平成24年6月


6月30日(土)

●北海道新幹線の新函館(仮称)—札幌間の着工がついに正式認可された。開業は2035年度の予定。3年後の新函館開業に向けて、道南各地の動きに弾みがつく▼東京—札幌が5時間1分、新函館—札幌が約1時間という驚異的な速さ。交通体系に革命的な変化をもたらし、JRと航空会社の競争が一層激しくなる。利用者側にとっては時間と料金をにらんだ選択肢が広がる▼そこで疑問。一体名前は何になるのか。「ほくと」「かむい」は“鉄板”だが既にある。動物だと、かつての人気急行「つばめ」の復活はどうだろう。思い切って「ひぐま」「たんちょう」も北海道らしい。秋田新幹線の「こまち」と同義語でアイヌ語の「ぴりか」も面白い。いろいろ考えると楽しい▼だが、浮かれてばかりはいられない。札幌延伸後、函館・道南は大問題に直面する。主力産業の観光では、観光客の素通りを阻止しなければならない。そのために今から一層の魅力アップを図る必要がある。1時間で札幌に行けるので、購買もかなり流出するだろう。ストロー現象は大型店出店以上にもなり得る▼幸い、札幌延伸までには20年以上の時間がある。函館・道南は、歴史、名勝、食など道内他地域にない素材に恵まれている。その事実は新幹線が通っても変わらない。要はそれをどう生かすかだ。20年という時間を有効に使わねば将来に禍根を残す。知恵を結集する時が来た。(T)


6月29日(金)

●東電福島第1原子力発電所1号機の建屋地下で、毎時1万300ミリ・シーベルトという過去最大の放射線量が観測された。27日東電が発表した。東日本大震災から1年4カ月以上経ったが、事故はまだ終息していないことを思い知らされた▼同じ日、東電をはじめ、全国の9電力会社が株主総会を開いた。北電、北陸電を除く7会社で株主から「脱原発」が提案されたが、全て否決された。原発ゼロを目指す人たちは怒り、電力会社は原発の必要性を強調する。その溝は埋まる気配がない▼福島で甚大な被害をもたらした事故の原因が「想定外の天災」だけでは納得いかない。その「想定」は誰がしたのか。経緯と責任を明らかにし、率直に反省しなければ、同じことはまた起こる。地震に限らず天災は、毎回同じパターンでくるとは限らない。「これも想定外でした」で、次の事故が起こることは絶対に許されない▼一方、現実問題として、原発が電力の安定供給に果たす役割を無視はできない。北海道は冬に電力使用量のピークがくる。厳寒期に計画停電ができるだろうか。難問が待ち受けている▼方針転換するのか、しないのか、根幹を握るのは、国だ。原発は、国の施策の下で整備が進められてきたことを忘れてはならない。税制改革や社会保障は大事な問題だが、方針転換に長い年月が必要な電力・エネルギー政策の再検討も「待ったなし」の課題だ。(T)


6月28日(木)

●昨日に続いて国会話…。消費増税を柱とする税と社会保障の一体関連改革法案が26日の衆議院本会議で可決され、参議院に送られた。政権与党・民主党の分裂騒ぎというおまけ付きで。どんな大義名分があるにせよ、国民からすると、勘弁してほしい政治劇▼社会保障の将来道筋は、今から手をつけておくべき政治課題である。意見はそれぞれ。民主党内に離党者が出ようが出まいが構わない。だが、結局、最後まで見せられたのは政局展開の姿だけだった。さぞかし中庭の池のコイも呆れているに違いない▼そう、この大事な時に…衆議院では中庭にある池に、高価な観賞用錦鯉30匹を放した。業界団体に求めたか、寄付されたか、は定かでないが、参議院の中庭にあって衆議院に無かったのが気に食わなかったのか。仰々しく放流式まで行っている▼話にはまだ尾ひれがついていて、この池は水質や深さなどから錦鯉に適しているかどうか疑問の声が。池から飛び出しはしないか、衛視の巡回も必要になっているという。大変な時期に錦鯉とは何とものどかな話だが、これも今の国会の姿▼コイは多く放されていてもけんかをしない、という説があるそう。少しは見習おう、という思いだったとしたら百歩譲って理解もしようが、その後の国会の動きを見ている限り…。まあいいか、早かれ遅かれ解散選挙となれば、まな板のコイになる人たちなのだから。(A)


6月27日(水)

●「四方八方から弾が飛んでくる。最近は後ろの方、仲間からも」—。今年1月、母校の同期会で野田首相がこぼした愚痴。税と社会保障の一体改革で、消費増税に反対する民主党の小沢元代表らの動きを受け、思わずぼやいたのか▼法案は26日の衆院本会議で、民主、自民、公明などの賛成多数で可決した。予想通り、民主党から多くの造反者を出し、首相の言葉を借りるなら、小沢元代表らが後ろから仲間を撃った▼小沢元代表らが離党して新党を結成する覚悟であるならば、それはそれで筋が通っている。しかし、法案に反対したが離党はしないというのであれば、全く理解に苦しむ。仲間を撃ったが大義を通すためなら無罪であるということか。普通の政党なら考えられない▼政権交代に期待し、民主党に一票を投じた多くの国民は裏切られた思いを持っている。掲げたマニフェストを守れず、約束していない増税を持ち出されるのはたまったものではない。しかし、政治でなければ解決できない課題がある。世論を大事にしながらも、政治は時に、国民の反対論を押し切らなければならない▼将来の社会保障全般を見越し、消費増税は民主党内で何度も手続きを踏んで決定した。自民党や公明党まで、思惑と条件付きながら法案賛成で合意し、本来は弾を撃つ野党が援護射撃をした。なんとも奇怪な法案通過、そして毎度の政局である。(P)


