平成20年5月


5月31日(土)

●やはり自衛隊機には抵抗があったのだろう。死者6万人を超えた四川省大地震で、日本政府が方針を決めた自衛隊機による救援物資輸送は、日中両国の協議で取りやめとなった。人道的支援とはいえ、戦争の記憶が重なった▼もともとは中国政府からの要請。中国は地震が発生した当初、日本の支援を不要としたが、これまで日本から派遣された国際緊急援助隊の救助・医療チームは現地で活躍し、中国もその貢献に大きく感謝している▼ただ、自衛隊の派遣要請には驚いた。法的に問題はないが、ある自衛隊OBが「私見」と断った上で、以前こう語っていた。「救助チームは受け入れても、自衛隊を受け入れたら中国のメンツは丸つぶれになる」▼五輪を控えた中国は“腫れ物”だらけ。中国政府はあらゆる局面で、沈静化の道を探ったように見える。チベット暴動では慌てず騒がず、ダライ・ラマ14世側との対話を実現させ、ぎくしゃくしている日本には胡錦涛国家主席が訪問。友好関係を確認した▼老子に「大国を治むるは小鮮を烹(に)るがごとし」との言葉がある。小鮮とは小魚。小魚を煮る場合、むやみにかき混ぜたら崩れてしまう、大国を治める場合もそうだ、との意味▼中国という大鍋の中には、さまざまなことが煮立っている。沸点もさまざまで、見誤ると命取りだ。火加減を微妙に調整しながら、注意深く鍋の中をのぞき込む姿を連想した。(P)


5月30日(金)

●ナチスの迫害を逃れるためアフリカに渡った少女・レギーナ。裸足で牛の糞の上に乗っている時、現地の子どもが「気持ちいいでしょう」と聞くと「うん、気持ちいい」と微笑む。現地の子どもたちに励まされ成長(映画「名もなきアフリカの地で」)▼そのアフリカで蚊が媒介するマラリアで毎日3000人の子どもが命を落としており、6人に1人が5歳までしか生きられない。エイズの流行も拍車をかけ、毎日8000人が感染し、6000人が死んでいく。はしかの後遺症で失明した少女も▼アフリカ大陸には53の国があり、今、横浜市で開かれているアフリカ開発会議に各国の元首が集結。新聞の「首相の動向」欄には福田首相と会談した国名がずらり。スワジランド、ガンビア、カボベルデ、セーシェル…。地球儀を回しても探すのに一苦労▼国際舞台で影が薄いといわれる日本が主導したアフリカ開発会議。福田首相が打ち出した援助構想は、インフラ整備に最大40億jの供与、医療・保健分野で10万人の人材育成や母子手帳の普及、水確保への援助など。貧困撲滅の「一村一品運動」も▼最近は豊富な金属、石油などの資源高騰が追い風となって経済活動が始まったといわれるが、サハラ以南で40%が1日1j未満の生活。30日には「横浜宣言」が採択される予定だが、効果的な援助が急務だ。少女・レギーナを励ましてくれた子どもたちの命を救うためにも。(M)


5月29日(木)

●風に揺れる新葉がまぶしい季節だ。日の出が早い北海道は、朝3時を過ぎると夜の底が白み始める。日の出の4時ごろともなると、早朝散歩を楽しむ姿も見かける。そんな北海道は、サマータイム(夏時間)導入の好適地かもしれない▼夏季に時計の針を一時間進めるサマータイム制度が、2年後にも始まる可能性が出てきた。自民、民主、公明、国民新党議員らで作る推進議連が今国会に法案を提出して、成立を目指す方針を固めた▼明るい日中時間を有効活用すれば、エネルギー消費量を抑えるとされる。仕事も学校も一時間早く始め、その分早く切り上げる。夕方、まだ明るいうちに帰宅できれば、自分の時間や家族団らんの時間も長く持てる▼いいことずくめじゃないか、というのが推進の理屈だ。地球温暖化が主要テーマの洞爺湖サミットの趣旨にも合う。何より欧米の多くの国でサマータイム制を取っている。日本も見習おうという機運が後押ししている▼だが、省エネや自由時間の拡大などが思惑通りに行くのだろうか。実は日本でも戦後、サマータイム制を短期間導入した。しかし、長時間勤務を招き、不評で止めた経緯がある▼すでに導入済みのロシアでは廃止法案が出された。サマータイムは国民の健康悪化につながるとの理由だそうだ。そうした動きを知ると導入を図るべきか、見送るべきか、ぐずぐずと朝寝をしながら迷ってしまった。(S)


5月28日(水)

●後期高齢者を励まそうとエベレストに向かったわけではないかもしれない。だが、75歳の三浦雄一郎さんのエベレスト登頂は、医療費増大の元凶とみなされている高齢者に勇気を与える快挙だろう▼最高齢での登頂という栄誉は、三浦さんの前日、頂上に立った76歳のネパール人男性に譲りはしても、三浦さんの偉業は色あせはしない。三浦さんにとっては70歳で初登頂して以来、2度目の世界最高峰だ▼北大出身の三浦さんは、1960年代からプロスキーヤーとして活躍した。その名を有名にしたのは70年5月、エベレストのサウスコル8000メートル地点からの滑降だ。垂直に近い氷の斜面を滑り降りる三浦さんの映像は驚きだった▼三浦さんがエベレストの頂上を目指していたころ、米グランドキャニオンでは、ロボットが絶壁の登はんに挑んでいた。日本で開発された手のひらサイズの小型ロボットだ▼小型ロボは、単三乾電池二つを動力源に上から垂らした高さ530メートルのロープを上りきった。スタートからの所要時間は6時間46分。日本のメーカーが製造した乾電池の耐久性と長寿を証明したそうだ▼日本の長寿は乾電池に限らない。後期高齢者だって、医療制度では長寿と言い換えられた。もっともこの言い換えは、とってつけたような色合いが濃いのが難点だ。長寿だろうが後期高齢者だろうが、三浦さんはレッテル張りが大嫌いだろうと思う。(S)


