平成15年9月


9月30日(火)

●自然現象に人間は無力。それを痛切に思い知らされるのが地震だが、改めて脅威を実感したのが26日未明に発生した2003年十勝沖地震。最大震度6弱、マグニチュード8・0。29日も余震が続いている。被害は広がるばかりで、断水など今なお後遺症が…▼28日までに道がまとめた人的被害は、津波による行方不明者が3人、重傷45人など重軽傷者が590人。苫小牧の製油所の貯蔵タンク火災をはじめ、JR特急の脱線、釧路空港ビルの天井崩落、各地で起きた地盤のズレ、家屋や津波による漁船など、被害も多々…▼この10年ほどだけでも、北海道は三度の大地震を経験している。いずれも記憶に新しいが、1993年1月の釧路沖地震(マグニチュード7・8)、同じ年の7月に奥尻を襲った北海道南西沖地震(同7・8)、そして1994年10月の北海道東方沖地震(同8・2)▼それ以降はなかったが、「災害は忘れた頃にやってくる」の謂れ通り。科学がいかに進歩しても、人間には気象など自然現象を左右できる力はない。出来るのは「備え」だけ。今年の北海道は台風の直撃を受け、不順な天候が農作物にもたらした影響も計り知れない▼それでも天候なら、まだ対処のしようがある。予報の精度が上がっているし、時間的な余裕もある。その点、地震は…。今日でも予知が難しく、突然やってくる。だから怖い。せめて室内の物が倒れない措置をとっておくとか、日ごろからの備えが大事。それを今回の大地震も教えている。(H)


9月29日(月)

●医療現場が揺れている。ほとんどの病院、医師にとっては迷惑な話だが、残念ながら批判を受けて当然といった事例が後を絶たない。道内では市町村から寄付金を受け取ったり、名義貸しをしている現実が表面化、全国的には医療ミスが表に出ている▼市部はともかく、町村が運営する病医院のほとんどが、医師確保に悩み続けている。すがる先は医局(大学)で、道内で言うと北大、札幌医大、旭川医大。その関係維持が存廃の鍵を握るとさえ言われるが、町村はお願いする立場だから力関係では医局が上という構図▼そこに寄付金や名義貸しが常態化した背景がある。町村は寄付を求められたら断りづらいし、医師の交代にも反対しづらい。それは表面化した全道的な寄付事例が物語っている。あまりの実態…。批判されて当然だが、相次いで表面化する医療ミスにもそれが言える▼至近の例を挙げると、25日に医師の逮捕に至った実績ある大学付属病院での腹腔鏡下手術。医師なら高度な知識と経験が必要な手術と分かっているはずなのに「実績を作りたかった」という思いを優先、マニュアルを見ながら手術、というに至っては倫理もないに等しく、ただただ呆れるばかり▼前代未聞のミスというより、ここまでくると犯罪行為。病院の認識も甘く、責任を免れない。よく言われる。医療現場で大事にされるべきは「信頼」と「安心」だと。その原点を改めて問い直してほしい、そんな声が聞こえてくる。(N)


9月28日(日)

●交通三悪に挙げられる飲酒(酒酔い)運転。いまさら論をまたないが、残念ながら根絶にはほど遠いと言われる現実。もはや厳罰もやむを得ない。昨年6月には適用基準と罰則が強化され、さらに悪質な場合は危険運転致死傷罪が適用される。にもかかわらず…▼飲酒運転の怖さは、本人が正常でないことを自覚しないこと。北海道交通安全活動推進センター編集の講習教本はこう説明している。飲酒運転では「反応時間の遅れ=ブレーキの遅れ」「自己過信=スピードの出し過ぎ」「注意力喪失=危険の見落とし」などが起こると▼当然だが、その結果として重大事故に結びつく確率は高い。講習教本は、飲酒運転事故の致死率は他の違反による事故の約20倍で、およそ3件に1件と説明している。それでも飲んでハンドルを握る人がいる。特に通勤に車を使う割合の高い地方都市周辺では…▼タクシーに加え、運転代行業も定着してきた。それでも「(飲んだのは)ちょっとだから」「(飲んだけど)覚ましたから」と言い訳するところが、既に判断が狂っている証拠。「飲んだら乗るな、乗るなら飲むな」。子供でも分かる自己責任の常識だが、そこに期待するだけでは…▼帯広の飲食店チェーンが試みている。運転代行業者と提携し「車で来ても3000円以上飲食すると、5キロ以内の運転代行料金を負担する」というサービス。宣伝色が滲むが、飲酒運転に対するメッセージであると同時に、一つの参考例。「飲ませたら乗せるな」の思いが伝わってくる。(A)


9月27日(土)

●「豊川岸壁の海水がひいている!」という声に駆けつけると、岸壁下の海底が20メートルほど先まで干し上がり、音もなく津波がやって来た。十字街や函館駅などが水びたし。新聞社も床上浸水。2階から避難する住民の写真をとり、机上に立ったまま原稿を送った▼43年前のチリ沖地震。地球の裏側の地震なのに発生22時間後に最大6メートルの津波が日本の太平洋沿岸を襲った。死者・不明142人、被害家屋3500棟。イースター島のモアイ像も15体破壊。震源地の博物館のガイドは被害が大きかった日本語の「ツナミ」を使っているという▼震源地が海底の時の津波は怖い。明治三陸地震(1896年、M8超)では38メートルの大津波でなんと2万2000人が死亡している。10年前の北海道南西沖地震(M7・8)では、最大30メートルの津波が地震後3分から5分という速さで奥尻島を襲い、家財ごと家をさらった▼きのう起きた釧路沖を震源とする地震はM8(震度6弱)で、人が立っていることが難しく、家具が移動転倒する。体に感じる地震の大きさと津波の大きさは決して比例しないというが、2メートル超の津波が襲い、漁船が打ち揚げられ、列車脱線、製油所が炎上。多数のけが人が出た▼チリ沖地震のように日本で地震が起きていないのに津波がやってくる。プレート境界型はエネルギーが大きく、津波の危険性も高い。地震で揺れを感じたら火の元を点検し、座布団などで頭を守り、津波警報の有無にかかわらず避難の準備をすることだ。暮らしを守る普段の備えが肝心。(M)