6月26日(火)

●「ゆうひ」を漢字で書くと「夕陽」なのか、それとも「夕日」か。辞書をひも解いても「夕方の太陽」と同じ説明だが、イメージ的には「夕陽」の方か、「ゆうひ」の名所をリストアップする「日本の夕陽百選」も採用している▼ということで、以下は「夕陽」を使わせてもらうが、ここで取り上げたのは、道南が夕陽名所のアピール度が足りないとの思いから。特に日本海側に位置する桧山管内だが…陽が落ちる時間帯に沿岸を車で走っていて、停めて思わず眺めた経験のある人が少なくないはず▼先の「日本の夕陽百選」には、江差のかもめ島やいにしえ街道の馬坂などがノミネートされている。上ノ国の道の駅・もんじゅから望む「夕陽」も一級品。最近は遠ざかっているが、「夕陽」見たさに足を運んだことが何度もあった▼「朝日」が元気や勇気を与える役割があるとすれば「夕陽」は心の落ち着き、安らぎをもたらしてくれる。ストレス社会の現代にあっては一つの癒やしであり、故に売りにもなる。札幌と大阪を結ぶ寝台特急トワイライトエキスプレスは大阪発が人気なのも「夕陽」▼直江津や長岡などのあたりで日本海の「夕陽」が眺められるから。もちろん天気次第だが、「夕陽」が持つ魔力の一つの例。観光面でも十分な資源であり、桧山管内ももっとアピールしていい。「夕陽を眺めてからお帰りを」と。滞在時間も長くなる。(A)


6月25日(月)

●米の無人探査機「ボイジャー1号」が太陽系の境界に達したようだ。打ち上げから35年を経て、米航空宇宙局(NASA)は、「最後のフロンティアに到達している」と発表した▼ボイジャー1号は1977年、木星と土星の探査を目的に発射された。3年余りをかけて当初の目標を完遂し、任務は太陽系境界面や星間物質の観測に変わった。時速6万㌔という途方もないスピードで飛行し、現在地球から約180億㌔の位置にいる▼これほど長時間が経過したのに、探査データは16時間以上をかけて地球に届き続けている。プルトニウムを使った原子力電池がまだ生きており、あと7〜8年は観測できるという。30年以上前の技術力には感嘆するほかない▼ボイジャーにはすごい“プレゼント”が積んである。それは「ゴールデンレコード」と呼ばれ、地球上の動物の声や自然音、音楽、メッセージなどを収めている。もし異星人に発見されたら、地球について多くの情報を伝えてくれるだろう▼レコードの中身は、「コスモス」などの著者、故カール・セーガン博士らが選定した。その中には日本の尺八の音楽も収録されている。異星人が尺八の音色に耳を傾ける姿を想像するだけでもわくわくする。1号に続いて、姉妹機のボイジャー2号も間もなく太陽系境界に到達するとみられる。観測成果はもちろん、遠い未来の出来事にも楽しい想像は膨らむ。(T)


6月24日(日)

●紫に見えたり、青に見えたり…一雨ごと、虹のように七変化するアジサイが函館でも近く咲き出す。トラピスチヌ修道院に隣接する道内最大規模の「市民の森アジサイ園」の21種1万3000株は見もの▼紫陽花はもともと「あずさい」と呼ばれていた。「あず」は「集まる」で「さ」は「真」、「い」は「藍色」の省略形として「真の藍色が集まっている花」の意味になり、寄り添うように咲くので花言葉は「一家だんらん」▼原産は日本とか。長崎に来た医師のシーボルトはアジサイに感動して、滞在中の妻「お滝」の名から「オタクサ」と名付け、ドイツに紹介したという。古くは万葉集に「あぢさゐの八重咲くごとく…」と移ろいゆく心をアジサイに重ねて詠まれており、もう一つの花言葉は「心変わり」▼万葉集など平安文学でのアジサイは「色が変わることが心の変節と結び付けられ『道徳的ではない』とされて、目だたない花」だったという。「マニフェストの旗を降ろすな」と「心変わり」して「一家だんらんの園」を抜け出した“壊し屋アジサイ”が、どこか重なる…▼水無月の声を聞くと、自分の出番を待っていたかのように一斉に青紫色に。土質や開花後の日数などで青が濃くなったり、赤が強くなったり、雨に映え鮮やか。私利私欲へ「心変わり」せず、「一家だんらん」の国民を見捨てないで、開花してほしいものだ。(M)


6月23日(土)

