平成19年5月


5月31日(木)

●映画「ラブレター」(岩井俊二監督)のロケ地として知られる、小樽市の邸宅(坂邸)が、突然の火災で全焼した。北海道建築界のパイオニア田上義也氏(1899―1991年)が設計した建物で、27(昭和2)年に建てられ、市の歴史的建造物に指定されていた▼函館にも、田上氏が携わった建物が残っている。元町にひっそりと立つ登録有形文化財のプレイリー・ハウス(旧佐田邸)は、坂邸より1年新しく、白い外壁と切り妻屋根、広いガラス窓が特徴の洋風建築物だ。幾何学文様の扉や窓格子が何ともいえない気品を備える▼大森浜の啄木小公園には、田上氏の設計による「西条八十(やそ)歌碑」が立つ。『青い山脈』などの作詞で知られる西条が、啄木の墓を訪れた際に詠んだ歌が刻まれ、函館ライオンズクラブと函館東ラインズクラブが58(昭和33)年に建立した▼「眠れる君に捧(ささ)ぐべき 矢車草の花もなく ひとり佇(たたず)む五月寒…」などと書かれた碑は、正面から見ると「ライオンズ」を示すL字型で、造形美が感じられる▼函館にはこうした由緒ある建造物が随所にあり、歴史と情緒あふれる街並みを演出する。坂邸も、石狩湾を一望するロケーション、朱の屋根とピンクの壁が美しく、ファンが多かった▼映画は、天国の恋人に送った手紙がきっかけで、二つの恋の思い出がよみがえってくるというラブ・ストーリー。修復困難なほど焼け落ちてしまった坂邸の瀟洒(しょうしゃ)なたたずまいも、思い出とともに消えることはないだろう。(P)


5月30日(水)

●「一死、大罪を謝す」は終戦時の陸軍大臣、阿南惟幾(これちか)を描いたノンフィクション作家角田房子さんの著書のタイトルだ。ポツダム宣言の受諾に反対して戦争の継続を主張した阿南陸相は1945年8月14日に自殺を図り、翌15日朝に亡くなった▼自死を選んだ2人に「罪を謝す」気持ちがあったのかどうか、いまとなっては知りようがない。だが、松岡利勝農水相が自殺した翌日、緑資源機構の前身である旧森林開発公団の元理事が同じ道を選んだのは、同機構をめぐる疑惑の闇がどれほど深いかをうかがわせる。渦中の人物が自殺を遂げたら真相が明らかにされない恐れが強まる▼松岡農水相は北海道にもゆかりの深い政治家だった。農林省入省後、1978年から80年まで手塩営林署長を務めた。98年には帯広市の製材会社「やまりん」から200万円の献金を受けたが、同社がからむ国有林の盗伐事件が明るみに出ると返却している。緑資源機構の事業を受注する関連団体から受けた献金を返却したのも、疑惑の発覚後だった▼旧公団の元理事は、住まいのマンションから飛び降りた朝、松岡農水相の自殺を伝える新聞を読んだという。元理事は東京地検特捜部から任意の事情聴取を受けていた。自殺した日も聴取が予定されていた▼〈旅に病んで夢は枯野をかけ廻る〉は大阪で客死した芭蕉の辞世の句とされる。2人の胸中に去来したのは、荒涼とした枯野だったろうか。それにしても「死をもって謝す」の日本的な清算の在り方は痛ましい。2人の死に手を合わせつつ、説明責任をまっとうしてほしかったと思う。(S)


5月29日(火)

●スーダラ節を歌うのに悩んでいた植木等さんに「わかっちゃいるけどやめられない」という人間の弱さを認めるのは親鸞の教えに通じると説いたのが僧職の父親だった。「衣を着た時は、たとえ子供でも背筋を伸ばして堂々と歩かねばならぬ」とも▼「今、水道水を飲んでいる人はほとんどいません」「ナントカ還元水を付けている」「1本5000円のミネラルウオーターを飲んでいる」。光熱水費が無料であるはずの議員会館に入居しながら、政治資金収支報告書に約2800万円を計上していた松岡利勝農水相▼「政治とカネ」問題で厳しく追及されても「法律に基づき適切に処理している」の強気の一点張りだった。最近は緑資源機構の談合事件をめぐって地元の熊本県で政治献金を受け取るなど疑惑も浮上。「責任を感じているが、二度とこのようなことが起きないようにする」と辞意を否定していた▼きのう午後、その松岡農水相が議員会館で自らの命を絶ったニュースが駆け巡った。居間のドアの金具に布製のひもを巻きつけて首をつっていたという。光熱水費問題で擁護する姿勢を貫いていた安倍首相は「まことに残念。ご冥福を祈ります」と悼んだが、任命責任は免れそうにもない▼戦後の国会議員の自殺者は7人だが、現職閣僚の自殺は現憲法下では初めてという。議員は国民のため「忘己利他」の姿勢が原則。「わかっちゃいるけど…」と、光熱水費問題が騒がれ、命を絶って自ら幕引きを図ることは逃避ではないか。堂々と背筋を伸ばし、政治責任を果たしてほしかった。(M)


5月28日(月)

●函館と札幌のほぼ中間に位置する伊達市は、本州方面からの新規移住者が多いことで知られる。南側を噴火湾に面した温暖な気候から「北の湘南」と称され、団塊世代の定年退職者などの移住が進む。移住促進の施策が効果を生み、人口減少が続く道内自治体では珍しく人口増が続いている▼流入人口が多いことは地価にも反映している。3月に発表された地価公示で、道内住宅地の上昇率トップが伊達市だった。かつては上昇率全国1に輝いたこともある。伊達市は道内でもっとも元気なまちの栄誉を維持していると言っても過言ではない▼その伊達市が高齢者に優しいまちづくりでも先駆的な取り組みが認められた。同市が進める「ウェルシーランド構想」が都市再生本部(本部長・安倍晋三首相)に評価され、来月、首相官邸で事例発表をすることになった。構想は、高齢者向けの賃貸住宅「安心ハウス」を民間活力を使って建設することを中心にしている▼安心ハウスの最大の特徴は、高齢者の生活スタイルや必要に応じて、介護などの各種サービスを組み合わせて選べるようにしていることだという。05年に安心ハウス第1号が、大手住宅メーカーによって建設された。第2号も同じ年にオープンした▼元気な地域づくりは、どの自治体にとっても大きな課題だ。少子化と高齢化が同時に進行し、しかも人口流出が止まない地方都市では、地域の活力をどう高めるか、アイデアと実行力が問われる。それができない地域は置いてきぼりを食う時代だ。伊達市の実践は道南の各自治体にも参考になるはずだ。(S)


