平成24年1月


1月31日(火)

●一連のバトルも人気の証しか。NHKの大河ドラマ「平清盛」をめぐる場外戦が盛んだ。初回放送を見たある知事が「画面が汚い」とこき下ろした。これに対し、番組のファンなどが「余計なお世話」などと反発したのが泥仕合の発端という▼そもそも映像美のとらえ方に個人差があるのは当たり前。こんなことが論戦になること自体意味がない。ちなみに個人的には、大河ドラマの原点回帰という印象もあり、「平清盛」は毎週楽しく見ている▼善かれあしかれNHKの大河ドラマは話題性が高い。主人公ゆかりの地の住民が好機ととらえるのもこのためだ。「土方歳三ゆかりの函館も舞台に」。数年前の「新選組!」では、地元関係者がNHKで直談判した▼来年の大河ドラマ「八重の桜」は、函館から米国へ渡った新島襄(同志社大学創設者)の妻八重の物語。人気女優の綾瀬はるかさんが主演する。土方歳三や石川啄木ら函館ゆかりの人物に比べると、新島の知名度はやや劣る。その分、市民には「ドラマを機に新島ブームを」という願いが強い▼新島の精神を受け継ぐ函館千歳教会が、案内板を教会前に設置した。本紙記事には「市民や観光客など、より多くの人に(新島と教会の関係を)知ってもらえれば」(井石彰牧師)とある。ドラマを控えた絶好のタイミングである。民間のこうした努力が函館観光を下支えしている。そのことを忘れないでいたい。(K)


1月30日(月)

●誰にもみとられず亡くなる孤立死。高齢化の進行と地域の連帯が希薄化する中で、社会問題化して久しい。釧路では高齢夫婦が、札幌では40代の姉妹が遺体で発見された。ともに介護する側が急死し、残された側が助けも呼べず、凍死したとみられている▼札幌の姉妹は、知的障害のある妹を姉が面倒を見ていた。姉は生活保護の相談を区役所に3回したというが、申請せず、結果として行政の目が届かなかった。釧路の夫婦も近所づきあいが薄かったようだ▼助かる命を救えなかったことが悔やまれる。こうした事態を未然に防ごうと、市町村では自治会や民生委員による高齢者宅への訪問活動などが行われている。しかし、函館市の町会関係者によると「自分のことはそっとしておいてほしい」と支援を断る高齢者も結構いるという▼近所づきあいや人間関係を保つことが苦手な人は少なくない。孤高を貫いて暮らしているかもしれないし、ライフスタイルは人さまざまだ。プライバシーや個人情報保護が優先される中、安易なアウトリーチは混乱を招くこともあろう▼求められるのは孤立死を防ぐネットワークづくり。行政と関係機関の情報共有がもっとスムーズにならないか、本当に見守りが必要な人たちを見逃さないコミュニティーのあり方とは…。まずは「助けて」という隣人の叫びを聞き漏らさないことから始めてみてはどうだろう。(P)


1月29日(日)

●新しいもの、新しいシステムにはトラブルがついて回る。頭では「あり得ること」と理解していても、突然、不都合が起こるや、悠長に構え、仕方ない、と平静を装ってはいられない。たとえ、それが短時間のことであっても▼社会の要の機能を担ったものだとしたら、なおさらのこと。戸惑いは怒りに変わり、混乱に拍車がかかる。人間の性だと言ってしまえばそれまでだが、そんな経験は少なくない。不足するかも、とあおられた電気もそうだし、携帯電話の通信障害も▼世の中が、利便性を追求していくのは当然のこと。新しい技術開発は新しい機能、新しい商品を生み出す。それに伴って新しいシステムが構築され、社会の、時代の常識となる。かつての時代はそのスパンが長かったが、今はまたたく間。通信分野はその一つの例である▼電話にしても固定プラス携帯の時代になって、まだ20年ほど。携帯は急速に進化し、依存度は加速して、今や業務はもちろん日常生活の必需品。確かに便利。どこにいても連絡が取り合え、メールも送れて、写真も撮れて、情報が入手できる▼持ち忘れすると不安に駆られる症候群も頷ける。正常に機能していて当たり前だから、機能がマヒするや、社会も混乱状態に。東京で25日に発生した大手の障害も4時間弱で、あれだけ大騒ぎ。もっと長時間だったら…そう考えると…そら恐ろしくさえなってくる。(A)


1月28日(土)

●先日に続き「いろは歌」について。結婚式や稚児行列などで流れる「越天楽(えてんらく)」。高校生のころ、雅楽を習うのに越天楽から入った。覚えやすく、その旋律に今様(現在の歌謡曲)の「いろは歌」の歌詞をつけ、口ずさみながら…▼「いろは歌」がはやったのは平安中期から。大地震や疫病に苦しめられた時代。「色はにほへど散りぬるを=諸行無常」「我が世たれぞ常ならむ=是生滅法」「有為の奥山今日越えて=生滅滅己」「浅き夢見し酔ひもせず=寂滅為楽」の47文字▼その「いろは歌」の一部が書かれた土器片が、伊勢神宮に仕えた皇女の斎宮跡(三重県)から出土した。指先ほどの字で「ぬるおわか」と裏には「つねなら」。ひらがなで書かれた「いろは歌」では日本最古▼素焼きの土器片は復元すると直径約9センチの皿になる。いろは歌は、ひらがなを覚えるための手習い歌の一つ。武士台頭もあって、混乱した人々の心を、この歌の無常観がとらえ、今様として歌われた。空海の作とも言われている…▼土肌に淡く残る筆跡。女人しのぶ歌詞は1000年の時空を超えて、今も若いアニメ歌手の初音ミクが手話(指文字)入りの「いろは歌」を歌っている。「以呂波仁保部止 和加与…」と漢字を交えて。パソコンなどの普及で字を書く機会が少なくなった現代。子どもたちにも、優雅な雅楽にのせて「いろは歌」を教えたいものだ。(M)