●通りを行く侍の刀が、すれ違いざまに当たる。「さや当て」であるが、ちょっとした意地の張り合いから起きるけんかにも例えられる。当たった、当たらない…。北斗市と函館市の議会も、北海道新幹線の新駅名をめぐりそんな争いをしているようだ▼北斗市にできる新駅について、北斗市議会は「北斗函館駅」を決議。函館市議会では議員の質問に対し、工藤寿樹市長が現在の仮称である「新函館駅」が望ましいとの考えを示した▼駅所在地と駅名が違うケースは、全国的にある。東北新幹線新白河駅は福島県西郷村にあり、白河市や「白河の関」でおなじみの地名が由来。同じく水沢江刺駅は旧水沢市にあるが、隣接する旧江刺市の意向も酌んでこの名称に。しかし今は合併して奥州市となった。駅名をどうするか、頭を悩ませるケースは多々あるようだ▼函館は全国的に知名度が高く、地域の経済や文化、歴史の中心だから「新函館」でいいじゃないか。いや、駅前の開発や多額の整備費をかけている所在地「北斗」の名を入れるのは当然。論議が続いているが決定後、双方にしこりを残しては開業の喜びも薄れる▼侍がさや当てをした江戸時代、女性たちは雨の中ですれ違う際、傘を反対側に傾け、傘と傘がぶつかったり滴がかからないようにした。相手を思いやる心から出る「傘かしげ」だ。新駅の名称でも、そんな仕草や呼吸ができないものか。(P)


6月22日(金)

●「見直し」は、改善につながる道であり、何らちゅうちょすべきでない。なぜなら、そこに矛盾や現実にそぐわない状況が生まれているからで、黙殺している方が問題。それが法律や制度、行政指導基準ではなおさらのこと▼夜間のツアーバス運転手の走行距離基準は端的な事例。4月29日に群馬県の関越自動車道で起きた7人が死亡、39人が重軽傷を負った事故は、記憶に新しい。この事故で問題となったのが、670キロまでなら運転手が一人でいいという基準だった▼670キロと言えば、函館からほぼ釧路までの距離。休憩をとりながらとはいえ、人命を預かっているのだから、身体ばかりか神経も疲れる。基準自体がおかしくはないかという疑問が持たれて当然。国土交通省が見直した新基準案の骨子は、一人なら原則400キロまで▼確かに根拠は定かでないが、400キロまでなら理解もできる。違反事業者への行政処分も加えたことで、事故防止対策として、より現実に近づいた。急ぎ「見直し」が必要という点では、危険運転致死傷罪の適用要件にも言える▼あの亀岡市で起きた児童ら10人死傷事故でも適用が見送られた。夜遊びの末の無謀な運転だったのに…素朴な疑問だが、その理由は構成要件の「運転技能」の認定が難しいため。としたら、今のままでいいのか、何より同法自体が議論を求めているのかもしれない。(A)


6月21日(木)

●白ウサギはヒマラヤの山の中で行き倒れになった老人に出会った。数日何も食べておらず、火にあたりながら死の訪れを待っていた。ウサギは自ら火の中に飛び込んで食料になった。実は老人は帝釈天で、その行為に報いるためウサギを月に昇らせた(仏典説話)▼戦後、田舎に住んでいた食糧難のころ、ブタやニワトリ、ウサギなどを飼っていた。今はペットとしてウサギを飼っている人が多い。地下鉄サリン事件などで特別手配されていた平田信被告と菊地直子容疑者も逃亡生活で「月」と名付けたウサギを飼っていた▼オウム真理教は、苦しみから救済するヴァジラヤーナ(金剛乗)を「解脱したヨーガ信者には罪は存在せず、救済のためなら人の命を奪ってもいい」と勝手に解釈。ヒトラーも手をつけなかったサリンを製造、残酷なテロ行為に走った▼教団幹部は原始仏教に興味を持っていたようで、2人も身を投じて老人を救った「白ウサギの教え」を知っていたはず。ウサギは騒がず、散歩もいらないので、ポア(殺人)で人目を避けた逃亡劇にもってこいだった…▼特別手配されていた最後の高橋克也容疑者も漫画喫茶にいるところを逮捕された。留置所ではヨーガの蓮華座を組んでおり、教団のマインドコントロールが解かれていないようだ。白ウサギの行為を見習って、事件の全容解明へ全てを語ってこそ贖罪(しょくざい)の道だ。(M)


6月20日(水)

●京都府亀岡市で4月23日、登校中の児童10人が暴走した軽自動車にはねられ死傷した事故を覚えているだろうか。運転していたのは無免許の少年(18)。このほど京都地検に自動車運転過失致死傷罪と道交法違反(無免許運転)で起訴された▼事故をめぐっては遺族が約22万人の署名を集め、より罪の重い「危険運転致死傷罪」での起訴を求めていたが、思いは届かなかった。この判断には法律関係者の意見も二分している▼危険運転致死傷罪は、故意犯を対象にしており、さらに運転技能がないことが成立の要件になっている。今回のケースは、少年が無免許運転を繰り返していたため「運転技能はあった」との判断になったという。事故の原因は「居眠り」とされた▼だが、市民感覚からは「ちょっと待てよ」と思う。免許を取得するための安全教育を受けず、ルール無用で車を乗り回していたことが「技能あり」に当たるのか。機械としての車を動かすことだけが「技能」なのか。多くの疑問が湧き起る▼亀岡の現場では制限速度を40キロから30キロに下げる措置がとられた。だが、制限速度を下げても同種の事故を防げるとは思えない。罪を重くすることだけが抑止策ではないと思うが、この法を制定した趣旨が何だったのかを今一度問い直し、適用基準を整理する必要がありはしないか。法律の解釈論ではなく、根幹にかかわる論議を尽くしてほしい。(T)