5月27日(火)

●ハードボイルド作家生島治郎の「総統奪取」は、1937年に成立した第二次国共合作への道筋を縦糸に物語が展開する。作中には蒋介石、周恩来、張学良など実在した人物を配している▼歴史的事件を題材にしているが、もちろんフィクションだ。小説では、紅と名乗る主人公の日本人や工作員の葉、アメリカ人の大金持ちなどが登場して、舞台回しの役割を務める▼日本軍が侵攻した当時の中国では、国民党軍と共産軍が内戦を繰り広げていた。父を関東軍に殺された満州軍閥の張学良が画策したのが、国民党と共産党が協力して日本と戦う抗日統一戦線の結成である▼蒋介石が幽閉された36年の西安事件、翌年の盧溝橋事件を経て日中戦争に発展する過程は世界史で習う。統一戦線は、内戦の激化によって解消し、蒋介石率いる国民党が台湾に逃れて中台の戦後の歴史が始まった▼こうした経緯から中国と台湾は、長年敵対関係にあった。投資や人的交流を通じて関係が深まってはいるが、政治対話は中断したままだ。その中国を台湾の与党国民党の呉伯雄主席が訪れ、胡錦濤共産党総書記とも会談する▼台湾では、馬英九総統の国民党政権が20日に発足したばかりだ。この時期の与党トップの訪中は、関係改善に取り組む政権の姿勢を示す。中台の新たな動きは第三次合作の走りとなるだろうか。小説の世界をさまよいつつ、お隣の政治動向が気になる。(S)


5月26日(月)

●雨を歌った歌は、ポップスから演歌、童謡までそれこそ数知れずある。その中でも〈雨々ふれふれ かあさんが 蛇の目で お迎え うれしいな〉と歌う童謡は、誰もが幼いころ一度は口ずさんだに違いない▼歌にまつわる思い出は、心のひだに深く浸透して、ひょんな時によみがえってくる。11年前に亡くなった版画家で芥川賞作家でもあった池田満寿夫さんが、この童謡の詞をヒントに版画を作った▼雨雲の下で女の子たちが踊っている「ミス・レイン」という作品だ。池田さんは「人はそれぞれ心のなかに自分の雨を持っている」と題した随筆で初期の代表作と紹介しているから、自信作だったのだろう▼雨は、外出の足元を濡らす。行楽の予定を台無しにすることだってある。気持ちが何となくブルーになるのも雨の日だ。活動的で伸びやかな晴れの日と比べると、雨が嫌い派はきっと多いだろうと思う▼昨日、道南は雨模様の1日だった。予定されていた運動会は中止、8分咲きを迎えた恵山のつつじは冷たい雨に濡れていた。せっかくの休日なのにと空をにらんで、ままならぬ天候を恨んだ家族もあったろう▼だが、雨の静けさは、さまざまな思いや感情を呼び覚ますのにふさわしいと言ってもいい。だから雨を歌った歌がたくさん作られ、小説や絵画の題材にも取り上げられる。雨の休日、あなたはどう過ごしました?。鼻歌のひとつでも口をついて出ましたか。(S)


5月25日(日)

●名称を長寿と言い換えた程度では、高齢者の怒りは止まない。いや、制度の中身が知られてくるにつれ、怒りの度合いはいっそう強まる。そうした情勢を政局に結び付けたい思惑もあってか、野党が後期高齢者医療制度の廃止法案を提出した▼法案は野党が多数を占める参院では採択される。だが、与党が3分の2の衆院では採決されずに廃案になる見通しだ。制度存続は、揺るぎそうもないが、国会での論議を通じて欠陥がより鮮明になるだろう▼福田康夫首相も制度の手直しが必要だと言明している。問題が持ち上がった当初は、説明不足を理由に挙げていた。しかし高齢者の反感が収まりがつかないまでに膨らんでは、小手先の解決策では通用しない▼それでも制度の根幹は守るというのが、与党の方針らしい。根幹とは何かと言うと、75歳以上を国民健康保険などから追い出し、別立ての医療保険制度でひとくくりにしようという考えだ▼もっとも制度の凍結を求める意見も与党内に起きている。子どもの扶養家族からはずされ、新たに生じる保険料を年金から天引き徴収される不満などを和らげる措置が必要との判断からだ▼政府は批判の高まりに応じて、保険料減免の拡大などを打ち出した。ほころびを繕いながら、制度を守ろうとの姿勢だ。だがそれがどこまで通用するのか。何だかつぎはぎだらけの惨めな姿が浮き上がってきた高齢者医療制度だ。(S)


5月24日(土)

