平成15年4月


4月30日(水)

●首都圏の私鉄8社の駅、高速道路のサービス、パーキングエリアが完全禁煙になる。いずれも5月から。これまでホームなどの一部に喫煙場所が設けられてきたが、「迷惑を受ける人が出る場所では一切認めない」。そんなメッセージが伝わってくる▼この欄でも何度か触れられたが、わが国では非喫煙者が譲歩する時代が長かった。「まともに煙を吸わされる狭い空間ぐらいは制限を」。そう求める声が広がり始めてせいぜい20年。取り組みは乗り物から始まり、徐々に隔離対策が市民権を得ていく流れに…▼その後はご存知のごとくで、この10年余りで隔世の感がある。航空機の国内路線はもとより鉄道もほとんどが禁煙車両で、喫煙場所の限定は当たり前。自販機の撤去を求めた町もあるし、東京の一部地区では罰則もある歩行禁煙に。受動喫煙と健康の関係が厳しく指摘される故▼たばこの害はよく言われるが、影響を受けるのは喫煙する人ばかりでない。煙には喫煙者が吸い込むのは主流煙と火がついた状態の副流煙、それに吐き出された煙があるそうだが、そばにいるだけで副流煙と吐き出された煙を吸わされる。放ってはおけない▼規制する法律が5月に施行される。「健康増進法」と言うが、「不特定多数の人が出入りする施設の管理者は、受動喫煙の防止に努めよ」と求めている。首都圏の私鉄の駅施設や高速道路での完全禁煙も、この法を強く意識した措置。他へ広がっていくのは時間の問題と容易に予想される。(H)


4月29日(火)

●「春雨に争ひかねてわが屋前(やど)のさくらの花は咲き初めにけり」(万葉集)。今月中旬、40数年ぶりに吉野山と高野山の桜を見てきた。登山道沿いに咲いていたはずのササユリがすっかり姿を消していた。函館山の植物の盗掘のように、根こそぎ採られているという▼吉野山は桜の発祥の地。約1300年前の天智天皇の時代、桜の木に金剛蔵王権現を刻んで本尊にしたのが始まり。下千本、中千本、上千本、奥千本というが、実際は10万本。千年杉に寄りかかるように咲く桜、女人にも開かれた道場・室生寺の五重搭に映える桜…心が洗われる▼京都嵐山の桜は鎌倉時代に後嵯峨上皇が亀山離宮を造成した時、吉野のヤマザクラを移植させた。ご存知、松前・光善寺の血脈(けちみゃく)桜は約280年前、城下の柳本父娘が吉野山を訪れた時、美しい尼さんからもらったもの。上野の桜も江戸時代に品種改良された▼桜の名所100選の五稜郭公園の桜は90年前に当時の函館毎日新聞が発行1万号を記念して5000本を植えたのが始まり。四稜郭、柏木町の桜が丘通り、港が丘通り、元町配水場、的場中の校庭やカトリック教会の「みどりの桜」…身近な桜にも歴史が秘められている▼出発の人には華やかに、失意の人には寂しげに、桜は死生観の代名詞。しかし、桃山時代から定着した「お花見」が最も親しまれているようだ。桜の下でご馳走を食べ、杯を重ね、歌会(今はカラオケか)や舞を踊る。景気回復を願って「花見とは花の下より鼻の下」といこう…。(M)


4月28日(月)

●統一地方選挙後半の市町村長、市町村議選挙が終わった。渡島・桧山管内で改選されたのは8市町長、18市町村議。無投票だったところ、激しい選挙だったところさまざまだが、再選された人、新しく選ばれた人を問わず、住民から託されたのは将来への誤りなきまちづくり▼市町村は“難しい時代”に直面している。いい時代を過ごしたつけとも言えるが、反動として表れた財政の窮状は抜き差しならぬ事態。押しなべて四苦八苦。思い切った行財政改革なくして立ち行かない実情を抱え、市町村合併が現実の課題として提起されている▼加えて…。渡島・桧山を見渡してもそうだが、各市町村がそれぞれの課題を抱えている。農漁業対策などの産業分野をはじめ教育、福祉の充実、高齢化時代の諸策…。細かく数え上げればきりがないほど。それだけに市町村長、議員が果たすべき役割、責務は大きい▼こういう時代だから行政に奇策があるわけでない。住民はよく知っているが、行政に期待を抱いて当然。それは時代にどう対処していくかの道筋を示してほしいという願いであり、求められているのは発想の転換と強力なリーダーシップ。「改革」「活性化」「発展」「再生」…▼選挙戦を通し、多くの候補者がこれらの言葉を多用した。その裏には「今のままでは…」の思いが覗く。当然。住民が願い、託す気持ちもそこにあるのだから。「今後の4年は、10年にも匹敵するほどの重みを持つ」。言わんとしている意味は難しくない。是非とも4年間、忘れずに…。(N)


4月27日(日)

●生産調整に関心なし。農水省が行ったアンケート調査で、調整廃止の議論を意に介していなかった生産者の多いことが分かった。率にして6割近く…。揺れ動いた国の政策に愛想をつかした生産者がこれだけいる、という見方も出来る▼戦後のわが国農業の課題は増産。とりわけ主食の米の自給率向上だった。そのために基盤整備、栽培技術、品種の改良に力が注がれ、各方面の努力が実って徐々に生産性が上がった。だが、皮肉なことに、時期をほぼ同じくしてパン食が広がり、米の消費が落ち込み始めることに▼余剰を抱える事態、このままでは食管会計が持たない。作付けを制限する米の減反政策はこうして始まった。30年ほど前のことだった。「作らせてほしい」。各地で吹き荒れた反対運動が記憶に新しいが、悲痛な叫びの中で、その割り当ては北海道により多く向けられ、道南も大変だった▼結果的に生産調整された水田は、全国の4割に当たる100万ヘクタール。この間も消費は伸びず、逆に冷害を克服、品質や食味に優れる米が量的にも多く穫れるように。過剰傾向は今日まで続いている。米政策は完全に行き詰まり、農水省は昨年、政策の転換を打ち出した▼「農政」は「ノー政」と揶揄されて仕方ないが、この事態にも生産者の反応は冷ややかだった。「もう国の言いなりにはならない」という意思表示。4割の人が「議論されていたことすら知らない」、2割の人が「議論は知っていたが、関心がない」と…。そこに生産者の凝縮された思いが読み取れる。(A)