1月27日(金)

●道東に住む知人から電話があった。「『函館ステップ』が聞きたい。CDが出ているのなら手に入らないか」。中学校の修学旅行で函館を訪れた時、バスガイドが歌ってくれた「思い出の曲」という。多感なころに聞いた歌はいつまでも心に残る。その典型をみる思いがした▼「函館ステップ」は1950(昭和25)年に函館出身の歌手、瀬川伸さんを起用し、函館地区限定で発売された。「この曲をよみがえらせたい」。60年以上の時を経た昨年、自費でCD制作した人がいる▼瀬川さんと同じ函館出身で、東京を中心に活動する歌手、池田さなえさん。CD発売を伝える本紙記事の見出しには「大門地区が華やいでいた昭和時代の名曲」とある。「酒は涙か溜息か」で知られる作詞家の高橋掬太郎が、「函館ステップ」の叙情的な詞を手掛けた▼〈青い海 函館の 港あければ 出船の汽笛 呼ぶな かもめよ 名残を胸に 切れた テープが すすり泣く〉 中学生には少し早い大人の歌詞だが、きれいなバスガイドが美声で歌ってくれた名曲は、忘れ難い思い出に違いない▼こうして長く歌い継がれる“函館の歌”が、最近少なくなった。テレビなどで頻繁に流れるヒット曲でなくてもいい。長い時間をかけてじわじわと広がるのが、本当の名曲なのかもしれない。還暦を過ぎた年配者が中学時代に一度だけ聞いた歌を覚えているなんて、やっぱり素敵なことだ。(K)


1月26日(木)

●「記事のいろはも知らないのか」。駆け出しのころ、先輩記者に叱責(しっせき)された。手習いの初めに「いろは歌」を習った名残で、物事の初歩を「いろは」と言う。仕事のいろはを教えずにしかりつけた昔の先輩が、今更ながらにうらめしい▼平仮名のいろは歌が書かれた平安時代の土器片が、三重県明和町の国史跡・斎宮跡で見つかった。「いろはに…」と47文字を並べたいろは歌は、平仮名を覚えるための手習い歌。今回の土器片は、皇族や女官の練習用として使われた可能性が高い▼わが国では教養を身につける習慣が古くからあった。今回の土器片は素焼きの皿で、この種のものとしては国内最古という。一部の階層にせよ、文字を学ぶ文化がこの時代から根付いていたことを示す貴重な史料だ▼素焼きの皿は当時、儀式用に大量に作られ、使用後には捨てられた。これを女官らが平仮名を書く練習用に使ったという説も。「そのまま捨てるのはもったいない」という“エコの思想”である。ただ、こうした土器類の多くが儀式のたびに使い捨てられる運命であったことに変わりはない▼函館市の国宝「中空土偶」をはじめとする全国各地の土偶もしかり。祭祀(さいし)に使った後、故意に壊したとみられる発見例も多い。造形物の破壊という縄文時代の“いろは”が平安に引き継がれたのでは—。素人なりに太古のロマンに遊ぶ楽しさがここにある。(K)


1月25日(水)

●「立場代われば…」。一般的には「少しは変わる」はずだが、政界というところは、変わらないようで。政権交代で、自民党と民主党が立場を逆にして間もなく2年半。残念ながら以前の立場を反面教師としているという姿はない▼厳しい表現をするなら、どっちもどっちで、単に立場が入れ替わっただけ。与党の民主党も自民党政権とはひと味違う、野党となった自民党もかつての社会党、今の民主党とは違う、という思いを抱かせてくれていない。報道機関が実施する世論調査の政党支持率がそれを物語っている▼民主、自民の二大政党は、そろって伸び悩みが続いている。民主は政権政党として安定感に欠け、自民は与党時代に批判した最大野党と同じ轍を踏んでいるのだから、当然と言えば当然。しかも「先に政局あり」が露骨に映っては▼今、抱えている政治課題は、片方だけの責任でない。自民党にしても、年金問題や財政のひっ迫は、自らの政権時からのつけであり、議論のまな板に乗った消費税の税率アップの方針も然り。としたら今は野党だから、その答えはさておき、とはならないはず▼与党は野党から学び、野党は与党から学ぶ。それを次の立場で生かす。政権交代に期待される一つの意義だが、今の姿は…旧態依然のまま。少しは変わってほしい。これ以上、政治不信を増幅させないために。長丁場の通常国会が始まった。(A)


1月24日(火)

