平成19年2月


2月28日(水)

●何となく実感するが、大都市はもちろん全国的にも自転車の事故が増えているという。車道での自動車との衝突、歩道での歩行者との接触など、函館でも危ない光景を見かけることがあるが、実情は警察庁が抑止対策の重点に掲げなければならないほど▼2005年度の全国統計によると、自転車が絡む事故件数は事故全体の19・2%を数え、死傷者数の割合は15・9%。函館方面本部管内に目を移しても、自転車対自動車の事故は昨年364件(前年比31件増)発生し、2人が死亡、370人がけがをしている▼確かに東京などの大都市と地方都市では置かれている交通環境は違うが、対策を講じる必要があるという点では一緒。あらためて言うまでもなく、自転車の走行に関しては道路交通法で規定され、自転車が義務づけられているのは、歩道ではなく車道の通行▼歩道は「認められた所に限って」だが、実際には歩道を走る率は高く、歩行者との接触も心配の種。そこで、よく言われるのはマナーだが、道路環境も指摘される。車道の拡幅や歩道の整備は疑問を挟む余地がないほど進んだ。ただ、そこに自転車に対する考慮は…▼自転車の走行レーンが設けられている車道は少なく、歩行者とすみ分けできている歩道もごく一部。自転車事故の増加はそのつけという論もあながち外れていない。先日の朝日新聞は「警察庁が『自転車通行可』の歩道の実態調査をする」と報じていたが、自転車の道路環境整備こそ急ぐべきだ。函館も例外でない。(H)


2月27日(火)

●「富士川のほとりを行に三つ計なる捨子の哀気に泣有。うき世の波をしのぐにたへず露計の命待間と捨て置けむ」。松尾芭蕉は哀猿の声と捨て子の泣き声と、どっちが哀(かな)しいのだろうかと自問しながら、捨て子を助けないで通過したという話を何かで読んだ▼何らかの理由で育てられない母親によって捨てられる子ども。昔は貧困層の人たちが口減らしのために「いい人に拾われて」と、衣装にリボンを付けたり、半分に割ったメダルを付けたりして公園や病院の前に置いた。今は、妊娠、出産に無知な若年層によるケースが多い▼駅のコインロッカーで生後間もない男児の捨て子(昨年11月、京都)など、年間約180人の棄児が出ているという。このような悲劇をなくすために、熊本市の慈恵病院が導入しようとしている「赤ちゃんポスト」に対し、「幼い命を救う」「他に委ねることを助成」など賛否両論▼かつて欧州では教会の正面にある台に赤ちゃんを捨てたという話がある。台は回転式で、回すと修道女たちが施設に収容する仕組みだった。慈恵病院の赤ちゃんポストも、中に“保育器”を置き、赤ちゃんが置かれると、センサーが感知するもので「こうのとりのゆりかご」と呼んでいる▼妊娠21週で生まれた284グラムの超未熟児が4カ月たっても懸命に生きている(米国)。「親として責任を持って産むことが大切」(安倍首相)は当然のことであり、若年層による捨て子はそれ以前の問題。富士川の捨て子を救済しなかった芭蕉は後悔したことだろう。赤ちゃんポストはあくまで「緊急避難所」である。(M)


2月26日(月)

●農業現場の高齢化が今後さらに進む。「わが国の農業は赤信号状態」と指摘される理由の一つだが、長年言われながら、明るい兆しは少しも。というより事態は深刻になるばかり。2月の中旬、日本経済新聞で、そんな思いを増幅させる記事を目にした▼「農業従事者『65歳以上』が2015年には6割超・農水省予測」。この見出しがすべてを物語っていた。「8年後には3人に2人が65歳以上になる」というのである。確かに北海道は全国的に低く、2000(平成12)年前後から30%台だが、全国平均では既に50%超▼しかも驚くのは、この10年間で17・2ポイントも高まっていること。言うまでもなく農業は国の基本戦略である。食料安保という言葉が端的だが、安定的に確保する道を築いておくことは国政の至上命題であり、その鍵を握るのは現場を支える人(農業従事者)たち▼基盤整備に力を入れ、規模を拡大して機械化しようとも人がいなければ…。それも次世代につながる年齢構成で。だが、現実は若い人の農業離れは顕著で、加速しているのが高齢化。65歳以上の割合は30年ほど前の1975(昭和50)年で21%、その10年後でも29%だった▼それが2000年には52・9%と半数を超えるまでに。対策の必要性が叫ばれ、予算も投じられて久しいが、依然として魅力を抱かせる経営環境にない。それもこれも輸入とのバランスを最優先に揺れ動いてきた農政のつけ。40%まで落ちた食料自給率ととともに、それを象徴している。(N)


2月25日(日)

