平成23年9月


9月30日(金)

●朝霞公務員宿舎の建設が国会で議論になっている。論点は大きく3点あり、一つは事業仕分けの実効性というか信頼性。メディアを利用して華々しく行ったのは記憶に新しいところだが、無駄として「凍結」の判断が下された案件だった▼二つ目は、なのに密かに着工していたこと。そして三つ目が、東日本大震災の復旧、復興が最優先としながら、急ぎもしない公務員のために大規模な住宅を建設する神経である。場所は米軍基地跡の広大な、自然環境の優れた所、公園の適地でもある▼そこに鉄筋13階建てを2棟(計850戸)建てるという。建設事業費は何と105億円。事業仕分け以前の計画そのものに疑義ありだが、驚くのは「凍結」を無視して着工を認めた張本人の一人が野田首相(当時財務相)ということ。財務省の説明も詭弁に等しい▼建設と引き換えに全国の不要宿舎を売却すれば建設費におつりがくる、と。待ってもらいたい。短期間に売却予定地がすべて売れる保証はどこにあるのか。公務員宿舎が霞が関から緊急時に対応しかねる遠い場所に必要なのか。国会答弁もそれに答えてはいなかった▼民主党にとって大きな過ちというほかない。事業仕分けの功績を党自ら否定し、その意義を失墜させたのだから。そして何より100億円が急を要している被災地でなく、急がない公務員に向けられた事実である。「復旧復興第一」が泣いている。(A)


9月29日(木)

●1945年7月の函館空襲を伝える文書は、意外に少ない。進駐軍が来るまでに軍関係の書類を焼却するよう、当時の内務省が通達したことが一因と考えられている。陸上の犠牲者は少なくとも79人が判明しているが、残った資料での確認分であり、もっと多いことは間違いない▼それでは海上はどうか。兵器の生産や生活のエネルギーとなる石炭、命をつなぐ食糧、戦う国を支える人々を運んだ青函連絡船の犠牲者は300人以上と伝えられていたが、艦船や漁船などを加えると近海では1248人まで膨れ上がるという。「函館空襲を記録する会」の浅利政俊代表の調査結果である▼その犠牲者を追悼、供養する石碑が、函館市船見町の称名寺に建立された。津軽海峡、噴火湾、陸奥湾などを航行中に攻撃された船舶の犠牲者で、失われた命の重みをかみしめたい▼記録に残らず、志半ばで命を奪われた戦争被害者の無念は、察するにあまりある。だからこそ、埋もれた事実を明らかにし、被害を詳細に把握して、地域の歴史を伝えていくことが必要だ。過去を正しく知ることで現在を知り、未来を創造する。それが歴史を学ぶ目的であり、語り継ぎの意義であろう▼そんな願いを込めて、慰霊碑が建立されたのだと思う。秋の穏やかな彼岸の中、碑は除幕され、参列者が静かに合掌した。犠牲者の思いと慰霊碑に刻まれた願いを、わが心に刻みたい。(P)


9月28日(水)

●「写真は正直」。合成などは論外として、確かにそうだ。写すタイミングや角度、さらにはトリミングなどテクニックによって差は生まれるが、ありのままを捉え、伝え、感じさせる力はどんな筆力もかなわない。特に大事故や災害時の現場写真は…▼帯広市で開かれた東日本大震災報道写真展(日本新聞協会など主催)に足を運んだ。展示されていたのは東北の地方紙や全国紙など32社の記者、カメラマンが撮影した90枚ほど。市街地を飲み込んだ大津波の襲来時から、その後の被災地、被災者の様子まで▼とりわけ目にとまったのは、岩手日報宮古支局の記者が市役所5階から撮影した3枚の連続写真だった。午後3時25分、26分…わずか1分の間に、波間にあったはずの車や船が消えている。あの時、テレビに映し出され、目を覆った光景である▼紛れもない事実。だから見る人を引きつける。20年ほど前に遡るが、写真の力に脱帽した経験がある。車にひかれ、道路中央に横たわった小雀を親雀がくちばしを使って道路縁に運ぶ3枚。カメラマンが取材で移動の途中、偶然、撮影した写真だった▼伝わってきたのは親子の情。紙面の体裁上、記事は添えたが、写真だけで十分語りかける力があった。反響も大きかった。この雀の話と同列には語れないが、宮古の3枚は未曽有の災害現場、しかも瞬時の動きであり記録…会場は“写真の力”に満ちあふれていた。(A)


9月27日(火)

●〈あれからニシンはどこへ行ったやら 破れた網は問い刺し網か〉 北原ミレイはヒット曲「石狩挽歌」の中で、廃れたニシン漁の悲哀を歌った。曲が発表されたのは1975(昭和50)年。歌に出てくる描写は、日本海の見慣れた風景だったに違いない▼その石狩湾にニシンが戻ってきた。稚魚放流など地道な取り組みの成果という。大群の産卵で海が濁る「群来(くき)」の再来もあった。この春に観光で訪れた小樽では、大ぶりのおいしいニシンにありつくことができた▼一方、桧山沿岸のニシンの大群は1913(大正2)年を最後に姿を消したまま。「幻の魚」の復活は地域共通の願いだ。今年に入り、「ひやま地域ニシン復興対策協議会」が旗揚げした。構成団体の桧山管内7町と八雲町などが、稚魚放流や産卵場所となる藻場造成に取り組む▼そんな折、「日本海にしん街道まつり」と銘打ったイベントが札幌市内で開かれた。松前、上ノ国、江差を含む道南〜道北の31市町村観光協会が「にしん街道観光連携宣言」を発表。ニシン漁がもたらした歴史的建造物や食文化などを日本海沿岸の活性化に結び付けるのが狙いという▼ただし、これらの取り組みは“遺産”という観点からのアプローチと映る。同時に、前出の復興対策協とともに資源回復を目指すといった大目標があっていい。ニシンの大群が広域で押し寄せる。そんな光景を見たい。(K)