4月26日(土)

●目が痒く、鼻水がとまらず、夜は鼻粘膜が膨張し苦しくて眠れない、イライラして意識も集中できず、マスクを2枚重ねている…。新緑の候は花粉症の時季でもある。今、マスクをしているのは新型肺炎の海外から帰国した人か、花粉症に悩んでいる人▼北海道の花粉症はスギ系とシラカバ系が半々。岩見沢の医師、西沢伸志氏は「シラカバ花粉の飛散日はサクラ開花予想日の約5日前」とする予測方法を提唱しているが、道南の場合、函館山などのスギ花粉は大型連休まで飛散し、シラカバ花粉は大型連休から5月いっぱい飛散する▼今年は全国的に観測開始以来3番目の大量飛散が予想され、渡島保健所でも、一昨年、昨年に比べて多い方という。何とか子孫を残そうと花粉をバラまく植物はスギやシラカバ、ハンノキ、イネ科など約60種。富山県では花粉が飛ばない「無花粉スギ」を開発した▼開花試験中に雄花から花粉を出さないスギを発見、雌花の機能も正常だったが、雄花の花粉が膨れて崩壊し飛散しないことを突き止めた。挿し木による増殖を検討しているが、無花粉スギの朗報が全国に普及するのはまだまだ先のこと。当分「花粉からの逃避行」はできない▼花粉症は日本人10人に1人の国民病。若者に多く、20代前半の9割近くが花粉症を含めアレルギー疾患になりやすい体質だという。最近は果物を食べると口の中がかゆくなったり、はれたりする症状もある。花粉との接触が多いほど発症する。飛散の多い日は外出を控えて「つらい春」を乗り切ろう。(M)


4月25日(金)

●首都圏でペット可のマンションが増えているという。かつては嫌う人がいる、汚れるなどの理由で犬、猫をなどのペットはご法度のマンションがほとんど…。実際に貸す方が主導権を握っていて、借りる方が「仕方ない」と諦めの構図だった▼ところが、近年のペットブームに加え、マンションは供給過剰現象。立場はすっかり代わった。民間の不動産経済研究所が行った調査結果がそれを表している。ペット可の流れが出始めたのは1995年ごろといい、当時の建設省の規約改正も後押しする格好で徐々に▼それでも1998年はようやっと1%。それがわずか5年足らずの間に…。同研究所によると、昨年、首都圏で新築されたマンションのうち、ペット用の足洗い場や汚物の処理などが備えられた数は約3万戸。全体の34・6%、3戸に1戸を数えている▼それにしても、ペット全盛時代…。独身者の間でも急激に増えている。日経産業消費研究所などが首都圏・関西圏に住む35歳以下のOLを対象に行った調査によると、犬と猫が75%を占めるが、ペットを飼っている人は32%。未婚者の方が既婚者(25%)より多く35%という▼「ペットは心を和ませる家族」。改めてそんなキャッチフレーズが聞こえてきそうだが、これだけ飼われている背景に見え隠れするのは、今の時代の閉塞感。そのキーワードとなる言葉は「癒し」。ペットが何とも大きな役割を担っていることを教えられる。(H)


4月24日(木)

●「函館線で事故」。新聞を広げていて、こんな見出しがあると、一瞬、その記事に目がいく。だが、読んでいくと、現場は旭川の方だったりすることが。つい先日もあった。特急がシカと衝突した事故だったが、事故概要の見出しのそでに「JR函館線」と▼間違っているわけでない。函館線(函館本線)は倶知安、小樽を経由して函館と旭川を結ぶ全長458キロを総称する。1905年というから100年ほど前に開通した北海道の鉄道史を代表する路線。実際に函館と札幌間の大動脈だった時代がかなり続いた▼ところが、今のこの区間を結ぶ特急は千歳線・室蘭線経由。3年前、有珠山が噴火した際にしばらく迂回経路として光を浴びたが、むしろ函館線の名は小樽―旭川で聞くことが多い。「親しまれる」という視点に立つと、求められるのは親近感▼函館と札幌の間を走っている現特急の路線を函館線と呼ぶ方がしっくりくる。逆に札幌以北の地域で函館線と言われて、身近にあるという実感はどうだろうか。難しい問題があるのかもしれないが、道央線や札幌旭川線の方がピンと来るに違いない▼確かに単なる路線名。「北斗」なら函館―札幌、「おおぞら」なら札幌―釧路というように、今の時代、列車の愛称が果たす役割の方が大きいのは事実。だから、そこまで路線名にこだわる必要はない、と言われれば引っ込めざるを得ないが、100年を迎えることだし、検討するだけでも…。そんな思いがするのだが。(A)


4月23日(水)