●アメリカの社会学者リースマンが「孤独な群衆」を著してから半世紀余。現代人の社会的性格を考察・分析した古典的名著に数えられ、いまも多くの人々に読まれている。取り上げたのは近代産業社会を支えるアメリカの中間層だったが、どうやらいまの日本では子供たちに孤独感が広がっているらしい▼国連児童基金(ユニセフ)が経済協力開発機構(OECD)加盟の先進25カ国に住む子供たちの「幸福度」を調査したところ、「孤独を感じる」と答えた日本の15歳の割合が29・8%と他国に比べ飛び抜けて高かった。3人に1人の子供が「孤独」と答えている現状をどうとらえればいいのだろうか▼核家族化が進んだ日本では祖父母との同居はまれ。少子化で兄弟姉妹も少ない。共働きで両親が留守がちの家庭も多い。孤独感の背景には、携帯メール以外に外界とのつながりを持たなかったり、自室でゲームの仮想世界に浸りきっている子供たちの姿が浮かび上がる▼仲間同士で遊ぶ子供たちが少なくなった。鬼ごっこやかくれんぼといった集団での遊びがすたれ、テレビゲームや、漫画や雑誌を読んだりするなど、家での遊びに変わってきた。「日本子ども社会学会」が2004年に行った調査でも仲間関係の希薄化と仲間集団の衰退が指摘されている(「いま、子どもの放課後はどうなっているのか」、北大路書房)▼孤独は思索を深める契機になる。哲学や文学、音楽などの優れた作品は孤独の中から生まれたものも数多い。だが子供たちには仲間や家族との遊びや語らいの楽しさをぜひ取り戻してほしい。(S)


2月24日(土)

●梵(ぼん)鐘や半鐘は時として、お国のために供出(鋳潰)させられた。黒船が来航した時、幕府は鐘を大砲に鋳造する命令を出した。戦時中は4万5000個が供出され、弾丸や飛行機、軍艦に充てられた。その半鐘が今、次々と盗まれているという話がある▼臥牛子の生家のお寺(能登半島)は、戦後いち早く梵鐘と半鐘を富山の鋳物工場から購入。朝夕と行事の際に撞(つ)く役目だった。適当な間隔で7打してから打ち上げ打ち下ろし、次に5打して…。火事など災害を知らせる火の見櫓(やぐら)の半鐘は「ジャーン、ジャーン、ジャーン」▼梵鐘(半鐘)は一度鋳造されれば数世紀の寿命が与えられるが、火の見櫓の半鐘は「119番」などの発達でその役目を終え、すっかり懐旧風景の一つに。だからと言って、銅や鉄などの世界的な価格高騰に目をつけ、盗難のターゲットにされては困る▼茨城県や栃木県で青銅の半鐘が40個も盗まれたという。「金へん糸へん」といわれた朝鮮戦争のころ、屑(くず)鉄拾いで稼ぎ、寺院の銅版屋根をはいだり、電柱を支える太い針金を切り取って売り飛ばしていた不届き者もいた。歴史は繰り返すか、今は側溝のフタも盗まれる時代…▼サイトで「半鐘泥棒」を検索したら1万5500件もあった。半鐘なんて何のことか分らない人が多いと思ったが、意外と関心が高い。雪が解けると咲き始め、「友情」の花言葉を持つ釣鐘草(カンバニュラ)や深山半鐘蔓(ミヤマハンショウヅル)も嘆いている。罰当たりな半鐘泥棒は早く「オジャン」にしたいものだ。(M)


2月23日(金)

●津波は怖い。過去に大災害となった事例がある。だが、その危険認識は意外に薄く、避難喚起に課題がある。そんな姿を先日、北海道開発局が明らかにした。昨年11月15日に発生した千島列島沖地震の際の津波警報に対する行動を聞いた結果として▼避難勧告や指示が出されたのは厚岸などの太平洋岸、斜里などのオホーツク岸の約13万人。行政は独自の広報手段で、さらにテレビ各局は番組を変更して再三、避難を呼びかけていたのが記憶に新しいが、それでも実際に避難した人は半数以下だったという▼幸い大事には至らなかった。だからと言って、これでよしとはなかなか…。重要なのは避難しなかった理由だが、出てきた答えは「危険が及ぶ津波は来ないと考えたから」「津波の予想が1メートル程度だったから」「これまで避難しなくても大丈夫だったから」。つまり素人判断である▼総括の中で同局はこう解説している。「被害の可能性を過少評価して『正常化の偏見』が働いたと考えられる」。正確な知識がないのに情報を勝手に解釈したり、過少評価したりする行動があったということだが、最大の課題はここに。避難解除前に帰宅した人も多かった▼避難した人、しなかった人…。確かに、その行動を取るまでに大なり小なり考え、家族でも話し合ったはず。調査結果には揺れ動く心理ものぞくが、それが教えているのは「(自分たちは)専門家でない」ということ。津波警報や避難勧告(指示)が必要とされる理由は、紛れもなくそこにあるのだから。(N)


2月22日(木)

●函館市内で乗ったタクシーの運転手さんが嘆いていた。「こう雪がないとお年寄りが使ってくれない」。雪が積もると転倒を恐れてお年寄りが病院や買い物にタクシーを利用する機会が増える。それが今冬は少ないというのだ。医療費の負担増や定率減税の見直しなどで高齢世帯の負担感が増しているのもタクシー利用を控えさせている要因には違いない。だが、積雪がないことが、タクシーの客数に影響しているとは想像できなかった▼今冬は確かに異変とも言っていい暖冬だ。函館海洋気象台によると、冬の始まりの昨年11月から2月まで平均気温は平年を上回り続けている。最高気温が氷点下の真冬日は昨年12月に1日、1月に6日あっただけで今月はゼロだ▼暖冬異変をもたらしているのは地球規模の温暖化が疑われている。二酸化炭素など温室効果ガスの削減を定めた京都議定書の発効から2年になるが、日本をはじめ先進諸国の取り組みは進んでいないのが実情だ。暖冬異変は地球からの警告かもしれない▼三好達治に「雪」と題した詩がある。〈太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ。〉ここで歌われているのはすっぽりと雪に包まれた山里の静寂だろうか。海峡からの風に乗って雪が舞う函館とは異なる風情だ▼だが山里に降り積む雪も港町に舞う雪も中谷宇吉郎博士が言う「天から送られた手紙」だ。函館が積雪ゼロになるのは平年で4月6日。まだ、先は長い。運転手さんの嘆きがほどける雪がどっとやって来るかもしれない。(S)