9月26日(月)

●「上を向く 力をくれた 記事がある」。日本新聞協会が10月15日から始まる新聞週間の一環で募集した代表標語である。この14字の裏にうかがえるのは、あの3月11日の悪夢。そう1万9852人(20日現在)を犠牲にした東日本大震災▼あれから半年が過ぎた。想像を絶する津波、恐怖に駆られる放射能汚染、さらには根強く残る風評被害…復旧・復興が叫ばれながら、被災地に広がるいら立ち。その中でボランティアなど多くの人が勇気を与えてきたが、記事もその一つということだろう▼今年の応募数は1万2222編。冒頭の代表標語と佳作10編が選ばれたが、今年の特徴は大震災を意識した作品が多かったこと。佳作の7編までが明らかにそうだった。「あの日 新聞は 祈りだった」「立ち直る 記事に人の輪 支援の輪」▼さらには「震災後 届いた新聞 にぎりしめ」「復興へ 小さな活字の大きな役目」など「震災」や「復興」の文字が刻まれた標語も。災害時にメディアが担う期待は大きい。真実(現状)を伝えることに始まって役立つ情報の提供まで。ただ、そこに絶対はない▼直面するたびに難しいテーマを突きつけられる。だから悩み多いし、批判もいただくのだが、何より重いのは真実を伝えること。その核心どころをいま一度考えよう…新聞週間では「東日本大震災〜復興とメディアの役割」をテーマにパネル討議が行われる。(A)


9月25日(日)

●人気グループの「SMAP」と「AKB48」が、相次いで中国のステージに立った。「アイドルの政治利用」という見方がないわけではない。一方で、2つのグループが内包する外交上の磁力に、多くの関係者が期待を寄せていることもまた事実だ▼実際、中国と付き合いを深めるには、日本政府の政治力だけでは心もとない。そもそも「SMAP」の公演は、尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件の影響で中止された経緯がある。その後、今年5月にはメンバーが温家宝首相と面会。それを経て今回の北京公演が実現した。一面では政府以上の働きをしていると言っていい▼また「AKB48」は、日中交流イベント「上海ジャパンウイーク2011」に出演。東日本大震災への中国の人々の支援に対し、感謝の気持ちを伝えた。政府首脳からの謝意に比べ、ある意味で中国国民の心にストレートに届く方法かもしれない▼時期を同じくして、玄葉光一郎外相が、中国の楊外相とニューヨークの国連本部で会談した。尖閣諸島問題については、領有権に触れた楊氏との間で主張が対立。震災後に中国が取っている食品輸入規制措置の緩和策など、喫緊の課題も少なくない▼野田佳彦首相も訪中に意欲を持っているという。時期について玄葉氏は、11月以降で調整する考えを示したが、対応が遅すぎる。「アイドル頼み」の外交からいつ卒業できるのか。いささか心配だ。(K)


9月24日(土)

●親や社会が子どもたちを「悪の道」に追い込むのは、日本では「覚醒剤」、アメリカなど外国では「銃」だろうか。札幌で40代前半の母親が娘に覚醒剤を打たせ売春をさせていた。ソマリアでは聖典の朗読大会に入賞した子供に賞品として銃を与えていた▼中学や高校の授業で覚醒剤、麻薬など心身をむしばむ「薬物の恐ろしさ」を教えているが、16歳の少女は「母親に強要され、養父から10回ほど覚醒剤を打たれた。また『売春で金を稼いでこい』と言われ、小学6年から売春をしていた」などと話している▼全額を母親に渡していたといい、中学にもほとんど登校せず、2度中絶。覚醒剤使用で逮捕された母親が出所後、同居したが、体調を崩して、母親に「薬をやったらすっきりする」と言われたという▼ソマリアからはラマダン(断食月)中に行われた聖典コーランの朗読を競う大会で上位3位に入った子どもたちに対し、賞品として自動小銃など武器が渡されたというニュース。幹部は「子どもでも武器はイスラム教を守るために使用すべきだ」と話している▼アメリカでは3歳の少女がテーブルの上に無造作に置かれた拳銃を自分に向かって発砲、死亡した。拳銃を子どもの手の届く所に置いた親の責任が問われている。まして、わが子に覚醒剤の密売人と接触させ、売春まで強要するなんて「親の愛情」からはほど遠い。子どもたちを“悲劇の行為”に走らせるな。(M)


9月23日(金)