5月27日(日)

●厚生労働省の「国民健康・栄養調査」によると、2005年の男性の喫煙率が初めて40%を割った。調査を始めた1986年は59・7%。年々減少し、ついに39・3%まで低下した。女性は11・3%で、大きな変化は見られないという▼昨年11月にJTが発表した調査結果を見ると、2006年の喫煙率は男性41・3%、女性12・4%。この年から調査方法が変わったため、1965年から続くデータと単純比較はできないが、当時の男性82・3%、女性15・7%と比べると男性の禁煙傾向が顕著だ▼医薬品メーカー「ファイザー」の調査結果はショッキングだった。小学生未満の子がいて喫煙している母親の45・3%が妊娠中、禁煙しなかったという。妊娠した際、医師に禁煙を勧められなかった人は51・7%に上った。喫煙を医師が知らなかった可能性が高いと思われるが、ちょっとびっくりさせられる▼たばこの価格が1箱1000円になれば、ヘビースモーカーの約9割が禁煙を考える―。こんなデータを公表したのは京大大学院の依田高典教授(経済学研究科)らのグループだ。1箱700円で禁煙を試みるへービースモーカーは半数ほど。健康被害を訴えるより、経済的負担を強化した方が、禁煙には有効ということか▼31日はWHO(世界保健機関)が定めた「世界禁煙デー」。ことしのテーマは「たばこ、煙のない環境」。周囲に迷惑をかけないで紫煙をくゆらせるのは、時代の要請だ。たばこは、吸う人だけでなく周囲にも健康被害を及ぼす恐れがある。愛煙家は肝に銘じなければならない。(K)


5月26日(土)

●大人になったらなりたい職業に関するアンケートで、「野球選手」が3年連続で男の子のトップになった。第一生命保険が1989年から実施している調査で、全国の小学生以下の男女1000人が回答。野球選手が1位になったのは、過去18年間で11回を数え、「サッカー選手」の5回を大きく上回る▼日本でプロ野球界に入るのは毎年、平均して80―90人。日本高野連によると、2006年の高校3年生の硬式野球部員は約5万人。単純計算すると、このうちプロ球界に進めるのは、555―625人に1人ということになる▼北海道日本ハムファイターズの田中幸雄選手(39)が通算2000本安打を達成した。史上35人目で、日本ハムの生え抜き選手としては初めて。右ひじ痛などの故障を抱えながら、22年目のシーズンでうち立てた金字塔だ▼上田利治さんが日本ハムの監督に就任した1995年の春季キャンプ。上田監督は「ええ選手や。打球の勢いが違う」と、田中選手のバッティングに目を見張った。腕っ節が強く、ライナー性の打球を左右に打ち分けていた。打点王のタイトルを獲得したのはこの年だ▼記録達成は本拠地として一番長く過ごした東京ドーム。記者会見で「野球の神様がそうしてくれた」と語る笑顔がすがすがしかった。札幌ドームでなかったのは残念だが、多くの道民が記録達成を喜んだ。チームもこの勢いに乗って夏以降、昨年のような快進撃を見せれば、連覇はぐっと近づくはず。「野球選手」にあこがれる道産子も増えるに違いない。(K)


5月25日(金)

●50代も半ばに差し掛かってから現場の診療に戻るのは、大きな決断を要したに違いない。しかも場所は離島の診療所である。大都会での約束された地位を離れ、あえて苦労が待っているだろう道を選んだ勇気に頭が下がる▼道保健福祉部技監の貞本晃一さんのことである。貞本さんは15年ほど前、道東の市で保健所長を務めていた。取材を通じて付き合いが深まり、札幌に転勤後もお目にかかったことがある。保健所長としての貞本さんは、地域医療の問題点を深く理解し、救急医療の確立などに取り組んでいた。医師免許を持つ行政マンとして卓越した手腕を発揮していた▼その貞本さんが、道庁の局長級の職務を離れ、焼尻島(留萌管内羽幌町)の道立診療所長に赴任する。道はたった1人しかいない診療所医師を市立根室病院へ異動させることを決めた。しかし、後任がどうにも見つからず、貞本さんが自ら赴任を買って出たという。市立根室病院は常勤医の退職で診療科の縮小・休診が相次ぎ、地域の基幹病院としての機能が危機に陥っていた▼それにしても医師不足はここまで進んでいるのかと危惧(きぐ)を覚える。貞本さんの決断は、医師が都市部に偏在し地方とくに過疎地勤務を志す医師が少ないことへの警鐘と思える。勤務医に「赤ひげ」の献身を求め、厳しい勤務実態を取り繕ってきたツケが広がっていると見ることもできる▼貞本さんは幼児期、ポリオにかかり、足が少し不自由だ。医師を目指したのは自らの体験もあったろうと思う。焼尻では300人の島民が待っている。ご健闘を祈りたい。(S)


5月24日(木)