●《いつも睨むラムプに飽きて三日ばかり 蝋燭の火にしたしめるかな》 石川啄木が26歳で夭折(ようせつ)してから4月で100年。あふれる才能を持ちながら、家庭の事情もあって転々…▼1㍍離れた1㍍四方の白い紙を照らす明るさを保つロウソクの光度。震える被災者の身も心も暖めてくれた。苦悩の闇を破って、全てを包んでくれた。アナキストの啄木、革命家の啄木、生活に敗れた啄木も慰められたのだろう…▼もう一句。《やわらかに柳あをめる北上の岸辺目に見ゆ…》 啄木が親しんだ北上川の岸辺も津波で大きな被害を受けた。皇后さまも歌会始めで津波による行方不明者を岸辺で待つ人たちを詠まれた。《帰り来るを立ちて待てる…》▼啄木が衝撃を受けたのは社会主義者らが逮捕、処刑された大逆事件。《人という人のこころに一人づつ囚人がいて…》と嘆いた。《君に似し姿を街に見る時の こころ躍り…》—啄木ほど「心」という言葉を使った歌人はいないという。震災後、「心」を詠んだ啄木が見直されている▼蝋燭の長さがいくら残っていても風が吹くと消えてしまう…。石川啄木記念館(盛岡市)は節目を迎え「啄木かるた」を作ることになり、盛岡、函館の両市民から好きな歌を募集している。歌集「一握の砂」と「悲しき玩具」から各2首選ぶ。「心」と「絆」を織り込んだ歌を、今なお肉親を待つ被災地に届けたい。


1月23日(月)

●全国民の関心を集めたダルビッシュ投手の大リーグ移籍が、ようやく決まった。6年6000万㌦という破格の契約内容からも、その期待の大きさが伝わってくる。国内からの観戦ツアーも計画されているようで、低迷気味だった大リーグ人気の復活も期待できそうだ▼ところで日本のスーパーエースは本当にメジャーで通用するのだろうか。これまでもプロ野球で頂点を極めてからメジャーに挑戦した選手は数多いが、一時的には輝いても、それを長期間継続するのは並大抵ではないようだ▼怪物・松坂大輔は、2年目に18勝3敗と抜群の成績を残したが、その後はヒジの故障などから低迷。大魔神・佐々木主浩は入団から3年間で119セーブの驚異的数字を残しながら、4年目で失速し帰国。ゴジラ・松井秀喜は骨折をきっかけにパワー不足に陥り、苦悩の日々を送っている▼その点では、12年間で2度のノーヒットノーランを含む123勝を挙げた野茂英雄、シーズン最多安打を含む前人未踏の10年連続200本以上の安打を記録したイチローの2人こそが、真の「日本人メジャーリーガー」と言えるかもしれない▼国内の評論家の中には「ダルビッシュなら確実に20勝以上できる」と断言する人もいるが、まだ25歳の進化途中の彼には、細かい数字を気にすることなく、長期間にわたってメジャーの主力投手として輝き続けてほしいと願うばかりだ。(U)


1月22日(日)

●「名前ってなに? バラと呼んでいる花を 別の名前にしてみても美しい香りはそのまま」。シェクスピアの「ロミオとジュリエット」の中にある言葉だが、問いかけているのは表面的な名称や呼び方を代えることの意味であり意義▼「ニート」という呼称がある。教育や労働、職業訓練にも参加していない、いわば無業者を一括りにした言葉で、今や一般的に使われている。受け取りようだが、疑問を感じない人もいれば、逆に暗く、マイナスのイメージを抱く人もいよう▼大阪府が感じたのは後者。「ニート」を「レイブル」に変えることを提唱し、ポスターなどでPRも始めているという。「レイブル」とは「レイトブルーマー」の略。遅咲きとか大器晩成といった意味を持つ言葉だが、妥当か否かの判断は分かれるところ▼というのも、大事なのは実態の解決だから。厚生労働省によると、全国の該当者は63万人。進学や資格取得のため、という前向きな理由もあるが、就労経験者は21%という。確かに仕事に対する考え方や価値観は昔と違う。ただ、それだけが問題なわけでもない▼厳しさが続く今の雇用情勢もある。呼称の変更で就労意識や雇用環境が変わるほど、現実は甘くない。大阪府にしたところで、そんな勘違いはしていない。あるのは、少しでもそうなってほしい、という思い。賛否はともかく、小手先などの批判は当たらない。(A)


1月21日(土)

●消費者に宣伝と気づかれないように宣伝行為をするステルスマーケティング。正体を隠して宣伝広告ではないフリをして隠密に企業や商品を高く評価するから、そのブログを見て押しかけ行列ができる店に▼先ほど、飲食店からお金をもらって店を褒める感想投稿の「食べログ」が問題となった。感想だけではなく、「料理・味」「雰囲気」「サービス」など利用者がつけた点数(5点満点)が店に表示される。星の数で評価が分かる仕組み▼ネットのブログ、ツイッターを利用した「やらせ宣伝」で露店の「サクラ」と変わらない。サクラは半日から1日拘束して業者に払うのは1万円前後(サクラに渡るのは半分くらい)という。逆にライバルをこき下ろす「悪い評価」も書き放題▼「食べログ」だけではない。矯正歯科やエステサロン、岩盤浴、ヨガなどの口コミサイトでも「やらせ書き込み」が相次いでいるという。やらせ業者が関与しているとみられ、業者は数十件の店などから依頼を受けており、サイトが悪用されているようだ▼「食べログ」だけでも、お金をもらって集客するような書き込みをする“不正業者”は40社近いという。札幌の友人は30分も並んで食べたラーメンに満足できなかったという。悪意の付け込むネット空間は広まるばかり。同じサクラでも「寅さんの口上」を聞いて、買わされたほうが楽しい。サクラを見抜く眼力を養おう…。(M)


1月20日(金)