2月21日(水)

●関西の刑務所で看守実習をしていた学生時代の話…。精神障害の服役者の収容棟を巡回中、オリの中で50代の男が大暴れ、意味不明の言葉で叫んだり、頭をかきむしったり、あげくには汚物まで投げつけてきたことがある。今で言う認知症の収容者だったのかもしれない▼先日、全国紙が報じた「介護施設でオリに入所者を拘束」の記事を読んで、看守実習で暴れる人間を押さえ込んだのを思い出した。刑務所と介護施設を一緒にしてはならないが「介護しながら病気を回復させる」という意味では一緒。もちろん、身体的虐待に走ってはならない▼この介護施設で虐待を受けていたとみられる男性は、交通事故で片足が不自由で脳や言語に障害があったという。施設側は「他の患者をベッドから引き下ろすので、オリを持っていったら、喜んで中に入った」と言っているが、ペット用のオリに入れられ、両腕には手錠をかけ、ベッドに拘束…▼また、無届けの介護施設で、最後の巡回の時、入所者(26人)の半数はヒモや手錠などでベッドに拘束していたともいう。虐待には身体的虐待、心理的虐待、性的虐待、経済的虐待、介護・世話の放棄・放任などのケースが考えられるが、認知症の高齢者が虐待の被害に遭いやすい▼厚生労働省が「身体拘束ゼロ作戦」を提唱する介護施設の虐待行為。高齢者虐待防止法が施行されたとはいえ、まだまだ課題が多い。特に「本人が虐待を受けているという意識がない認知症」は深刻な問題だが、ストレスがたまる介護者へのケアも必要だ。(M)


2月20日(火)

●今の季節なら風物詩の“ストーブ列車”で知られる津軽鉄道。その名の通り青森県の津軽半島を走る民営鉄道だが、観光面での知名度の高さとは裏腹に経営は…。沿線人口が少ない地方の民営の例にもれず、厳しい経営環境を強いられている▼1930(昭和5)年の開業というから、その歴史は既に77年。乗車したことがある人も少なくないはずだが、津軽五所川原駅と津軽中里駅の間を結ぶ20・7キロ。夏の風鈴列車、秋の鈴虫列車も有名だが、春には桜の名所・芦野公園(金木)を走る光景も人気を集める▼風情ある民鉄の名に恥じないが、それで経営が成り立つのなら苦労はないが…。応援の動きがサポーターズクラブの発足(昨年)を促し、自社として今年、打ち出したのがレールオーナー制度。1口1メートル5000円(有効3年)で線路のオーナーになってもらう取り組みだ▼特典は特製会員証、乗車を体感してもらう会員特別乗車券、オーナーとなった場所を示したオリジナル路線図の提供など。全線距離からして最大で2万700口になるが、同社のホームページによると、この15日から(4月30日まで)第1回の募集に入っている▼ふるさと銀河線(十勝管内池田町―北見市)が頭を過ぎる。経営改善に苦しんだ上、昨年4月に歴史を閉じて間もなく1年を迎える。生き残り策の一つとして、このオーナー制度はなかなかのアイデア。少額だから応募もしやすく、幅広い層に、しかも全国に発信できる。9月末まで合わせて3回の募集が予定されている。(H)


2月19日(月)

●高齢化社会で、高齢者人口が多いのだから当然と思える一方で、放っておけない、急ぎ対策を講じるべき、と訴える現実がある。それは高齢の刑法犯人や受刑者の増加。検挙された人数の1割を65歳以上が占めるまでになっているというのだから▼高齢者の社会問題としては、交通事故や犯罪の被害防止対策など弱者の視点から論じられることが多いが、これはその逆の動き。そんな実態は犯罪統計などからも浮き彫りにされている。ここ数年、高齢者の犯罪が急激な増加を示しているのだ▼平成元年の1989年を例にとると、刑法に触れる犯罪に身を染めて検挙された65歳以上者は全国で6625人、全検挙者に占める割合は2・1%だった。それでも多いという論もあろうが、その後は、それどころでなく、今や先々が懸念される状況▼15年ほどの間になんと5倍以上の率にまで増えているというのだから。2005年は10・9%(4万2108人)までになった。全受刑者全体に占める割合も高まっている姿が浮かび上がるが、もはや何とかなる、仕方ないでは済まされない▼警察庁も調査に乗り出す方針という。抑止の視点からまず押さなければならないのは、犯罪に手を染める背景の把握だが、その一方で健康面からの刑務所等の施設対策も急務。「さらに増える」と予測するのはつらい話だが、だからと言って…。そう、紛れもない現実である。今の社会に提起されている問題と受け止めるしかない。(N)


2月18日(日)