●全国に深いつめ跡を残した今回の「台風15号」。台風の名称は発生順に番号を当てた便宜的なものに過ぎない。それが分かっていてなお、偶然の一致に因縁めいたものを感じるのには理由がある。1954(昭和29)年9月26日に本道を襲った未曾有の災害も「台風15号」と呼ばれた▼別名を「洞爺丸台風」という。洞爺丸など青函連絡船5隻をのみ込み、乗客・乗員ら1400人余りの犠牲者を出した。日本海難史上最悪の惨劇の場となった北斗市(旧上磯町)七重浜の海岸には、おびただしい数の遺体が流れ着いた▼あれから57年。今回の「台風15号」も当時に劣らない強い勢力で列島を縦断した。東日本大震災の被災地では、仮設住宅に浸水などの被害があった。度重なる不安にさらされる住民の精神的なケアが求められる。東京では交通機能がマヒした。都市型防災の在り方を真剣に再考する時期だ▼一方で、名古屋市は人口の約半数に当たる100万人超の住民に、異例の避難指示・勧告を出した。背景には、2000年に死傷者51人を出し、対策が後手に回った「東海豪雨」の教訓があったという▼暴風雨の中を出航し、大惨事を招いた洞爺丸もまた、自らの身をもって防災上の教訓を残した。事実を語り継ぎ、対策を重ねていくことが後世に残された者の責務だ。26日には、「洞爺丸台風」の犠牲者をしのぶ慰霊祭が七重浜で行われる。(K)


9月22日(木)

●慣れた職場で健康なうちは働き続けたいと考える人もいれば、60歳をめどに区切りをつけたいと思う人もいよう。誰もが迫られる「第二の人生」の選択だが、前提となる生活の維持が揺らぐ今の時代、60歳時の決断は揺るぎがちに▼少子高齢化という時代背景もある。年金の加入人口が減少する中、受給者は逆に増え続ける。それに信頼の失墜が追い討ちをかけて年金財政はひん死の状況。対策として受給開始年齢が繰り下げられるや、60歳で区切りをつける、には計算と勇気が伴う▼仕事を辞める=年金を受給する…定年と年金は切り離せない関係にある。かつての時代の55歳定年が、平均寿命の延びなどから「まだまだ働ける」となって1990年代には60歳に。そして遂に連動しなくなった。定年の法規定は60歳、年金受給開始は65歳だから▼確かに定年の廃止、延長や65歳まで継続雇用を求める法整備が図られているが、現実に雇用の継続を担保し切れていない。ということで、国は65歳定年へさらなる法改正をする考え。来年の国会提出を目指し、厚労省の審議会で議論が始まっている▼それは雇用確保のお墨付きだが、どう処遇されるかなど働く側には不安がつきまとう。苦悩は企業も同じ。人事配置や人件費負担が重くのしかかる。この経済情勢であり、新卒への影響も懸念される。いつの時代もそうだが、つけは常に民の側に回ってくる。(A)


9月21日(水)

●特殊ハイビジョンカメラで宇宙ステーションから撮影した地球の映像を見た。美しいオーロラ、流星、スプライト、集魚灯などで輝く日本列島に感動した。この地球は10万年後も、この輝きを見せるだろうか▼人類の生命の連鎖を心配し、日本国の継続を危惧されるのは放射性物質の汚染が拡大しているからか。放射性廃棄物の最終処分をめぐるシンポジウムによると、放射能レベルが下がるまでには10万年はかかり、その間は廃棄物を地中深く埋めて待つだけ▼現在、フィンランドに高レベル放射性廃棄物の最終処分場がある。オンカロ(隠し場所)と呼ばれる処分場は廃棄物を10万年間保管するために作られた。随時、廃棄物を埋設しているが、完成は100年後の22世紀になるという▼日本の原発の核燃料を再処理している英国から再処理で発生した廃棄物のガラス固化体76本が青森県六ケ所村の貯蔵施設に搬入。英国からは10年かけて約900本が返還される。保管後の最終処分場の選定は進んでいない。モンゴル政府も最終処分場に“待った”をかけた。引き取る国はないのだ▼隠蔽やテータ改ざん…原発建設をめぐり北電でも「やらせメール」が浮上。泊原発3号機の再稼動も足踏み。函館では市長を先頭に「大間原発の無期限凍結」を叫んでいる。10万年、あまりにも長い歳月だが、まずは福島原発の汚染水、汚染土壌をなんとかしなければ。(M)


9月20日(火)

●函館で暮らして満14年が過ぎた。自家用車を利用して、休日には道南地域の観光地の大部分に足を運んできた。最近では片道4時間以上かかる札幌方面への日帰り旅行を楽しむこともある▼一方、距離的には札幌よりはるかに近いはずの〝隣町〟青森に訪れていない事実に気がついた。せいぜい、東京方面へ向かう列車の乗り換えの待ち時間に、駅前をぶらりと散策した程度の記憶しかない▼4年後に北海道新幹線が開通すると、青森までは1時間以内のアクセスとなり、観光面でも経済面でも結びつきが強くなるはず。「今のうちに青森のことを知っておかなければ」と急きょ1泊2日のぶらり旅を計画▼列車での移動がもっとも簡単だが、弊社の近くにはフェリー乗り場があり、しかも往復4000円以下の格安料金。これを利用しない手はない。列車の倍の4時間弱の船旅も、広々とした座敷席が用意されているので、一眠りしたらあっという間に到着。驚いたのはフェリー乗り場から青森駅までの連絡バスが1日数本しかなく、結局徒歩で40分かけ移動することに▼将来的にはほとんどの旅行客が早くて便利な新幹線を利用するのだろうが、せっかくフェリーという安くて手軽な移動手段が存在している以上、その利便性も考慮してほしい。移動手段の選択肢が残されていることが、観光ルートのバリエーション拡大にもつながると思うのだが。(U)