6月19日(火)

●「仏教徒の私は軟禁中に苦しみを意味する六つの『ドゥカ』を調べた。年を取ること、病を得ること、死ぬこと、愛する人と別離すること、愛していない者との暮らしを強いられること。この苦しみを日常的に実感した」▼ミャンマーの民主化運動指導者のアウン・サン・スー・チーさんは、21年前に非暴力で民主化を求めた功績でノーベル平和賞を受賞した。受賞当時は軟禁中で、代わって英国にいた夫エアリス氏と子供が受賞したが、夫は7年後にがんで死亡した▼スー・チーさんは出国したら帰国できないと思い、夫の最期をみることを断念し『愛する人と別離すること』となった。本人の受賞演説は21年ぶりに実現した。民主改革を世界に訴えたが、背景には「国民ではない」と差別された少数民族の叫びもある▼新政権になってから、ほんの少しだけ民主化は進んでおり、国防相は核開発を認めた上で「全ての核開発を中止した」と言明。軍人政権時代に続けていた北朝鮮との軍事協力も中止した。歩み始めた“スー・チー外交”がじわじわと浸透している▼世界経済フォーラムで「ミャンマーでは相次ぐ停電に国民が一斉にロウソクをともす抗議行動を展開。エネルギー政策が必要」と強調。日本では大飯原発3、4号機の再稼働を決めた。各地で「脱原発、再稼働反対」のデモ。「ロウソクをともし」電力消費を抑えるライフスタイルがあってもいい。(M)


6月18日(月)

●「ゴミの持ち帰り」は、いわば社会の常識。だからと言って、守られているかと思いきや、現実はそうなっていない。“持ち帰らず”もさることながら“捨てに来る”さえ後を絶っていない。未だに解決できないでいる社会問題の一つである▼先週のこと、所用で道内を車で約千㌔走ったのだが、その時、目にしたのもパーキングエリアに捨てられたゴミの光景。要所の常時管理されている所はきれいなのだが、山間部のスペースを取っているだけのような所ではあちこちに…▼パーキングエリアばかりか、最近はコンビニに家庭ゴミを捨てて行く人もいるという。まさに論外だが、その他の場所でも不法投棄が多いまま。今月8日付の本紙に掲載されていた記事を記憶しているだろうか。亀田川に捨てられるゴミの話である▼「きれいにする会」が行った清掃作業で回収されたゴミの量は、なんと70㍑ビニール袋で80袋ほど。そればかりかミニバイクや寝具、自転車、古タイヤなどの粗大ゴミもあったというから、あ然とさせられる。観光都市・函館の中心部を流れる川なのに▼公徳心という言葉がある。最近はあまり使われないが、込められている意味の一つは「人に、社会に迷惑をかけない」という思い。所構わずゴミを捨てる行為は、迷惑をかける行動のいわば原点。軽い気持ちか否かは問題ではないし、寛大になる話でもない。(A)


6月17日(日)

●函館競輪場を訪れ、高松宮記念杯を観戦した。国内最高峰のGⅠレースが津軽海峡を越えたのは初めてで、スタンドからはその海が見渡せる。潮風を受けながら国内トップクラスの選手たちが繰り広げる真剣勝負に、ファンの声援が飛んだ▼解説はプロにお任せするとして、レースからさまざまなことを学んだ。互いに牽制し合いながら、ここぞという場面で駆け引きに出る。鍛え上げた肉体だけでなく、レースを読む頭脳と、仕掛けられてもじっと耐える精神力がまず必要だ▼先行逃げ切り型もいれば、最終コーナーから弾丸のようにまくり上げて差す選手もいる。最後に1着でゴールすればいいから、常に先頭を走る必要はない。後列にいても、周回しながら一気に切り込むこともできる。要は勝負どころまでうまく位置取りをすることが大事。心理戦も絡めたその駆け引きはぞくぞくするほどスリリングだ▼レースでは同郷の選手たちが協力し合いながら有利な隊列を作っていく。インタビューで、ある選手が語っていた。「1着はうれしいが、ワンツーとなったことがもっとうれしい」。いい成績を残すには、仲間との協調や連携が大切なのだ▼鍛え上げたプロが命を燃やす2000メートルの勝負は人生にも似ている。レースの予想は惨敗だったが、熱い戦いを楽しみ、5000円の“授業料”でいろいろ勉強させてもらった。高松宮杯はきょうまで。(P)


6月16日(土)

●1995年3月20日、当時埼玉に住んでいた筆者は、通勤のためJRを利用し池袋で地下鉄有楽町線に乗り換えた。まさしく同じ時間帯に池袋を発着する丸の内線など3路線がサリン事件の標的となり、13人が死亡、6000人を超える負傷者を生む大惨事となった▼被害者が運ばれていくテレビ映像を見ながら「もし実行犯が自分の乗った車両を選択していたら」と恐怖に震えた。同時に、犯人に対する怒りがこみ上げてきた▼2日後、オウム教団施設への家宅捜索が行われ、悪事が次々と明るみになっていった。それにしても、長野サリン事件や坂本弁護士失踪事件の際にも疑惑の目が向けられながら、なぜ警察はオウムの実態を暴き、さらなる惨事を防げなかったのだろうか▼昨年11月22日、元幹部の上告棄却で13人目の死刑が確定。これでオウム事件裁判は全て終結したはずだった。ところが1カ月後の大晦日に、逃亡中だった特別手配3人のうち平田信被告が出頭。今月に入って菊地直子容疑者も逮捕され、17年経っても事件がまだ続いていることを実感させられた▼最後の1人、高橋克也容疑者も15日、ついに逮捕された。彼はこれから取り調べに何を語るのだろうか。手配写真からすっかり変貌した現在の姿を見るにつけ、事件から長い歳月が経ったのを感じるが、たとえ捕まったとしても被害者の気持ちが休まることはない。(U)