●健診受診者の3割が「要指導」―。今月初め、本紙が報じた2005年度の健診概要の一部だが、それもさることながら、より気になったのは受診率。日常的な啓蒙(もう)活動で伸びているとはいえ、それでもなお4人に1人にとどまっている▼住民の健康維持は健康保険財政などの面から、どの市町村にも共通する重要な行政課題。函館市は総合保健センターの開館以降、施設を生かした健診や指導体制を取るなど充実の度を深めており、自営業者や主婦ら40歳以上の市民が対象の“基本健診”は一つの柱▼ところが、人間の心理か、強制でもない限り、健康に気になる点がなければ「まあいいや」となりがち。生活習慣病にしても「気づかない中で進行してくる」と理解しながら「大丈夫だろう」という勝手な自己診断が頭をもたげてきて…。受診率は容易に上がらない▼函館市を見ても05年度の対象者約5万9000人のうち、受診した人は1万3500人余りで、率にして23%。その5年前(2000年度)が15%だったことを踏まえると、着実に上がってはいるが、満足できるレベルと言うにはまだまだ▼肥満のほか、高血圧や高血糖、高脂血は、40歳を過ぎたら注意が必要と言われる。ある統計によると、40―74歳男性の2人に1人、女性の5人に1人が生活習慣病予備軍だそうだが、大事なのは“自分の体の今”を知っておくこと。そのためにも健診を受けよう。誰でもない自分のためである。(H)


2月17日(土)

●今日の繁栄の裏には「産業の近代化の歴史」がある。産業技術は常に進歩し、新しい技術へとバトンタッチされていく。それに合わせて産業施設も装いを変えるが、技術も、施設もいわば時代の伝道者。後世に伝えなければ、とする理由もそこに▼製鉄や製糸、鉱山などは分かりやすいが、北海道内の炭鉱にしても…。問題の渦中に置かれている夕張(石炭の歴史村)を除いては姿を消している。「今からでも位置づける取り組みを」という声があって当然であり、ようやくと言うか、経済産業省が腰を上げた▼2月初めに報道されたが、今年10月をめどに「近代産業遺産」を選定するという。内々に考えられているのは、技術とか、施設単体でなく、地域の産業史的なとらえ方。3月にも研究者ら有識者を委員に委嘱し、本格的な議論と選定作業が進められることになる▼昨今は世界、日本を問わず「遺産」に目が向けられている。象徴的な存在が世界遺産だが、国内でも…。函館・道南からも幾つか選ばれている北海道遺産もその一つだが、産業遺産分野に絞った国の選定はなく、建物など49件が重要文化財として指定されているだけ▼最近は“産業観光”という言葉があるように、観光資源としても注目されている。産業遺産は地域の文化財産であるばかりか歴史財産であり、まちづくりにも生かせる財産。なのに、その価値を埋もれさせてきた感は否めない。この「近代産業遺産」には「新たなきっかけづくり」という役割も期待されている。(H)


2月16日(金)

●今日の繁栄の裏には「産業の近代化の歴史」がある。産業技術は常に進歩し、新しい技術へとバトンタッチされていく。それに合わせて産業施設も装いを変えるが、技術も、施設もいわば時代の伝道者。後世に伝えなければ、とする理由もそこに▼製鉄や製糸、鉱山などは分かりやすいが、北海道内の炭鉱にしても…。問題の渦中に置かれている夕張(石炭の歴史村)を除いては姿を消している。「今からでも位置づける取り組みを」という声があって当然であり、ようやくと言うか、経済産業省が腰を上げた▼2月初めに報道されたが、今年10月をめどに「近代産業遺産」を選定するという。内々に考えられているのは、技術とか、施設単体でなく、地域の産業史的なとらえ方。3月にも研究者ら有識者を委員に委嘱し、本格的な議論と選定作業が進められることになる▼昨今は世界、日本を問わず「遺産」に目が向けられている。象徴的な存在が世界遺産だが、国内でも…。函館・道南からも幾つか選ばれている北海道遺産もその一つだが、産業遺産分野に絞った国の選定はなく、建物など49件が重要文化財として指定されているだけ▼最近は“産業観光”という言葉があるように、観光資源としても注目されている。産業遺産は地域の文化財産であるばかりか歴史財産であり、まちづくりにも生かせる財産。なのに、その価値を埋もれさせてきた感は否めない。この「近代産業遺産」には「新たなきっかけづくり」という役割も期待されている。(H)


2月15日(木)

●「高齢運転者による交通事故の増加を受け、昨年新設された高齢者講習(3号課程)の受講者数が道南で伸び悩んでいる」。本紙が今月初めに報じた記事の書き出しだが、そこに「あぁそうか」「そうだろうな」では済まされない問題が内包されている▼交通事故を語る時、子どもとともに「高齢者=弱者」ととらえられている。それは変わらないのだが、一方で見過ごせないのが高齢者が加害者に、つまり運転していて起こす事故が増える傾向にある現実。事故統計からも明らかで、2006年の「高齢社会白書」にも次のように…▼「高齢者の交通事故死者全体が減少する中、『自動車運転中』の占める割合は増加する傾向にある」。実際に05年、高齢運転者による事故は全国で9万8550件といい、10年前に比べ2・4倍。さらに75歳以上の人が起こした死亡事故となると実に3・5倍▼高齢運転者数が増えているのだから、と言ってしまえばそれまで。だから問題なのである。本欄でも過去に取り上げたが、高齢になると、誰しも運転、識別能力が劣ってくる。そこで最近は運転能力を見極める機会が種々設けられている。この“3号講習”も然り▼、70歳以上の人を対象に、通常の高齢者講習の内容をさらに濃くして新設された。だが、昨年、道警函館方面本部管内で受講した人は、わずか58人だったという。受講し、運転能力を知る、それは誰のためでもない自分のため。「親を(講習に)行かせよう」。それが新たな運動として必要な時代を迎えている。(H)