●民族衣装を身につけたアイヌ民族の人たちと支援者らが一昨日、東京・日比谷公園から国会までを請願行進した。アイヌの人たちが求めているのは、先住民族としての権利確立である▼11年前、アイヌに関する初の法律「アイヌ文化振興法」(アイヌ新法)が成立した。この法律は、アイヌの固有の文化と伝統を守り育てるとともに、一般にも広く啓発することを趣旨としていた▼法律はあくまで文化振興にとどめ、アイヌの人たちの先住民族としての権利には触れていない。権利を盛り込めば、奪われた土地や財産に関する議論が持ち上がり法案がまとまらなくなる恐れがあったからだ▼文化に限定しても、まず法律を作ることを優先したい。アイヌ民族初の国会議員だった萱野茂参院議員ら同法の成立に尽力した人たちは、新法をアイヌに脚光を当てる最初のステップにしたいと考えた▼風向きが変わったのは昨年9月、国連が先住民族の権利に関する宣言を採択したことがきっかけだ。国会では超党派の道選出国会議員らが「アイヌ民族の権利確立を考える議員の会」を設立。先住民族としての認定を求める決議を出す予定だ▼そうした動きに呼応してアイヌ民族で組織するウタリ協会が「北海道アイヌ協会」の名称を来年4月、半世紀ぶりに復活させる。新法成立に控えめな喜びを見せた萱野さんが逝って2年。アイヌ民族に新たな光が当たり始めた。(S)


5月23日(金)

●開港から30年を迎えた成田空港に総二階建ての超大型機A380の一番機がやって来た。節目に水を差す天の配剤だったわけではなかろうが、暴風雨に邪魔されて4時間遅れの着陸だった▼用意されていた歓迎行事は中止。30年に花を添えるはずだったシンガポール航空の新型機は、主役の脚光を浴びることもなく次の寄港地に向け飛び立った。開港30年は地味な祝賀で終わった▼千葉県成田市三里塚に国際空港の建設が決まったのは、1966年のことだ。それから開港までの12年間、土地を失う地元農民に新左翼が加わった成田闘争が繰り広げられた。開港直前には、過激派による管制塔占拠事件が起き、開港期日が延期された▼成田空港は、激動の昭和史に特異な陰影の尾を引きながら、年輪を刻んできた。鉄条網と機動隊に守られた空港というのが、長い間に定着したイメージだった。だが、ここ10年ほどで闘争の成田は変ぼうして、大きな衝突事件は影を潜めた▼いま、成田が直面しているのは、羽田空港の国際線増便に伴う相対的な地盤沈下だ。滑走路が2本しかない成田を尻目に羽田は、4本目の滑走路整備が進み、国際線が短距離から欧米便にまで広がる予定だ▼羽田は、都心に近く国内線への乗り継ぎが便利な利点もある。豪雨の中で迎えた開港30年は、空港を核に発展を願う千葉県と地元自治体にとって、手放しでは喜べない事情をあぶりだした。(S)


5月22日(木)

●鉄腕稲尾、怪童中西そして豊田。関口、高倉、仰木…。きらりといぶし銀が光る選手もいたなあ。野球少年だった中年世代には、懐かしさがこみ上げる。伝説の西鉄ライオンズが、来月復活するという▼スター選手が、大リーグに流出する現在とは異なり、プロ野球選手が少年たちの憧れだった時代がかつてあった。その時代を画したのが、三原脩監督が率いた西鉄ライオンズだった▼特に1958年の日本シリーズは、対巨人3連敗から4連勝して日本一になった。偉業は、野武士軍団と称された選手たちの姿とともに語り継がれている。長嶋、王を擁した巨人とは別種の荒々しさをまとったチームだった▼黄金時代に活躍した選手は、鬼籍に入った人も多い。復活するのは、ユニフォームやロゴを組み合わせた帽子など。それらを、後身の西武ライオンズの選手が身につけて戦う。皮切りは6月28日の対ロッテ戦だ▼復刻版ユニフォームは、西武の本拠地・西武ドームと西鉄があった福岡ヤフードームでの試合で着用するそうだから、札幌ドームでは見られない。往年の西鉄ファンにとっては、野武士軍団の勇姿を間近にできないのはいささか残念だ▼だが、考えようによっては、むしろよかったかな。札幌ドームで日ハムと戦うのが、蘇った西鉄では、どちらを応援すべきか困る。と、思案しながら、今夜もプロ野球中継にチャネルを合わせて試合を見る。(S)


5月21日(水)

●漫画雑誌「ビッグコミック」(小学館)で連載中の「総務部総務課 山口六平太」は、主人公の六さんが難題をさらりと解決に導く物語だ。22年目に入った長期連載の人気の秘密は、サラリーマンの思いを代弁するストーリーのおもしろさだ▼勝手な解釈を許してもらえば、六さんの特技は空気を読むのに長(た)けていることだ。それが出来なければ、総務課は務まらない。いや、総務課だけでない。滑らかな人間関係を築くには空気を読む能力が欠かせない▼だが、どうやらKY(空気が読めない)は、サラリーマン世界に広がっているらしい。サラリーマンの心情を17文字で表現した「サラリーマン川柳」(第一生命)で〈「空気読め!!」それより部下の気持ち読め!!〉が1位に選ばれた▼まあ、六さんのようなスーパー気配りサラリーマンはまれだろうが、上司も部下もKYに陥ったら、関係がぎくしゃくする。ここは、ひとつ余裕を取り戻すことが肝心だ、との戒めと読み解くことも出来る句だ▼ベストテンに入った作品に目立つのは、夫婦のビミョウな関係を詠んだ句だ。〈「今帰る」妻から返信「まだいいよ」〉(2位)、〈円満はみざる言わざる逆らわず〉(4位)、〈ゴミだし日すてにいかねばすてられる〉(5位)▼ニヤリとしてなるほどと納得されるご同輩もおられよう。妻(いや夫)に求めたいのは、六さんの空気を読む能力かな。(S)


5月20日(火)