●函館の“食”が元気だ。それを裏付ける複数の記事が19日付本紙に載った。その一つが「北海道フード・コンプレックス国際戦略総合特区(HFC)」の指定。名称は仰々しいが、要は道内の主要地域が連携し、優遇制度などで農業・水産業の底上げを図る試みという▼HFCの対象は函館、十勝、札幌・江別の3地域。東京の首相官邸で開かれた指定書授与式には高橋はるみ道知事、工藤寿樹函館市長らが出席し、野田佳彦首相から激励を受けた▼我が国の一次産業は環太平洋経済連携協定(TPP)の交渉参加問題に揺れた。HFCの目的が足腰の強い産業づくりにあるとすれば、それはTPP以後の生き残りをかけた国策の一つと取れなくもない。函館の水産品、加工品の高付加価値化が進めば、全国的なモデルケースにもなり得る▼本紙記事はこのほか、国内最大級の食品展示商談会における函館人気の高さを伝えている。2月に東京で開かれる「スーパーマーケット・トレードショー2012」には、函館地域から水産加工業など過去最多の23社が出展する▼北海道ブランドの中でも「函館は注目度が高い」という。異論はないが、不動の函館ブランドが関係者の地道な努力に支えられている事実も忘れたくない。商品開発、販路拡大への攻めの姿勢は、欠くことのできない次代への布石である。二つの記事がそのことを教えている。(K)


1月19日(木)

●宗教の目的は何か。それは恐らく救済である。仏教では、自分が悟りを開く小乗の教えから、他人も救おうという大乗の教えが興った。大乗仏教が栄えたのはアジアの東の果ての日本であり、平安時代の天台宗と真言宗に開花した▼天台宗の半田孝淳座主と、高野山真言宗金剛峯寺の松長有慶座主がこのほど、両宗のトップとして1200年ぶりに対談した。読売新聞によると、自然と一緒に生きる〈共生〉や、どんな生き物にも仏になる素質があるという思想の大切さが語られている▼松長座主は「これからは生活水準を低下させてでも、人間の利益だけを考えず、地球全体を考えねばならない」と語った。科学技術は利便性と生活水準の向上をもたらした。しかし、自然破壊などの問題を招き、このたびの原発事故の代償はあまりに大きい▼半田座主は「自分のことを忘れても人のために尽くすという思いやりの精神が大切」と指摘した。これは最澄が示した訓戒だが、一つのおにぎりを分け合って食べ、我慢を重ねている被災住民たちの姿は、国際社会からも称賛された。そうした東北人の姿を誇りに思う▼宗教界も震災後の日本人の心を救い、いたわり合う生き方ができるように導いてほしい。その上で私たちは今後、どう科学文明や環境とかかわっていくか。両座主による対談は、日本ひいては世界が進むべき道を示唆しているように思えた。(P)


1月18日(水)

●岩見沢市の知名度が全国的に上がった。ここ数日、テレビの気象情報でこの地名を聞かない日はない。大雪が続き、最深積雪が連日、観測史上最高を更新している。16日夕には人の背丈を優に超える194センチにもなった。住民にとっては、うれしくない知名度アップである▼ちなみに函館の最深積雪の記録は、1位が1985年2月10日と77年2月15日の各91センチ、3位は57年3月6日の82センチ(気象庁調べ)。これを見ても岩見沢の雪の量がいかに多いかが分かる。同市では路線バスが運休し、ごみ収集車も一部でストップするなど都市機能がまひした▼特に高齢者には、この豪雪の影響は深刻だ。自力で除雪できる範囲を超え、市職員らの応援に頼らざるを得ない。それで追いつかない場合は近所の住民が駆けつけることもあるという。互助の精神がここに息づき、人々の暮らしを支えている▼函館市の高丘町会は小中学校の始業に合わせ、ボランティアで通学路などを除雪した。行政に頼るばかりでなく、できることは自分たちの手で—。同様の取り組みは他地域にも広がりつつある。全市的な波及に期待したい▼東日本大震災は甚大な被害と引き換えに、住民同士が支え合うことの大切さを教えた。これが岩見沢の豪雪に生かされ、ひいては函館の地域活動にも結び付いている。住民の“共生”は、互助という優しい心が根付いて初めて実現する。(K)


1月17日(火)

●ちょっとした不注意が思わぬ惨事を招くことがある。しかも自分だけは大丈夫という保証はない。誰にもあり得ることで、交通事故もそうだが、火災も然り。だから、日常的な備えが求められる。それは報知器であったり、消火器だったり▼消火器は多くの家庭が一つや二つぐらい用意してあるに違いない。また、報知器も義務づけられてから時間も経って、設置率は上がっていると思うのだが。ちなみに昨年6月の段階では全国平均で71%、全道では72%、函館で75%だった▼ただ、こうした消防機器だが、何年経っても使えると思っていたら大間違い。例えば消火器。自ずと耐用年数というか有効期限があって、住宅用などは概ね3年から5年だそう。買いっぱなし、使い方も知らないとあっては、ただ置いてあるというだけに過ぎない▼19日は家庭消火器点検の日である。年に一度は点検確認を…そんな思いから業界団体が啓蒙のため選んだ。「119」の語呂合わせからだが、早速、自宅の機器を確認してみてはどうか。万が一の時、役に立たない事態とならないように。もちろん火災報知器も▼まずは早く察知して逃げる、出来れば消火する。そのために欠かせないのが報知器と消火器。報知器が奏効した事例は函館市消防本部のホームページでも紹介されている。自分の命と財産を守るため、消防機器を備え、さらに点検も忘れなきように。(A)