9月26日(金)

●函館市老人クラブ連合会と函館市亀田老人クラブ連合会の合併が実現した。函館市と亀田市が合併して30年。この月日を考えると「ようやく」という思いが込み上げてくるが、それぞれが積み重ねた歴史など合併がもたらす難しさを浮き彫りにしている▼両市が合併したのは1973(昭和48)年。自治体の合併は行政ばかりが課題を背負うわけではない。法的に解決していける行政はまだよしというべきで、難しいのはむしろ法的な制約を受けない諸団体の方。両連合会の合併が今日に至ったことが、それを物語る一例▼諸団体には伝統と自負がある。例え同じ趣旨の団体であろうと、考え方に違いもあれば、運営方針、さらには感情も交錯する。合併はそれを乗り越えることを強要するが、言うは易し行うは難し。両連合会も両市合併の4年後、実は合併にこぎつけていた▼結果的に運営方針などの食い違いを修復できず、5年後に破局し、以来、連合会が二つあるという現実が今日まで。それだけに今回の合併に骨を折った関係者の感慨は察して余りあり、その労をねぎらいたい▼今、市町村は否応なしに対応を迫られ、渡島・桧山でも合併が最大の行政課題。苦悩の中で法定協議会までこぎつけたケースも出始めている。ただ、どうしても素直になれないのは国主導の強引な手法がとられていること。住民が自発的に選択した合併でも様々な問題を背負うのに…▼最も考慮すべきは住民の気持ち。今さら何を、と言われそうだが、期限を設けて進めさせられる姿にはなお疑問が残る。(H)


9月25日(木)

●「あれから、もう50年になるのか」。そんな思いがこみ上げてくる「洞爺丸」の沈没事故。1000人以上の乗客・乗組員を乗せ函館を出港して3時間半ほど後だった。わが国の歴史上、類をみない海難大惨事。それから49年。26日に50回忌法要が営まれる▼どれだけ時間が経とうが、風化させてならないその日は、1954(昭和29)年の9月26日。悲劇が起きた時間は午後10時20分ごろと推測されているが、当時、最新鋭と言われた「洞爺丸」も突風と荒波、自然の脅威になす術もなかった。函館市史はこう記している▼「風浪はさらに増し、激しい船体動揺の中で、船尾開口部から海水が浸入、操船不能という最悪の事態を招くに…。船長は『両舷機不能のため漂流中』と打電、さらに『SOS、洞爺丸函館港外青灯より二六七度八ケーブルに地点に座礁せり』と発信したのを最後に…」▼本道と本州を結ぶ大動脈として15年前の終航まで80年にわたって君臨した青函連絡船。この悲劇で「洞爺丸」が象徴的に語られるのは死者・行方不明者1155人を数えたからだが、荒波に飲み込まれ、その船命を閉じた連絡船は洞爺丸だけではなかった▼青函丸、北見丸、十勝丸、日高丸も…。5隻合わせた犠牲者は1430人(他に行方不明者112人)。今年も命日を迎える。函館地域を襲ったあまりにも悲しい歴史だが、今、我々が出来るのはこの事実を風化させないこと。9月26日は“洞爺丸の記憶”を語り継ぐ日としたい。(A)


9月24日(水)

●司祭のニコライは函館で渡航の機会をうかがっていた新島襄(同志社創設者)を日本語教師として居宅に住み込ませて、新島から古事記や日本書紀を学び、新島に聖書と英語を教えていたという。公会堂や中華会館などの歴史的建造物がある函館観光の西部地区▼その一角に在札幌ロシア総領事館の函館事務所が59年ぶりに設置された。ニコライはゴローニンの「日本幽囚記」を読んで日本に興味をもって142年前の夏、ロシア軍艦アムール号で来函、船見町のロシア領事館付き司祭になった。領事館は帝政ロシア時代の重厚なレンガ造り▼米国ペリー艦隊が来て以来、函館には米英をはじめロシアなど十数カ国の領事館ができ、日本で初の国際都市となった。また、豪商・高田屋嘉兵衛が国後島の湾で捕虜になったディアナ号のゴローニン艦長を釈放させ、北方航路の開設に持ち込むなど貿易の拠点が築かれた▼しかし、アレクサンドル・パノフ駐日大使が「日ロ双方で一番遅れているのは経済貿易分野。(このままでは)日本はロシアマーケットで米国やヨーロッパ、インドに負ける」(札幌で開催の日ロ交流シンポジウム)と述べているように、平成の貿易振興が求められている▼幸い函館には極東大分校や航空路があり、人の交流を通じて経済・文化の交流拡大の下地ができている。函館で医学も学んだニコライは日ロ交流の最大の功労者。ロシアが日本に宣戦布告した時も日本にとどまった。その領事館が復活し、青森、岩手を含めた深い交流が約束された。(M)


9月23日(火)