●一枚の写真に目が釘付けになった。突き出したこぶしが、ペンを握り締めている。添えられたキャプションは「その手が泣いている」。毎日新聞が19日付1面に掲載した▼四川省大地震で倒壊した中学校のがれきの中から見つかった生徒の左手のアップ写真だ。固く閉じた手は、二度と開くことはない。写真説明によると、中国新華社通信記者が、16日に撮影したものだという▼写真を見つめて想像を巡らせた。この生徒は将来にどんな夢を抱いていたのだろう。得意科目は何だったろう。地震に襲われた時の恐怖はどれほど深かっただろう。親の名を叫び求めながら亡くなったのだろうか▼むごい写真が語りかけてくる地震の被害に声を失う。発生から1週間、死者数は積み上がり、絶望が被災地を覆う様子がさまざまなメディアを通じて伝わってくる。避難生活をしている人たちにも疲労が蓄積し、感染症の恐れが高まる▼大きな余震も続発している。山が崩れ道をふさぎ、救援を難しくする。がれきの下に埋まっている人たちの命の灯が、日ごとにか細くなり、奇跡の可能性が小さくなる。それでもなお、懸命な救出作業が続く▼日本の国際緊急援助隊は、生存者の発見は出来なかったが、遺体の収容に貢献した。今後は医療チームの派遣を政府は検討している。現地は降雨が予想され、ダム決壊の恐れもあるという。二次被害は何としても食い止めねば。(S)


5月19日(月)

●「何かを成し遂げた人は、失敗も含めてすべてを受け入れ、決して言い訳をしない」。TBS系列の深夜ニュース番組でおなじみの膳場貴子さんが、NHKのアナウンサー時代に函館で講演した時の言葉。強く記憶に残っている▼膳場さんは当時、NHKの人気番組「プロジェクトX」に出演。大事業や技術開発を成功させた人物に焦点を当てた番組で、先の言葉は接してきた「主人公」に共通して言える人物像という▼しかし番組では、誰を主人公にするか悩むそうだ。本当の主人公は自分の手柄を語りたがらず、逆に中心人物ではない人が、「自分の手柄だ」と売り込む場合があるという▼臥牛子もかつて、ある大事業を成し遂げた方に取材を依頼して、断られた経験がある。「自分の手柄を語ると、どこかで人を傷つけることになる」との理由からだった。その言葉が心に染み、断られて良かったと思った▼巨大プロジェクト成功の立役者たちは、多くを語らず黙々とたゆまぬ努力を続ける。陽が当たろうと当たるまいと目指す到達点に向かい、揺るぎない信念を持って。失敗にくじけず、それを糧に次の研究が進み、やがて大小さまざまな花が咲く▼本紙にも日々、芸術やまちづくり、防犯活動などに取り組む人や団体が登場する。物事に懸命に向き合っている姿は尊い。そうした「主人公」たちを、これからも伝えていきたい。その一つ一つが地上に輝く星だから。(P)


5月18日(日)

●函館市内スーパーの乳製品売り場に張り紙がしてあった。「バターの購入は一家族一個にお願いします」。別のスーパーでは、商品棚にバターはなく本日分の入荷は売り切れたと掲示があった▼バター不足の影響は、末端の消費者にまで広がってきた。もはや大手需要家の菓子メーカーなどにとどまらない。一般家庭でもトーストにバターをつけたり、ケーキを焼いたりするのもはばかられるようになった▼価格も当然のように上昇している。つい先日までは200グラム一個が300円台前半だった。いまは400円近い。つられて国産チーズの値段も上がっている。牛乳が余り、生産調整していたはずなのにどうなったのだろうとグチもこぼれる▼バターの品不足の深刻化を受けて、ホクレンはチーズ工場向けの生乳供給を減らし、バター向けを増やす検討を始めた。農林水産省が乳業メーカーにバターの増産を要請したからだ。海外からも前倒し輸入をしている▼道産子は塩ゆでしたジャガイモにバターを載せたり、熱々ご飯にバターを溶かしてしょうゆを垂らし、かき混ぜて食べるおいしさを知っている。そのバターが不足気味なのは、なんとも寂しい▼農水省に尋ねると、昨年の猛暑で国内の生乳生産が計画を下回ったこと、主な輸入先のオーストラリアの干ばつでバター生産が減ったことが要因だという。バターがスーパーの特売品に戻る日は来るのだろうか。(S)


5月17日(土)

●〈おそれの中におそるべかりけるは、たゞ(だ)地震なりけりとぞ覚え侍りし〉。鴨長明が「方丈記」に書き記した元暦2年(1185年)の大地震の体験だ▼その部分に続けて生き埋めになった子どもを描写している。〈…あとかたなく平にうちひさがれて、二つの目など、一寸ばかりうち出されたるを、父母かゝ(か)へて、 も惜しまず悲しみ合ひて侍りし…〉▼中国四川省を襲った大地震では、多くの学校が子どもたちを飲み込んだまま倒壊した。親たちは、子どもの安否を求め、必死に捜索活動を続けているに違いない。その中には、子のなきがらに取りすがって号泣する親も少なからずいるだろう▼大地震の死者は、5万人に上るとの報道もある。被害の全容はまだ分からないが、救援の手が伸び途絶えていた通信が復活するにつれ、悲惨な状況が伝わってきた。日本からも国際緊急援助隊が現地入りして捜索活動を始めた▼13年前に起きた「阪神大震災」の全記録(神戸新聞社)を函館中央図書館で開いた。崩れ落ちたビルや高速道路、炎を上げて燃える建物、救出される生存者などの生々しい写真が目を射た▼都市部を襲った阪神大震災と山間部の四川省大地震は、被害の様相も異なる。だが〈そのさま世の常ならず〉(方丈記)の惨状は、変わらない。テレビでは80時間ぶりに救出された子どもを映し出していた。より多くの奇跡を願うばかりだ。(S)