2月14日(水)

●世の中には「過剰」なことやものが多くある。適当な分量や程度を超えている実態を指すことばであり、あまりに過ぎることを意味する。最近の言葉として復活を遂げ、世界にも通じる「もったいない」とも重なり合うが、ともすると、それが目について…▼日常、何気ないサービスにも指摘される。1月初めだったと思うが、興味深い調査結果に出くわした。オリコンスタイルがネットで公表した「日ごろ感じている過剰なサービス」。結果は常識的なのだが、圧倒的に「過剰」とされたのは、店での「紙袋やレジ袋」▼そのほかでは「スーパーのレジなどでの丁寧なあいさつ」「洋服など品定めしている際の店員の接客」「ファストフード店などでのマニュアル接遇」…。確かにうなずけるが、その裏にあるのが接客業の難しさ。大都市では「駅の列車アナウンス」もやり玉に挙がっている▼それらの中で社会問題は包装であり袋類。環境対策の視点から近年、簡易包装が提唱されているが、なかなか…。全国で年間300億枚とも言われるレジ袋が使われている一方で、菓子にしても立派な箱に詰め、きれいに包装し、さらに紙袋に入れる。これも…▼ただ、ここで認識しておきたいのは、この「過剰」は提供する側だけの責任でないこと。受け取る側の心理、他店との競争など、せざるを得ない状況に置かれているのも現実であり、変え得る力はむしろ受け取る側に。「袋は要りません」。みんなが、この一声をかけるだけで十分。少しも難しいことではない。(H)


2月13日(火)

●休刊日


2月12日(月)

●「四島(しま)還れ 日本の声です 叫びです」―。豊かな北方領土を何としても取り戻したい。戦後62年もたつのに何一つ帰ってこない。「北方領土の日」を中心に各地の冬フェス会場の著名コーナーには「何とか返還を」と市民は並ぶが…▼1943年10月のモスクワ会談に先立ち、ルーズベルト大統領は「千島列島はソ連に引き渡されるべきである」との見解を示し、会談でハル国務長官が旧ソ連のモロトフ外相に「千島列島・南樺太をソ連領とする見返りに、日本との戦争に参戦すること」を求めたが、モロトフは即答を保留▼が、会談最終日にスターリンがハル長官に「ドイツに勝利した後に日本との戦争に参戦する」と伝えており、2年後のヤルタ協定で「樺太・千島譲渡」を確認、ソ連は戦争が終わってから北方領土を奪い取った。米国の「ソ連領とする見返りに参戦…」の一言が北方領土の悲劇を生んだ▼このような経緯から「北方領土がロシアに奪われたのは米国にも責任がある」と訴える学者もいる。日ロ2国間の問題とはいえ、米国も返還運動に加わる責任がある。このため米国など西側7か国に北海道から返還促進の民間使節団を派遣しているが、なかなか成果が上がらない▼交渉は「歯舞・色丹返還」(日ソ共同宣言)から一向に進展しない。「4島の面積折半」などの案も浮上しているが、早急に交渉のテーブルに着くことが肝心。道教育大釧路校が講座「北方領土の歴史と自然」を開設するなど、若者に返還運動の輪が広がりつつあるが、国が粘り強く道を開くのが先決だ。(M) 


2月11日(日)

●わが国は既に少子高齢化時代であり、高齢者がなお社会を支えていかなければならない時代とも言われる。「老いてなお 自立・自立と 励まされ」。これは「60歳からの主張」の川柳部門賞に輝いた作品だが、その思いの一端が伝わってくる▼全国老人福祉施設協議会が「少年の主張」ならぬ「60歳からの主張」の募集を始めたのは2003年のこと。川柳はその一つの部門だが、寄せられた350作品ほどの中には、老いや年金問題を詠んだものから国や自分の今後を嘆くものまで、秀作が多々▼審査の結果、68作品が最終選考を通過した。「もうでなく まだこれからよ 60歳」「還暦は 貫禄のつく 歳のこと」「60歳 人生まだまだ 折り返し」「年老いて 夫婦げんかは ぼけ防止」「政治家の 老いは庶民と 掛離れ」「こわいモノ ないから言うぞ 定年後」▼「世の移り 80歳は 『若い人』」は、91歳の男性の作品である。川柳から話を進め、紙幅をとったが、この作品募集の本筋は「60歳からの主張」。多数の応募の中から、函館市の小野明夫さんの作品「次世代に伝えたいこと」が特記すべき入賞(佳作)に輝いている▼「30代で老後に通用するあらゆる免許を取得し…社会に適応する特技も身につけておく事…。家は…55歳までに払い終われる計画をたてて実行すべきである。借金はするな。若い内は…小銭を貯める事、目標は一日500円。20年経ったらと、面白い小さな夢を育ててみたらどうだろうか」。小野さんは「…伝えたいこと」を大要こう説いている。(H) 