●“サラ川”で通用するようになった第一生命の「サラリーマン川柳」。これに誘発されてOL川柳とか、様々なコンクールが登場しているが、そこは元祖。応募数も圧倒的ならば、作品の最終投票にも13万人が参加するなど人気が高い▼2月に選ばれた百選から投票を経て、ついに先日、ベスト10が発表された。そのトップに輝いた作品は「タバコより 体に悪い 妻のグチ」。毎日、毎日たまらないな、という切ない思いが凝縮されているが、多数の票を得たということは共感する人が多かったことの表れか▼裏を返すと、この作品も愚痴なのだが、家庭内での自分の心情を表現した作品はさらに。6位に入った「いやし系 うちにいるのは いあつ系」、9位の「本物の ビール買ったら 妻激怒」などがある。もう一方で多いのが仕事に関する悲哀。昨今の経済情勢もあって実感がにじむ▼「やめてやる 三億当たれば 言ってやる!」(2位)「ついに来た 俺も週休 七日制」(3位)「年収は ゴジラ松井の 一打席」(7位)「上司ども パソコン見ないで 現場見ろ!」(8位)。リストラにさらされ、給与は上がらない、上司は上司で…。そんな思いがうかがい知れる▼毎年思うのだが、共感を覚える作品が何と多いことか。ファンが多いのも溜飲を下げた思いを抱かせてくれるから。それにしても…。「元気はつらつ」といったサラリーマン像が上位を占める時代はいつになったら来るのだろうか。“サラ川”はそうも問いかけている。(H)


4月22日(火)

●除福が秦の始皇帝の命令を受けて、熊野の蓬莱山で求めた不老長寿の仙薬「天台烏薬」を見たくて、関西空港に降りた時、国際線のロビーはマスクをつけた乗客が目立った。もちろん、中国などで猛威を振るっている「新型肺炎SARS」の感染から身を守るため▼「広東省で昨年以降、原因不明の感染症が流行し、これまで少なくとも305人が発病、5人が死亡した。急性肺炎のような…」―。第一報が掲載されたのは昨年11月。症状の進行が速いのが特徴で、香港紙が「炭素菌による症状と似ている」などと報じたことが混乱に拍車をかけた▼高熱、頭痛、喉の炎症などインフルエンザに似ているが、標準的な抗生物質は効かない。病原体は旅行者によって香港、台湾、シンガポール、インドネシアなど東南アジアのほか、カナダにも広まった。WHOによると、3500人以上が感染、200人以上が死亡している▼天台烏薬は皮肉にも中国が原産。クスノキ科の常緑低木で、古くから強壮、収斂剤、駆風剤として処方され、現在でも健胃、神経痛、腎臓炎、中風などに効果があり、活性酸素の強力な消去作用が実証されている。熊野の自生も激減し、新宮市で栽培されているだけ▼不老長寿の根源になるというから、新型肝炎にも効くのではないか。風邪や腸炎を引き起こす新種のコロナウイルスとみられるが、はっきりしない。旅行者の体温を測るハイテク装置を導入した空港も。市立函館保健所も関係団体に対策を説明。新しい疫病が日本に上陸しないよう祈るだけ。(M)


4月21日(月)

●「健康で快適な生活…」。高齢化時代に入って、さらに大きな響きを持つ言葉になっている。この“財産”を得る為の鍵は日常的な注意であり、節制など個人の努力だが、それを地域としてどう誘導し、どう広げていくか、行政にも課題として提起されている▼そこには医療費の問題もあるが、背景はむしろ健康・医療に対する考え方の転換。これまでは疾病予防、健診などが柱だった。それを今後は食生活、生活習慣、運動の勧めに力点を移すということ。病気かどうかを早めに発見する、から、発想を一歩進めている▼その誘導策として国が求めているのが健康プラン作り。道南地域でも取り組みが進んでいる。中でも注目されているのが、町民が時間をかけて議論をし、自前で健康目標を考えた砂原町と七飯町。「自らの問題とした」という点でその意義は大きい▼掲げた目標も興味深い。今年度から実施に移した七飯町では…。「健康教育を受ける人の割合」を2倍の2000人に、「緑黄色野菜を毎日摂取する人の割合」を30%レベルから60%に、「運動習慣のある人の割合」を男性60%、女性55%に、といった具合▼確かに、どんな計画、目標を立てようとも、大事なのは達成に向けた取り組み。「最初は盛り上がるも、時間が経つにしたがって」という事例は枚挙に暇がない。あせらず、息長く…。「10年後のあなたが、家庭が、地域がより健康であるために…」。砂原町の啓蒙パンフもこう語りかけている。(A)


4月20日(日)

●「もうないか、いやまだある国会議員の金疑惑」。そんな思いを抱かせた保守新党の松浪健四郎衆院議員。暴力団関係者が経営する会社に秘書給与を肩代わりしてもらっていたというのだから呆れる。政治家失格と言われても仕方ない▼政治と金の問題が指摘されて久しい。にもかかわらず、政治資金や秘書給与に関する疑惑が毎年のように表面化する。つい最近も自民党の坂井隆憲衆院議員が逮捕され、大島理森農水相が大臣を辞任したばかり。これでは「後を絶たない」というより「潜在的にまだまだある」と思われても仕方ない▼その度に国民の政治家不信が増幅され、政党不信、政治不信に。「政治家は出処進退をきれいに」と言われる。この言葉が求めているのは潔い態度。確かに松浪議員は報じられた事実関係を認めた。謝った。修正報告もしている。だが、政治家としてそれで潔しなのだろうか▼表面化して1週間になろうとしているが、所属政党は翌日、「反省しているから厳重注意」としたものの、うねる批判の前に右往左往。事の重大さに対する認識が欠如していると糾弾されても仕方がない。他の与党の及び腰にも言葉を失ってしまう▼もし、表面化したのが国政選挙を直前に控えた時期だったら…。「選挙にマイナス」とばかり速やかに違う対応をしたはずである。そう言われても反論は出来まい。過去がそう語っているし、何よりも国民の目にはそこまで見えている。(H)


4月19日(土)