●自民党の総裁選挙、党幹部人事、内閣改造が日程通り進んで、政局は解散総選挙モード。統一補選の絡みもあって10月10日解散説が有力視されている。確かにテロ対策特別措置法を延長する改正案などの審議が鍵を握るが、ここまで熟してくると…▼立候補予定者は選挙へ走り出しており、もはや止められないという見方が一般的。自民が党人事で新たな顔を作ったのも選挙を意識した表れだが、政権交代をうたって踏み切る民主・自由合併もその例外でなく、ここのところの動きは、すべて選挙を意識した駆け引き▼「マニフェスト」を巡る攻防もその一つ。最近は「政権公約」という意味合いで使われるが、いわば目標などを盛り込んだより具体的な公約。主張が分かりやすくなる、という観点から有権者にとっては一歩前進と映る。だが、これで万全かというと必ずしも…▼例えば、成しえなかった時にどう責任をとるかの明記。「○年以内にやります」と掲げたことが達成出来ないことが起こり得るが、その場合、すみませんでは、従前のスローガン的な公約と少しも変わらない。大事なのは空手形で終わらせてはならないという視点である▼何時の時代にも通じるが、政治に求められるのは信頼。世論調査や投票率に表れているように、残念ながらその信頼が揺らぎ続けているが、「公約に対する責任」の部分が明確でなかったことと無縁でない。各党がどう応えるか、注視すべき解散総選挙がそこまで迫ってきている。(N)


9月22日(月)

●今年の「前田一歩園賞」に函館植物研究会の宗像和彦会長が選ばれた。自然環境を守る活動は地味で、息長いものだが、それだけに評価に値する。宗像さんらは紛れもなくその先達だが、受賞はこれまでの努力が認められた証。心から拍手を送りたい▼前田一歩園の所在地は阿寒。約9万ヘクタールと言われる広大な森林を管理する財団が、社会事業として毎年2人(団体)を表彰している。自然環境分野の民間表彰としては権威ある賞で、創設されたのは1983(昭和58)年。宗像さんは20回目の受賞者ということになる▼渡島・桧山地域にもこの間、受賞者がいる。名簿には函館市の吉沢貞一さん(第2回)、函館山少年レンジャー(第4回)、厚沢部町の高橋武夫さん(第12回)、松前・離島小島を愛する会(第13回)などの名が…。そして第19回では七飯町の工藤光信さんが輝いている▼宗像さんの数多い功績の中で、よく知られるのは、学術的に評価の高い函館山の植物の分類、分布調査。既に40年というから生き字引的な存在だが、本紙の取材に「現在の函館山について、これまでの自分の調査結果を1冊にまとめ、残していけたら」と答えている▼「自然をどう守っていくか」。いつの時代も問われるテーマだが、とりわけ今は…。森林の保全、動植物の保護など様々な問題が提起されている。その答えは一朝一夕に、一握りの人に委ねて出るものではない。大事なのは意識の広がり。宗像さんらの活動はその任も果たしている。(H)


9月21日(日)

●コップの中の嵐が大きかった割に、開けてみると結果は予想通り。自民党の総裁選は小泉総理の圧勝で幕を閉じた。派閥の現実などが表に出た2週間だったが、内閣改造を経て召集する臨時国会中に解散、総選挙…。そんな政治日程が既成事実化している▼わが国は今まさに課題だらけの時代。経済の低迷は税収の落ち込みを招き、財政は瀕死の状態。しわ寄せを受けた年金・医療に対する国民の不安は高まる一途で、求められる構造改革も未だ見えてこない。一方の外交面でもイラクや北朝鮮問題などを抱えたまま▼投票権のあるなしにかかわらず、国民が総裁選に求めたのは政策論議だったが、総じて期待外れ。「小泉さんとまったく違うことをやればいい」などは、訴えとして乱暴で論外。しまいには、長老議員の個人攻撃というか恨みつらみまで飛び出して、醜さも露呈する始末▼自分の選挙を意識する議員票はともかく、党員票の結果は低調に終わったことの証とも映る。当面、注目されるのは挙党体制の行方だが、しばらく余震が続くと見るのが一般的。国民の信を問う解散総選挙には、それを早期に収拾しようとする“切り札”の意味合いも…▼政党間の勢力構図が変わるか否か、解散総選挙をにらんで政局は新たな段階に。この後、2週間ほどの与野党攻防が鍵を握るが、そろって選挙準備に入った今、解散路線は止められない情勢。統一補選(10月14日告示)か解散総選挙か、渡島・桧山の北海道8区では4人が全力疾走に入っている。(A)


9月20日(土)

●「ふるさと銀河線」が鉄路維持の危機に直面している。重なる赤字、見えない収支展望、その一方で経営安定資金は底が見えて、新たな検討が必要な情勢。存続を願う地元、バス転換を想定する道、議論はかみ合わず、考えの違いも浮き彫りに▼北見市と十勝管内の池田町を結ぶ「ふるさと銀河線」は、旧国鉄の池北線。士幌、広尾線などJRに移行できずに姿を消したローカル線が多かった中、“第三セクター線”として残った道内唯一の鉄路。地域にとっては変わらぬ通学、通院などの生活鉄路だが、経営は…▼「銀河鉄道999」をアピールする取り組みや、様々なイベントを繰り返す努力を続けるなど、手をこまねいていたわけではないが、進む沿線の過疎化と車の普及の前に利用者は減少をたどるばかり。経営安定資金で賄えるうちは良かったが、そうそう何時までもとは▼現実は厳しく問いかけている。存続かバス転換か、「避けて通れない議論」の段階という認識は同じだが、存続を模索する地元は道に支援を求め、その道は難色を示して膠着状態。「バスに転換した方が赤字は縮小される」とする試算を示した裏に、道の考えが色濃くにじむ▼収支だけを尺度とするなら最初から答えは決まっているが、この問題の性格はそう割り切れるものでない。線路を外すのは二度と復活しないことを意味するから。それでいいのか、議論の中で「地域財産としてどう考えるか」の視点を忘れてはならない。(A)