1月16日(月)

●法廷で元代表は「政治家になった当初から収支報告書の内容は把握していない。大多数の国会議員がそうだと思う」と言い切った。素人からみても国民にも公開されている政治資金に対する責任感が欠けているのでは…▼4億円の土地取引問題で強制起訴された民主党の小沢一郎元代表。4億円の捻出について「政治資金」「銀行からの融資」「個人資金」と二転三転したあげく、「両親から不動産や現金を相続し、本の印税や議員報酬も含めたもろもろの金」に言いかえた▼秘書に「コピー用紙は裏紙を使うように」と節約を指示していた人物が「全て秘書任せ」「記憶にない」「分からない」を繰り返すばかり。手元に4〜5億円の現金を置いており、「この感覚は(世間と)それほど離れていない」とも▼国民の金銭感覚とのズレを痛感。一体改革に政権の浮沈をかける野田改造内閣に岡田克也氏が入閣した。「岡田さんは若手議員と飲みに行っても1円単位で割り勘にした」という“伝説”があるほど、政治資金に厳しい人…▼「私の関心事は天下国家のことで全力を傾注している」と胸を張る。だったら総理大臣になって安心安全の国家を構築すべきだ。法廷で「大多数の議員はそうだと思う」と言われた先生たち、反論はしないのですか。「壊し屋」の看板を外して、国会で真実を述べてほしい。《瓦礫から笑顔の写真助け出す》—被災地の叫びを聞いて!(M)


1月15日(日)

●1831(天保2)年1月、神社守の夢枕に「御神体を潔めよ」とのお告げがあった。神社守は佐女川の冷水で身を清め、御神体を抱いて沐浴。白衣の美しい女性が現れ、やがて消えた。その年から豊漁豊作が続き、村は大変にぎわったという▼木古内町に180年以上も伝わる「寒中みそぎ」の始まりである。歴史や神事の中身は町観光協会のホームページに詳しく、そのことからも地元関係者が“みそぎ”の歴史を大切に守り、育ててきたことがうかがえる▼「寒中みそぎ祭り」が今年も13〜15の3日間、町内の佐女川神社などで開かれている。行修者を務めるのは4人の若者。凍える寒さの中、下帯姿の行修者が水ごりを繰り返す光景は、厳粛な雰囲気を醸す。15日はいよいよ「海水沐浴」のクライマックスを迎える▼みそぎを簡略化した行為は今も身近に残る。寺社で参拝前に手を清めることもその一つ。一方で、みそぎの語源が「そそぐ(すすぐ)」ともされることから、「汚名をそそぐ」などの使い方も。転じて「みそぎ選挙」なる奇妙な“風習”が生まれた▼スキャンダルが発覚した政治家が選挙に当選すると、「みそぎは済んだ」と言う。そんな例は枚挙にいとまがない。ただし、みそぎには本来、「削ぐ」「切り捨てる」の意味があるという。選挙での“再生”は茶番に過ぎない。そんなセンセイたちには、氷の海にドブンと浸かってもらうしかない。(K)


1月14日(土)

●野田佳彦首相が内閣改造に踏み切った。民主党のマニフェスト(政権公約)はその多くが実行に移されていない。一方で、肝いりの「社会保障と税の一体改革」には消費増税を伴う。内閣改造の目玉に「一体改革」を据える決断は、自らの進退を賭した捨て身の戦略と映る▼野田首相は消費税論議のけん引役として岡田克也前民主党幹事長を副総理に抜てきした。一体改革担当相と行政改革担当相も兼務する。消費増税を一方的に国民に押し付けるといった悪印象は避けたい。そのためには公務員改革などの行政改革を増税前に断行する。両担当相の兼務からはこうした思惑が透けて見える▼「ゆりかごから墓場まで」は社会保障制度の理想形とされる。子育て支援、医療、介護、年金など我が国の施策が、その理想からかけ離れたものであることは論をまたないところだ▼安心して人生設計を立てることのできる社会をつくる。必要となるのは財源の裏付けで、税との一体改革は遅かれ早かれ通らざるを得ない道である。このことに国民の多くが気づき、一部は理解を示し始めた▼次期衆院選に向けた動きが道南でも加速している。最大の焦点である消費税問題に各党、各候補がどのようなスタンスを取るか。増税時期や税率の論議が中心となるが、中には「増税絶対反対」の主張だってあっていい。要は将来展望が明確かどうか。国民の判断基準はその一点に尽きる。(K)


1月13日(金)

●原子力発電の安全神話が崩れ、想定が絶対でないことも教えられた。中東の政情から原油の輸入にも不透明感が漂っている。一方で、経済活動はもとより、日常生活も原子力や原油に依存してきたのも現実。その結果として招いたのが電力の混乱▼電力に供給不足が生じて停電すると、社会がどうなるか。この10カ月ほどの現実がすべてを物語っている。生産は抑制され、照明は消え、暖房は止まる。電力会社の公共性が問われる理由もそこにあるが、どう確保していくかは改めて問われているテーマ▼大震災がもたらした教訓だが、将来を見据えたエネルギー政策を考えよ、という示唆でもある。その出発点はこれまでの反省。太陽光や風力など再生可能エネルギーの活用への取り組みも甘かった。遅きに失したものの、考えるまたとない機会▼当然ながら災害時も念頭において考えなければならない。被災した時、地域全体で停電という姿を何度、目にしたことか。せめて最小限の電力を賄うことが出来たら。役所の庁舎ぐらいは対応する体制であってほしい。それに応える動きがようやく…▼先日、国交省が公共施設への太陽パネルの導入支援を打ち出した。平常時にも使え、災害時に機能する。実験的な取り組みは新年度からだが、こうした取り組みを含め、今後の電力政策とシステムづくりをどう進めるか、急がなければならない課題である。(A)