●「無党派」。今回の統一地方選挙でもよく耳にした。本来は有権者サイドで使われる言葉だが、最近は候補者がことさら標榜する傾向に。道知事選や再選挙となった札幌市長選挙もそうだったが、よしとしないのは、その多くが選挙戦術として使われていること▼「無党派」という言葉が登場したのは、今から10年ほど前。それ以前の「浮動票」に代わった表現とも言えるが、敢えて定義するなら「非組織票で、選挙の都度、投票行動が変わる層」とでもなろうか。生まれた背景は、既成政党に対する不信…▼それが政党離れを誘引し、支持政党なし=「無党派」という現実が加速されることに。各種の世論調査に共通するが、50%を超える現実が続いている。その結果、候補者にとって、この層をターゲットにした戦術は重要なポイント▼加えて近年の知事選では、政党に所属していない、政党の応援も受けない候補が当選する流れが起きている。瀬に腹は換えられない、せめて選挙戦では政党としがらみがないように装っておきたい。標榜する候補者が増える理由はそこにあるが、それは「政党隠し」でしかない▼それを象徴したのがある政党が使った“最大のサポーター”という表現。確かに地方自治のトップが政党のしがらみの中に置かれ、国政と連動して考える時代は既に過去。そこに「無党派」が脚光を浴びる鍵があるが、だからと言って、我も我も、とは…。「無党派」と「政党隠し」はおのずと違う。(A)


4月18日(金)

●北朝鮮による拉致被害者5人が帰国して半年が過ぎた。とはいえ、ただただ時間が過ぎるばかりで、事態は一向に進展する気配がない。家族との接点を切られたままの5人。その気持ちは察するに余りあるが、肝心の外務省の姿勢は、というと、あまりに頼りない▼わが国の外交が弱腰と言われて久しい。この拉致問題を北朝鮮に認めさせるまでにかかった時間も、それを象徴している。与野党幹部が何人も訪れていながら、膨大な量の食料支援などをしながら…。もっと早ければ、元気に帰国できた人がさらにいたはずである▼今となっては、せめて5人が残してきた家族の帰国を、と望むが、この半年をみていると、家族会が怒るのは当然。15日の面会でも外務省の答えは、相手の出方うかがいの域を出ずじまい。経済制裁の良し悪しはともかく、ただ「話し合いの兆しがあるから」では…▼解決は何時になることやら。世論に訴えるしかない。家族会、救う会はたまらず行動を起こした。「待てないよ」。曽我ひとみさんが記者会見で読み上げた文面は、そう問いかけている。このままでは5人の気持ちは、期待から失望へと変わっていきかねない▼「私の二つの家族…この二つの家族をばらばらにしたのは誰ですか? そしてばらばらになった家族を又一緒にしてくれるのはだれですか? そしてそれはいつですか?」。外交の難しさは分かるが、国はこの思いにどう応えようとしているのか。「最善を尽くす」という言葉だけが虚しく響いてくる。(Y)


4月17日(木)

●美しい巴の港に映える貨客船と言えば、メモリアル記念館として余生を送っている旧青函連絡船の「摩周丸」。経営的な問題からここ数年、厳しい局面にさらされたが、さび付いた船体のお色直し、展示替えを終え、19日からは蘇った姿で再び市民や観光客を迎える▼北海道の、函館の発展に大きな功績を残した青函連絡船が、80年にわたる役割を終えたのは1988(昭和63)年のこと。函館、青森両市がその歴史と面影を後世に伝えるべく、函館は「摩周丸」を、青森は「八甲田丸」を係留して15年になる▼だが、この間に社会教育施設、観光施設としての位置づけは色あせ、入館者が減って運営維持が大変に。函館では様々な議論があった中で、市が買い取って存続させる道を模索。函館山と港が見渡せる場所にサロンを設けるなど改装し、リニューアルオープンを迎えようとしている▼その矢先に…。青森から残念な情報が飛び込んできた。「八甲田丸」を展示公開してきた第三セクター(県、市など出資)が、裁判所に自己破産を申請したという。幸い、委託を受けた財団(みちのく北方漁船博物館)が対応しているが、同じ悩み…。他人事とは思えない▼“歴史の生き証人”であり、掛け替えのない財産とはいえ、維持経費はかかる、収入の道は限られる、こうした施設の運営は確かに難しい。だからと言って、今、函館港から「摩周丸」が姿を消したとしたら…。「八甲田丸」が気にかかる。(H)


4月16日(水)

●函館・道南もすっかり春めいてきた。日中の気温が10度を超えるほどになり、風の冷たさも爽やかに感じるほど。今まさに体で“春本番”を感じる季節だが、それは自然界も一緒。桜前線の北上が象徴的でもあるが、正直に、刻々と春を知らせてくれる▼函館山では草花が花を咲かせ始め、大沼ではミズバショウなどが訪れる人の目を楽しませている。公園や街路の木々が淡い緑の葉をつけ、各家庭の花壇が花で彩られるのも間もなく。衣替えもほとんど済んで、すべてが新鮮に映るが、同時に目立つのが自転車▼近年は健康づくりとしても注目されているが、自転車は老若男女を問わず貴重な交通手段。東京など公共交通機関が充実している大都会は別にして、函館も含めて地方都市などでは通勤、通学などで欠かせない庶民の足。放置や盗難が社会問題になっているが、もう一つ気になることが…▼それは公道を走る時のルール。危険と隣り合わせだけに強く言われるのだが、合格点にはほど遠いと…。特に中学生や高校生などの若い人たち。ルールを守ることは自分を守ることなのだが、スピードを出して、曲がる時も停止することなく、といった光景は珍しくない▼確かに自転車は交通弱者だが、現実問題として、いかなる状況でも車が避けてくれるとは限らない。実際にヒヤッとした経験を持つ人もいるはず。「自分は大丈夫」は単なる独りよがり。事故に遭ってからでは遅い。そのために守るべきルールがあることを忘れずに。(A)


