暮らしのパレット




●菊の節句(2010.9.5掲載)
小菊の色をたのしむ食卓

 九月九日は重陽の節句である。そのことを、この欄に書かせていただいて何度目になるだろうか。毎年、あちこちで話したり書いたりしているが、まだまだ知らない方が多い。日本人が九という数字を嫌うのは「苦」を連想する音だからである。だが、奇数を陽の数字として好む中国では、九は最も大きい陽の数字である。その数字が二つ重なる九月九日には、さまざまな言い伝えがあり、各地に興味深い行事が残っている。
 日本では「菊の節句」としても親しまれ、江戸時代には庶民の間にも定着した。だが明治以降、上巳(じょうし)の節句(ひなまつり)や端午の節句がどんどん派手になる陰で、重陽の節句は徐々に消えていった。菊に葬儀や仏花のイメージが重なったからだとしたら残念である。
 菊は古くから日本人に愛されてきた花であり、皇室の花でもある。格式のある美しい花である。菊には霊力もあるとされ、不老長寿の祈願などにも使われてきた。重陽の節句には、菊酒もよし、お寿司やサラダに飾るもよし。古くは庭の菊の花にたまった朝露で顔や体をなでて邪気を払ったとも聞く。
 最近、若い人たちが結婚式や花束に、品種改良された今風の菊を使うようになった。うれしい限りである。「菊の節句」をぜひ現代に復活させ、日本人の美意識と伝統行事を大切にしていきたい。(生活デザイナー)

 

●秋の足音(2010.8.29掲載)
キノコのまぜご飯を囲む秋らしい食卓

 本州では30度を超える日がまだ続くところも多いのに、北国育ちの私には今年の残暑は少々つらい。「お盆を過ぎたら海水浴は禁止、朝晩は急に涼しくなるので寝冷えをしないように」というのが北海道の夏の終わり方だった。だが今年はいつまでたっても「夏模様」。政治家たちの暗躍の話題より、自然現象のほうがよほど気になる昨今である。
 最近、テレビの情報番組で一つ学んだことがある。キノコの味噌汁の作り方である。もちろん味噌汁は何十年も作っている。出汁をとって、具材を入れて、最後に味噌を入れる。味噌を入れたら煮立ててはいけない。これが味噌汁の鉄則である。
 ところが、キノコの生産者の方の作り方を見て驚いた。出汁をとってすぐに味噌を入れる。そこにどっさりキノコを入れてコトコト煮るというものだった。味噌を先に入れるとキノコが味噌を吸って、いっそうおいしくなるのだという。さっそく試してみたところ、いままでのキノコの味噌汁よりずっと美味しかった。
 番組ではマイタケとシイタケとナメコ、そしてエノキタケをいっしょにどっさり入れていたので、最近はわが家でも最低3種類のキノコを入れるようにしている。どんなに暑いといっても、秋はすぐそこに来ている。その向こうに、長い長い白い季節が待っている。(生活デザイナー)

 

●緑の力(2010.8.22掲載)
函館市内の神社にて

 犬の散歩が朝晩の日課になり、不規則だった生活が少し改善されたような気がする。この季節はあちこちの庭の緑を眺めるのも楽しい。生命科学も教えているのだが、毎年授業の始めに、生物とは何かとまず聞くことにしている。細胞でできているとか、子孫を残すとか、皆まじめに答えてくれる。
 だが生命の特有の仕組みとしてぜひ「代謝」をあげてほしい。有機物を取り入れるのが「同化」、それを分解してエネルギーを得るのが「異化」。その両方を代謝という。緑色の植物は直接太陽のエネルギーを利用して炭水化物を作ることができる。だが動物はどんなに威張ってみたところで、自分で有機物を作ることができない。ほかのイキモノを食べることでしか生きられないのだ。
 緑色植物がなければ、すべての命の連鎖はなりたたないということだ。料理にも室内にも、庭にも街にも緑がなければ実にさみしい。パセリでも観葉植物でも、あるかないかでは大違いだ。それはきっと、緑の植物がすべての命の源だからではないだろうか。
 函館の駅前にももっと緑が欲しい。駅に降り立つと美しい函館山が迫り、五稜郭公園も遠くない。だが青い海と美しい街並みに、いま少し手をかけた緑が駅前に広がれば、函館の印象はさらによくなるのではないかといつも思う。(生活デザイナー)