5月16日(金)

●日本ハムのダルビッシュが大リーグ移籍?そんな殺生な、と早トチリしそうな特集記事が米メディアに載った。実力と人気を備えたダルビッシュ投手だから、いずれは大リーグ挑戦を表明するかもしれないが、道民ファンとしては心境複雑だ▼記事を取り上げたのはディズニー傘下のスポーツ専門テレビ局ESPNの電子版。札幌発の長文の記事は、ダルビッシュの実力がレッドソックス松坂大輔と同じか、すぐにも追いつくと高く評価する▼そしてポスティングシステム(入札制度)での移籍が実現すれば、入札金額が松坂の53億円を超えるだろうとの見方を紹介。ヒルマン前監督(現ロイヤルズ監督)の「(松坂より)ダルビッシュの身体の方が、柔らかく、しなりがある」との言葉も伝えている▼ダルビッシュの父ファルサさんは、米の大学で学んだ。叔父や叔母が米に在住しているそうだ。そうした環境からかファルサさんは「彼がアメリカに行きたいのなら、もう、準備は出来ている」と話す▼何だかダルビッシュの大リーグ挑戦をあおるような記事内容だが、イチローや松井秀喜、松坂などが活躍している現状を見れば、「ダルビッシュよ、お前もか」という日が早晩やってきそうにも思える▼巨人のエース上原浩治投手が、フリーエージェントの資格を得て大リーグ挑戦を表明したのは先月だ。一流選手の大リーグ流出は留めようがないのだろう。(S)


5月15日(木)

●中国には「カエルが鳴いたら地震が起きる」という伝承がある。「後漢書」によると、紀元2世紀ごろ、科学者の張衡(ちょうこう)が地動儀(地震計)を発明した。地が揺れると、八方に向いた竜の口から玉が落ち、口を開けたカエルが受け止める仕掛け▼その“ガマ軍団”がチベット高原から四川盆地を走る活断層を襲った。阪神大震災の32倍のエネルギー規模(M7・8)の大地震。「重慶で5人死亡」という外電の第1報に、そんなはずはないと思っていたら、発生3日後の死者は1万2000人を超えた▼被災地の映像を見ると、近代ビルは持ちこたえたようだが、貧困層の古い建物は大打撃。特に授業中の学校は数か所の校舎が崩壊、多くの子どもたちが死亡したり、生き埋めになった。安い建設費で建てた“欠陥工事”が被害を拡大したという指摘も▼日本では災害時の避難所になる学校。その学校がもろく崩れるなんて。32年前の唐山大地震以来、建築物の耐震基準を設けたというが、急速な発展の陰で耐震性がなおざりになったのか。戦争もそうだが、大災害で子どもたちが犠牲になるのは悲しい▼人気の「三国志」のゆかりの地、パンダの保護区。余震と豪雨が襲う瓦礫(がれき)の下で、2万3000人が救出を待っている。ミャンマーのサイクロン被害に続く大惨事。中国も、国際社会の「救いの手」をすべて受け止めてほしい。聖火より人命だ。(M)


5月14日(水)

●道内には多数の地域紙が存在し、日々の出来事や地域の話題を丹念に取り上げ、読者に伝えている。新聞社の規模や発行部数、ページ数などはさまざまだが、どの新聞からも地域性が読み取れる▼北海道地方新聞協会という団体がある。函館新聞社を含め、道内で日刊紙を発行する十数社が加盟し、研修会などを開いている。同協会の事務局長を務めていたため、各新聞社の社長や編集局長らと話す機会も多く、新聞づくりへの熱い思いに刺激を受けた▼加盟社の一つに網走新聞社(本社網走市)があった。2004年7月、同社屋に隣接する佐藤紘一社長宅で火災が起き、佐藤社長と夫人が亡くなった。佐藤社長は当時64歳。編集局長、記者も兼ねていた。亡くなる前日も知床に取材に出掛けていたと聞いた▼4ページの小さな新聞は佐藤社長の記事やコラムが生命線だったのだろう。網走新聞は社長死去から2日目の紙面を最後に、廃刊した▼社員数人で懸命に毎日の紙面を作り上げている新聞社はたくさんある。資金も労力も少なく、経営基盤もぜい弱だ。それでも発行し続けるのは地域に目を向け、住民の視点で考え、読者と思いを共有したいからだ。言論の多様性の一端も担う▼札幌で開かれた同協会総会にぎりぎり駆け込んだ佐藤社長。「せっかく札幌に来たからさ、道議会で議員に話を聞いてたんだ」。笑った顔が忘れられない。(H)


5月13日(火)

●パキスタンのウルドゥー語で「スイセン」を意味する「ナルギス」。そのナルギスと名付けられた大型サイクロンがミャンマーを直撃してから10日。国連は死者6万3000―10万人、行方不明者は22万人と推計している▼被災者は122万―192万人ともいわれ、「被害が深刻な地域から水や食料を求める人々が流出、最大都市ヤンゴンは難民化している」という。しかし、軍事政権は食料や医薬品の救援物資、支援要員の入国を拒否、民意を無視。新憲法案の国民投票を強行▼民主化運動の指導者、アウン・サン・スーチーさんのNLD(国民民主連盟)が「人権が保障される社会を実現させよう」と議席の82%を獲得した総選挙から18年。しかし、軍政は選挙結果の承認を拒否したばかりか、ノーベル平和賞のスーチーさんを軟禁▼サイクロン2日後に出産した女性は「食料や薬がほしい。このままでは生き残った人も死んでいく」と嘆く。国民投票はスーチーさんを政治から追放し、権力維持をめざした選挙だが、投票所で「賛成」に印がついた投票用紙が渡されるなど、不正も出ているという▼外国の救援・援助団体のスタッフはタイやインドの国境で足止め。過去最悪級の災害には人道支援など国際的に助け合うのが義務。日増しに衛生状態が悪化、マラリアなどの感染症も懸念。国連主導の救援活動を認めなければ“ビルマの竪琴”の音が聞こえてこない。(M)