4月15日(火)

●関係者の間でかなりの議論があったようだが、きょう開かれる実行委で、函館塩ラーメンサミットの今年の開催が決まる。イベントは表の華やかさの一方で、手続き、準備、本番、そして後片付け等々、裏方の苦労は大変。その中で大事なのは継続すること▼「自分の仕事を投げ打って…」。よく聞く言葉だが、実際にその通り。例え、評判が良かったにしても、全市的な取り組みに広がりを望めず、業界団体や有志で、となると厳しい。このサミットもその例外でないが、函館のために続けてほしい一つ▼函館では毎年、かなりの数のイベントが繰り広げられる。だが、特色があって全国に発信できるものとなると限られる。クリスマス・ファンタジー、野外劇、イルミナシオン映画祭などがあるが、塩ラーメンサミットもその期待を抱かせる▼今まさに全国的なラーメンブーム。紛れもなく「函館」を売るチャンスであり、鍵を握るのは地域の認識。それは幅広く支援の輪が広がるか否かに表れるが、このサミットは、それだけの価値があるということ。目新しさがあったとはいえ、昨年は約3万7000人が訪れている▼計画によると、9月ごろ、大門グリーンプラザを会場に、地元5店、招待3店程度での開催に。会場からシーポートプラザが抜け、規模が縮小された印象を受けるのは残念だが、継続のための苦渋の選択だったと聞く。続けることで、必ずや復活の時がくるはず…。難しい問題があるのを承知しながらも、そう願っている。(A)


4月14日(月)

●道民は高橋はるみ氏を新しい知事に選んだ。道南としては、情熱を持って挑んだ鉢呂吉雄氏の善戦に拍手を送りたいが、投票結果は道民の厳粛な意思表示。堀達也知事を引き継いで21世紀滑り出しの道政の舵取りを託したということである▼地方自治は今、厳しい局面に立たされている。高齢化時代に入った中で抱える厳しい財政事情、市町村の合併問題…。低迷した経済情勢の中で産業、教育、福祉など課題は山積、さらに北海道は自立、自律が求められている▼それだけに重要な選挙だったし、現実に新しい流れを予感させた選挙でもあった。法定得票数を確保できる候補が出ないのでは、という見方まで流れたが、戦後最も多い9人が立候補したことや脱政党の兆しが、それを物語っている▼だが、道民の反応を占うバロメーターである投票率は…。全道的にはともかく、函館市は今回もワーストランクの烙印を返上できずじまい。道議選(定数6)で10人がしのぎを削ったにもかかわらず、知事選で57・33%、道議選57・27%。せめて、と望まれる60%ラインにもほど遠かった▼ともあれ、今後4年間の道政を動かす知事、議員の顔ぶれが決まった。高橋氏をはじめ道議の当選者に望むのは、道民が託した思いを肝に銘じ、道政に当たってほしいということ。道民には監視する責務が残る。道政への参加は、この選挙でしばらく休み、というわけではないのだから。(N)


4月13日(日)

●フセイン体制が崩壊した。「イラクの自由」作戦と名づけられた米英軍による戦闘は、リアルタイムで世界中に実況中継された。前日まで「神の力で勝つ。魂も血も捧げる」と言っていた民衆は、倒されたフセインの銅像を踏みつけ、スリッパで叩きつけた▼恐怖政治の象徴である銅像や肖像画の頭や顔をスリッパで叩きつけるのは、イラクでは最大級の侮蔑を意味するという。「政府のものは国民のもの」とバグダッドやバスラなどで、政府機関や要人の所有物が白昼堂々と奪われ、消防車までとられている。やまない戦闘、火災、略奪…▼米国務総省によると、米軍の死者は102人、不明者11人、捕虜7人(イラク側の数字は発表なし)。多数が亡くなっている中で、「自殺も神の意思であれば許される」と自爆テロを正当化するジハード。でも、やめてほしい▼もう一つは「人間の盾」。自分の命を懸けて自分が正しいと思ったことを貫く。それが正しいことか否か、難しいところだが、大切なのは自分の命。バグダッドの浄水場や発電所に配置されている日本人12人は無事のようだが、そばにはイラク人の多数の遺体があるという▼早く帰国してほしい。戦争がどんな形で終結するのか分からないが、イラク復興会議は日本で開催してほしい。アフガン復興の時、東京会議で戦後処理の話し合いを円滑に進めた実績がある。戦争しない平和憲法を持つ日本は「戦後の快適な国づくりは任せろ」と胸を張る時だ。(M)


4月12日(土)

●21世紀最初の統一地方選挙。その第一弾の道知事・道議選挙は、きょうが運動最終日。あす朝からの投票を経て、深夜から翌未明にかけて当落が判明する。言わずもがなだが、審判を下すのは他ならぬ道民。その結果は、棄権する人が少なければ少ないほど重みを増す▼道知事選は告示前3カ月ほどの間に急展開、1947年の6人を大きく上回る9人が立候補した。選択肢が広がった、という見方の一方で、今一つ争点が伝わってこない、といった声も。また、政党が表に立った前回までとは打って変わっての脱政党選挙▼道議選に目を向けると、函館市区は定数6に10人がしのぎを削り、渡島支庁区、桧山支庁区も激戦が展開されている。意中の候補は決まっただろうか…。投票日を控えて忘れてならないのは、1票を投じることが地域づくりに参加する第一歩であるという思い▼残念ながら…。各級選挙押しなべてそうだが、指摘されるのは函館市の低い投票率。「定かな理由はない」。誰もが首をひねり、函館の七不思議の一つとまで言う人がいるが、前回も道知事選で57・08%、道議選で57・05%。いずれも札幌市をも下回っている▼地方自治は今、戦後最大の岐路に差し掛かっている。厳しい財政事情の中での産業、教育、福祉、環境対策などに加え、北海道は「自立」「自律」を求められている。知事、道議は将来への道筋をつける舵取り役。誰に託すか、求められているのは意思表示をすること。その機会があすやってくる。(A)