●リンゴの花も美しい。花言葉はアダムとイブが禁断の実を食べたことからか「誘惑」「後悔」「最も美しい女性へ」。ニュートンが生家のリンゴが落ちる様子を見て万有引力の法則を思いついたといわれるリンゴの血筋を継ぐ樹木が町歴史館の庭で育っている▼七飯といえば日本の西洋リンゴ発祥の地。明治初期、プロシヤ人(現ドイツ)のR・ガルトネルが七重を開墾した際に果樹の苗木を母国から取り寄せたのが始まり。その後、米国やカナダから日本の基幹品種の「紅玉」「国光」などを含む8万本の苗木が輸入され、大規模な果樹園が造成された▼現在は「王林」「津軽」など6品種を中心に栽培され、1200トンから1400トンを収穫、全国に出荷されている。生活習慣病の予防や疲労回復、美肌効果など、効能がつまっており、まさに「1日に1個のリンゴは医者を遠ざける」(西洋の格言)。昔はすり潰して風邪薬にしていた▼最近、米国などの果樹園がバイオエタノールの原料となるサトウキビ畑への転作が増えたため、輸入果物の高騰が気にかかるが、七飯は“ニュートンのリンゴ”があるせいか、人気が高く、樹木のオーナー希望者も増えている。親子でアップルパイ作りなどを楽しむ姿も▼弘前のように毎月5日を「リンゴを食べる日」にする条例もあるが、七飯町は「毎日がリンゴを食べる日」だ。『1個たべると、流行の麻疹(はしか)なんて、吹っ飛んじゃうよ』〜開花したリンゴが呼び掛けている。27日には「あっぷるドリームコンサート」を開いて、七飯のリンゴをPRする。(M)


5月23日(水)

●昔の中国では黴(ばい)雨と表記したそうだ。長雨で湿気がこもると家の中や食べ物にカビを発生させるかららしい。それでは語感が悪いと、ちょうど梅の実が熟するころに降り続くことから梅雨と書くようになったという。森田正光さんが「お天気Q&A」で紹介している▼梅雨というと、じめじめ、うっとうしい、などの言葉を連想する。雨空が恨めしく、すかっとした青空が恋しくもなる。梅雨時の雨は、植物の成長を助け、豊かな水資源をもたらすことを知っていても、足元や衣服が濡れるのはどうにもいとわしい。この季節、沖縄が梅雨入りしたのに続き日本列島を梅雨前線が次第に北上する▼サクラ前線はすでに稚内に達した。道南のサクラも松前の遅咲きが残るだけでほとんど花を散らした。晩春から初夏へ、木々の緑がもっとも映える季節だ。サクラ前線よりほぼ2カ月遅れて北上する梅雨前線は、やがて東北にたどり着いて止まり、北海道までは勢力をのばして来ない▼だが、北海道にまったく梅雨がないかというと、断言はできないらしい。昔から「蝦夷(えぞ)梅雨」といわれる雨季が知られている。じとじと1カ月にも及ぶ本州の梅雨とは異なり、せいぜい2週間程度、降ったり止んだりが続く夏間近の雨だ▼蝦夷梅雨には、じっとりと湿った黴雨の語感はなく、その代わりに冷涼な気候を伴う。だが蝦夷梅雨は来るとしてもまだ先だ。函館は昨日の最高気温が今年初めて20度を超えた。例年より遅れたとはいえこれから気温も上昇する。さあ、新緑を楽しみに郊外に出かけようか。(S)


5月22日(火)

●山田洋次監督の映画「学校」は、夜間中学を描いた作品だった。そこで学んでいるのは、中学不登校の10代や在日コリアンの初老のおばさんら苦労の多い人生を歩んでいる人たちだった。なかでも田中邦衛が演じたイノさんが、懸命に文字を覚える姿は見終わった後も強い印象を残した▼この映画で初めて夜間中学の存在を知った方も多いだろう。映画は都内の夜間中学教師だった松崎運(みち)之助さんの「青春 夜間中学界隈」(教育史料出版会)を原作として作られた。1985年に出版され、話題になったその本を一気に読んだことを覚えている▼全国には8都府県に35の公立夜間中学がある。多くは首都圏や関西圏など人口の多い地域に開設されている。そこには、貧しかったり戦争のために中学を卒業することができなかった中高年や不登校の生徒、中国残留孤児やその子弟たちが仕事を終えた後に通ってくる。映画と変わらぬ学びの場がいまもある▼札幌市の市民団体が道内初の公立夜間中学の設立を求めて、運動を始めた。母体になっているのは自主夜間中学を17年にわたり続けている「札幌遠友塾」だ。先週、札幌市内で「北海道に夜間中学をつくる会」を発足させた。同塾はボランティアや賛助会員などの支えで、これまで200人以上の卒業生を送り出した▼文部科学省が認める「中学校夜間学級」(公立夜間中学)になれば、財政支援や施設の提供が受けられ、運営が安定する。「学校」のイノさんのように、学ぶ喜びを多くの人たちが味わえるよう運動の成功を願う。(S)


5月21日(月)

●十数年前、トロイの木馬にあこがれ、トルコに出かけたことがある。バスに揺られ、乾燥した平原を走り続けて遺跡に到着。木馬は想像よりかなり小さかったが、シュリーマンの発掘現場に立つと足が震えるような感動を覚えた▼彼は、幼いころ繰り返し聞かされたギリシャ神話に夢中になり、私財をなげうち、伝説の都市トロイの遺跡発掘に成功。神話を実話にした。古代ロマンをかきたてられる話である▼函館では、先人の営みから生まれた中空土偶が、文化庁から里帰りした。小さな土偶を見つめていると、こちらも、壮大な古(いにしえ)へのいざないを感じる。国宝指定を受け、同庁の調査を終えての到着。「北海道では恐らく、最初で最後の国宝」とされ、函館にとって大きな観光資源が誕生した。市は中空土偶を核とした縄文文化交流センターの整備を南茅部地区で計画しており、西尾正範市長も公約に掲げた▼センターの整備は生涯学習が本来の目的だが、広域観光に果たす役割も大きい。子供たちが3500年前の縄文人の生活を学びながら、函館の未来を考える、函館を訪れた観光客が足を延ばして南茅部を訪れ、滞在する…▼市の財政状況は依然厳しいが、センター建設に期待したい。中空土偶は6月1日から3日まで、南茅部公民館でお披露目される。「縄文の輝き」をまず、訪れて見てみよう。シュリーマンいわく「夢を持ち続けること。さらに大事なことは、夢を実現させるために必要なことをやる」。古代の夢を語りかけてくれるかもしれない。(P)


5月20日(日)