9月19日(月)

●首相が交代しても、民主党の迷走は止まらない。記者団に対する不適切な言動で、鉢呂吉雄前経済産業相が辞任に追い込まれた。それだけで手痛い失点だが、鉢呂問題を重くみた党幹部が「情報統制」の動きをみせ、これに批判的な野党にみすみす追加点を許した▼問題のポイントは、鉢呂氏の言動を報じた新聞・テレビ各社の姿勢。福島第1原発の周辺自治体を視察後、鉢呂氏は記者団に「ほら、放射能」と語ったとされる。この公式外の発言を報道の対象と見なしたことに、党幹部の一部が疑問を呈した▼「報道のあり方について、もう一度考えてほしい」と記者団をけん制したのは、輿石東幹事長。これに対し、野党各党は「言論の自由に対する不当な介入」などとかみついた▼「オフレコ」の発言を一斉に報じた各社に対し、「この非常時に政府の足を引っ張ろうとするメディアの姿勢はいかがか」といった声が、国民の一部にあったことも事実。では逆に、その場で不適切な発言にふたをすることが、国民の益にかなうことと言えるのか。甚だ疑問だ▼民主党の「情報統制」は対メディアにとどまらない。臨時国会の会期延長の方針が党内に伝わらず、態度を硬化させた国会対策委員長代理ら3人が辞表を提出した。「これでは野党との協議なんかできない」と幹部を批判したというが、ご立腹も当然。党内の情報共有は、党運営上の必要最低条件である。(K)


9月18日(日)

●「いきながら一つに冰(こお)る海鼠哉」(松尾芭蕉)。日本人とナマコの関係は古い。このわた(内臓の塩辛)はウニ、からすみと並ぶ珍味として江戸時代から珍重された。台所のおけの中で重なり合うナマコを、芭蕉はどのように食したのだろう▼ナマコは捨てるところがない。刺身や酢の物はコリコリとした食感で酒が進む。このわた、いりこ(干物)、このこ(卵巣)として加工されることも多い。乾燥ナマコは近年、中国への輸出量が急増している。経済成長を背景に消費量が拡大し、特に富裕層は日本の天然ものを好むという▼上ノ国町の水産加工場から150キロもの乾燥ナマコが盗まれた。時価約1800万円相当。乾燥前の生ナマコに換算すると2トン近い被害というから、漁業者らにすればたまったものではない▼不振続きの沿岸漁業にとって、出荷額が増えるナマコは将来性を期待できる希少な存在。一転、その人気が犯罪に結びつくという皮肉な結果を生んだ。多発する組織的な密漁に加え、ターゲットは陸の加工品にも。警戒の範囲を広げざるを得ないことで、地元関係者に今後、大きな重荷を強いることになる▼ナマコの生態は、明らかになっていない点が多い。市場拡大の中で安定供給を可能にする一方、資源保護の取り組みが求められる。密漁の横行、そして今回の盗難事件は、漁業関係者の長年の苦労を踏みにじる、挑戦的な悪行でもある。(K)


9月17日(土)

●信号のない交差点だった。危ない!と思ったら、案の定、乗用車の急ブレーキ音…自転車の高校生らしき若者が何事もなかったかのように通り過ぎていった。幸い事故には至らなかったが、ドライバーが察知するのが1秒でも遅れていたら▼自転車の危険性は、よく指摘される。特に中学生以上の若者だが、狭い歩道や交差点をかなりの速度で走る、二人乗りをする、音楽を聴きながら乗る、さらに…危険この上ないのは携帯を使いながら。通話ばかりかメールを打ちながら、も見かける▼前段の交差点で見かけた若者も、そのメールを打ちながらの通行だった。当然だが、ハンドルを握っている手は片手。それだけでも危険の要素なのに、メールなどは論外の行為。周囲への注意が散漫にならないわけがなく、事故が起きる可能性の高さを考えると放ってはおけない▼自転車にも罰則規定がある。ともすると指導の範囲にとどまりがちだが、この携帯使用だけは即検挙であっていい。自転車の事故は一般に思われている以上に多いから。自転車に絡む事故は統計にあるだけで年間18万件規模とも言われる▼今年度上半期の自転車死亡事故は全国で274件(警察庁)。その中には自転車側に問題のあったケースも少なくない。警察の指導取り締まりもさることながら、大事なのは家庭や学校などでの注意喚起。事故を起こし、起こされてからでは遅い、のだから。(A)


9月16日(金)