4月11日(金)

●函館地域には歴史上、大きな貢献をした人物が多い。当別トラピスト修道院の初代院長、プーリエ(帰化後は岡田普理衛)もその一人。日本にやってきたのは1897(明治30)年。プーリエはフランスのノルマンジー生まれの修道士。函館の司教の招きで上磯町の丸山山麓に入り、8人の修道士たちとともに開墾を始めた▼1901(明治34)年、オランダから種牛1頭と乳牛4頭を購入。頭数を増やし、堆肥によって地力をあげて牧草地を拡大して野菜や果樹を栽培するなど自給自足体制を確立、バターの製造を始めた。しかし、1914(大正3)年には第一次大戦でフランスが戦場に…▼母国からの送金は途絶え、さらに世界的な貨幣価値の変動などで修道院の生活は窮迫する。もちろん日本政府や道庁などからの援助もない。私物を売って生活費に充てるしかなかったが、それも底をつき、遂に長年かけて蒐集した化石や鉱石、土俗品など1000点だけとなった▼それを伝え聞いた医師の斉藤与一郎氏(後の函館市長)がとった行動も賞賛に値する。自分の預金通帳を提供して急場をしのがせ、その間に一般からの寄付を集めて援助したという。そのあたりは斉藤与一郎「非魚放談」(幻洋社)に記されている▼道南に酪農技術が培われた背景にあったこととして覚えておきたい話。そのプーリエは50年間、母国に帰えることなく、1947(昭和22)年、88歳で生涯を閉じたが、その揺るぎない宗教家としての生き方、そして支えた人々…。いずれの行動にも胸を打つものがある。(T)


4月10日(木)

●「老後が不安」。大なり小なり誰もに共通した思い。自分に照らしてみると分かりいいが、総務省が行った個人年金に関する調査からも、はっきりと読み取れる。時代が時代、デフレ現象をどう受け止めるかにもよるが、悠々自適はごく一部…▼確かにそうだ。子どもが巣立っていよいよ老後の貯金を、と思ったら、この不況。計算通りにならないばかりか、退職金も目減りがちに。その上、医療費負担は増え、頼りの年金も受給年齢の引き上げなどときては「何とかなるさ」と声を大にしたところで、響きは弱い▼せめて定年の延長を、と望んでも、応じる企業はそうそうない。若年でなく、正規の年金受給年齢までをどうするか。かつての時代に比べ、一つ課題を抱えることに。老後というには若い年齢だが、それを含めて老後の課題。不安を持つ人が増える傾向というのも頷ける▼人並み外れた豊かな生活を望むわけではないが、それでも老後、四苦八苦しないで済む1カ月の生活費となると27万円だそう。そういう調査結果があるということで、個人差もあるが、確かにそのぐらいは…。「蓄えがないと大変」。実感としてそう思えてくる▼総務省の調査結果によると、はっきり「老後の生活に不安を持っている」と答えた人は39・3%。それに「どちらかというと不安」も加えると、約8割がなんらかの不安を持つ層ということに。予測された答えだが、前々回、前回より増えていることが辛い現実を物語っている。(A)


4月9日(水)

●函館・道南も春の観光シーズン・イン。各所とも準備万端だが、大沼観光協会が新たな“ごみ対策”を打ち出し、注目されている。それは会員店が「ごみを引き取ります」という取り組み。駐車場などにごみ箱を置いていない代替として…▼近年、観光地では「ごみの持ち帰り運動」が定着している。安易に捨てられる量に音を上げ、駐車場など公園内の広場からゴミ箱を撤去した所が少なくない。大沼もそうだが、周囲に店もない野山など自然探索の所と違ってツアー中心の周遊観光地となると、理解を得るのは容易でない▼実際に飲食物を販売しており、店を出て、散策しながら食べる人がほとんど。だが、食べ終わって探せど捨てる場所がない。気が付けば引き取ってはいるそうだが、その容器や紙を持ち歩いている人がいるのも現実。観光地としてこの姿を見過ごしておけない▼そこに問われているのはホスピタリティー。北海道観光で今、最も大きく提起されている課題だが、この取り組みも大事な気配り例。個々でなく、組織、地域全体に輪を広げて効果が表れること。既に理事会の決定を経て、5月の総会で承認され次第、具体的に動き出す▼「モラルがあれば」。確かに旅行中にたまったごみまで捨てたりする実態がなければ、大沼でもごみ箱が残っていたに違いない。そうは言ったところで、目の前にごみ箱がないがために困っている人がいるとしたら…。それに応えるのも「迎える心」にほかならない。(A)


4月8日(火)