 

●青い世界(2010.8.15掲載)
美しい海の魚たち

 猛暑につづいて時ならぬ大雨。あちこちに被害がでている。北海道に台風は来ないと言われてきたが、ここ数年は何度も巻き込まれている。広島県に住んでいたので、台風の猛威はよくわかる。万全の対策などないが、気象予報を信じてせめて被害は最小にくいとめたいものである。
 写真は鳥羽水族館である。大きな期待もせずに行ったのだが、来場者の多さと熱気に驚いてしまった。特別珍しいイキモノがいるわけでもないのに、大人も子どもも、いや、むしろ大人の方が喜んでいるように見えた。動物園の魅力が見直されて久しい。そこの動物たちは、私たち人間とどこか似た動きを見せてくれる。だが水族館の魚たちには人間との共通点など、まず見当たらない。
 それなのに、巨大な水槽を前に足を止め、見入る大人は多い。命は海から生まれたと言われるから、もしかしたら、ぶ厚いガラスの向こう側に、遠い祖先と安らぎを探しているのかもしれない。かくいう私も、学生時代は昆虫を、その後はもっぱら人間の「雌」を研究対象にしてきたが、海のイキモノを前にするとその未知の世界の奥深さに言葉を失う。
 カラフルな姿にも、その泳ぎ方にもきっと意味があるに違いない。自然はときに残酷で、ときにかくも美しい。人間は技術と科学と文化を手にしたが、自然の前には実に無力である。(生活デザイナー)

 

●野菜と昆布(2010.8.1掲載)
美しい北海道の野菜

 写真は、先日友人が抱えてきた野菜である。この日はプロの料理人である彼女が、腕を奮ってくれることになっていた。どれも北海道産だと聞いて驚いた。しばらく眺めていたいほど美しい野菜ばかりだった。函館短大で食文化や流通について教えているが、こんな野菜に出会うと、やはり地産地消、まずは地元産の食材を探そうという気持ちが強くなる。
 ゆても紫色が変わらないカリフラワーは、海老とアボカドに添えてオードブルに、つるむらさきは昆布を効かせた出汁醤油に浸した。ベーコンと軽く炒めたズッキーニは少量の昆布出汁を加えて蒸し煮にした。厚い輪切りにした米茄子は多めの油で揚げ焼きにし、田楽味噌を塗って天ぷらにした舞茸をのせた。蕪は鶏のつくねと昆布出汁で煮込み、最後に味の濃いトマトも加えて火を通し、夏らしい「サッと煮」が完成した。
 彼女は昆布だけで出汁をとる。その方がどんな料理にも便利だという。出汁をとったあとの昆布は佃煮にしてくれた。彼女の料理にファンが多いのは、材料選びの確かな目に加えて、この丁寧な昆布の使い方に秘密があるのかもしれない。
 コースの「締め」は焼きおむすびのお茶漬けだったが、トッピングは道南産のねばりのある塩昆布。ねり梅との絶妙な組み合せにため息がでた。野菜と昆布のコラボレーションから北海道の新しい味生まれそうな予感がした。(生活デザイナー)

 

●土用の丑の日(2010.7.25掲載)
ガラス器を使った夏らしい食卓

 おせち料理を筆頭に、お彼岸のおはぎや冬至のカボチャなど、行事食には何らかの故事来歴や「いわれ」がある。だが土用の丑(うし)の日にウナギを食べるのは、古く中国に由来してのことではない。暑い時期に栄養価の高いものを食べる知恵や風習は昔からあったが、丑の日にウナギを食べると特定されたのは江戸時代である。
 夏場、売れ行きのよくないウナギを何とかしたいと相談された平賀源内が「本日土用丑の日」と書いて宣伝したのが始まりだとも言われる。丑の日とウナギがともに「う」で始まるという気軽な発想だったとすれば、平和な江戸の町がしのばれてなんとも楽しい。
 天然ウナギは川で捕れるが、ウナギは立派な海水魚である。しかも西マリアナ海嶺周辺で産卵するというから驚く。その稚魚が三千キロ近くも離れた日本に流れつき、そこを捕獲して養殖するのだという。運よく日本の川で育ったウナギは、今度は産卵のためにはるばる遠い生まれ故郷の海に戻る。その長い旅を、何も食べずに続けられるように、ウナギには脂があるのだと専門家に聞いたことがある。
 産卵場所や生育状況など、最近やっと少し分かってきたようだが、まだまだ謎だらけのウナギは研究者には魅力満載の魚らしい。養殖ウナギのほとんどが雄だと聞けば、研究者でなくても思わず身を乗り出したくなる。(生活デザイナー)