1月12日(木)

●命はどこまでさかのぼれるのか。人には2人の親がいて、2人の親には2人ずつ親がいて、合わせて6人、4人の祖父母にも2人ずつ親がいて、計8人、合わせて14人。その上は16人、32人…▼10代さかのぼると2046人、30代さかのぼると総計21億4700万人になるという。自分の命の背景には、ものすごい数の出会いがある。もし1人でも欠けていたら自分は存在しない。みんなつながっている。量りきれない奇跡の「無量寿の命」なのだ▼その「奇跡の命」を粗末にする傾向が絶えない。昨年1年間で自殺した人は3万513人だった。前年より1177人少ないとはいえ、3万人を超えるのは14年連続(警視庁)。自殺の動機や原因は健康、経済・生活、家庭、勤務、男女関係だが…▼東日本大震災が直接の原因とわかった自殺者は分析を始めた6月から11月までに49人に上った。福島県で酪農家の50代の男性が「原発さえなければ」「残った酪農家は原発に負けないで」と書き置きを残して…▼風評被害で野菜の出荷停止が決まった翌日には64歳の農業男性が、避難生活を苦に50代女性が…。二重苦、三重苦に負い込まれたのだろう。原発に故郷を追われ仮設住宅での孤独死も相次いだ。支え合うことが出来なかったのか、心が痛む。「いま生かされている命」は21億人の支えがあってこそ。震災地の奇跡の一本松のように「一松懸命」に生きよう。(M)


1月11日(水)

●二十歳(はたち)になった大人にマナーと常識を教える。そのためには寛容の精神と根気が必要だ。では、未成熟な大人たちが集団・暴徒化した場合はどうか。個人差はあろうが、寛大な心の持ちようにもおのずと限界はある▼成人式会場で逮捕される新成人が全国で相次いだ。酒を飲んで壇上で踊ったり、オートバイで暴走行為を繰り返したり…。3年連続で「荒れる成人式」となった福井市は、100人以上の警備態勢で臨み、監視カメラまで設置した▼道内も同様で、飲酒をした釧路市の新成人が壇上に上がり、式の進行を妨げた。警察官が駆けつける騒ぎになったという。一方、道南の市町では混乱はなかった。函館では模擬投票「箱館偉人選挙」に大勢が参加し、大人の自覚を垣間見せる場面も▼つらく悲しい成人式もあった。東日本大震災で甚大な被害を受けた東北の各地では、犠牲になった新成人の遺影が目立った。振り袖やスーツを着て同級生と再会することをきっと楽しみにしていたはず。大人の仲間入りを果たせなかった若者たちの声なき声をどう聞くか。暴れる新成人に問いたい▼バブル経済崩壊、阪神大震災、リーマンショックなど、今年の新成人は「失われた時代」に生まれ育った。20歳を迎えた昨年には、未曾有の大震災も経験した。ほかの世代にはない強さ、そして苦しみを共有する度量がある。そう思うのは短絡にすぎるだろうか。(K)


1月10日(火)

●交通事故は最大の社会災害。酒酔い運転などは別として誰しも故意に起こしている訳ではないが、日常的に発生していて、自分は大丈夫という保証はどこにもない。だから社会問題なのだが、うれしいことに事故死者は全国的に減ってきている▼警察庁によると、11年連続の減少という。昨年は全国で前の年より252人少ない4611人。それでも一つの町が消えるほどの人数だが、かつて1万5000人を超していた時代があったことを頭に描くと、まさに隔世の感▼1万人を割ったのは2000(平成12)年のこと。この減少の流れは長年、全国ワーストワンと言われてきた北海道も同じで、ついに200人を割って25人減の190人。道南も2人少ない14人。ちなみに北海道の100人台は1949(昭和24)年以来という▼事故死者の減は必ずしも事故件数の減と結びつきはしないが、発生自体も減少してきている。全国で約69万件。19年ぶりに70万件を割って、負傷者も85万人台と7年連続の減少。啓蒙活動や指導取り締りなど関係者の地道な努力の賜物である▼それでも1年の間に、これだけ多くの事故が起きて、1時間54分に一人が交通事故の犠牲になっているのも現実。それは社会に対する、さらなる努力の問いかけとも言える。飲酒運転も多い、速度超過も相変わらず…引き続きの啓蒙が必要とされている。(A)


1月9日(月)

●毎年、正月に放送されている「芸能人格付けチェック」という番組をご存知だろうか。世間的に「一流」と思われている芸能人に、料理や美術品などの鑑定をクイズ形式で行わせるバラエティーだ▼例えば1本100万円の高級ワインと1000円の大衆ワインを、味わいや香りだけで選別する。ワイン通で知られる某女優がさんざんうんちくを語りながら見事に外した時には、思わず見ているこちらもにんまりしてしまうという仕掛けだ▼定番の出題のひとつが楽器の音の聞き分け。今年は1台数億円と数十万円のバイオリンが登場し、プロによる演奏を通じて判別するというものだった。弦楽器の演奏経験がある筆者も、テレビから流れる音に真剣に耳を傾けたが、残念ながら不正解で「二流一般人」の仲間入り▼自信があっただけに軽いショックを受けたのだが、その数日後の海外ニュースには、さらに驚かされることになった。パリ大学の研究チームが、プロのバイオリニスト21人に、ストラディバリウスなどの18世紀の名器と、現代の楽器とを目隠しで聞き比べてもらったところ、現代楽器の方が評価が高かったのだ▼これが事実ならこれまで高値で取引されてきた、歴史的名器が大暴落する可能性も。バブル時代には多くの最高級バイオリンが日本に流れてきたとされるが、それらも単なる高級骨董品になってしまうのだろうか。(U)