●4月10日は「駅弁の日」「婦人の日」「よい戸の日」。40数年前の学生時代、京都駅から急行に乗り、富山の「ますのすし」など何食も駅弁をつつき、青函連絡船でカレーを食べて函館に帰るのが定番だった。食材は豊富ではなかったが、一人旅を癒やしてくれた▼駅弁の始まりは118年前に宇都宮駅で売り出された「握り飯」。梅干し入りの握り飯2個に、たくあんが付いて5銭だったという。握り飯は稲作が伝わった弥生時代からあって、武士が携え、大名さえ食した。実用的だったのか、旅情をくすぐったのか…。戦時中は焼きいもの駅弁も▼弁当の「弁」が「4」と「十」の文字の組み合わせに見え、当(とう)の日に加え、JRの発足が4月であることから10年前に設定。最近は窓の開かない車両が増えたせいか、窓越しにホームの売り子から駅弁を買う姿は消え、弁当もお茶も列車に乗る前に買わなければならない▼また、10日は建具組合が決めた「よい戸の日」。戸締まりしてから外出しようと、ボランティアで玄関ドアなどを修理し喜ばれている。さらに終戦の翌年、日本で初めて婦人参政権が行使された日を記念した「婦人の日」。今回の道府県議選には、過去最多の382人の女性候補が出て頑張っている▼駅弁にはコメ文化の魅力が詰まっている。今年も各駅で「駅弁の日の駅弁」が限定販売される。各地の駅弁を食べることは各地の伝統にも触れ合うことだ。今月はメートル法公布記念日(11日)発明の日(18日)逓信記念日(20日)と続く。「イラク戦争終結の日」も早く迎えたい。(M)


4月7日(月)

●新年度がスタートして1週間が経つ。官庁、企業を問わず、各職場は異動者や新社会人を迎え1年で最も華やぐ時期。いきなり現場に出された人、研修中の人、職場によって様々だろうが、新社会人にとっては緊張の中に、意欲と不安が入り混じった思いの日々に違いない▼2日付の新聞各紙は、経営トップの訓示、やわらかく言うと“迎える言葉”を取り上げていた。新年の仕事始めの際と同様に注目される名言録だが、一向に日差しがささない経済環境下ということもあって、目についたのは総じて厳しい言葉…▼かつては「ようこそわが社へ」といった心地よい歓迎の言葉が主流だった。今でも底流に流れる気持ちは同じなのだが、様変わり感を覚えるのは「悠長に育てている場合じゃない」という今の時代背景ゆえ。最初に積極性、気迫を促したいという思いも見て取れる▼「すぐやる、必ずやる、できるまでやる」「粘れ、頑張れ、意地を張れ」「私がやる、今すぐやる、みんなでやる、どうせやるなら楽しく」「会社をみだりに辞めることなかれ。辛抱なきところに報いはない」「うちには一人の評論家もいらない」。これらはその叱咤激励型の代表格▼そのほかに「二つの選択肢があったら難しい方を選ぶべし。それがチャレンジ精神だ」なども…。知りたいのは、実感として新社会人がどう受け止めたか、ということ。今すぐは無理にしても、せめてその時期が早く来るように。数年での離職が多い現実がだぶってくる。(N)


4月6日(日)

●函館人気質、そう聞かれても答えに窮する。いいところもあるし、悪いところも…。それは何処の都市でも同じだが、市民アンケートの結果でみる限り、その“自己分析”は冷静そのもの。手放しの賞賛だけでなく、批判的な目もしっかり向けられている▼「自分たちが生活するマチが最高」。一般的によく言われる話だが、それは函館も例外でない。「函館はいいっしょ」。転勤族が着任当初、必ず聞く言葉だそうだが、それは市民の正直な気持ちの表れ。強弱があるにせよ9割の人が「函館が好き」と答えている▼素晴らしいことだが、このアンケートで最も注目されるのは、そう思う理由や気質。「好き」にしても大事なのは「何故?」という視点。「活気があるから」「将来性が感じられるから」なら万々歳なのだが、上位に挙げられたのは気候風土がいい、生まれ育ってマチだから▼確かに正直。そこにホッともするが、浮かび上がった市民性はさらに正直に。「優しい」も少なくないが、最も多かったのは「消極的」で、続いてが「自己中心的」。まだまだ正直な結果を探すとあった、公共マナーの受け止め。3分の2の人が「悪い」と認めている▼「函館は住みやすいところ」。何年かでも函館で生活したことのある人は異口同音に語る。その理由も概ね気候がいいから、食べ物がおいしいから、に集約されるが、そこに「みんな親切」「マナーは最高」などが加わったら…。アンケートはそう語りかけているような気がする。(A)


4月5日(土)

●「ここへきて ようやく気づいた 後ろなき現実」。こんな“川柳”が当てはまる役所を取り巻く環境。都道府県、市町村は切羽詰った今、効率化に知恵を絞り、経費節減にナタを振るい始めている。もちろん道内でも、道南でも…▼多いのは単純に給与・手当の削減だが、これまで公になった中でも注目される取り組みが幾つか。忙しさは部署、時期によって大きく左右される、そこに目を向けたのが福島町の時差出勤であり、音更町(十勝)の主任職以下の課勤務。職員の効率配置という視点から参考になる▼何時から何時まで、役所の勤務時間は一部の例外を除いて概ね一律。夜に仕事を抱える人も始業時から出勤、朝早い仕事の人も終業時間まで勤務…。有り余るほどの仕事を抱えているならともかく、これでは時間外手当が増えるだけ。福島町は6パターンの出勤形態を設けた▼その一方で、定数主義の役所は、係まで枠をはめている。いわゆる組織の縦割りだが、極端な話が、時として同じ部課でも忙しい係とそうでない係がありうる。それはあまりに無駄。部課内で臨機応変に体制が組めるようにすべき、というのが音更町の試み▼この2例にうかがえるのは民間の発想。民間で当然なことが役所の世界では当然でない、なかったという方が適切かもしれないが、そこに「遅ればせながら」と言われる理由が…。ただ、今からでも遅くはない。何を、どうする、というより、問われているのは既存の殻を破る発想の転換。さらに知恵が求められている。(N)


4月4日(金)