●列車が走っていたころ、終着駅なのに輪島駅には「シベリア」と記した次の駅名板があった。海を渡ればモスコワ、パリへとつながる大地…。先ごろ、逆コースか、北朝鮮から南下した脱北者の乗った木造船が輪島沖に…▼月が日本海を照らす夜。長さ約8㍍の木造船には大人6人(男性3人、女性3人)と子ども3人(男児)が乗っていた。船には少しの米と漬物。一人はベージュ色の軍服を着ており、上着には金色のボタン。イカ、タコ、貝類などを捕り、外貨を稼ぐ兵士だった▼輪島の漁船7隻が船を囲んで巡視船が来るまで監視。ソーセージ6本を渡すと、母親らしき女性が一口食べて確かめてから子供に与え、手を合わせた。漁師がしぐさで10歳かと尋ねると、女性は笑顔で指を10本広げたという。おにぎりもペロリ。人道的な配慮から罪は問われない▼かたや、非人道的な配慮を受けている横田めぐみさんら拉致被害者問題はどうなっているのか。独裁者が治める飢餓の国。食べ物は十分だろうか。北朝鮮が再発防止へ「適切な措置を取る」という平壌宣言は足踏みのまま。暴政の国の闇は深い▼漁師は脱北者に「海の男なら当然だ」と水や食べ物を渡した。野田佳彦首相は「早く全員が帰国できるよう政府を挙げて全力で取り組む」と言っているが、事実上、放棄しているのではと疑いたくなる。国は劣悪な人権状況から一丸となって救出してほしい。(M)


9月15日(木)

●5位「いかめし」、8位「ラッキーピエロ・ハンバーガー」、10位「ハセガワストア・やきとり弁当」。12日放送のバラエティー番組「お試しかっ!」(テレビ朝日—HTB)の「北海道ご当地料理で帰れま10」で、道南から3品がランクインした▼この番組で紹介された店や品は、放送直後から一気に売り上げが伸びるという。ちなみに今回は、ジンギスカン(1位)や札幌みそラーメン(2位)などの“王道”が顔をそろえた。地域限定のラッキーピエロ、ハセガワストアは特異な存在だ▼選考基準は「地元の人が全国に薦めたいもの」。観光客に人気はあるが、地元民にはそっぽを向かれているといった例もある中、函館の“両雄”が内外から認められたことは素直にうれしい。観光客が多いという有利な条件を差し引いても、その躍進には目を見張るものがある▼一方、民間シンクタンクのブランド総合研究所(東京)が発表した地域ブランド調査で、函館市の「魅力度」が2年連続で全国2位となった。函館はこのほか「食事がおいしい」「地元産の食材が豊富」で1位に食い込んだ▼情報の入手経路として「旅やグルメに関する番組」が44・4%と高く、これも全国1位。今回のように人気のバラエティー番組で紹介されることで、注目度は上がる。あとは品質の向上やもてなしの心をさらに磨くこと。不断の努力がないところに、地元民や観光客の支持もない。(K)


9月14日(水)

●東日本大震災は、今に生きる人にさまざまな教訓をもたらした。想定外の現象が起こり得ること、日ごろから心の備えが大切なこと…さらに生活に必要不可欠な“資源”が無限でないこと。節電、節水は、その教えの大きな実践だった▼「夏場の需要期に(電力を)例年並みに使用されては不足の事態が懸念される」。政府は東京電力と東北電力管内に節電を呼びかけ、特に大企業など大口需要家には電力使用制限令を発令。昨夏比15%の節電義務は71日間を経て、この9日で終了した▼それは停電という最悪の事態を避ける取り組みであり、多くの企業が協力した。エアコンや照明のきめ細かな対応に始まり、休日や勤務体制を変更した企業も。その結果、平日の使用量は昨夏比で東電管内は21・9%、東北電管内は21・3%減少したという▼何とか乗り切ることができた。ただ、この節電は来年以降も抱え続ける課題。原発神話は崩れ、水力も脱ダムにより今以上の期待は難しく、脚光を浴びる風力など自然エネルギーも今すぐの計算は難しい。今夏の実践は今後を占う試金石だったということでもある▼現代生活は電力と水をなしに維持できない。しかも、この二つは無限でない。供給側に公共性、使用側に「節する」が求められる理由もそこに。どう大事に使っていくか、それは紛れもない公共への貢献。北海道は間もなく節電を試される暖房需要期を迎える。(A)


9月13日(火)

●排せつ物が山積みのトイレや泥だらけの避難所。被災地に入ったナースたちは手袋をつけて排せつ物をさらい、泥を掃いた。究極のボランティア活動。福島原発事故で被ばくしながらも必死に復旧作業に当たる従業員…▼大震災から半年も過ぎて、原発を所管する鉢呂吉雄経産相は被災地の痛みが分かっていたはずなのに、視察後に「市街地は人っ子一人いない、まさに死の町という形でした」と発言。報道陣には防災服をすりつける仕草をし「放射能をつけたぞ」という言動も▼福島県から避難してきた小学生の兄弟が公園で地元の子どもに出身地を聞かれ「福島から」というと「放射能が移る」といじめられた。久しぶりにナインが集まった高校野球部。ユニホームで被災地の学校と分かったのか、別の高校生から「放射能が来た」と言われたことも▼無神経な鉢呂発言があってか、福岡市で予定されていた福島県産食品の直売所は「食品を持ち込むトラックが放射能を撒き散らす」「危ないものは売るな」という批判のメールが集中し、見送られた▼鉢呂氏の「死の町」とか「放射能をつけた」発言は、小学生の「放射能が移る」とか「放射能が来る」と何ら変わらず、風評被害どころか「いじめ」ではないか。列島は「ふざけるな」と怒り心頭。復旧・復興を着実に進めなければならないのに、見えてくるのは“荒涼たる政治の風景”だけ。鉢呂氏の辞任は当然。(M)


9月11日(日)