1月8日(日)

●辰(たつ)年はちょうど米国大統領選の年と重なる。同国政府の景気刺激策などで、日本でも十二支別の株価上昇率は辰年が首位という。「昇り竜」の表現に値する縁起の良い年である▼工藤寿樹函館市長は6日の市年賀会でこのことに触れ、経済対策での協調を各界関係者に訴えた。同じ辰年の話題で、ブータンの国旗に竜の姿があしらわれていることを紹介した能登谷公市議会議長。「幸せの国」を引き合いに、笑って暮らせる函館のまちづくりに願いを込めた▼竜は想像上の動物であり、へびに似たからだに4本の足、2本の角とひげを持つ怪物を指す。竜王、竜神、竜宮…。怪物でありながら神聖でめでたい動物としてあがめられ、特に辰年には引く手あまたとなる▼新年を迎え、JR函館駅構内に「ジャンボ絵馬」が設置された。絵柄は活力を表す「昇り竜」。悲願である新幹線の絵と「夢をつかめ」の文字を添えた。受験シーズンを迎えた親子らが願い事を書き込み、天を目指す竜に挑戦の行方を託している▼「竜頭蛇尾(りゅうとうだび)」。頭は竜だが、尾は蛇に過ぎないという意味で、ひいては「初めは勢いが盛んで、終わりはふるわない」(岩波国語辞典)ことの例えでもある。実績を残さないまま旗振り役の短期交代を繰り返す、どこかの国の政治に似ているような気もする。願わくば、勢いが後にくる“蛇頭竜尾”の1年であってほしい。(K)


1月7日(土)

●新しい年を迎えると「今年こそは」という願いが、さまざま頭を駆け巡る。私生活はもとより世の中も…こうなってほしい、と。何か閉塞感が漂い続ける現状が故に、そんな思いがより強いが、年明けばかりは素直に期待したいところ▼誰もが挙げる思いの一つに景気の回復がある。グローバル時代の今日、その舵取りの難しさは分かるにしても、不況で消費は伸びず、よって生産や投資は抑制、雇用は厳しいまま。いつまで続くかこの状況、から抜け出しつつあるという実感がない▼東日本大震災もあって今年度の我が国経済はマイナス成長に終わりそう。それは仕方ないとして12年度もそれでは困る。という思いから政府の経済成長率見通しを確認してみたところ、そこにあった判断は復興需要が見込めることなどを理由にプラス▼物価の変動を除いた実質で2・2%。財政がひっ迫する中、税収確保を左右し、鍵を握る柱は法人税。そのためには経済が持ち直し、企業の業績が好転しなければならず、政策が問われる理由もそこに。大震災復興頼みでは寂しい限りだが、そう贅沢も言ってはいられない▼とはいえ北海道は厳しい。北海道銀行が昨年末に発表した見通しも、そう語りかけている。概ね横ばい傾向の推移として成長率予測は0・1%。もう少しの我慢と思いたい。会社も、自分たちも、もう少しなら…そう願う中で新たな一年が動き始めた。(A)


1月6日(金)

●強制せず、さも自分の意思で選択したかのように、あらかじめ決められた結論へと誘導する技術(行為)、個人を組織に取り組み組織発展の道具にするのがマインドコントロール。破壊的カルトが行う手段、平気で命をも奪う▼平穏な正月だと思っていたら、前日の大晦日の深夜に警視庁から特別手配されていたオウム真理教元幹部の平田信容疑者(46)が突然、出頭した。出頭の前、目撃情報などを受ける警察のフリーダイヤルに連絡したが、相手にされなかった▼その後、警視庁本部の正面玄関前で、警戒中の機動隊員に「平田です。出頭しました」と名乗っても近くの丸の内署か交番に行くよう告げられ、「特別手配なんです」と念を押しても相手にされなかった。警官は「髪が茶色で写真とは違う風貌で、いたずらだと思った」という▼事件から17年近く。最大500万円の懸賞金をかけて捜査しているというのに、門前払いをした警官の対応はお粗末。平田容疑者は所持金10万円、こざっぱりした服装で「支障がでたら困る」と潜伏先に支援者の存在を示唆した▼「教祖や仲間の死刑執行を遅らせようとしている」という見方が強く、今も教祖に帰依している支援者(信者)が各地にいるようだ。裁判では教祖らの証言も必要になるから。長い逃亡生活、さ迷い歩いても教祖カルトによる恐怖のマインドコントロールから解かれていないのか。後味の悪い初夢…。(M)


1月5日(木)