5月12日(月)

●クリント・イーストウッドが監督、主演した米映画「ミリオンダラー・ベイビー」は、女性ボクサーを描き、3年前にアカデミー作品賞を受賞した。テレビでも放映されたからご覧になった方も多かろう▼映画は悲劇的な結末を迎えるが、殴り合いのシーンは、シルベスター・スタローン主演の「ロッキー」をほうふつさせる迫力だった。この映画が作られたのは、米での女子ボクシング人気が背景にある▼その女子ボクシング熱が日本でも高まり、日本ボクシングコミッション(JBC)が認可した初の大会が開かれた。会場はボクサーの憧れ、東京後楽園ホール。プロテストを経てライセンスを得た20選手が熱闘を繰り広げた▼東京品川のボクシングジム会長が、ボクササイズに通う女性が増えていると話していたのを思い出す。ボクシングとエクササイズを合成したボクササイズは、10年ほど前から体を鍛える女性に広がっていた▼だからだろうか、ボクシングの試合には女性ファンの熱気があふれている。女子プロの登場は、そうした女性ファンの後押しもあるのだろう。1ラウンド2分で男子より1分短く、男子にはないクラスも設けられた▼女子ボクシングが始動した日、亀田興毅、大毅兄弟が所属ジムから”追放”された。内藤大助選手との試合でひんしゅくを買った親兄弟である。滑り出した女子プロには、舌戦ではなく実力本位の試合を期待しよう。(S)


5月11日(日)

●〈私の故郷は小樽市の西二里、高島と忍路との間の塩谷村である〉。伊藤整は、初期の詩「雪明りの路」の序にそう書いた。詩人として出発し、小説や文芸評論でも名を成した伊藤が、小樽出身ということに異議はない▼幼児から小樽に住み、小樽高商(現小樽商大)を出て教師を勤め、その後東京商大(一橋大学)に入学した伊藤にとって、古里は小樽だろう。その名を冠した文学賞の主催者に小樽市が入っているのは十分理由がある▼それでもなお、道南に住む私たちは、伊藤の生まれ故郷は松前だよ、と小さな声で言いたくなる。伊藤は1905年、母の実家がある松前で生まれた。軍人だった父を追って母と小樽に移り住んだのは翌06年である▼北海道最南端の白神岬に「伊藤整生誕の地」の碑が建っている。小さな石碑はトイレの建物に隠れて目立たない。石碑を見に立ち寄る人もあまりいないのだろう。いささかわびしいたたずまいだ▼伊藤の名を有名にしたのは、翻訳したローレンスの「チャタレイ夫人の恋人」が猥褻(わいせつ)文書に当たるとして警視庁が摘発した事件だ。芸術か猥褻かが争われた裁判で、最高裁が有罪判決を下してから半世紀が経つ▼伊藤の名はいま文学賞に残る。19回目を迎えた今年、その賞に決まったのは荻野アンナ氏(小説部門)と穂村弘氏(評論部門)だ。海峡の波音に耳をすまし、碑を見つめながら伊藤の業績を思い浮かべた。(S)


5月10日(土)

●仏作家プルーストの「失われた時を求めて」の主人公は、マドレーヌを紅茶に浸して口に入れたことをきっかけに、幼いころの記憶をよみがえらせる▼焼き菓子のマドレーヌは、作品の導入部に欠かせない。この小説を読んでマドレーヌの名を知り、味わった人もおられよう。味覚と嗅覚と視覚とに訴えかけてくる食べ物には、どうやら記憶を喚起する偉大な力があるらしい▼では、アイスクリームにはどんな思い出が似合うだろうか。作家であり俳人でもあった久保田万太郎は「氷屋で売る最もぜいたくなものとして、わたしは、ミルクセーキとともにはじめてその味を知った」と書いている▼浅草で生まれ育った万太郎が子どものころのことだ。時代は明治半ば。万太郎はアイスクリームを「喰う」とは言わず「飲む」と記す。当時はミルクセーキと似た値の張る食べ物だったという▼万太郎のころとは違い、いまアイスクリームは手ごろな値段で売られ、大人にもファンが多い。業界団体の調査では、酒を飲んだ後にアイスクリームを所望する人が増えているというから大人の好みにも合うのだろう▼そういえば中国の胡錦涛主席を迎えた宮中晩餐会では富士山を模したアイスクリームが出された。そのフレーバーはつまびらかでないが、日本の人気ベスト1はバニラ。9日はアイスクリームの日とか。実はマドレーヌの日もあって6月の第一日曜日だそうな。(S)


5月9日(金)

