輔が建てた鯨族供養塔がある。碑には「二十六年間の捕鯨生活の中、度々(たびたび)、親子の鯨も捕獲せざるを得ず、その生命を奪ってきた。その数、二千数百。妻を亡くし、三人の子供を亡くし、老いさらばえる今日この頃、痛切に世の無常を感じ…」と刻まれている▼やはり捕鯨が盛んだった山口県長門市にも鯨墓があって、供養の「くじら法会」の詩に「はまのお寺で鳴るかねが、ゆれて水面をわたるとき…、おきでくじらの子がひとり、鳴るかねをききながら、死んだとうさま、かあさまを、こいし、こいしとないてます」と慈しんでいる▼今は南の海で出産した後、子クジラを伴って海洋を移動する時期。2カ月前、鹿児島県の佐多岬沖で高速船が何かと衝突した事故もクジラの北上時期と重なって“クジラ説”が。その規制対象外のツチクジラが津軽海峡や渡島半島沖にやって来ている▼脂がのったのど仏の刺し身、竜田揚げ、クジラ汁…。人は他の動物の犠牲によって生かされている。先ほど、函館港に初水揚げされたクジラの群れにも子供がいたかも知れない。今年も函館西中の生徒たちが鯨族供養塔を清掃した。2日は称名寺で慰霊祭が行われる。 (M)


6月1日(木)

●世の中、IT(情報技術)時代。特に企業などにおいては…。だが、小規模事業者にとっては「そうは言ってもなかなか」というのが実態。IT利用は着実に進むと予測されるものの、現実にはIT化へのサポートやセキュリティー対策が重くのしかかっている▼総合ブロードバンド・ソリューションを提供するフォーバル(東京)が4月に発表した「FORVAL小規模事業者白書2006」は、こうした姿を浮き彫りに。その基になったのは、今年の2月末から行った従業員20人以下の企業経営者に対する調査結果▼残念ながら北海道は含まれていないが、ちょっとひも解いてみると、積極的か否かは別にITを活用している企業は75%あった。小規模な企業でも4社に3社ということだが、気になるのは、大企業と違って組織として十分に機能するレベルとは言い難いこと▼IT化が業務の効率向上やコストの削減になることの理解はある。だが、IT担当者の3人に1人が経営者自身であり、さらにはセキュリティーにまで手が回らないなど、現状では単独で取り組めることに限界を感じている。小規模企業の苦悩だが、抱える課題はそこに▼小規模企業もITに対する関心は高い。それは日常の事務処理やインターネットによる情報収集などに対する期待でもあるが、求められているのは、どう促していくか、ということであり、その一つがサポート。ブロードバンド(高速ネットワーク)社会は、2010年にも実現されると言われている。(H)


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