●空を越えて ラララ 星のかなたに ゆくぞ アトム こころやさし ラララ 科学の子…。戦後のすさんだ日本人の心を勇気づけてくれた「鉄腕アトム」。子供と一緒に白黒テレビで観たものだ。4月7日はアトムの誕生日(ストリー上の設定)▼アトムが漫画の世界に登場したのは52年前。科学省長官の天馬博士が事故死した子供の代わりに作ったロボット。子供のまま成長しないためサーカスに売り飛ばされたが、お茶の水博士に救われてから平和のため立ち上がる。当時はベビーブームで教室はすし詰め▼手塚治虫は、中学生時代の同級生によると「体育以外はなんでもよくできる子で、字も絵も声もよかった」という。10万馬力のアトム少年を通して、冒険心と自由な発想を育てる、神秘的な生命と美しい地球を大切にする心を訴えた。原爆、臨界、原発と続く科学の進歩への警鐘だ▼アトムには「あきらめ」や「絶望感」はない。未来の科学を先取りし「小型原子力燃料」をエネルギーに大活躍。子供たちは「ウランちゃんとお茶の水博士」など関連18曲に乗せて歌った。劣化ウラン爆弾の投下なんて、ウランちゃんは夢にも思わなかっただろう▼「高田馬場の科学省生まれ」であることから、駅の発車時に鉄腕アトムの曲が流され、手塚プロダクションがある新座市は誕生日の7日に“住民登録”する。40年前の雑誌の付録「アトムソノプレーヤー」も復刻。新作アニメも登場する。今春の新入生は鉄腕アトム1年生。アトムと一緒に大活躍だ。(M)


4月3日(木)

●大都市では路上や公園に寝泊りするホームレスの姿が目に付く。かつて東京では地下通路などを占拠するがのごとくだったが、今は河川敷や公園…。大げさでなく、あちこちに。山手線の車窓からも、例えば渋谷と原宿の間にある公園に林立する青テント群が見える▼このご時世だから、ある程度の予測はつくが、厚生労働省の調査によると、1年半前より約1200人増えているという。推測だが、全国で2万5300人。その半数余りが東京(6361人)と大阪(7757人)で、道内は142人▼気になるのはその人たちの年齢だが、面接した2000人余りの平均は56歳。60歳以上が35%を占めている。また、20%が3年以上の人たち。理由として68%が「仕事が減ったから」「失業したから」と答えるなど“不況”が重く影を落としている▼雇用情勢は一向に改善の兆しを見せていない。完全失業率は高い水準が続き、有効求人倍率は低迷したまま。しかも、採用は契約、パートへのシフトを強めている。若いならまだしも中高年齢者は…。現実に仕事探しは容易でなく、精神的にも追い詰められる▼「仕事にあぶれたから」。理由はそればかりでないかもしれないが、心身ともに疲れて逃げ出したくなった、そんな人も少なくないに違いない。半数近くが「就職して働きたい」という気持ちを持っているのは救いだが…。この問題からも今の社会の辛い一面が浮かび上がってくる。(N)


4月2日(水)

●最近、増えていると言われる住民間のトラブル。気持ちを割った近所づきあいの薄れていることが時代背景としてあるが、「ちょっとしたことから」が多い。最初は苦情程度だったのが、こじれると感情的なもつれとなって…▼「ごみの出し方を守っていない」「犬猫の飼い方が悪い」「草を伸ばし放題にしている」等々。函館や道南にだって珍しくない話だが、法に触れていない限り、行政の介入には限界が。間に入るにも自ずと制約がある。民事ゆえだが、だからと言って放ってもおけない▼隣の青森市が、条例(青森市で安全に安心して生活するための条例)を制定した。「自分たちが住む地域を、暮らしやすいふるさとに作り上げるのは自分たち」をその精神に、生活地域内で守り、戒めなければならないルールを盛り込んでいる。条文も分かりやすく10条…▼例えば市民の責務。「ごみ出しや雪捨てに関するマナーやペットの汚物処理などで他の迷惑になる行為をしない」「交通安全、防犯、防災や生活弱者の援助などを積極的に行う」ことなどを掲げている。当然のことなのだが、これも必要な現実があるから▼確かに強制力はない。そこで効果が疑問視もされているが、制定の意義は「解決のための法的な根拠」というところ。話し合いの根拠が出来たということである。近年、市町村で増えているポイ捨て、草刈りなどの条例同様に、この条例からも住民への問題提起という視点が伝わってくる。(A)


4月1日(火)

●さぁ、新学期だ。「子供にとって最大の教育環境は教師。『いい授業』をつくり、子供たちと一緒に実践」「学校、親、地域の相互理解と信頼は情報を共有し合うことから生まれる」「甘やかすことは子供にとって良いことではない。やはり、叱ることも大切」▼「先生たちにあいさつができる。人の心の痛みを自分の痛みとして受け止めることができる、といった、当たり前のことを当たり前にできる子供たちを育てよう」「昔と比べ忍耐力が薄れてきた。もっと達成感を持たせなければ」―退職した管内の小中校長の信条(3月28日付)▼最近は成熟した消費社会で育ったせいか、子供たちの間に「我慢する心」が薄れて「自分さえよければいい」という風潮が広まっている。いじめ、不登校などで学ぶ意欲も低下している。これに対し、自信を失った先生が増えており、不適格と判断され事務職に配転されるケースも出ている(都教委)▼学校教育に風穴を開けようと、民間人の校長も登壇したが、尾道市の小学校で自分が描いていた理想の教育と現実のギャップに悩んだ元銀行員の校長が自殺した。「企業の経験を生かし、生徒が学びたい、保護者が学ばせたい学校を目指したい」と張り切っていたのに…▼「教育とは教師と生徒がぶつかり合って、もっとドロドロとしているものではないのか。若者が求めているのは毅然とした善悪のケジメのある大人なのである」(三宅良昌著「闘ってこそ校長!」)に共感。新学期は校長が先頭に立って、まず決められたルールを守ることから始めよう。(M)


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