●「蘇る夢の島!」と題した冊子がある。副題は「北海道南西沖地震災害と復興の概要」。1996年に奥尻町が発行した。東日本大震災後は、同町を視察に訪れる関係者に配られることが多くなった。冊子は復興への指南書であるとともに、全住民を巻き込んだ闘いの記録でもある▼93年7月12日午後10時17分。マグニチュード7・8の地震は、大津波となって奥尻島を襲った。死者・行方不明者198人、被害総額約664億円。一夜にして壊滅状態となったまちの復興は、多くの人の目に「不可能」と映った▼被災者向けの仮設住宅の設置、居住地の移転や盛土、人工地盤、避難路の整備など、やるべきことは尽きない。「夢の島」をよみがえらせ、町が「完全復興」を宣言するまでに5年の歳月を要した▼東日本大震災から11日で半年。読売新聞が岩手、宮城、福島県の津波被災地や福島第1原発周辺の42自治体首長にアンケートしたところ、住民の生活再建について26人(62%)が「めどが立っていない」と答えた。再興への取り組みは、緒に就いたばかり▼渡島管内にも震災のつめ跡は残る。ホタテなどの養殖被害額は91億円余りに上るという。被災地を完全によみがえらせるには、長い時間と労力が必要だろう。ただ、悲観は禁物。復興への具体的なヒントは、奥尻町の冊子の中にある。長い闘いを支えた住民の「くじけない心」とともに。(K)


9月10日(土)

●狩猟・採集をベースに共同体をつくり、和を重んじた縄文人。文字も貨幣もなく、農耕も未発達だったから、貧富の差はなかったとされる。自然の恵みに感謝し、万物に神が宿るという信仰など、豊かな精神生活や文化は1万年の年月をかけて熟成された▼20世紀の終わり、函館市南茅部地区の大船遺跡の竪穴式住居群が注目され、2001年には国の史跡に指定。それから10年の時を経て、函館市縄文文化交流センターが10月1日にオープンする▼併設する「道の駅」の名称は「縄文ロマン南かやべ」。著保内野遺跡から出土し、道内初の国宝に指定された「中空土偶」を展示する。木々を集めて燃やして暖を取り、野山で狩りをし、海ではクジラまで捕って生活した縄文人。そうした営みを伝える函館の象徴が、中空土偶でもある▼3月11日以降、自然の前に人間はいかに無力であるか、思い知らされた。人間の力で雨や雪を降らせることはできるが、地震や津波、台風を止めることはできない。科学技術の粋を集め、安全であったはずの原子力発電も、ひとたび暴走すると止めるすべがない▼現代人はもっと、自然に対する畏怖や謙虚さを持つことが必要かもしれない。争いもなく、自然の中で生活を完結させた縄文人を見習って。縄文文化交流センターがそうしたメッセージを持って誕生し、教育や観光、文化振興の拠点となることを期待したい。(P)


9月9日(金)

●JR五稜郭駅が開業100年を迎えた。空路はなく、陸路も道路が未整備で車も珍しかった時代から、鉄路は長きにわたり交通手段の中核的存在。北海道の開拓を支え、地域に大きな役割を果たしている姿は今も同じ。改めて歴史の重みを教えられる▼北海道に鉄道が誕生したのは、131年前に遡る1880(明治13)年。官営幌内鉄道と言われている。そして函館駅が開業したのが1902(同35)年12月であり、五稜郭駅は9年後の1911(同44)年の9月1日、その歴史を刻み始めた▼函館駅とは3・4㌔の距離にあり、貨物を加え、函館駅を補完する役割を担ってきた。時代の流れは、函館市の中心部を十字街から函館駅前、そして本町・美原地域へ。それに伴って住宅地も移り変わり、今や五稜郭駅を利用する住民の割合が増している▼15年ほど前にはなかった特急の停車が象徴的だが、それは利用者が多いことの証し。通勤・通学なども含め、住民にとっての基幹駅という立場を強めている。ただ、駅舎は古く、ホームへは階段だけ。駅前も狭い。ここ数年、手は加えられたが、それは当座の措置▼新幹線の開業が迫っている。その影響があるにせよ、住民の利用が多い、という五稜郭駅の姿は変わらない。高梨潤駅長は本紙の取材に「今以上に親しみのある駅に」と答えたが、誰の目にも浮かぶ将来像は「住民が集える駅」。再整備が考えられていい。(A)


9月8日(木)

●里親や里子の習わしは平安時代からあったようだ。源氏物語には、明石の君が移ってきた六条院に里子に出した我が娘がおり、同じ邸内にいるのに会えず、こんなつらいことがあるのか、と嘆く描写があった…▼里子は京都の貴族が幼児期の子を近郊の里に預ける習慣に由来。今は、その理由に母乳不足、母親の死亡、私生児の処置、貧困による口減らしなどが挙げられ、児童福祉法によって制度化した。里親には生活費などが支給されている▼東京杉並区で里親の43歳の女性が3歳の女児に暴行を加え、死にいたらせたとして逮捕された。声優で活躍し、劇団を主宰。ブログに「明日、里子が家に来る。わくわくドキドキだ。彼女目線で試行錯誤の必死の前日である」と里子を迎える喜びを書いていたのに▼大阪では35歳の女性が里子の3歳女児を虐待。直腸が裂けるほどの全身に殴られた跡…。「頑張って養育したが、夫になついて、私には反抗的な態度をとるので、ついかっとなった」。里子として預かった10歳代の少女に、わいせつな行為をしたとして38歳の男性も逮捕された▼声優の虐待理由は「里子と向き合っていると、いろんなものが見えなくなっていく…」。道内では約300世帯の里親が約400人の里子を養育している。「生みの親より育ての親」という。困ったら相談して、責任を持って育ててほしい。厚生労働省はやっと「里親ガイドライン」の策定を始めた。(M)