9月19日(金)

●「インターネット」は、仕事はもとより生活の中にもすっかり入り込み、もはや欠かせぬ存在。利用人口、利用時間などがそれを物語っている。情報通信の世界は日々進歩の時代と頭では理解していても、これほどとは…。普及の速度は驚異的である▼インターネット人口を正確に把握するのは難しく、調査によってかなりの差があるとされる。調べてみると実際にそうなのだが、民間の白書によると、今年2月時点で4620万人。この1年で1356万人増えて、今年末には5430万人に達すると予測されている▼赤ちゃんからお年寄りまで、全人口の50%を超えるのは時間の問題。当然ながら、利用者増の動きに比例して利用時間も増えている。最近、発表された調査結果があるが、今年7月の1カ月1人当たり平均利用時間は14時間18分。1日平均、実に28・6分になる▼ちなみに2001年は9時間27分(1日平均18・9分)、昨年は10時間54分(同21・8分)。年齢別では30歳未満の若年層が最も長い時間利用しているが、特筆に値するのが60歳以上層の伸び。2年前には6時間ほどだったのが、今年は平均を上回る16時間16分▼さらに注目されるのが利用時間帯の変化で、利用のピークは昨年まで午後8時台からだったのが、今年は午後7時台からに。テレビのプライムタイムと重なり始めている。もちろん利用内容はさまざま。こうみてくると、既にテレビ感覚という現実が垣間見えてくる。(A)


9月18日(木)

●何事にも通じるが、9割の評価を得るのは大変なことである。それは絶賛されたに等しく、この上ない喜び。「函館野外劇」がこの最大級のお褒めを受けた。来場者アンケートの結果だが、終わって一息ついた関係者の苦労も報われたに違いない▼野外劇は今年が16回目。運営面などで課題を抱えてきたが、この評価が象徴するように継続は力なり、努力は結実しつつある。国内で「名実ともに国内を代表する野外劇」と言われるまでになったのもその証しだが、知名度はアップし、函館にとって欠かせない存在▼万一にも無くしたら函館の恥という指摘も評価の裏返し。そんな中で大胆な見直しをした“リニューアル元年”の舞台は1カ月ほど前に終わった。かかった経費は例年以上。それでもNHKテレビの全国放送もあり、延べ7083人が足を運ぶなど結果の出た年だった▼加えて来場者から伝わってきた満足感。それは来年以降に向けて意を強くする“応援メッセージ”でもあるが、裏を覗いてみると、厳しい決算が予想され、事務局が頭を痛める姿は変わっていないよう。舞台設営などに膨大な経費がかかる、かと言って入場料は上げられない…▼さて、どうする、その答えは地域に求められている。貢献しているのは観光ばかりでない、地域の歴史を知る教育的視点もあり、何より函館が生み出した文化遺産なのだから。既に民間の取り組みという域を超している。「さらに踏み込んだ公的支援が向けられていい」。“9割評価”はそう語りかけている。(A)


9月17日(水)

●「テテッポゥポゥ〜」―何年ぶりだろうか、ブッポウソウ(仏法僧)の鳴き声を聞いた。聖徳太子がコノハズクの鳴き声と間違えた霊鳥。子供の頃、祖母から「ブッポウソウが夕方になると『父恋し、母恋し』と鳴いているんだよ」と聞かされた▼北朝鮮が拉致を認めた日朝首脳会談から17日で1年。家族を残して帰国した蓮池さん、地村さん両夫妻、曽我さんのやり切れない生活が続いている。子供たちの帰国や不明者10人の調査など、話し合いは足踏み状態。核開発を巡る先の6カ国協議でも進展は見られなかった▼5人が拉致された25年前の夏、レバノンでも4人の若い女性が日本企業が秘書募集と偽って、北朝鮮に拉致された。レバノン政府は4人の帰国を北朝鮮のトッブ(主席)と直接交渉、4人は1年3カ月で開放されたという。うち1人が曽我さんと同じように元米兵と結婚させられていた▼3人の子供がいるその女性は再び北朝鮮に渡り、これまで2回、レバノンに帰国しているが、家族は(人質として)残し、監視員付き。日本人被害者を「一時帰国」と条件を付けたのも「親子の情」をからませて、拉致事件を終結させるという北朝鮮のしたたかなプロパガンダ▼黙っていては埒(らち)が明かない。小泉首相がもう一度訪朝し、胸襟を開いてトップに直談判することだ。「1年前の謝罪は本気ではなかったのか」と。自民党総裁選の候補から「オレが乗り込んで解決する」と聞かれないのが情けない。食料難の北朝鮮で子供たちが「父恋し、母恋し」と泣いている。(M)


9月16日(火)

●休 刊 日


9月15日(月)