2月10日(土)

●深く知れば知るほど身を引いてしまう。よくある話だが、導入が迫る「裁判員」制度に対する国民意識にも、それが芽生えてきているよう。「こういう仕事」と分かって逆に「自分には無理」と。内閣府の調査結果がそんな心理を浮き彫りにしている▼わが国の裁判制度は裁判官の法解釈、判断に委ねられているが、先進国の多くは陪審、参審制度を採用している。いわば裁判への“市民参加”だが、わが国も法曹界の議論を経て具体化し、2年後にも制度がスタートする動き。その周知は進み、理解を求める段階に▼昨年12月、内閣府が行った認識度の調査結果が先日、発表された。「(裁判員制度は)かなり認識されるまでになり、(指名されれば)応じる意思を持つ人は増えているが、(義務でも)したくないと思っている人がなお多い」。うかがえるのは、頭では分かっているが、という姿▼「被告の運命が決まるため責任を重く感じる」(64・5%)、「冷静に判断できる自信がない」(44・5%)、「裁判官の前で自分の意見を言えるか自信がない」(39・1%)、「守秘義務を守り通せるか自信がない」(20・3%)。こうした理由から読み取れる思いは“不安”▼大多数の人は法律に詳しくもなければ、携わった経験もない。当然の心理と考えると、今後の啓蒙(もう)方向はおのずと浮かび上がる。それは「専門家がいるから大丈夫ですよ」といったメッセージの発信。不安を払拭(しょく)することに重点を移すことである。大事なのは制度の認識でなく、理解と意識なのだから。(N)


2月9日(金)

●「赤松街道」。誰もが知る、道南にとって貴重な自然、景観遺産だが、その魅力を新しい角度から伝える試みとしてライトアップが検討されている。その光景を頭に描くだけで楽しみが広がるが、打ち出したのは七飯町で、職員が提案した事業の一つという▼「赤松街道」は、国道5号の函館市桔梗町と七飯町峠下までの間を指す。アカマツは北海道で珍しい類の樹種だが、ここに移植されたのは1872(明治9)年と言われ、現在約1400本。冬のこもまきや後継樹の補植など、保護対策にも力が入れられている▼道央方向から車で来た人に「間もなく函館」を知らせるサインの役割も果たしている。10年ほど前に転居してきた際、強烈な印象を受け、以来、魅了された一人だが、その評価は全国区。1986(昭和61)年に「日本の道100選」、1996年に「歴史国道」に▼この間の1990年には道の日の愛称募集で「赤松街道」と名づけられた。ただ、拡幅もできない、ということで、今では主役の座を函館新道に譲ったが、少しも変わらない風情は“赤松ファン”の心をつかんで離さない。そこに浮上したライトアップ…▼大中山地域の約300メートル間が有力と聞くが、地元の人には地域の財産をより身近に感じさせ、他の地域の人には知ってもらう機会となる。強いて気がかりを上げるなら、木に対する影響だが、その点も念頭においての判断だろうし、あくまで初年度。試みでいい、すべてはそこから始まるのだから。(H)


2月8日(木)

●「年齢を制限して(労働者を)募集することを(法律で)禁止しよう」。与党の間でそんな議論が行われている。雇用対策法で現在、努力義務とされているのを禁止事項とする考えで、今国会に提出を予定している同法改正案に盛り込む見通しという▼募集に当たって門戸を開くことは、社会的に大事な認識。かつての男女別や、年齢制限に対する疑問は、まず1999年に雇用機会均等法によって男女表記問題を解決させた。ただ、年齢に関しては法的な位置づけとして企業側の裁量に委ねてきた感が▼ところが、昨今は働き盛りの年齢層でのニートやフリーターの増加が問題となっているほか、まだまだ労働意欲のある団塊世代の雇用対策が問われる情勢。そこで「少しでも応募(就職)の機会を広く」という視点から浮上したのが、この年齢制限を禁止する考え▼一切の制限を禁止するのか、幅を持たせるのか、さらには罰則を設けるのか、なお検討の余地があるが、実効を考えると、必ずしも手放しで歓迎というわけにはいかない。確かに募集段階での“門前払い”はなくなるが、男女の場合も然りで、採用する側の真意は見えないのだから▼本音で20歳代の人材を求めている場合、30歳代ならまだしも、50歳代となると可能性はゼロに近い。とすると、応募者に期待を抱かせるだけということにもなりかねない。鍵は常に採用側が握っているからで、この問題の難しさはそこに。「法規制をしました」。それで終わらないように、と願いたい。(N)


2月7日(水)