9月7日(水)

●なぜこうも政治家は口が軽いのか。面倒なのは、本人がその軽率さに気づいていないことだ。軽口を後悔するころには、大抵は問題がこじれている▼小宮山洋子厚生労働相がたばこの値上げに意欲を示したことは、6日のこの欄で触れた。ところが、小宮山発言に異を唱える声が噴き出したことから話は複雑に。藤村修官房長官が「個人的な思い」と修正する一方、安住淳財務相は「所管は私だ」と不快感を示した▼菅内閣では“閣内不一致”が短命の一因になった。船出したばかりの野田内閣が、同じ過ちを繰り返してどうするのか。そもそも関係省庁で議論もされていない増税について、所管外の一閣僚が言及すること自体が不自然だ。おまけに小宮山氏は「個人的な意見ではない」と弁明したという。閣内不一致の火種は今も残る▼野田佳彦首相は愛煙家で知られる。だからとは言わないが、財務相時代の野田氏は、たばこ増税を「オヤジ狩り」と称した。その首相の意向も確認せずに増税に言及したことと、小宮山氏の有名なたばこ嫌いは、せめて無関係であってほしい▼政治家は話をするのが仕事である。場を和ませる軽口も時には必要だろう。ただ、内閣の一員になれば独断専行は許されないし、閣僚の個人的な意見など誰も求めていない。野田首相の第一の仕事は、閣内を一枚岩にすること。“砂上の楼閣”では、国内外の信頼は到底勝ち取れない。(K)


9月6日(火)

●“愛煙家いじめ”が、また始まった。小宮山厚生労働相がたばこの値上げに意欲を示し、おまけに「1箱700円くらいまでは税収が減らない」と大見えを切った。禁煙する人が増えて販売量が減っても、値上げ分で税収を補えるという皮算用だ▼賛否の分かれる消費税引き上げが増税の切り札とすれば、たばこ税のアップは恒例の域に入った。昨年10月には、1箱100円以上という過去最大の値上げがあったばかり。政府にとって、たばこは値上げしやすい税制の優等生である▼増税の理由として小宮山氏は(1)先進国の中で日本のたばこの値段が安い(2)喫煙率を下げて国民の健康を守る効果がある—ことを挙げた。では、喫煙天国・日本の土壌をつくった国の責任はないのか。いまさら「国民の健康」を強調されても、説得力を欠くこと甚だしい▼今年の増税が見送られたのは「昨年の増税の影響を見極める必要がある」から。その見極めがいかなるものか、国民に明かされる前に来年の増税が俎上(そじょう)に乗ったことに違和感を覚える▼たばこ税の過去の増税理由には、国債発行圧縮や旧国鉄債務返済への充当などがある。「愛煙家ばかりがなぜ…」という不満は残るが、増税分を財源にというストレートな意図があるだけまだいい。「健康」を隠れ蓑に増税を焦る政府の姿勢には多くが懐疑的だ。愛煙家をけむに巻くなんて芸当はできっこない。(K)


9月5日(月)

●野田新内閣が誕生した。民主党に政権が交代して2年、その期待感が薄らいでいる現状は、世論調査の内閣、政党の支持率などが明確に物語っている。実際に「変わった」という実感もないから、評価を問われても答えに窮してしまう▼外交や経済などで課題を増やしてしまった、という思いすら抱かれている。その結果はかつての自民党同様に内閣のたらい回しとなって短命続き。これでは政治の継続性はなく、安定の姿も見えてこない。実際に内閣は猫の目のごとく代わっている▼大臣の名前など覚えてもらう時間がないがごとき。過去の総理大臣にしても、国民の頭から消えている。平成になって23年。この間に誕生した総理を答えられる人は、ほとんどいまい。実に16人。ということは平均の在任期間たるや1年半弱。ほぼ半数が1年前後である▼直前の数人ぐらいは誰か解るが、その先となるとなかなか。菅直人、鳩山由紀夫まではともかく麻生太郎、福田康夫、安倍晋三、小泉純一郎、森喜朗、小渕恵三、橋本龍太郎、村山富市…こう列挙されてくると、確かにいたな、という記憶が蘇ってくる程度▼この現実を変に納得してはいられない。というのも、政治が信頼を得ていない、政治の根底が揺らぎ続けている証しでもあるから。「国民のため」。この思いが国民に伝わっていたら、こうはなっていないはず。信頼回復の道は野田内閣に引き継がれている。(A)


9月4日(日)