●先日、新刊情報が送られてきた。本のタイトルは『ありがとう物語』。思わず手にとったのは、本紙が協力した取り組みがダブって映ったから。函館市倫理法人会が企画した『ありがとう大賞』の、入選作60編の紙面掲載を終えたばかりである▼著者は鈴木健二さん。青森県の県立図書館長・近代文学館長というより、元NHKアナウンサーとして知られる人。収められた「ありがとう」は、現役時代から出会った数々の実話から、とっておきの20話。「人生感動の書」という宣伝文句も大げさに聞こえない▼「行きずりの人よ…」「初めて言った…」「一粒の豆よ…」「赤ちゃん、生まれてくれて…」「出会った言葉よ…」。そこに登場する「ありがとう」の何と幅広いことか。『ありがとう大賞』もそうだった。「職場に…」「両親に…」「先生に…」「通りすがりの人に…」等々▼「ありがとう」は支え合いが大事な社会の中で、欠かしてならない言葉の一つ。理由は明快、感謝の気持ちが込められているからだが、実際、素直に言われると、無条件で心うれしくなる。ひらがなで僅か5文字に過ぎないが、響きは心地よく、まさに魔法の言葉…▼「ありがとうは人間の心の中にいる神のなせる業としか表現のしようがない」。『ありがとう物語』(発行・財団法人モラロジー研究所)の帯にはこう記されているが、分かる。気持ちが塞ぎがちな今の時代、だからこそ「ありがとう」を大事にしなければ。『―大賞』も『―物語』も、その提案に他ならない。(A)


9月14日(日)

●「総ぐるみ年金不安」。そんな現実が広がっている。納付率が昨年度62・8%まで落ちたこと、各種の調査で経済対策とともに年金改革が1、2に挙げられることが裏付けているが、当然の心理。受給条件一つとっても後退する一途なのだから▼改めて言うまでもなく年金は生活設計の柱。「定年まで働けば、あとは年金がこれだけになるから生活していける」といった具合に。60歳定年と60歳給付開始年齢は、安心を支えるものだった。それがもろくも崩れ、今や国には不信、退職後の生活には不安が増すばかり▼確かに報酬比例分は当分60歳から受給できるが、定額分の受給は男性の場合は既に60歳ではなくなり、1949年4月2日以降に生まれた人は65歳に。契約違反とも叫びたくなるが、こうなっては「少しでも恩恵を受ける道を探さなければ」という気持ちがわいてくる▼そんな国民心理を見透かすように、最近は新聞や雑誌、テレビなどが盛んに年金特集を展開している。「年金博士があなたの4つのケースを徹底比較」「年金地獄に備える10の知恵」「妻の年金、得するケース、損するケース」「女の年金・年齢別、ケース、生き方別受取額」▼最近新聞に載った週刊誌の見出しの一部だが、実際、特集記事を掲載すると売れ行きがいいという。この現象は知らないままで、任せたままでは、大変なことになりかねない、という思いの表れ。わが身にかかわることである。「年金」という言葉には敏感にならざるを得ない。(N)


9月13日(土)

●少子高齢化という時代の変遷とともに、孤独な高齢者が増えたためだろうか、息子や孫を装って「おれだよ、おれ」と電話をかけ、高齢者の虎の子を狙った犯罪が相次いでいる。道内では4月から横行しているが、11日には道南(松前町)でも2件が発生した▼79歳と85歳の女性宅に「交通事故を起こしちゃった」とカネを金融機関の口座に振り込むように電話。指定された口座は同じ。1人は30万円を振り込み(札幌の息子に連絡して詐欺と判明)、1人は振り込みに行った郵便局員が不審に思い、被害を防いだという▼男の声だけではない。岐阜県では若い女の声で「おばあちゃん、私、私。妊娠中絶の費用がいるからお金を振り込んで」。孫と信じ込んだ71歳の女性が37万円を振り込んだ直後、83歳男性にも電話があり、38万円を振り込んだ。同じ口座で、孫に確認したところ「私ではない」▼警視庁が摘発した「おれおれ詐欺」事件の10人前後の犯人グループにはヤミ金の元メンバーも。電話をかける担当のほか、現金の引き出し担当、引き出す際の見張り担当など役割を細かく分担。ヤミ金のノウハウを応用し、架空口座を操り、5400万円を荒稼ぎしていた▼核家族になって、子供からの電話を待ちわびる高齢者の“孤独地獄”。「交通事故を起こした。ヤクザに脅かされている」と切羽詰まった声で泣きつかれると、息子や孫かわいさから、つい判断力が鈍る。だまし、だまされ、いやな時代。身内にも名前に代わる合言葉・暗証番号が必要なのか…。(M)


9月12日(金)

●受注減、売れ行き不振、今もって暗いトンネルから抜け出ない経済情勢の中で、多くの企業は生き残りに必死。先々に活路を見出そうにも、人件費を含めた経費の削減は既に行き着き、新分野への進出と言ってもそう甘くはない▼道の経済部は少し前、建設業のアンケート調査結果を発表した。公共事業減の影響をもろに受けている業界だが、悩む姿がはっきりと。さすがに異業種への転換を考える企業は少ないが、「手をこまねいてはいられない」ということだろう、8・5%が新分野に手をつけている▼函館・道南にも事例があるが、現在検討中を加えると23・8%というから4社に1社。これを多いと見るか、少ないと見るかは意見の分かれるところだが、数年前ならほとんどなかった動き。それだけ環境が厳しいという証であり、今後、この志向が加速することは想像に難くない▼その際に課題としてまず挙げられるのは、資金調達と市場開拓。だが、それに勝るとも劣らず重要視していると答えているのが人材。「企業は人なり」と言われるように、社員ほど誇れる財産はない。「人材の育成に力を入れたい」という声が多かったことは特筆に値する▼ただ、よく指摘されるのは、知識や技術だけが人材育成のファクターととらえがちなこと。建設業に限らず、むしろ大事なのは社員の意欲をどう喚起するかの視点。理由は簡単、意欲の広がりこそ社業の原動力となり得るから。「やる気にさせるか、腐らせるか」。この問いに置き換えると分かりいい。(N)


9月11日(木)