●呉服屋の前で店主と婆(ばあ)さんが口論の真最中。「この大きな店で、こったら小っこい針1本負けられねェもんだべか」「売り物は売り物。いい齢(とし)して1銭の針代払えないのかネ」。この様子を見ていた繁次郎「まあまあ」(江差かわら版同人会編「江差の繁次郎」)▼動物の骨でできた紀元前4000年代の針が発見されており、針の歴史は古い。日本では古事記や今昔物語などに「縫い針」が出てくる。学生時代、西陣和裁を習っている学生と京都嵐山の古刹(こさつ)へ針供養に出かけた。かつて皇室で使った針を供養せよと命じられ、針供養を最初に始めた寺院だった▼学生は「お針が上達するように」と参っていた。針で縫うことは「針を以って地を刺す」に通じ、とうていできないことが達成された満足感につながる。また「指きりげんまん嘘(うそ)ついたら針千本飲ます」と、子どもたちが約束事を守る要でもある▼繁次郎は「その針バここサ出せ。婆さまも一銭玉バここサ」と取り上げ「今日は何の日と心得る。針供養の日だド。ケチのついたこの針コサ、あんまりかわいそうだしけ、後でこの一銭バさい銭に上げて、供養してやるハンデ。サッサと仲直りせてバ」と仲介、針の持つ縁を話したという▼都にのぼり鬼に飲み込まれた一寸法師は「針の刀」でお腹を刺して退治した。「産む機械」と失言した大臣は、ちくりちくりと針に刺されて「針の筵(むしろ)」「針の山」にいる心境ではないか。針など無機物に「暖かい着物ありがとう」と感謝するのは日本だけ。8日の針供養を大事にしよう。(M)


2月6日(火)

●「私のお墓の前で 泣かないでください そこに私はいません 眠ってなんかいません 千の風になって あの大きな空を 吹きわたっています」。そう「千の風になって」という曲である。昨年のNHK紅白でインパクトを与え、年明けからさらに▼歌詞を読めば誰もが分かるように、曲のテーマは「死」。聞くところによると、作者不詳の英詩で、かなり以前から世界各地で朗読されていたといわれる。それが一気に表に出たのはアメリカで起きた同時多発テロの追悼式の際。11歳の子が朗読して反響を呼んだ▼わが国では…。作家、音楽家で、市民創作函館野外劇のテーマ曲「星のまちHakodate」の生みの親でもある新井満さんが日本語に訳し、曲をつけて世に送り出したのが数年前。徐々に「いい曲」と人気を高め、時を経てブレークした。そこには一つの理由が見え隠れする▼メロディーもさることながら、それは詩。「…朝は鳥になって あなたを目覚めさせる 夜は星になって あなたを見守る…」。一つひとつのフレーズにメッセージがあり、心に語りかけてくる。歌唱力のある人に歌われると、なおさら説得力を伴って伝わってくる▼なぜ、今、この曲が。精神的に殺伐としている時代だから、という説明が最も分かりいい。今年に入って発表された「日本の歌100選」も素晴らしい曲ばかりだった。タイミングが悪かったが、せめて…。「歌い継がれる100選」があるとすれば、必ずノミネートしておきたい1曲である。(H)


2月5日(月)

●「育」という字がつく言葉で最近、特に目につき、耳にするのが「食育」。国語辞書的に言うなら、その意味は「健全な食生活のために必要な思考力、実践力をはぐくむこと」。言うまでもなく、それは健康に生きていく上で最も基本なことである▼だが、現実はそこに赤信号が灯っている状態。摂取が増える高カロリー食品、不規則や抜きなどの食生活の乱れなどの結果、表われているのが子供たちの間の偏食や生活習慣病、アレルギーの増加。対策の任を担ってきた給食だけでは足りず、家庭も指導が必要に▼ということで「食育」が浮上し、「課題として、国や道も対策に乗り出した。一昨年6月に保育士らに食育推進活動の協力を義務づける食育基本法が成立したのを皮切りに、国は昨年から6月を「食育月間」、毎月19日を「食育の日」と定め、さらに一昨年から腰を上げた道も…▼まず手をつけたのが、啓もうのバックボーンとなる北海道食育推進行動計画の策定であり、それに基づきとった具体的施策の一つが食育コーディネーター制度。専門的な知識を持つ人に、地域で指導、アドバイスを願う制度で、第1号として先日、25人が委嘱された▼残念ながら函館・道南からはいなかったが、医大の教授からホテルの料理長や農業者まで顔ぶれは多彩。今後、求めに応じ助言、指導に当たっていくが、ここまでしなければならないということは問題の深刻さの裏返し。どれだけ地について広がりをみせるか、その取り組みはまだ始まったばかりだ。 (N)


2月4日(日)

●謝礼を払って参加者を集めてシンポジウムやフォーラムを形づくる。そんなことまでして開催する意味があるのだろうか。というより、最も大切な部分を自ら否定していると糾弾されても反論の余地のない話。情けないかな、その当事者が新聞社だった▼昨今、シンポジウムやフォーラムは、各地でめじろ押しと言っていいぐらい開催されている。課題について専門家を招いて語り合う。これ自体は有意義なことだ。一方で、主催者に共通する悩みは参加者の確保。多い分にはやりようがあるが、少ないとなると格好がつかない▼公費(税金)も投入される官公庁などとの共催の場合は、その点、さらにプレッシャーが加わる。企画しました、人が集まりませんでした、では済まないからだが、今、複数の新聞社が「謝礼を払って動員したことがある」と明らかにしたシンポジウムやフォーラムも、その類…▼1月末に表面化したのは裁判員制度全国フォーラムにおける産経新聞社と千葉日報社だが、この際、ということなのか、3日には別のケースで新たに3社が。河北新報社、岩手日報社、西日本新聞社が過去1年余りの間に“参加手当”を払ったことがあるという▼昨年末、政府のタウンミーティングでの“やらせ質問”が問題になった。その際、こうした新聞社も紙面では厳しく報じたに違いないが、“やらせ質問”も“さくら動員”も本来の姿をゆがめたという点では少しも変わらない。明らかになっただけで5社、新聞界に厳しい反省が求められている。(H)