●藤原伊織さんを一度だけ見かけたことがある。いまは終了したサントリーミステリー大賞の贈賞式の会場だった。選考委員を務めていた藤原さんは大賞と入賞作のそれぞれについて、的確で温かみのあるコメントをやや低いトーンの声で述べた▼江戸川乱歩賞と直木賞をダブル受賞した藤原さんの作品「テロリストのパラソル」はアルコール中毒の中年バーテンダーが主人公だった。この主人公をはじめ登場人物は背筋が一本、ぴっと通っている魅力をたたえていた。12年前の作品だが、一気に読み終わったときの爽快(そうかい)感はいまも脳裏に残っている▼中原中也の別離という詩に「あなたはそんなにパラソルを振る 僕にはあんまり眩(まぶ)しいのです あなたはそんなにパラソルを振る」という一節がある。パラソルからの連想でしかないが、藤原さんが作品を構想するときこの詩を思い浮かべたかもしれないと勝手な想像をめぐらした▼藤原さんは全共闘世代の作家だった。「テロリストのー」にも東大闘争や爆弾事件にヒントを得た場面が出てくる。ハードボイルド作家と分類されるが、緊密な文体には叙情性が漂い、男性ばかりでなく女性にも人気が高かった。藤原さんが、5年生存率20%の食道がんであることを公表したのは2年前だ。それからも好きなたばこを手放すことはなく、無頼派のダンディズムを貫いて亡くなった▼中也は「さよなら、さよなら! こんな良いお天気の日に お別れしてゆくのかと思ふとほんとに辛い」と歌った。もっと多くの作品を書きたかったであろう藤原さんの心情を思う。(S)


5月19日(土)

●逆立ちした頭髪の鬼が罪人の首をつかんで燃えさかる火に投げ込む。罪人の口に溶けた銅を流し込む。まな板の上に取り押さえられた罪人がノコギリやノミ、包丁で切り刻まれ、大きな臼ですりつぶされる。おののき震える北野天神縁起の地獄絵▼よく見ると、助けを求めるような表情の裸の若い女性が、いまにも首を切られようとしている。前世でどんな悪業をしてきたのだろうか。かたや、高校3年の少年が、誕生日を迎えた母親の頭部を包丁やノコギリで切断した惨事(福島県)や、相次ぐ銃撃事件に“平成の生き地獄”を見た▼保育士として幼児教育に熱心だった母親。バッグに切断した頭部を入れて自首してきた少年は「殺すのは誰でもよかった」「戦争が起きないから、いま人を殺してしまおうと思った」などと供述。切断された右腕は白色のスプレーが吹き付けられ、何とも不可思議な事件▼アメリカの大学で留学生が銃を乱射して多数の犠牲者を出した事件をはじめ、平和を訴えてきた長崎市長が選挙中に銃弾に倒れ、今度は愛知県で“家庭のもめごと”からか「父親が拳銃を持って暴れている」という通報の事件が発生、警官や家族らに死傷者が出た。暴力団の地獄絵に憤りを感じる▼高3の少年は「人を殺すのは悪いことは分っている」とも話し、善悪の判断ができるようだが、「どうして、なぜ」の思いは募るばかり。“平成の生き地獄絵”は断末魔に陥った脳が見せる幻覚ではない。少年が発する事前のSOSをキャッチする「センサー網」を張りめぐらさなければ。(M)


5月18日(金)

●「おもしろうて やがて悲しき 鵜(う)舟かな」と詠んだ芭蕉のひそみにならえば「おもしろうて やがて切なき サラ川かな」とでもなろうか。サラリーマンの哀歓や心情を詠み込んだサラリーマン川柳コンクール(第一生命保険主催)がことしで第20回を迎えた▼その気持ち、分かるよなあ、と思わずひざを打ちたくなるような入選100句から人気投票でベスト10が選ばれた。応募総数2万3179句の中から1位に輝いたのは「脳年齢 年金すでに もらえます」(満33歳)。物覚えの衰えを自覚する年代は一瞬絶句するのではなかろうか▼4位は「アレどこだ? アレをコレする あのアレだ!」(読み人知らず)。思い当たるご仁も多いかもしれない。ここまで進行すれば定年も間近い。「このオレに あたたかいのは 便座だけ」(宝無卵)(2位)とスネたくもなる▼上司からはせっつかれ、部下からは突き上げられるサラリーマン人生。「犬はいい 崖(がけ)っぷちでも 助けられ」(オレも崖っぷち)(3位)と愚痴の一つもこぼしたくなる。家庭だって必ずしも安息の場所とは言いきれない。「『ご飯ある?』『ツクレバアルケド』『ならいいです…』」(腹減った)(8位)▼それでも昔のあこがれの君「妻」は、過去20回の入選作で使われた単語のトップ。「子」も2位に入った。サラリーマンにとって家族はかけがえのない宝だ。家でも会社でも「『ありがとう』 そのひとことが 潤滑油」(ココイコ)(5位)といきたいですね、ご同輩。(S)


5月17日(木)

●医師の友人に勧められ「医療崩壊」(小松秀樹著・朝日新聞社)を読んだ。サブタイトルが「立ち去り型サボタージュ」とは何か―とあるように病院勤務医が次々と辞めていく実態を医師の立場から述べた本だ。友人が勧めたのは、どこの病院でも似たような事例があり、医療の崩壊を食い止めるには、多くの人に知ってほしいとの思いからだ▼小松さんがこの本を書いたのは、2002年に慈恵医大青戸病院で前立腺がんの手術を受けた患者が死亡し、医師3人が逮捕された事件がきっかけになった。事件は大々的に報道されたから記憶している方も多いだろう。手術は高度な技術を要する内視鏡を使って行われた▼ところが患者は出血多量が原因で低酸素脳症に陥り亡くなった。検察側は、経験と技術が未熟な医師が執刀したことが原因だとして立件した。小松さんはこの事件について検察側に意見書を出した。その意見書が本書のもとになったという▼小松さんは、医療は不確実であり、限界があるのに患者や家族から過剰な期待と要求を受けていると説く。そして医師の刑事責任が追及されることが増えた結果、勤務医が高度医療を担う病院を嫌い、リスクの少ない開業医に逃げ出していると述べている▼医療過誤について医師を刑事訴追しても再発防止にどれほど役立つか議論は分かれるだろう。だが、患者側からすれば過誤はあってほしくない、あってはならないとの願いが強い。刑事裁判にならないと過誤の全容が判明しないジレンマもある。医療が直面する問題を考えさせられた。(S)