●「百歳を世話するむすめ喜寿むかえ」(東京・女性・77歳)。川柳ばやりの昨今だが、これは“シルバー川柳”の入選作の一つ。少子高齢化時代にあって、この作品が言わんとしている世界は紛れもない現実。身近にもある話で、けっして他人事ではない▼わが国は国際的に誇れる長寿国。100歳以上の人口も40年前にわずか153人だったのが、10年前に5000人、5年前に1万人を超え、今年は九日の発表によると2万561人(道内896人)。そして、今年3月末時点のいわゆる老年人口(65歳以上)比率は18・82%…▼5人に1人となるのは時間の問題。社会的にも様々な課題が提起されているが、率直な思いは、社団法人全国有料老人ホーム協会によるこの川柳にも。まだ募集3回目ながら、関心の高さを裏付けるかのように、初回は3375編だったのが、今年は3倍の1万1019編▼入選に選ばれた24編は、いずれも秀作ぞろい。「まだ古稀か米寿の兄は軽くいう」「口喧嘩相手なくして日の長し」「年賀状書かねばあの世とうわさされ」「飲め飲めと差し出されるのは薬だけ」「体力が落ちても押せる横車」「眼鏡かけ眼鏡どこだと妻に訊き」▼同協会によると、応募作品を通して見える世相があるとのこと。それは「妻の外向化と夫の内向化」と言うか、「活発になる女性と悲哀さえ漂わせる男性」と言った方がいいか、中高年世代の“女高男低”傾向という。「いや、違う」と大見得を切ったところで現実は現実。認めざるを得ない。(H)


9月10日(水)

●電話の進歩は凄まじい。つい30年ほど前でさえ、家庭で電話を持つのは大変だった。申し込んでも順番待ちをした経験を忘れられないが、それが即座につく時代になり、しかも想像もつかなかったほど多機能に。ファックスからインターネットなどまで▼そこに登場した携帯電話。急激に普及して今や「固定」プラス「携帯」の時代に。子供たちが一定の年齢になっている家庭では、家族全員が携帯を持っていて不思議でない。つくづく便利な時代になったと実感するが、そのしわ寄せを受けているのが公衆電話…▼公衆電話の歴史は古い。第一号の設置は東京の新橋と上野駅前、熊本市内で、1900(明治33)年の9月11日。「自動電話」と呼ばれ、お金を入れ、交換手を通してつないでもらう方式だったという。それが公衆電話と呼ばれるようになったのはダイヤル式の登場後▼例えば1910(明治43)年、大野町に設置とか、道南でも幾つか記録として残されている。その時代はともかく、戦後世代にとって公衆電話と言えば赤色。今も見かけるピンクを経てテレホンカードを使う磁気カード式が台頭したが、今や次の時代に入りつつある▼新しい主役は簡易インターネット接続機能を持つICカード式。函館でも言えるが、東京などのボックスでは現実にICカード式が主流。それでも携帯に押されているのだそう。そう見るからか、身近な、ありがたい存在だったボックスが、最近は何となく元気なさそうに映る。(H)


9月9日(火)

●9月は日が短くなって夜が長くなるから夜長月。月日の表記が時代の言葉としてメモリーされることが多く、今月は関東大震災「9・1」から始まり、北朝鮮が拉致事件を認めた「9・17」などと続く。ニューヨーク同時多発テロ「9・11」は十五夜「中秋の名月」の日▼お月見は中国の唐の時代の「望月(月を見る催し)」の風習が伝来し、日本では1100年前に高級貴族が月見の宴を開き和歌を詠み、江戸時代に庶民に広まった。三宝に12個の団子とナス、イモ、ススキを供えて稲の豊作を祈る祭り。冷夏の今年は凶作のようだが…▼官家の女中の作法に「芋に箸を通して穴を開け、そこから月を見て次ぎの歌を吟じること」がある。次の歌とは「月月に月見る月は多けれど月見る月はこの月の月」。特に今月は、中秋の名月の左側に6万年ぶりに大接近した火星がさん然と輝く。6万年に1度の月見だ▼北朝鮮の農業は「密植」と聞く。稲やトウモロコシは日本の半分以下の間隔で苗を植えるため、日当たりが悪く実りが少ないという。効率の上がらぬ「密植」をやめ、経済破綻を招いた核開発もやめて、庶民が月見で感謝する農業に切り替えれば、飢餓から救われる…▼スカッド・ミサイルなどを動員した北朝鮮の軍事パレード「9・9」のメモリーなんて、ごめんだ。そう、函館で忘れられないのが洞爺丸台風の大惨事「9・26」だ。17年ぶりに遺族会が再結成され、慰霊碑前で50回忌法要を開く。中秋の名月と火星に戦争と災害が起きないことを祈ろう。(M)


9月8日(月)

●「生活に不安」を感じている人は3人に2人。内閣府が行った国民生活に関する世論調査の結果だが、このデータに違和感を覚えないのは、とりわけここ数年、厳しい生活が続いてきたから。明るい兆しでも実感できれば少しは違うのだが、それも…▼最大の理由は、総じて言うなら政治に対する信頼の欠如。少子高齢化時代を迎えた途端、医療費の負担は増える、頼りの年金も計算を狂わされて先行きが不透明。さらに数年内の消費税率アップが確実ときては「不安」の二字が誰もの頭をよぎって当然▼それでなくても雇用情勢は最悪、収入の目減りが続いている。確かに昔も「不安」がなかったわけではないが、10年ほど前の“不安者”はせいぜい50%前後だった。それが5年前に60%を超えて、今年は遂に67・2%。中でも50歳代、60歳代では70%台を数えている▼気になるのは何が不安を抱かせているかだが、最も多く、思いとして増えているのが、他ならぬ「老後の生活設計」。さらに「自分の健康」「今後の収入や資産の見通し」と続く。今もさることながら老後に「不安」を感じている姿が十分に読み取れる▼何とかしてほしい。その不安解消のために必要なこととして、この調査で景気対策とともに挙げられたのが、医療・年金等の社会保障構造改革であり、高齢社会対策。「贅沢を望んでいるわけでない。ただ安心して暮らせればいいだけなのに」。この調査結果は、庶民のささやかな思いも崩れかけていることを示唆している。(N)