6月15日(金)

●日中韓の研究チームが、1640(寛永17)年の北海道駒ケ岳大噴火に関連するとみられる火山性物質の厚い層を七飯町の大沼湖底から採取した。噴火の詳細な実態解明が期待される▼駒ケ岳は素晴らしい眺望で人を引き付けるが、ひとたび噴火すると危険な山に変貌する。気象庁の資料によると、1640年7月31日の大噴火では、今より300㍍ほど高かったとみられる山頂の一部が崩落した。現代人がみたことのない破局的大噴火だったはずだ▼同岳は軽石や岩屑のなだれが発生しやすい。同年の山頂崩落では、そのなだれが噴火湾にまで達し、津波が起こった。沿岸の死者は700人との記録があるが、もし今だったら、人口比からみて、とてもその数ではすまない▼駒ケ岳の活動開始は3万年前より以前。現在までに、2万〜5000年という長い休止期をはさみながら、大小の噴火を繰り返してきた。最近では1929(昭和4)年の活動が大規模。噴煙の高さが1万3000㍍を超え、約0・5立方㌔という大量の噴出物があった▼だが、驚くのはその際の噴火時間。午前10時に大噴火が始まり、その日の午後11時すぎには急速に衰え、2日後には平常に戻ったという。短時間で激しく活動する山は、噴火への備えが最も難しい。危険な山だからこそ、過去の噴火例に学び、防災対策を的確に準備することが必要になる。(T)


6月14日(木)

●被災地の幼稚園の教育目標は震災後、「ありがとう」「がまんできる子」「ものを大切にする子」「できることは自分でしようとする子」に改められたという。臥牛子が小学校に入ったころ、「小刀で鉛筆が上手に削れる子」というのがあった▼小学校低学年に小刀…今なら「危ない」と保護者からお叱りをうけるが、「上手に削れる子は勉強ができる」とおだてられ、一所懸命に削ったものだ。けんかをしてもガキ大将がいて、傷の程度を見て止めてくれたことを覚えている▼♪一本の鉛筆があれば 戦争はいやだと 私は書く〜 一本の鉛筆があれば 人間のいのちと 私は書く〜 美空ひばりが歌った「一本の鉛筆」。一本の鉛筆に反戦の信念が表現されている歌。一本一本ていねいに削れば平和と命が守られる…▼近くの小学校で囲碁を教えて5年。ガリガリというエンピツ削り機しかないけど、「小刀で削る」精神を言い聞かせている。「このエンピツがあるから勉強ができる」と。でも、長さが5分の1くらいで捨てる「ものを大切にしない子」も▼ものを粗末にせず、何にでも挑戦し、素直で屈託のない笑顔の子供たち。親の背を見て育つ。子供を肩車しているお父さん、新聞を読んでいるお父さん、釣りをしているおとうさん…「父の日」に描く似顔絵。お父さん「♪一本の鉛筆があれば 私は あなたへの愛を書く〜」と歌ってあげてね。(M)


6月13日(水)

●「健康寿命」なる指標が初めて登場した。読んで字のごとしで、健康面に支障がなく日常生活を送れる期間。厚生労働省が初めて公表した。2010年の統計に基づく平均は女性が73・62歳で、男性が70・42歳という▼「命の長さ」「生命が持続する期間」「命ある時間」…寿命の定義には幾つか表現がある。そして、長年、一般的に使われてきているのが「平均寿命」。生活レベルの向上や医学の進歩などを背景に今や長寿国となって、女性は世界一。男性も80歳に迫って四位▼ただ、大事なのは「どれだけ健康で生きられるか」という視点。「健康寿命」の意義もそこにある。算出手法は、国民生活基礎調査の中で、日常生活への健康上の問題や影響がない、と答えた人の割合などから。そしてはじき出された結果が冒頭の年齢▼70歳前半はまだまだ元気といった印象からすると、ちょっと意外だが、目くじらを立てる話でもない。それより気になるのが「平均寿命」との間に浮かび上がる一つの現実。男女とも10年ほど健康面に支障を抱えて暮らしている計算になるから▼健康で生活できる時間をより長く、は誰もの願い。「健康寿命」が延びれば、個人的には生き甲斐が広がり、社会的には医療費の軽減などが図られる。としたら、将来への大きな課題提起とも言える。ちなみに北海道は…女性が73・19歳で、男性が70・03歳だった。(A)


6月12日(火)