●ノーベル物理学賞を受けた湯川秀樹博士は「科学の真理は自然界の真理であり、それ自体に善悪はなく、利用の仕方によって善にも悪にもなる」と語っている。このため、原子力などは倫理や道徳と深い関係を持たなければならない、と主張した。善は平和利用、悪は核兵器▼原子力の平和利用のひとつに原発があるが、賛否は分かれる。日本は電力の3割を原子力で賄っており、エネルギーや環境問題全体の中で在り方が問われる▼経産省は、青森県大間町に計画がある大間原発の原子炉設置を許可した。反原発運動を続ける函館の市民団体は、着工の差し止めを求める「訴訟の会」に名称を変え、活動を強化している▼大間原発は、ウランとプルトニウムの混合燃料の100%使用を目指す世界初の原子炉(プルサーマル)。「訴訟の会」は混合燃料の危険性と、函館と大間が津軽海峡を挟み最短距離で18`しかないことを強調し、函館での住民説明会を求めている▼日本は原爆投下という悲劇を世界で唯一経験した。それだけに平和利用であれ、原発問題は非常に難しいが、「原発のある海」という風評だけでも心配だ。大間や戸井マグロの価値は超一級を保てるだろうか…▼今月下旬には、北電が泊原発のプルサーマル計画について地元説明会を実施する。原発には何重もの安全対策が講じられているというが、大間原発計画も説明会を何重にも開いてほしい。(P)


5月8日(木)

●ゴールデン・ウイークに合わせたかのように満開を迎えた五稜郭公園のサクラは、連休後半の風雨にさらされてピンクの彩りをほとんど失った。代わっていま桜樹がまとっているのは、若々しい緑である▼日和に恵まれた今年の大型連休中、道南のサクラの名所や行楽地は、どこも多くの人出でにぎわった。子どもたちにとってもいい思い出作りになったろう。大きな事故もなく連休を終えたのは幸いだった▼函館市内に目立っていた道内各地や本州ナンバーの車も少なくなった。連休を実家などで過ごした勤め人にも忙しい日常が始まっている。暑くはなくまして寒さに震えることもない新緑の5月は、気持ちが弾む季節だ▼今春、社会に巣立った若者たちは、慣れぬ仕事でたまったストレスを解消したろうか。“5月病”を乗り越える最適の方法は、休息して気分転換を図ることだ。連休は、自信を失いがちな若者にとってリフレッシュの期間になっただろう▼暦の上では連休中に立夏が過ぎた。〈しみじみと青き汗染む新しきホワイトシャツに五月きたりぬ〉。北原白秋のこの歌は、本州の5月を歌ったものだ。真夏日の汗がにじむ本州とは違い、北国の5月はさわやかさが際立つ▼連休最後の日、五稜郭公園の桜樹の下を歩いた。曇り空で風もあったが、新緑の葉ずれの音が心地よかった。堀には散ったサクラが、固まりになったり離れたりして浮いていた。(S)


5月6日(火)

●社会派作家として知られた石川達三は1935年、「蒼氓」で第一回の芥川賞を受賞した。取り上げた題材は、ブラジルへの移民である。24歳の時、移民団とともにブラジルに渡った体験が小説を書くきっかけになったと作家は述懐している▼作品は、それぞれに事情を抱えてブラジル行きを決断した移民たちが、神戸の収容所に集まる光景から始まる。その多くは、貧しい暮らしの中で新天地に希望を見出そうと応募した人たちだった▼移民たちは収容所で数日間を過ごした後、神戸港を離れる。そこまでを描いた1部、船上生活を書いた2部、そしてブラジルでの生活の始まりまでの3部で作品は構成されている▼ブラジルへ最初の移民が渡ってからことしで100年。「蒼氓」に描かれたように辛苦の年輪を刻んだ移民も多いに違いない。努力が実を結びブラジル社会に溶け込んで成功を収めた人もいれば、悲運のうちに亡くなった方もいるだろう▼北海道は沖縄県、広島県などに次いでブラジル移民が多い。冷害の被害に見舞われる道内農業に見切りをつけ、ブラジルの大地に雄飛の夢をかける農民がはるばる海を渡った。そうした移民の一世はほとんど亡くなった▼だが、子孫は北海道人会などを組織して横のつながりを保っている。出身地の北海道への愛着から親類を訪ねて来る人もいる。ブラジルの日系人はいま150万人、国別では最多を誇っている。(S)


5月5日(月)

●白鳥は悲しからずや 空の青 海の青にも染まず〜 クッチャロ湖の「白鳥フェスタ」で観光客らが湖に入ってオオムギをまく餌体験。別海町で鳥インフルエンザが出た影響もあって、エサまきの後、手や靴を消毒した▼秋田県の十和田湖畔で見つかったハクチョウ3羽の死骸(しがい)から毒性の強いH5N1型の鳥インフルエンザウイルスが検出された。国内で渡り鳥への感染は初めて。また、別海町の野付半島で見つかったオオハクチョウの死骸からは陽性反応が出ている▼野鳥の中でもハクチョウはウイルスへの抵抗力が弱く感染すると3日前後で死ぬ。ハクチョウより耐性があるカモなど他の鳥がウイルスを運んで感染したと推察されているが、一番心配なのは養鶏場への感染。道内の養鶏業者らに大打撃を与える▼先ごろ、韓国で処分された鶏やアヒルは636万羽に。「陽性」の結果が出たのにもかかわらず「陰性」と虚偽の発表を行い、被害を拡大させたという。人に直接感染しないが、このウイルスの突然変異で発生する新型インフルエンザによる死者は、全世界で5年で240人にのぼっている(WHO調査)▼ハクチョウ飛来地には多くの観光客らが訪れるだけに風評被害も心配。大型連休が終わるころにはシベリアなどに北帰行、優雅な姿を見られなくなるが、『飛ぶ鳥、跡を濁し』、若山牧水が詠んだ「白鳥は悲しからずや〜」のシーンが残った。(M)


5月4日(日)