9月7日(日)

●都市交通は速さと大量輸送を追い続け、その余波を受けて路面電車が全国的に姿を消していった。軌道が取り払われた後の姿は、車優先社会の到来を告げる象徴的な動きだった。それが価値観が変わって、今の時代…。環境に優しい乗り物として見直されている▼函館は全国的に数少ない現存都市の一つ。バスが民営化された後も、市営として湯の川―谷地頭・どっく前の間を運行している。その歴史は1897(明治30)年の馬車鉄道から。路面電車に生まれ変わったのは1913(大正2)年だが、その後も幾多の変遷をたどってきた▼経営難も経験、五稜郭駅前―ガス会社間が廃止された。「残しておけば」と残念がる声もあるが、一方で「よくぞ全線を消さなかった」と言うこともできる。今では市民の足としてばかりか、修学旅行生をはじめ観光客の利用も多く、観光面でも貢献している…▼「環境にもいいし、スローライフにも合っている。じゃあ、造ろうか」。ところが、路面電車を走らすのは容易でない。軌道や架線の敷設など、ともかく設備費がかかるが、最近、朗報が…。バッテリーで走る路面電車の実現である▼鉄道総合技術研究所が開発したもので、いわば次世代の路面電車。5年後の実用化を目指しているという。設備費が軽減されるのはもとより、美観上のメリットも大。あの路面電車がバッテリーで走る。10月2日から函館で開かれる路面電車サミット(第6回)でも、ひとしきり話題になるに違いない。(A)


9月6日(土)

●急な病気、事故に遭った時など“いざ”の際、頼りにし、心強く感じる救急業務。処置できない、病院に連れてもいけない、困り果てて救急車を呼ぶ。その頻度は年々高まり、函館でも01年の記録で年間1万735回という数字が残っている▼それが全国で、となると…。消防白書によると、01年の総救急出動は、ついに400万回台に乗って439万7500回。国民の30人に1人がお世話になっている計算になるが、内閣府が行った救急世論調査でも43%の人が「救急車を呼んだことがある」と答えている▼出動要請の中で最も多いのは急病で、それに続いて病院間の搬送、一般負傷、交通事故など。近年は救急救命という言葉が象徴するように業務の高度化が図られているが、その一方で、以前から指摘され、多いと言われているのが「タクシー代わり」とも揶揄(やゆ)される利用▼確かに、大変と思える事態に直面した時には、気が動転するから、まず救急へ、と頭が働く。素人だから軽度かどうかの判断は難しい。だが、結果として手当てだけで帰ることが出来たとか、軽度な症状だったとか、そういう場合などには、多少でも費用の負担を求めるべきという議論がある▼与えられて当然といった風潮がはびこる今の時代だから、この論には反対一色かと思いきや、そうでもない。内閣府の調査結果は「全額、一部負担を合わせ4割超が有料化を容認」と。これは一つの問題提起。どう考える?間もなく“救急の日”がやってくる。(H)


9月5日(金)

●孫が通う幼稚園にいったら色紙でツルを折っていた。1人が1日に1個折って、1年たったら広島に届けるという。折り鶴は「origami」の名で海外に知られる日本の紙文化。特に千羽鶴は9・11の同時テロの癒やしのシンボルとして米国にも広がっている▼折り紙は平安貴族が贈り物をする時、包む紙の折り方に工夫を凝らした風習が始まり(渡辺勝二郎著「紙の博物館」)。陰陽師の安倍清明が犯人を捜すために紙で鳥を折り呪文をかけて飛ばすと、白サギになって犯人の屋形に舞い降りた(宇治拾遺物語)。ツルは吉兆を運んでくる▼広島平和公園には原爆慰霊碑をはじめ原爆ドーム、動員学徒慰霊碑などがあり、全国から千羽鶴が寄せられる。原爆の子の像の14万羽の千羽鶴が大学生に放火・焼失されたのは記憶に新しい。「留年が決まり、就職も決まらず、むしゃくしゃしていた」というから、情けない▼最近、平和と非核を願って、ごく自然に広島や長崎を訪れる若者が多いという。放火した大学生もその1人で、原爆資料館が開くまで時間を潰しているうちに魔が差したようだ。千羽鶴は金に換算できないものの、広島市は大学生に保管施設修復費など340万円を請求する▼折り紙には「切る」という行為はなく、あたたかい児童らの手で一つ一つ丁寧に折り上げられるから、心がこもっている。患者のベッド脇で、高校野球のベンチで…。北朝鮮にも折り紙の風習はあるだろうか。「拉致家族を早く帰して」と食糧支援の前に千羽鶴を贈りたい。(M)


9月4日(木)