●サッカー・ワールドカップ(W杯)ブラジル大会の最終予選で、日本代表は12日、強豪オーストラリアと対戦する。オマーン、ヨルダンに圧勝し、好スタートを切った勢いを維持できるか。日本国中が注目している▼それにしてもホームの2戦は、日本の強さが目立った。前半の早い時間帯に先制して、次々と追加点を奪う。理想的な試合運び。チャンスは作れても得点が奪えない「決定力不足」が毎回心配されるが、これまでのところ杞憂にみえる▼特に活躍が光っているのは、海外のチームに籍を置く選手。先の2戦は先発11人中8人が「海外組」。ピンチに動ぜず、チャンスを確実にモノにする。そのたくましさは頼もしい限り。日本のJリーグが「ぬるま湯」だとは思わないが、より厳しい海外リーグで鍛えられたのだろう▼一方、男子バレーボールはロンドン五輪の出場を逃した。予選通過したオーストラリアにストレート勝ちしているから、実力的には紙一重だったのだろうが、あと一歩届かなかった。ミュンヘン五輪(1972年)で金メダルを獲った「王国」は過去のものになってしまったのだろうか▼バレーは五輪予選もそうだが、大きな大会は日本で開かれている。これは大きなアドバンテージだが、それでも勝てない。トップチームの活躍は競技人口の底辺拡大にも影響する。「あと一歩」を突破する強化策を探らなければならない。(T)


6月10日(日)

●悪い友達に勧められてシンナーを吸うようになり、何回も警察に捕まった。結婚して子供が生まれてもシンナーを吸い続けた。とうとう足腰が弱って、ろれつが回らなくなり、1人で風呂に入ることもできなくなった…▼かつてはシンナーが青少年を非行に走らせた。高価な覚醒剤に手の届かなかった少年にとって、シンナーが最初の薬物として定着。ランドセルにシンナーを入れていた小学生の話も聞いたが、約40年前をピークに減少した▼今、のさばってきているのが麻薬のような「脱法ドラッグ」。ハーブなど聞き心地のよい名をつけて販売されている。吸引すると幻覚、興奮作用があり、呼吸停止や心筋梗塞などを起す恐れのある薬物。横浜ではハーブらしい植物片を吸った20代の男性が死亡している▼店頭やインターネットなどで扱っており、自動販売機もある。先月、函館でも脱法ドラッグの販売が初めて発覚した。道立衛生研の成分検査で指定薬物を検出。大麻に似た作用があり、めまい、筋力低下、平行感覚の障害、流産、胎児の死亡の恐れもあるという▼厚生労働省は幻覚や依存症が明らかな4種を麻薬に格上げする方針だが、規制を強化しても業者は薬物の成分をたくみに変えて販売する。中学生にも魔の手が伸びている。恐ろしいのは事故や犯罪を引き起こすこと。小学生から「薬物乱用防止教室」など開き、脱法ドラッグの恐ろしさを教えたい。(M)


6月9日(土)

●函館は観光都市であると同時に芸術文化都市でもある。幾人もの傑出した人を輩出し、それぞれの分野の活動も活発。そこに身を置く人は多く、故に底辺も広い。紛れもない都市財産だが、なかでも自慢に値する筆頭格が…▼市民創作・函館野外劇であり、函館市民オペラであり、函館子ども歌舞伎。いずれも歴史は20年以上。野外劇は全国を見渡しても他に例がない。特筆に値するのは市民参加で続いていること。今年も7月6日から8月11日までの金、土曜を中心に繰り広げられる▼函館子ども歌舞伎もレベルが高い。指導者に恵まれ、後援会組織も整って、活動歴を積み重ねている。そして市民オペラである。財政難のため本公演を中止せざるを得なかったこともあるが、まさに継続は力なり。20回の記念の年を迎えた▼「キャスト、脚本、演出、そしてオーケストラも全て地元のアマチュアの手で毎年実施しているのは道内でも函館だけ」。5月末の本紙「ニュース細見」は、こう記している。「カルメン」「ドン・ジョバンニ」「蝶々夫人」などを成功させてきている▼そして今年の公演は…11月3日。ベルディの最晩年作品と言われる「ファルスタッフ」全3幕が演じられる。改めて言おう、野外劇、子ども歌舞伎、市民オペラは誇れる財産。それを支えていく鍵は市民の理解であり、その道は会場で感動を共有することから始まる。(A)


6月8日(金)

●「医師と患者が分かり合うまで、とことん語り合う必要性を痛感した」。がんに冒された三笠宮寛仁さまは、壮絶な闘病生活の中で、自身の意思を明確にしながら医療の方針を決めた。病気も隠さず公表した▼皇族にはさまざまな制約がある。「私」を極力抑え、感情をできるだけ出さない皇室像の中で、寛仁さまは皇籍離脱や女性天皇への異論など、大胆な発言でも知られた。皇族には珍しく個の主張をされた方だが、それが時代とともに新たな皇室像のひとつとなり、のちの皇族たちの振る舞いにも影響したかもしれない▼国民と皇室の距離はいっときに比べると、格段に近くなった。皇族も発言するようになり、週刊誌やテレビが皇室問題を報じない日はない。国民が支える皇室だからこそ、国民は皇族に関心を持ち、疑問が持たれる行いがあれば厳しい指摘もする▼寛仁さまは一方で、障害者福祉やスポーツ振興に努め、地域の祭りなどにも飛び込み、国民の中に入っていった。1972年の札幌五輪では組織委員会事務局に勤務した。型破りで国民に親しまれ、ロイヤルファミリーとは思えぬ気さくさで「ひげの殿下」と呼ばれ、活躍した▼がんの手術は16回にも及び、発声機能を失った後は電気喉頭を使って公務であいさつした。最期は長女の彬子さま、次女の瑶子さまらに「お父様」と言われ、見送られたそうだ。安らかにお眠りください。(P)