5月16日(水)

●事件解決に結び付く有力情報を提供したら懸賞金を支払う。そんな制度を国が導入した。警察庁が今月からスタートさせた「公的懸賞金制度」だ。個別事件への関心を高めて情報を掘り起こす狙いがあるという▼対象となるのは(1)警察庁指定特別手配犯事件(2)社会的反響の大きい特異または重要な事件(殺人、強盗、放火など)で、発生から半年が経過した捜査本部設置事件。懸賞金の上限は300万円とし、情報の応募期間は原則1年以内。道内を含む全国の5つの事件が1日、第1回の募集対象として広告された▼「人間関係が希薄になり、聞き込み捜査をしてもめぼしい情報が入手できない時代になった」。警察庁職員が制度導入に踏み切った理由をテレビの報道番組で語っていた。大量消費の時代にあって遺留品が容疑者特定の証拠になりにくくなったという社会情勢も背景にあるようだ。同庁は新たな捜査手法として積極的に運用する方針という▼気になるのは情報提供者への対応だ。要項では、共犯者はもちろん匿名者、警察職員とその家族には支払わないと定めている。情報を入手する課程で罪を犯した人も除外する。規定を順守しようと慎重になるあまり、善意の第三者の身元調査が度を越し、プライバシーを著しく侵害するようなことがあってはならない。提供者の安全確保も不可欠だ▼法律違反や不正行為を見聞きしたら、警察などしかるべき機関に通報するのは当然のこと。褒美があれば協力するという風潮が強まりはしないか。そんな社会はうら寂しい限りだ。(K)


5月15日(火)

●体格は向上しているが運動能力は下降気味。年配者なら体重増加とともに体を動かすのがおっくうになったからだと言い訳することもできるが、児童・生徒となるといささか心配になる。道教委が3年に一度実施している「体力・運動能力調査」でそんな結果が明らかになった▼調査は、道内の小学1年から高校3年の児童・生徒の5%に当たる約3万1000人を対象に実施され、このほど結果が公表された。運動種目は走る、跳ぶ、投げる、敏しょう性などを測る9項目。1979年から3年ごとの調査結果と比較すると、男女とも長期低下傾向が見て取れるという▼文部科学省が1964年から続けている全国の児童・生徒の運動能力調査でも1985年ごろを境に低下している。運動能力の低下は道内だけの現象ではないとはいえ、冬の屋外での運動が制約されがちな道産子の親たちにとっては気になる傾向だ▼メタボリックシンドロームは、大人だけの専売特許ではないことも明らかになっている。児童・生徒であってもお腹周りが80センチ以上は要注意だという。将来の糖尿病や高血圧など生活習慣病の予備軍になる恐れが指摘されている。外で遊ぶよりも家でゲームやパソコンをすることが多くなった。そしてカロリー豊富な食事だ▼体格は立派だが運動は苦手な子どもがやがて大人になることを思うと、大丈夫だろうかと不安が頭をもたげる。「書を捨てよ、町へ出よう」を評論集のタイトルにした寺山修司にならい、「ゲームを捨てよ、外に出て遊ぼう」と児童・生徒に呼びかけたい。(S)


5月14日(月)

●いらぬお世話と反発を買うのではなかろうかと思っていたら、鶴の一声で見送りを決めたという。母乳の勧めなどを説く「親学」のことだ。政府の教育再生会議は、子育てに関する保護者向け緊急提言を安倍首相の判断で先送りした▼「親学」を広辞苑で引いても出てこない。意味がどうもピンと来ないが、まあ、子どものしつけを言う前に子育ての責任や望ましい子育て方法を親にしつけたいとの意図が込められているらしいことは分かる。もっともこの「親学」という名称は押し付けの印象が強すぎるから提言からは削除することになっていたそうだ▼「親学」の言葉は使わなくても提言に盛り込もうとした内容は、個々の家庭での子育てにあまりに口を出しすぎている。「子守歌を歌い、赤ちゃんの瞳を見ながらおっぱいをあげる」「母乳が出なくても抱きしめる」「授乳や食事中はテレビをつけない」「早寝・早起き・朝ごはんを習慣化」。書店に並ぶ育児書とどんな違いがあるのだろう。子育て中のお母さんやお父さんの中には、何をいまさらと鼻白む思いにかられる方もいるのではなかろうか▼さすがに行き過ぎと感じたからか、所管の伊吹文科相が苦言を呈したほか、政府内にも異論が出たという。鳴り物入りで発足した教育再生会議の論議について、自民党の若手議員からも疑問の声が出ている▼それでも同会議は家庭での教育力を重視した報告を月内にまとめるそうだ。個々の価値観を縛るような提言はごめんこうむりたい。さて、反省?を踏まえてどんな内容を盛り込むのだろうか。(S)


5月13日(日)

●「くまの子 見ていた かくれんぼ おしりを出した子 一等賞 ゆうやけこやけで またあした いいな いいな 人間っていいな おいしいおやつに ほかほかごはん ぼくも帰ろう おうちへ帰ろう〜」(テレビ「まんが日本昔ばなし」のエンディングテーマ)▼幼稚園や保育園の発表会でよく歌われる『にんげんっていいな』は3歳くらいで覚えてしまう。お風呂に入って一緒に口ずさんだ母親もいたはず。「三つ子の魂百まで」とあるように、昔話の読み聞かせで「がまんする」「ごめんねという」「なかよくあそぶ」「きちんとしょくじ」が身についてしまう▼しかし、その食事も十分に与えない母もいる。3歳児を餓死させたり、小3の夫の連れ子にごみを食べさせたり…。果ては3歳の男児に「子どもを使えば怪しまれない」とビデオ店で映画DVDを盗ませていた祖母、伯母、母親の3人が捕まった。まったく、これこそ「親学」が必要だ▼子どもの学校給食費を払わない母親もまだいる。こんな鬼のような母親には、聖母マリアが十字架にかけられたわが子の姿に落とした涙跡に生えたといわれるカーネーションを贈る必要はない。「うそをつかない」「あいさつをしっかりする」が躾(しつけ)の基本ではないか▼自然と「にんげんっていいな」を歌うには、有意義な親子のコミュニケーションも欠かせない。子どもも携帯電話を持つ時代。心を豊かにするのも携帯の使い方次第。母性愛の象徴であるカーネーションを手に、有害サイトを排除して、健康的な会話を楽しみたい。13日は「母の日」。(M)