●東国原英夫知事もがっかりの数字かもしれない。いや、だからこそテレビに出ずっぱりでPRに精を出していると言うかもしれない。小学生に都道府県の位置を尋ねたところ、宮崎県が全国一正答率が低かった▼片や北海道は全国一高い。まあ、本道は複数の都府県を持つ本州、四国、九州と違い、一つの島が行政単位の道になっているのだから、間違えようがない。本道の正答率は、ほぼ100%近い▼朝日新聞の記事によると、正答率90%以上は、本道の99・8%を筆頭に、沖縄、青森の両県が95%を超す。逆に半分を割り込んだのは宮崎46・9%のほか、島根、福岡の両県だ。この数字、意外だと思うか、それともやはりと納得するか▼大人に同じ問いをしたら、どんな結果になるだろう。案外小学生とさほど変わらないかも知れない。北海道に住む私たちにとって、九州にいくつの県があるか、とっさに正解を言える人はどれほどだろう▼小学生のころ、友人と世界の国名を挙げて首都を答えるクイズをして遊んだことを思い出した。友人の誘いだった。地理の勉強になったかどうか分からないが、一種のゲーム感覚で新たな国名と首都名を記憶した▼いまの小学生は、友人同士で全国の白地図を手に県名や位置を覚えるゲームをしないのだろうか。そんな方法がはやれば、背中に宮崎の位置を入れた法被姿で知事がメディアに登場することもないのになあ。(S)


5月3日(土)

●暫定税率の復活に伴い、一気にガソリンは値上がりしたが、大型連休中はやはり車で出掛ける人が多いだろう。ハンドルを握ったら、事故にはとにかく気をつけたい▼死亡事故を起こしたドライバーが業務上過失致死罪などに問われ、法廷で裁きを受ける場面は何度も取材した。傍聴席の遺族の凍り付くような視線を浴びながら、被告人はただうつむくしかない。中には傍聴席に深々と頭を下げ、遺影を手にした遺族に「申し訳ありません」と消え入るような声で詫びる者もいる▼「家族との幸せを返して」「絶対に許せない」。遺族の意見陳述は悲しく、怒りの声は法廷を凍り付かせる。運転免許証を持つ一人として、つい被告人に自分の姿を重ねてしまう。当事者にはなりたくないと思う▼裁判を傍聴したことがあれば、誰もが傍聴席と被告人席の近さに驚く。簡単に跳び越えることが出来る程度の仕切りしかない。一歩間違えば、自分もその仕切りを越えてしまうかもしれない、人生はそんな不確実なものだと言うことを痛感させられる▼交通事故の場合、どんなに注意しても避け難いケースはある。ただ、スピードの出し過ぎなどの無謀運転、居眠りや脇き見運転といったドライバーの過失が引き起こす悲劇は弁解の余地がない▼法廷に一度足を運んでみて欲しい。必ず心に“ブレーキ”が芽生えるはずだ。自ら進んで仕切りを越えないように。(H)


5月2日(金)

●風薫(かお)る、と形容される5月はガソリン価格の高騰でスタートした。食品もすでに値上がりしている。家計は五月晴れとはいかない雲に覆われ、憂うつな気分に落ち込みそうだが、滅入ってばかりもいられない▼〈せめては新しき背広をきて きままなる旅にいでてみん。汽車が山道をゆくときみずいろの窓によりかかりて…〉と詩人萩原朔太郎は、新緑の5月を旅する思いを「旅上」と題してつづっている▼遠出の旅はかなわなくても、ゴールデン・ウイークの休日を利用して近場に出かけるのも悪くない。幸い道南には、いまが盛りの松前公園の桜や大沼国定公園など格好の行楽地が数多い。近い距離なら費用もさほどかからずに済む▼おにぎりをこしらえ、バーベキューセットを持って、新緑の近郊に繰り出す。家族連れでも友人同士でも半日の行楽が、いい気分転換をもたらしてくれる。諸物価高騰の暗雲を一時的にでも忘れる気晴らしは必要だ▼今年のゴールデン・ウイークは、日並がそろわず、飛び石休日が少なくない。きょうは休日の谷間だ。だが明日から始まるゴールデン・ウイーク後半は、4連休を楽しめる方も多かろう▼天気は行楽日和が続くとうれしい予報だ。いきなり30度を越えたオホーツク海沿岸のような真夏日はないかもしれないが、道南の朝夕はもう寒くはない。新緑がまぶしい季節、薫風(くんぷう)を浴びに出かけようか。(S)


5月1日(木)

●夜11時過ぎ、函館市内のガソリンスタンド前を通りかかると、給油待ちの車が列を作っていた。別のスタンドも深夜近くにもかかわらず、数台の車が給油中だった。だが閑散としたスタンドもある▼混雑と閑散は、どうやらレギュラー1リットル120円が境目になっているらしい。列が伸びていたスタンドは、1リットル116円台後半の表示を掲げていた。安い店は、117円前後で歩調をそろえている▼だが、それも昨日限り。きょう以降は、多くのスタンドが30円程度値上げする。30円の引き上げは、50リットル給油すると1500円の負担増になる。価格が下がって喜んだ1カ月は、もう過去のことになった▼それにしても揮発油(ガソリン)税などの暫定税率が、これほど高かったのかと目を見開かされた1カ月の騒動だった。混乱の責任は、だれにあるのか問われた福田康夫首相は、国会審議が滞ったことを挙げて野党を批判した▼ガソリンが下がった1カ月は、一般家庭の懐にも車を使用する企業にも恩恵だったに違いない。その恩恵が長く続いてほしいと大方の人たちは願っただろう。再値上げ反対が半数を超えていたのは、庶民の感情を映し出す▼世は値上げの連鎖だ。穀物価格の高騰で食品が値上がりし、電気料金も7月には上がる。上がらないのは給料だけ、とグチも聞こえてくる。節約したいと深夜のスタンドに並んだ切実さは、政治家には届きそうもない。(S)


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