6月7日(木)

●国政の解散総選挙は、いつ行われるのか先の見えない状況だが、AKBの総選挙は夏の風物詩として定着した感がある。昨年の時点で「ここが人気のピークではないか」と分析していた音楽評論家もいたが、その勢いはまったく衰える様子が見えない▼プロデューサー秋元康氏の発想力には恐れ入る。専用劇場の建設、ひんぱんな握手会、選抜メンバーを決めるじゃんけん大会などを繰り出してきたが、中でも、同じグループ(もしくは姉妹グループ)内のメンバーを、ファンによってランク付けさせるという残酷なイベントを、祭りに仕立ててしまった総選挙は秀逸▼AKBという同じ集合体を応援していながら、お気に入りメンバー(推しメン)が違うことで、ファン同士をライバルにする。この競争意識が応援心理を刺激することで、AKB全体の人気を押し上げていくことを狙う▼投票方法もユニークで、CDを1枚購入することで投票券を獲得できる。国政選挙では1票の格差が大問題になっているが、自分の推しメンへの思い入れと財力があれば、1人で100票でも1000票でも自由自在。結果的にCDの売り上げが飛躍的に伸びる▼野田改造内閣では民間から防衛大臣を起用したことが話題だが、いっそのこと秋元氏を景気回復大臣にでも任命すれば面白かったのでは。もしも維新の会が政権を取ったら、橋下内閣に起用されるかも…。(U)


6月6日(水)

●子供のころ、地元であったプロ野球に親が連れて行ってくれた。試合は昼からなのに、朝食が終わるとすぐに出掛けようとする。理由は「練習も面白いから」▼長い時間キャッチボールをする選手。バックネット前でトスバッティング…グラウンドの隅々で見られた動きは、いつも自分たちが適当にしていることだった。プロは基本を入念にすることを思い知った▼函館で5月、日本ハム戦が開かれた。帽子を脱ぎ一礼してグラウンドに入る選手、塁に出ると1球1球、風や外野の守備位置を確認する選手。トップレベルの試合は見るところが盛りだくさんだ▼札幌と同様の応援スタイル、球団のマスコットがスタンドでファンと交流、子供たちがグラウンドでダンスをするなど、地方開催でも本場並みの楽しみ方ができるようになっている。おかげで2年連続で観客が1試合2万人を超えているようだ▼同じ球場で日本女子ソフトボールリーグが開かれた。とにかくベンチの元気がいい。どんなスポーツでも通じるところがあり、子供たちにとって勉強となるはずだが、運動会と重なったためか、観客が少なかったのは残念▼ある地方で同リーグが行われたとき、投手のボール速度を測定し、大きなボードに書いて観客に見てもらっていると聞いた。試合前日の練習を公開したり、工夫をすれば集客につながると思う。次回の開催は満員盛況を期待したい。(R)


6月5日(火)

●小5の孫娘の運動会に行ってきた。姉(中3)の立派なボディーの友達3人が応援にきていたが、食べるわ、食べるわ。「太るぞ」と言ったら、「私はトマトダイエット」「私はモヤシダイエットしている」という話に驚嘆▼卵と並んでモヤシは物価の優等生だろう。スーパーなどで1袋30〜40円で売っているが、集客用に9円のところも。安いとあって、重宝がられ、野菜高騰の際はモヤシ料理が続いたこともあった。モヤシは「萌し、生し」からきており、ビタミンやミネラル、植物繊維などが豊富▼太陽が上にあると信じ、早く光の当たる地上に出ようと、懸命に茎を細く伸ばして生きようとするけなげな姿。95%が水分で、モヤシになると新たな栄養分がたくさん生成されるヘルシー食品。細身の子を「モヤシっ子」と呼んだ…▼モヤシダイエットの子は「トマトは高いからモヤシにしなさい」と、側にいるのにケータイで話している。逆に痩(や)せているのに痩せ願望の「モヤシっ子」が減らないためか、モデルに痩せすぎの子を使わないと宣言したファッション誌も▼発芽という「萌し、生し」から栄養素を生み出すメカニズムは神秘的。子どもの成長も一緒。食欲を少し抑えてのダイエットなら歓迎だが、無差別に食べ続けるとモヤシから突き放されるぞ。「モヤシっ子」のような孫娘は太陽を見上げて、懸命に走って一等賞を手にした。(M)


6月4日(月)