5月12日(土)

●新たな動きが思いがけない余波を生む。そんな例がいまさかんにもてはやされているバイオエタノールに起きている。バイオエタノールの生産急増が、食品価格の高騰に跳ね返っているのだ▼ガソリンにバイオエタノールを添加した輸入燃料の発売は先月末から首都圏で始まったばかりだ。植物が原料のバイオエタノールは、地球温暖化対策の切り札ともされる。最大の生産国ブラジルをはじめ、アメリカ、ヨーロッパなどでエタノール添加燃料を使用した車が走っている。日本でも環境省などが音頭を取り全国に普及を図る方針だ▼バイオエタノールはトウモロコシやサトウキビなどを原料に生産される。その生産量を増やすためにアメリカやブラジルの農家は原料作物の作付けを拡大し、大豆の作付けを減らした。その結果、大豆から作られる食用油が高騰、日本でもマヨネーズが値上がりした。ブラジルではオレンジの作付けが減ったため輸入オレンジ果汁も高くなった▼原料の穀物は、家畜のエサとしても広く使われている。飼料穀物が値上がりすれば、食肉価格にも当然跳ね返るだろう。地球温暖化防止の切り札が家計に思いがけない負担増を招く。なんとも切ない現実だ▼バイオエタノールは建築廃木材や規格外小麦を原料に国内でも試験的に生産されている。トウモロコシやサトウキビなどに比べると効率は悪く、ブラジルやアメリカのように大量生産が可能かどうかも分からない。それでも、用済みの原料を使うほうが循環型社会を目指すにはふさわしい。思わぬ余波も小さいに違いない。(S)


5月11日(金)

●アイヌ民族初の国会議員だった萱野茂参院議員が、衆院本会議場でアイヌ新法(アイヌ文化振興法)の成立する瞬間をじっと見守っていたことを思い出す。悲願だった新法は萱野さんに敬意を表して参院で先議され、衆院に送られていた。その参院の委員会審議で萱野さんは憲政史上初めてアイヌ語で質問したのだった▼アイヌの文化や伝統の振興を目的にアイヌ新法が成立してから10年になる。それまであまり顧みられなかったアイヌ民族の豊かな文化に光が当たった。国の予算が付き、財団法人アイヌ文化振興・研究推進機構が中心になって各種の事業を展開してきた。ラジオでアイヌ語講座が始まり全国各地で、アイヌの踊りや歴史を紹介する催しが開かれるようになった▼いま機構が取り組んでいる最大の事業は伝統的生活空間(イオル)の再生である。イオルについてはアイヌ民族にゆかりが深い道内数カ所が誘致に名乗りを上げたが、5年前、胆振管内白老町に中核施設の設置が決まった。同町ではアイヌ総合情報センターや研究施設、伝承活動の拠点が整備される計画だ▼機構の事業とは別にアイヌの人たちが独自に文化の伝承活動に励む例も増えてきた。子どもたちにムックリ(口琴)や踊りを手ほどきしたり、伝統食を一緒につくり味わう活動が広がっている。東京中野区には、道内でも珍しいアイヌ料理を提供するレストランもある▼新法制定に力を尽くした萱野さんは昨年5月79歳で亡くなった。だが、アイヌ文化再興にかけた願いは、枝葉を広げながら息づいている。(S)


5月10日(木)

●小津安二郎監督の映画「大学は出たけれど」は世界大恐慌が起きた1929年に封切られた。大学を出ても不況風にさらされ就職先がない。タイトル通りの大卒者の就職難は、当時の世相を映し出し、この言葉は流行語にもなった▼道内では「高校は出たけれど、正社員になれない」厳しい現実に直面する若者が少なくない。高校はハローワークを通じ企業から寄せられる求人情報をもとに就職を紹介するのが一般的だ。好景気が続く首都圏や愛知県などでは就職先を探すのにさほどの苦労は必要ない。だが道内では在学時から職安通いをしている高校生の実例を本紙でも紹介した▼北海道高等学校教職員組合のまとめでは今春道内の高校を卒業して就職した若者のうちパートや派遣、契約社員などの非正規雇用が13・7%に上るという。新規高卒者の6人に1人が正社員になれず、不安定な雇用環境に置かれる。全国平均の3倍以上の非正規雇用率は道内高卒者の実態を物語る▼道労働局の資料では、今春高卒者のうち道内での就職希望は男89・9%、女97・0%。高卒者の大半は地元で働きたいと望んでいるのだ。そうした若者に安定した雇用を保障するのは行政や企業の責任だが、景気回復から取り残されている現状では実現が難しい。就職先を求めて仕方がなく本州に行く高卒者が増えれば、道内若年人口の減少にもなりかねない▼「大学は出たけれど」では、定職に就けなかった主人公が就職したとうその電報を母親に送り安心させる場面が出てくる。そんな切なさは映画の中だけにしたい。(S)


5月9日(水)

●池田勇人首相を「トランジスタのセールスマン」と揶揄(やゆ)したのは、ド・ゴール仏大統領だった。1960年代初頭、日本が高度経済成長期を迎えたころの辛らつなコメントとして伝わっている。大国フランスにとって極東の島国の経済的発展は驚異であったのかもしれない▼ド・ゴールが樹立した第5共和制の第6代大統領にサルコジ氏が就任する。サルコジ氏はかつて大相撲について「インテリのスポーツとは思えない」とくさしたことがある。相撲好きで親日家のシラク大統領を皮肉った発言とされたが、本人はその後発言を否定したそうだ▼フランスは日本人にとって昔からあこがれを持って語られてきた国だ。芸術の都パリを目指した画家は数多い。作家も「ふらんす物語」を書いた永井荷風や留学経験を持つ遠藤周作、最近では芥川賞作家で函館西高校出身の辻仁成さんが滞在している▼料理界でもフランスのレストランでの修行は、シェフにとってのハク付けになる。日本にグルメ本の流行をもたらしたのは、ミシュランのガイドがお手本だ。もちろん観光客にとってフランスは一度は訪れてみたい人気国だ。そんなフランスの大統領だからか選挙戦の報道は日本でも十分過ぎるぐらいにあふれた▼だが、歴代大統領で最多の訪日をしたシラク氏と異なりサルコジ氏が日本をどうとらえているかはよく分からない。もしサルコジ大統領が来日することがあれば「ルイ・ヴィトンのセールスマン」などと野暮なことは言わないからぜひ大相撲や京都の魅力に触れてほしい。(S)