 

●七夕の街(2010.7.11掲載)
麻ののれんをテーブルセンターに使った涼しげな食卓改行

 函館の七夕は終わったが、北海道の多くの地域は八月の行事である。七夕は七夕(しちせき)の節句ともいい、人日(一月七日)、上巳(三月三日)、端午(五月五日)、重陽(九月九日)と並ぶ日本の五節句の一つである。織った布を納めて祭る神事や盆の行事と、中国伝来の星まつり、それに裁縫や書など女子の手仕事やけいこ事の上達を祈願する「乞巧奠(きこうでん)」という古い行事が一つになって今の七夕祭りになったのだろう。
 ところで七夕の夜、函館の子供たちが歌う「竹に短冊…大いに祝おう…」の「大いに祝おう」の部分に長く違和感があった。昭和30年代のはじめごろは、「大いに祝おう」とは歌わなかったような気がするのだ。
 調べてみると面白いことが分かった。かつては、ねぷた祭りもあわせて祝ったため、子供たちがロウソクをもらい歩くようになり、ねぷたの「オオイヤ、イヤヨ」という掛け声が「オオイニイワオ」になったのではないかというのである。
 青森のねぷたの「ラッセラッセラッセラー」という掛け声もロウソクを出せ出せとせがむ言葉から来たらしいと聞き、その文化の奥の深さにため息が出た。津軽の海を渡ったねぷた祭りが、函館で七夕と重なり、その痕跡を子供たちのロウソク集めと歌声に残したとしたら、これぞ壮大な七夕の浪漫ではないだろうか。(生活デザイナー)

 

●七夕飾り(2010.7.4掲載)
涼しげな食卓

 夏らしい食卓の演出を頼まれた。予算も時間もなく慌てたが、冷茶用のカップと百円ショップで買った赤と黒のトレイ、浴衣地を切ったナプキンに、ドウダンツツジの一枝を添えたら涼しげな食卓になった。あっという間に盛夏である。そして七日は七夕。北海道の多くの町は八月に行うが、歴史ある函館は本州と同じ七月七日。さすが函館である。
 スタジオの装飾を担当しているテレビの情報番組で、今回は函館の七夕を取り上げるという。どうしてもホンモノの竹を使いたくて探していた矢先、函館短大の廊下で理想的な七夕飾りを見つけた。短大の施設に通う子どもたちが作った短冊がたくさん下がっている。この時期だから竹はどこでも売っているだろうと事務室のみなさんがあちこち問い合わせてくださったが、4日以降の取り扱いとのことだった。どうしても木曜日中に札幌に持ち帰らなければならなかったので今回はあきらめるしかなかった。
 ところが授業を終えて事務室にもどった私は歓声をあげた。そこには青々とした見事な竹が横たわっていた。残念がる私のために、事務の方がお知り合いの庭から切ってきてくださったという。みなさんの気持ちが嬉しくて胸が一杯になった。三つに切っても二メートル近くあったが全部束ね、宝物のように抱えて私はJRに乗った。強い笹の香りが車内に広がった。(生活デザイナー)

 

●突然の夏(2010.6.27掲載)
美しい庭

 札幌と函館を頻繁に往復する生活がもう6年続いている。片道三時間半のJRには慣れたが、車内の温度と空調の変化が苦手で、夏冬関係なくひざ掛けと靴下は欠かせない。今月になっても寒い日が続き、ウールのカーディガンも離せなかったが、日本中がサッカーの勝利に沸いた日、突然北国に夏がやってきた。
 犬の散歩のとき楽しませていただく近所の家々の庭も一気に花を咲かせた。雪が解けてからあちこちで芽を吹く草木の様子を眺めるのは大きな楽しみの一つだが、毎日眺めているとその成長は遅々としてはがゆい。それが幾度か雨の日を過ぎて久しぶりに注意してみると、小さかった株が何倍もの葉を茂らせていたり、いつのまにか花芽がふくらんでいて驚くことがある。
 そしてある日突然満開になる。桜、梅、ボケ、ライラックなど、今年もすでにたくさんの花たちを堪能した。思えば子育ても同じかもしれない。いつになったら手が離れるのかと途方に暮れた日もあったが、子供たちが膝にまとわりついていた時期のなんと短かったことだろうか。就職と受験を来春に控えて未来を見据える娘たちにとって、すでに母である私にできることなどひとつもない。突然夏が来たように、娘達も突然大人になったような気がする。血統書のない雑草でも、それなりの花を咲かせてくれればと願うばかりである。(生活デザイナー)