●「ガーデニング」がブームと言われて久しい。その語彙からも、かつての庭づくりから一皮むけた印象を受けるが、実際にガーデンの名にふさわしい庭が増えている。そして近年は…事業としても脚光を浴び、今や新たな観光資源▼ガーデニングは奥が深い。個人的な実感でもあるが、とはいえ感動と安らぎを与えてくれる。「うちでも」と取り組みをうながす背景があるわけだが、北海道の先駆けとしてまず頭に浮かぶのが恵庭市の恵み野。今もオープンガーデンを続けている▼一方、事業サイドに目を向けると、販売重視から「見せる」を売りにするガーデンが台頭している。代表格はテレビドラマの舞台となった富良野の「風のガーデン」であり、旭川の「上野ファーム」。そしての広大なスケール「十勝千年の森」(清水町)▼さらに十勝の4ガーデンを加え、旭川と富良野、帯広を結ぶ200キロは、北海道ガーデン街道として知名度を上げている。それぞれ個性があって見応え十分。その一つ、十勝千年の森で、2日(10月8日まで)北海道ガーデンショーが開幕した▼遠くに日高山脈、周囲には豊かな自然の森、芝生の緑もまばゆい。そこに…国内外の有名ガーデナーによる作品が並んで、さながらガーデンアートの世界。一足早く感動を味わってきた。これからがいい季節。ガーデンショーを核に街道を訪ねる旅は、検討に値する。(A)


6月3日(日)

●一度は「白紙」に戻された函館市の医学部誘致構想が、再び動き出した。公立はこだて未来大学への設置を模索した西尾正範前市長に対し、工藤寿樹市長は同志社大学に打診し、実現の可能性や課題を整理している▼最大の違いは、市の財政負担だろう。未来大に設置した場合、函館市が開学までに約100億円、開学後も年間数十億円を負担する試算があった。しかし、私立大学が設置するのであれば、未来大よりも財政負担ははるかに少なくて済む▼財政難でも地域の未来を開く投資であれば、前に出る積極性は必要だ。北海道新幹線開業に対応したまちづくりや観光振興は、函館の生死を分ける。国際海峡に立地した優位性を生かした海洋都市構想も、地域再生の一手となり得る▼大きな利益が見込めるならば、医学部誘致も必要な投資だ。医学部に必要な付属病院も、市立函館病院や民間の大病院との連携が考えられる。大学は違えど、未来大の情報通信技術も貢献できるかもしれない。函館は産学官や大学連携が進んでいる▼さて、医学部の新設は可能か。民主党は医学部の定員を1・5倍にする方針を打ち出している。ただ、医師の数を増やすだけで医療問題は解決できるのか。医療施設不足、増え続ける医療費、医師の質の低下への懸念…。医療問題という「病」にはまず、対症療法より原因療法を考えるころにさしかかっている気もする。(P)


6月2日(土)

●ゴジラが打った—。米大リーグのレイズでメジャー再昇格を果たした松井秀喜選手が5月30日、復帰初試合でいきなり2ラン本塁打を放った。今季開幕時には所属先が決まらず、マイナーからの出発だった。37歳という年齢はプロスポーツ選手としては“高齢”だが、見事な再出発弾で意地をみせた▼サッカー界ではJ2横浜FCの「カズ」こと三浦知良選手が同27日、45歳3カ月1日というJリーグ最年長ゴールを決めた。Jリーグ創設の時からのスター選手。ワールドカップ日本代表落選という試練を超えてなお現役にこだわる姿は、中高年に勇気を与える▼先日函館にやって来たコンサドーレ札幌の「ゴン」中山雅史選手も44歳。歴戦のけががなかなか癒えないが、レギュラー入りを目指して頑張っている。明るい性格はファンに愛され、ゲームに出ていなくてもチームの顔という役割をきっちり果たしているプロだ。彼のゴールをもう一度見たい▼かく言う筆者は30代中盤からアイスホッケーを始め、昨季10試合ほどに出場した。社会人の下部リーグなので「氷上の格闘技」と言われる激しさはないが、それでも1試合出場すると、3日は体のあちこちが痛み、調子が悪い▼アマチュアでさえ大変なのだから、40歳を過ぎてプロで現役を続けるための努力や節制は想像を超えるすごさだろう。常人には真似のできることではない。だからこそ応援したくなる。(T)


6月1日(金)

●♪女は薔薇を胸に刻む人を忘れられない 薔薇が色あせるように恋もいつか〜 哀愁たっぷりの57年前の米映画「薔薇の刺青」の主題歌。ロザリオの胸に彫った真紅のバラの入れ墨にあこがれ、真似したものだ▼市職員が市民の前で見せる入れ墨は似合わない。大阪市の男性職員が児童福祉施設で子供に入れ墨を見せて、暴言を吐いたという。橋下市長は「市職員としてはだめだ。どうしてもやりたいなら、公務員を辞めて…」とカンカン▼そこで3万超の職員を対象に入れ墨の調査をしたところ、110人が入れ墨を彫っていたという。市民の目に触れない職場に配置したり、消去を指導。かつては入れ墨は暴力団などアウトローのシンボル。最近はファッション感覚で彫る若者も▼腕や首、うなじに入れ墨を彫っている大リーグの選手もいる。片肌脱いで桜吹雪を見せた遠山の金さんはどうなのだろうか。就職活動の妨げになると急ぎ消去した学生も。大阪の入れ墨調査は「人権的にもやりすぎ」の声もあるが…▼函館でも公立高校の職員が手の甲に入れ墨をしていることが発覚。市教委は「生徒の目に入る場所に彫ったのは不適切」と消去を指導した。親からもらった身体に入れ墨やリストカットで傷つけるのは親不孝。「いつか色あせる」ものだ。どうしても入れ墨したいのなら、他人に迷惑をかけないように自己責任で彫るべきだ。(M)