5月8日(火)

●人形への思いは時代によって変わる。自爆テロなどで連日のように犠牲者が出ているイラク。子どもたちの悲劇が涙を誘う。幼児の手当てをする母親役を演ずる「ままごと」や、踊ったり歌ったりする人形より「泣いている人形」を好む子どもが多いという▼「まことの心のこもっている かわいい人形さん あなたをみんなで迎えます」。1927(昭和2)年1月、日米親善の1万2739体が「人形を迎える歌」の大合唱の中、横浜港などに上陸した。米宣教師の提唱で幼稚園や学校に贈られた「青い目の人形」だ▼子どもたちは開閉する目に驚き「青い目をしたお人形はアメリカ生まれのセルロイド…」と友好をはぐくんだが、日米開戦で「憎いアメリカのスパイだ」と指差され大半が処分された。罪のない人形が火中に投げ込まれ、竹ヤリの標的にされ、校門に置かれ児童に踏まれたり…▼現存が確認されているのは約320体。うち165体が全国から「青い目の人形展」(長崎歴史文化博物館)に集まった。道南からは道教育大附属中の「ウエンディちゃん」や森尾白内小の「フランシスちゃん」、八雲小の「レイラちゃん」、せたな太櫓小の「ルイーズちゃん」が駆けつけた▼当時の子どもたちは戦火から命がけで人形を救った。ひび割れし塗装がはがれた顔などを修繕し、きれいな服に着せ替えた。愛と勇気の証しの人形165体が80年ぶりに被爆の地で再会し、「仲良く遊んでやっとくれ」と大合唱、「戦争は大嫌い」と平和の尊さを訴えている(同展は6月10日まで)。(M)


5月6日(日)

●ゴールデンウイークは、もともと映画業界の用語だったという。映画が全盛だった1950年代、正月やお盆とともに興行成績がよかった時期をゴールデンウイークと名づけたのが始まりらしい。そのころの映画館には観客が押し寄せ、立ち見が出るのが当たり前だった▼いまゴールデンウイークといっても、映画館に行列が出来ることはない。代わって多くの人々が出かけるのは、行楽地や祖父母の待つ実家などだ。ことしのゴールデンウイークも列車や飛行機、高速道路が大混雑した。新幹線の乗車率130%とか高速道路の渋滞35キロとか混雑ぶりをテレビが伝えた▼混むのが分かっていてもまとまった休みが取りやすいこの時期に民族大移動を繰り返す。通勤電車の混雑緩和のために時差通勤があるのだから、時差大型連休の呼び掛けがあってもよさそうだが、なかなかそんな機運は起きない▼かくしてことしのゴールデンウイークもきょうが最後。28日から9連休に恵まれた方もあるだろうが、多くは暦どおりの休日がやっとだったのではなかろうか。中には書き入れ時の忙しさで、休みもままならない業種もあったろう▼道南では例年より早く連休中にサクラが満開を迎えた。帰省していた家族連れや観光客にとって五稜郭の満開のサクラは暖冬の贈り物だ。天候にも恵まれ、気温も初夏を思わせるまでに上昇した。行楽の季節を満喫した後は、Uターンラッシュにもまれて日常生活の場に戻っていく。たけなわの春を惜しみながらあすからまた仕事や学校生活が始まる。(S)


5月5日(土)

●5時前、目をさましぬ。船はすでに青森をあとにして…風寒く…。偉いなるかな海。山は動かざれども、海は常に動けり。海の心はこれ、宇宙の寿命を貫く永劫の大威力なり。誰れか、海を見て、人間の小なるを切実に感ぜざるものあらむや(啄木の日記)▼「友の恋歌 矢ぐるまの花」と詠んだ石川啄木が鉄道桟橋(若松町)から函館に初上陸したのは、ちょうど100年前の5月5日午前9時。青柳町の借家に節子夫人と長女も迎え親子水入らずの生活。短い生涯で最も楽しいときであったであろう(金野正孝著「函館の啄木」)▼当時も今の「子どもの日」のように、巴港に鯉のぼりが元気に泳いでいただろうか。天に昇る鯉は出世魚と考えられ「子どもを病気などからお守り下さい」と願って立てるのが鯉のぼり。啄木が詠んだ矢車草は、葉の形が端午の節句に鯉のぼりと一緒に立てる矢車に似ていることから付いた▼花言葉は優雅、幸福、繊細な心。函館では6月から咲き出すが、借金だらけの啄木には「優雅な生活」はほど遠かった。薬代も払えなかったのか、『一握の砂』が産婆の役をつとめたという長男が生後間もなく他界した。「死にし児の胸に注射の針を刺す…」と胸をつまらせる▼病気などから我が子を守ってやれなければ、今でいう「親学」が必要ではなかったか。海峡の海に「永劫につづく宇宙の寿命」を悟っていたのに…。節子夫人が啄木の旅費をつくるため行李などを入れた入村質屋(現在は茶房)でコーヒーを口にしながら「薄幸の啄木」と「子どもの日」を再考してみた。(M)


5月4日(金)