2月3日(土)

●罪人をまな板の上に押さえて包丁で切り刻み臼(うす)ですりつぶす鬼、首をつかみ燃え盛る火に放り込む鬼、口をこじ開け溶けた銅を注ぎ込む鬼、人間が使うノコギリやノミなどを巧みに扱う鬼…。地獄絵に出てくる鬼たちの拷問光景▼その鬼を退治するのが、節分の“大豆たち”。大豆製品は栄養たっぷり。血流改善や生活習慣病予防などにもなる。日本人は大豆が大好きで、普段、豆腐を食べている人は97・8%もいて、味pク(みそ)も95・6%の人が。大豆製品を食べていない人は500人のうち、わずか3人だった(ニチモウ調査)という▼その優等生の大豆をめぐって、効用をねつ造したTV番組には、ほとほとあきれ返る。「納豆のダイエット効果」のでっち上げに始まり、「味噌汁にダイエット効果」「納豆で若返り」など内容を改ざんしていたというのだから。育ち盛りの子どもに納豆や豆腐を食べさせようと努力している母親にとっては、たまらない話である▼昨日の本欄でも触れたが、その育児に懸命な母親を「産む機械」と、女性を子作りマシーン呼ばわりした大臣が出現した。後で平謝りしたが、普段から女性軽視の潜在意識があって、つい口が滑ったのか。少子化対策も担当しているのに、本人も冷たいマシーン(政治家)であることを証明した▼人間が使う道具を地獄の鬼は人間を責める道具に使っている。「鬼の目にも涙」のかけらもない。こんな心ない発言をする大臣は“地獄国会”の鬼にペンチで舌を抜かれるぞ、とでも言いたくなる。子どもの健やかな成長を願って、今年の節分は「福は内、機械大臣は外」と叫びたい。きょう3日は「大豆の日」でもある。(M)


2月2日(金)

●政治家の発言は重い。それだけ影響力を持つ存在であり、そう自覚していて当然だからだが、時々、呆(あき)れる発言が飛び出してくる。本音なのか失言なのか、本当のところは知る由もないが、それにしても柳沢厚生労働相の発言は救いようがない▼国会での「バカヤロー」発言、「貧乏人は麦を食え」発言などは暴言の類だが、むしろ多いのは失言。政治問題となった事例は少なくなく、近年でも幾つか。「日本の国、まさに天皇を中心としている神の国であるぞ、と…」といった“神の国発言”は記憶に新しい一つ▼森元首相は衆院選の際に「(関心のない有権者は)寝てしまってくれればいいが…」と発言して問題となり、支持率の低下を招いた。実際に失言の責任を取って辞職した大臣も過去に1人や2人でない。そして今、柳沢厚労相が野党から辞任を突きつけられている▼「(女性という子供を)産む機械、装置の数は決まっている。あとは一人頭で(多くの子供を産むように)頑張ってもらうしかない」。女性は子供を産む機械・装置発言だが、そんな例えがどこから導き出されてくるのか。常識を通り越した、女性に失礼な、常軌を逸した話である▼いかに釈明しようと、決定的に見識を欠いた発言であり、速やかに訂正し、謝ったとはいえ結果責任はついて回る。発言から1週間、国会の紛糾を招いているが、その内容からして、おのずと答えは出てこよう。あらためて言う。政治家の発言は重い。まして大臣であればなおさらである。


2月1日(木)

●北国は冬を楽しむイベントシーズン本番。暖かさを歓迎する一方で、雪の少なさなど、関係者の間に例年と違った悩みが交錯する中、きょうから函館で「はこだて冬フェスティバル」、江差では「江差たば風の祭典」が幕を開ける▼さらには3、4日には「大沼函館雪と氷の祭典」も開かれるが、この2日間、江差では「…たば風の祭典」のメーンとも言える「“美味百彩”なべまつり」が。誕生して7年目。“鍋”(汁)の数が増えるなど年々、広がりを見せ、今年は約40種類が登場するまでに▼冬こそ“鍋”。まさに今の季節だが、知名度のある“鍋”から、地域だけ、家庭だけという“鍋”まで、あまりにも多く、全国的な数は未知数とさえ言われる。道内で、道南で、と聞かれても正確には…。それこそ“鍋”が手軽な証しであり、奥が深い料理とも言える理由もそこに▼“鍋”の歴史には諸説ある。ただ、料理として確立されたのは200年ほど前の江戸末期とか。囲炉裏(いろり)生活説は固いようだが、それはともかく今や郷土料理、お国自慢料理の代表格。昨日の本紙に一覧が掲載されていたが、「…なべまつり」は幾つか賞味するまたとない機会▼道南伝統の「クジラ汁」「ゴッコ汁」のほか「追分鍋」「ふっくりきりたんぽ鍋」「イカすり身の天ぷら鍋」「かも鍋」などが並ぶ。「…なべまつり」に紙幅を取った感があるが、大沼公園に出かけるのもよし、江差に向かうもよし、もちろん他の所でも…。3、4日は冬のイベントを楽しむ一日としたい。(H)


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