●サンマには胃袋がない。腸は真っすぐで短い。排泄物がとどまりにくい構造のおかげで、内臓もおいしく食べられる。好き嫌いはあろうが、内臓の苦味がなければサンマを食べた気がしない、という人も少なくない▼その苦味を知らない子どもが増えているという。函館市漁業協同組合専務理事の高谷広行さんから聞いた話だ。現代っ子の嗜好(しこう)は魚介類より肉類に軍配が上がる。内臓の苦味という以前に、魚そのものの味から遠ざかっている子どもが多いのでは、と心配になる▼この一方で、子どもの“魚離れ”には複雑な一面ものぞく。関係団体の調査によると、魚料理の好みに「ファストフード化」がみられる。今の小中学生は、生まれた時から回転ずしになじんできた世代。好きな食べ物の第1位が「すし」であるのに対し、嫌いな食べ物の10位内には「焼き魚」「煮魚」が入っている▼食べ物の嗜好は年齢とともに変わる。人によっては、それまで敬遠してきた魚介類を好んで食べるようになる。では、子どものころから肉食に偏った食生活を続けてきた人はどうか。この場合、目立った嗜好の変化があるとは考えにくい▼高谷さんの生家では、日常的に魚が食卓に並んだ。サンマの苦味を知る子どもだった。肉食を否定するものではないが、できれば魚介類などとのバランスを考えた食生活を心掛けたい。乏しい食の記憶は、親の責任でもある。(K)


9月3日(土)

●好きな言葉は「天は人の上に人をつくらず、人の下に人をつくらず」。そのプロフィルからは、分け隔てのない実直な人柄がのぞく。えらぶったところがみじんもない。「先生」ではなく、「さん」付けが似合う稀有な政治家だ▼衆院議員・鉢呂吉雄さん。発足した野田内閣で、経済産業・原子力経済被害担当相に就いた。鉢呂さんのもともとの選挙区は道8区(現在は道4区)。函館・道南の住民の中には今も“鉢呂ファン”が多く、初入閣を祝福する声があちこちから聞かれる▼震災という国難をどう乗り切り、新たな原子力行政の形をどのように創造していくか。鉢呂さんに課せられた責任は重い。「国民の安全・安心の観点で万全を期したい」「しっかり汗をかく」。新エネルギーの推進を含む今後の取り組みに決意がにじむ▼鉢呂さんは自分の選挙区に泊原発を抱えている。同原発の再稼働には「安全性の確保」を訴えてきたが、今後は野田内閣を支える大臣の一人として、その一挙一動に注目が集まる。判断の一つひとつに国の将来が委ねられるからだ▼野田内閣の顔ぶれをみると、派手さはないが堅実という印象を受ける。その有言実行の代表格が鉢呂さんであってほしい。少なくとも、前政権のような内閣不一致という愚挙の繰り返しは許されない。鉢呂さんのトレードマークは相手を見据える大きな目。新内閣のお目付け役にはうってつけではないか。(K)


9月2日(金)

●春になれば しがこもとけて どじょっこだの… 夜が明けたと思うべな〜 ひげをつけ、ヌルヌルとつかみどころがなく、泥をかぶり、地をはう栄養満点のドジョウが野田佳彦首相の登壇で脚光を浴びている▼民主党代表選挙の演説で相田みつをさんの詩「どじょうがさ 金魚のまねすることねんだよな」を引用し「どじょうにはどじょうのよさがある。泥の中を這いつくばって尽くす」と“党内融和”を呼びかけたから▼震災復興、原発事故の収束、財政再建、社会保障の建て直し…“どじょっこ内閣”には待ったなしの難問が山積。米軍基地移設の迷走から始まって、高速道路の無料化撤回、子ども手当ての見直しなどマニフェストの反故(ほご)にも国民は怒り心頭▼ドジョウは鰓(えら)呼吸のほかに腸呼吸があり、水中の酸素量が少なくなっても生き続けることができるという。雨の日も嵐の日も泥道の「つじ立ち」から国会議員に這い上がった“どじょっこ首相”には二つの呼吸を上手に使うことができるだろうか▼大震災から半年になろうとしているのに復興停滞。バッジ式の放射線量計を首から下げて登校するドジョッ子、セシウムに汚染されたドジョッコ、棲家が津波に呑み込まれたドジョッコ…。被災地は泣いている。今度こそ“骨抜きドジョウ”にならないよう、内輪のごたごたに終止符を打って「夜が明けたと思うべな」と歌わせたい。(M)


9月1日(木)

●日本社会は集団が重視される社会とも言われる。個人主義の欧米社会と対比していわれるが、あながち外れてはいない。確かに、仲間をつくりたがる。その象徴的な表現として「閥」をよく耳にする。財閥、学閥、党閥、官閥など▼「出身や党派、利害関係などを同じくする者の私的な集まり」。その意味を辞書はこう説いている。中でも学閥や官閥は分かりやすい。先輩、後輩という関係が社会の中で幅を利かせている現実があるからだが、実際に仕事で利用する、される事例は少なくない▼官公庁や大企業で顕著だが、学閥とは別に役員閥や幹部閥なども珍しくない。上に立つ者は味方を増やしたい、下の者は目をかけてもらいたい…その関係の源にあるのは、まさしく利害の一致。「閥」のイメージが必ずしも良くないのは、そんな背景があるから▼一般人は個人の問題だから、利害で結びつこうが端から言われる筋合いはない。だが、国会議員となると同列には論じられない。というのも、政治家としてのポリシーに沿った行動を託されている立場だから。派閥を政策集団と取り繕ったところで、実態がすべてを語っている▼理念や政策、判断での結びつきならいい。だが、選挙の恩義など、そうでない姿が透けて見えるから批判もされる。かつて自民党は派閥の弊害を指摘された。今、その厳しい目は民主党にも。残念ながら大政党の体質は同じというしかない。(A)