●今の時代ばかりか、何時の時代も大事に考えるべきことは多々あるが、代表的な一つが「環境」。そう位置付けられるのも、生活環境から自然環境まで、様々な課題を抱えているからだが、いずれの時代も“いい状態”のまま後世に引き継ぐ責務を担っている▼確かに上下水道の整備は河川の浄化を促し、道路の整備は砂埃を抑えたように戦後、身近な生活環境は見違えるように改善されてきた。その一方で現代は…。車の排ガスなど新たな問題を生み出している。科学が進歩し、利便性を追求し続けた付けとして▼その影響は自然環境にも及んでいる。地球の温暖化現象に象徴されるが、人間が直接起こしている問題の何と多いことか。保護より開発を優先させた諸事業は最たるものだが、人間が無秩序に自然界に入り込んだ結果、生態系に深刻な影響を与えた現実はその証…▼放ってはおけない、対策を講じなければ。知床のマイカー規制もそうだが、近年、自然環境の保護を巡って新たな動きがみられる。端的な事例が人間の立ち入り規制。その理解の広がりが今後の鍵を握ると言われるが、救いは「それは当然」といった認識を持つ人が多いこと▼読売新聞社が行った世論調査によると、自然保護に対する関心の高さを示すかのように、国立公園などの一部地域への立ち入り規制、野生動物に食べ物を与えることの禁止規制とも、7割が支持している。これは紛れもない「どうすべきか」の問いへの答え。考えられる対策を先送りしてはならない。(N)


9月3日(水)

●「国民不在の権力闘争劇」。こう表現してもあながち的外れでない自民党の総裁選。政策で堂々と争うのが真の姿と言いながら、やっていることと言えば…。国民を“出し”に、派閥の論理を振り回しているだけ。こんな劇、見せられる方は堪らない▼総裁、党首、代表であろうが、内閣を担わない政党なら、どんな選び方をしようが、誰を選ぼうがいい。だが、連立ながら圧倒的な力で政権を握る自民党となると、無関心でいられない。この党内選挙が、実質的に総理大臣を選ぶことを意味するのだから▼それにしても呆れ果てる。連日、伝わってくるのは政策よりも怨念というか個人的な思いによる行動、発言ばかりで、その裏に見えてくるのは露骨なほどの派閥意識。そんな姿に、若手議員が異議を唱えるかと思いきや、それもない。結果として予想される立候補者は2日現在5人▼このあと投票まで一波乱も二波乱もあろうが、染み付いた“数の論理”だけは変わりそうにない。決選投票での連合論が象徴的だが、それは「国会議員で決める」と宣言しているようなもの。これでは地方票も浮かばれない▼「もういいよ、今のままで」ということなのだろう、全国紙の最新世論調査で小泉支持が上向いている。際立って点数を上げることがあったわけでもないのに。「何で」といった思いがこみ上げてくるが、それも「こんな醜い政治劇は見たくない」という国民が発したメッセージと考えれば分かりいい。(A)


9月2日(火)

●日高と十勝に大きな爪あとを残した台風10号。農業に与えた被害は大きく、膨大な量の流木処理などに追われているが、最大の教訓は河川や道路管理機関の緊急時対応。いつも結果論になるのは残念だが、当時の判断、対応が改めて問題視されている▼橋の取り付け部分の決壊や濁流などにより、車が川に落ちたり、流されて死者が出てしまった。「通行規制が早ければ」。そんな思いを多くの道民に抱かせたが、道が明らかにした報告書を読む限り、対応の甘さを指摘されて当然。「やっぱり役所」というのが率直な思いだった▼職員を自宅待機させたり、委託業者に委ねたり、とは。気象情報も、他の関係機関からの情報も生かされていなかった。土現にしても、担当部署に限らず全職員が徹夜態勢をとるぐらいの姿勢があっていい事態だったのに。それで最悪の結果になろうと誰も文句は言わない▼しかし、今回ばかりはその大事な姿勢が欠けていた。確かに報告書は異例の早さだったが、同時に出された対策は、意地悪い表現をするなら、話のすり替え。雨量観測施設の増設などハード面に課題があるのも否定しないが、根っこの問題として問われたのは姿勢▼どれだけハードを整えたところで、鍵を握るのは人であり、危機管理。必ずしも今の体制や組織に欠陥があるとも思えないが、道が打ち出したのは「技術総合職」の必要性だった。これぞ典型的な“役所の知恵”だが、その前に本質的な部分に欠陥があったことを忘れてほしくない。(N)


9月1日(月)

●「宝くじ 夢は 抽せん日まで」。落胆する思いを経験している人が多いかと思うが、その一方で、ジャンボのたびに億単位のお金を手にしている人がいるのも事実。「もしかしたら、自分も…」。それは共通した心理であり、実際に宝くじ人口は増えこそすれ減ってはいない▼宝くじの歴史は江戸時代に遡り、その前身は富くじといわれる。明治政府によって禁止され、しばらく途絶えていたが、先の大戦が終わる直前に軍事費調達の名目で復活して、宝くじという名称が。正式には「当せん金付証票」と呼ばれることは意外と知られていない▼それが今は「1等・前後賞合わせて3億円」を売りにしたジャンボの時代。サマージャンボの余韻に浸っている人がいるかとも思うが、みずほ銀行によると、今年の売り上げは1297億円。不況の時代ほど人気を集めると言われる通り、昨年を上回ること約40億円▼サマー、グリーン、ドリームなど、ジャンボのたびに道内から何本か上位当せんが出る。ちなみに今年のサマーでも1等が1本、2等が5本とか。それは無理としても、3等や4等は…。よく確認した方がいい。毎年、時効となる当たりくじが多いと言われるから▼ちなみに有効期間は1年。それを過ぎると、言わずもがなのただの紙くず。買っていたのに抽せん日を忘れていたといったことはあり得る話。今から36年前に「くじの日」が設けられた。語呂合わせで、その日は9月2日。時効にしないように…。この日は覚えていた方がいい。(H)


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