●平安時代の終わり、院政を敷いて政治をほしいままにした白河上皇でさえ、思い通りにならないものが三つあった。洪水を繰り返す鴨川の水、思う通りに出ないサイコロの目、そして延暦寺の僧兵だ▼延暦寺の僧兵は、比叡山の覇権争いのほか、奈良の興福寺などとの間でも闘争を繰り広げた。僧兵たちはやがて、みこしや神木を振りかざして朝廷に無理難題を要求するようになる。国家の安泰を祈って成長した大寺院が朝廷を脅かす勢力となり、貴族政治の限界が訪れた▼僧兵の強訴を突っぱねたいが、神仏の威が怖い。そこで武士の力を頼るようになり、白河上皇は「北面の武士」を創設。卑しい武士に、中央政権へ進出する道が開かれた。そうして武士で初めて太政大臣まで登りつめたのが平清盛である▼武士の台頭は時代の要請であるという、古代日本の盛衰記…。ただ清盛は、栄耀栄華を誇った姿から「平家にあらずんば人にあらず」、熱病に倒れた最期からは「おごれる者も久しからず」と因果応報的に語られてきた。もちろん、情け深く人間味あふれる武将であったという伝えもある▼しかし、武家政治の礎を築いた清盛に、善人のイメージを抱く人は少ないのではないか。時代を支配するには清く正しい道だけでなく、はかりごとや陰謀といった裏道も必要だろう。NHK大河ドラマとともに、変革期のリーダーの生き方に注目したい。(P)


1月4日(水)

●おせち料理と言えば、黒豆や昆布巻き、なますなど、子どもが喜んで食べるようなごちそうが少なかったイメージが強い。ところがここ数年、デパートやホテルなどがプロデュースした、豪華けんらんなセットが次々と登場し、「おせち=地味」という印象は様変わりした感がある▼中身に応じて値段は様々だが、「正月くらいはぜいたくしよう」との意識からか、1万円以上の商品に人気が集中。絶好のビジネスチャンスと逃がしてならないと、次々と新規業者が参入してしのぎを削っている▼その一方で、トラブルも絶えない。数年前には、北海道の業者が注文をさばききれず、全国的な遅配騒動に発展。昨年は神奈川の業者が、サンプル写真とは似ても似つかない粗悪な料理を提供したとして、非難を受けた▼今年も各地で遅配騒動が巻き起こっている。短期間で大量の商品を製造しなければならない上、季節的に悪天候による配送の遅れの可能性も否定できないのだが、消費者にとっては、言い訳にはならない▼そんな中、札幌の一流ホテルでは、事前予約を受けた1300個のおせちの販売を、12月30日にすべて取りやめた。調理担当者の一人のノロウイルス感染が判明したためだという。これを見ても、特定の行事に合わせた食品販売がいかに高いリスクを伴うかが分かる。正月は手作りの質素なおせち料理を味わうのが一番なのかもしれない。(U)


1月3日(火)

●ギリシャに端を発し、ユーロ圏を大きく揺るがしている国家財政の危機—。わが国も例外でない。新年度の予算案は一般会計だけで90兆円を超え、緊縮財政どころか大判振る舞い。財源は、といえば、雪だるま式の国債である▼経済の動きの鈍さは相変わらず。企業も、個人も収入は伸びず、その影響は税収に。かと言って国債の発行も天井知らずではない。だから、この十数年、歳出の抑制—無駄を省く—が急務とされてきた。ところが、現実は呪文のように唱えられているだけ▼来年度の国債依存率は実に49%。最初から歳入の半分は借金での帳尻合わせ予算である。民主党の人気取り予算と揶揄もされるが、年金の将来などを考慮すると、こんなやり繰りが長く続くはずはない。白羽の矢は消費税の税率アップに▼苦しいのは分かる。だが、その前にやることをやってもらわなければ。どれだけ事業を見直し、無駄を省いたのか、さらに国家公務員の給与削減は、国会議員の定数削減は…。増税で国民に新たな負担を強いる以上、避けては通れない関門である▼中でも議員定数の削減は最低の条件。民主党は総選挙マニフェストで衆院定数の80削減を約束。野田首相も昨年末、通常国会の早い段階での決着を表明している。まさに—無駄を省く—姿勢を示せるか否かの試金石。増税を巡るお願いの道はそこから始まる。(A)


1月1日(日)

●高浜虚子の句に「去年(こぞ)今年貫く棒の如きもの」がある。変化なく過ぎていく様子を「貫く棒」に例えた。解釈は三者三様だろう。平穏に新年を迎えられたことの喜び、あるいは句作への強い信念の表れとも取れる▼新しい年が明けた。未曾有の大震災からほぼ10カ月。年をまたいでも、あの現実が“悪い夢”に取って代わることはない。被災地の復旧・復興は遅々として進まず、住民たちは不安を抱えた中での越年となった。変わらないのは、消費税問題などで迷走を続ける政府与党のありようだけだ▼「負けてたまっか!」と歯を食いしばる被災住民がいる。この人たちにいつまで忍耐を強いるつもりか。福島県相馬市の漁業関係者から昨年末、Eメールが届いた。「マイナスからの“街創り”だと認識しています」。国に頼らない「貫く棒」の精神がここに生きている▼函館・道南は震災の影響から立ち直りつつある。一方で、新年に取り組むべき課題も少なくない。経済再生をはじめ、新幹線時代への備え、大間原発問題への対応…。官民を挙げた防災対策の強化も忘れてはならない▼暮れから新年にかけて大きな事件・事故、そして災害もなかった。震災の記憶が生々しいだけに、平穏に新しい年を迎えられたことを素直に喜びたい。「負けてたまっか!」という頑張りの後には、「負けなくてよかった」と笑える時が来る。そう信じたい。(K)