●いまどきの若者は覇気がないね、とおじさんたちは嘆くかもしれない。出世意欲に乏しい高校生が外国の同世代に比べて突出して多いとの調査結果は、日本の若者気質の一断面を表しているように見える▼調査は財団法人日本青少年研究所が日米中韓4カ国の高校生を対象に実施した。意欲に関する項目で「偉くなりたいか」との質問に対し、「強くそう思う」と回答したのは日本が8・0%。他は中国の34・4%を筆頭に韓国22・9%、米国22・3%が続いた▼偉くなると「自分の時間がなくなる」と否定的に考える日本の高校生は46・7%とほぼ半数に達した。「責任が重くなる」は78・9%。どちらも米中韓の高校生を大きく引き離して日本がトップだ。逆に偉くなれば「能力をより発揮できる」「尊敬される」と肯定的にとらえる高校生は、日本がしんがりだった▼生活意識に関する問いでも日本の高校生は他の3カ国と際立った違いを示している。「暮らしていける収入があればのんびりしたい」との回答は日本の42・9%が他の3カ国をしのいでダントツに高い。まるで定年間近のサラリーマンみたいだ、と批判するのはたやすいが、これが日本の高校生の等身大の姿だろう▼その一方、「よく疲れていると思う」高校生は日本が50・0%と半数に上り、30%台の米中韓を上回る。派遣やパートなど非正規雇用の増大や、格差社会の現実を見れば、明るい未来は描けない。そんな冷めた視線の高校生たちが増えているのだろうか。おじさん世代としては、いささか未来に不安を感じる調査結果だ。(S)


5月3日(木)

●パリに本部を置く「国境なき記者団」のまとめでは、昨年1年間にジャーナリストとアシスタント64人が殺害された。プーチン政権のチェチェン政策批判で知られ、10月に殺害されたロシア人女性ジャーナリスト、アンナ・ポリトコフスカヤさんの事件のように未解明のケースが多い。特に戦場で取材を続けるジャーナリストの場合、殺害されても犯人が検挙されることはまれだ▼日本人ジャーナリストでは橋田信介さんと小川功太郎さんが2004年5月、イラク・バグダッド近くで武装勢力に襲撃されて亡くなった。イラクでは03年の米軍侵攻以来、139人のジャーナリストが命を落としたという。ジャーナリストを狙った襲撃は後を絶たない▼20年前を思い出す。憲法記念日の3日、散弾銃を持った男が朝日新聞阪神支局を襲い、29歳の小尻知博記者を殺害、もう1人の記者に重傷を負わせた。「赤報隊」を名乗ったテロは、社会に衝撃を与えた。犯人は検挙されずに時効を迎えたが、力ずくで言論を封じようとしたいまわしい事件を忘れるわけにはいかない▼昨夏は、日本経済新聞社に火炎瓶が投げつけられる事件や加藤紘一元自民党幹事長の自宅が放火される事件が起きた。民主主義の日本で自由な言論が脅かされる事態が進んでいるのではないか。そんな懸念が広がる▼憲法記念日は「世界報道の自由の日」でもある。「民主主義にとって表現の自由は不可欠」をうたい1993年暮れの国連総会で制定された。報道に携わる者としてこの日の意義を改めて思う。(S)


5月2日(水)

●十七条憲法を制定した聖徳太子は、熱心な仏教信者だった。仏教の精神で世を治めようとしたわが国最初の政治家とされ、『日本書紀』に憲法の全文が記されている。原文は難解だが、読み下し文や現代語訳にすると、随所にはっとさせられる言葉がある▼「ある人が是とするとき、自分は非とし、自分が是としても他人は非とする。自分は必ずしも聖人君子ではないし、他人も必ずしも愚者ではない。ともに凡夫である」(第十条)▼凡夫とは仏教語で、一般的に悩みや愚痴が多い人間全般を指す。聖徳太子研究の第一人者、坂本太郎東大名誉教授は「仏の大悲の前においては、賢者も智者も愚者も鈍者も、みなが一様に凡夫であるとみた。これは太子の堂々たる人間平等観の宣言である」と著書『聖徳太子』(吉川弘文館)で述べている。十七条には儒教や法家などの思想も見られるが、坂本博士は仏教思想がより濃厚とみる▼政教分離の現在では、憲法に宗教は介在しないが、十七条憲法が制定された西暦604年(諸説あり)は、政治と宗教が長く不可分な関係となっていくころだった。太子は朝鮮半島から伝来したばかりの思想を大胆に取り入れ、新たな国づくりを目指した▼それから1400年。国会では改憲に道筋を開く国民投票法が大型連休明けにも成立する運びだ。改憲には賛否両論があるが、議論する機会を持つことが何より大切。3日は憲法記念日。国にとって一番いい憲法のあり方を考えるときに、日本で一番古い法典の精神に触れてみるのもいいかもしれない。(I)


5月1日(火)

●「うら若草のもえいづる」と萩原朔太郎は少年時代を追憶した詩「旅上」で歌った。風薫(かお)る5月が始まった。道南の桜は早咲きに続いてソメイヨシノが昨日、開花した。下旬にかけて順次、遅咲きへと主役を交代しながら桜花の華(はな)やぎが競演を繰り広げる▼道南では先月末に時ならぬ雪の舞う夜半があった。〈花固き旅にて一夜睡り足る〉(藤田湘子)。函館で詠んだとされる句だが、4月の寒気は花のつぼみを惑わすほどではなかったようだ。暖冬の影響で函館の開花は平年より3日、昨年よりは7日早い。東京をスタートした桜前線は41日間かけて函館に上陸し、これから道内を北上する▼5月にまつわる言葉を調べていて「5月の鯉の吹き流し」に出合った。薫風(くんぷう)が吹き流しを通り抜けるようにわだかまりがなく、さっぱりしている気性をたとえて言うそうだ。五月(さつき)晴れもくっきりと広がる青空を連想させて気持ちが弾む。ただし、こちらは五月雨(さみだれ)の晴れ間を指すのが本来の用法だという▼大学や社会人の1年生にとって5月は、必ずしも心が弾む月ではないかもしれない。期待に胸を膨らませた4月が終わると、勉学や仕事がはかどらずに「五月病」に陥る若者たちも現れる。そんなときは詩人にならって旅に出るのもいいかもしれない。朔太郎も「きままなる旅にいでてみん」と「心まかせ」の旅を想(おも)った▼時は黄金週間。郊外でも近場でも出かけるのに最適な季節だ。道南の春はこれからが本番だ。(S)


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