 

●つよがり(2010.6.20掲載)
美しいツツジ

 古い携帯電話がついに壊れた。修理に出したがデータを復活させるのは難しいらしい。とりあえず代替の電話を借りてきたが、こちらからはどこにも発信できなくなった。携帯電話に頼りきった生活を大いに反省したがもう遅い。おまけに代替の電話は最新のハイテク機種。借りてすぐに出向いた先で、突然「○○さんからメールです」と大きな声が響いた。
 電話が喋った。その上「携帯電話、直った?」という短い内容も響き渡ったのである。期せぬことで仰天したが、止める操作が分からず、大急ぎで帰宅し、悪戦苦闘の末やっと黙らせた。同じ日、テレビで電子名刺が使われ始めたというニュースを見てさらに言葉を失った。名刺を接続するとパソコン上にその人物の動画が登場し、さまざまな情報を得ることができる。驚きである。
 やっとワープロに慣れたらすぐに、パソコンなしでは仕事もできない時代になった。携帯電話も次々に新しい機種が提案される。そんな機能は本当に必要か。それほど日本人は忙しいのか。情報ばかり集めても使うのは生身の人間である。
 機械にふりまわされる時代がとうとう現実のものになったようだ。写真は犬の散歩道のツツジである。毎年変わらず楽しませてくれる。誰もこの花の開花をコントロールできない。これぞアナログの生命の感動、ほっとできる一瞬である。(生活デザイナー)

 

●道産の花(2010.6.13掲載)
北海道産の丈夫な花たち

 北海道産の花だけで、いくつかのデザインをして欲しいという依頼があり、先日、わが家に生産者さんたちからどっさり花が届いた。ブルーが美しいデルフィニウム、白と黄色のアルストロメリア、ピンク系の数種類のガーベラ、日本風のかわいいナデシコ、立派なカスミ草、夏らしいアルケミラモリスなど、どれもしっかりとした茎ですぐに水が揚がった。
 写真は、各地の花を全部取り混ぜてデザインした食卓である。難しい色の取り合わせだったが、生産者さんたちのご要望に応えるべく挑戦した。雑誌やテレビのためにいくつか製作してあちこちに置いたところ、その丈夫さに驚嘆する声がたくさん届いた。我が家に残した花の何種類かは、色こそ少し薄くなったものの、2週間以上たつのに枯れる気配がない。あらためて「地物のすごさ」に感動している。
 野菜や果物では生産者の顔が見える流通が一般化しているので、切り花にも産地を明記していただき「地産地消」を望みたい。こんなに丈夫で長持ちするのなら安心して買える。西欧諸国のように食料品のついでに気軽に花を1輪買う文化を、北国から定着させたいものである。そしてぜひとも切り花も、北海道の名産品として名乗りをあげてほしい。すでにその品質は本州の首都圏では高く評価され、高値で売買されていると聞く。「自然の花」「庭の花」に次いで、「切り花」も北国の自慢にしたいものである。(生活デザイナー)

 

●函館弁賛歌(2010.6.8掲載)
明るい函館駅周辺

 JRで札幌と函館を往復する時間はいつも執筆などにあてるのだが、先日、函館に向かうときは後ろの席のお喋りで閉口した。函館で同窓会があるらしい。女性が数人集まれば無敵である。周囲の迷惑などおかまいなし。その会話の中でふと気になる言葉があった。
 函館の○○ちゃんと電話で話したときのことを話題にし、「いやー、函館弁丸出しなんだわあ!」と大笑い。腹が立って思わずパソコンの手が止まった。函館弁の何がおかしいのか。丁寧な函館弁の音と響きは実にやさしく温かい。そもそも「丸出し」という表現は明らかにばかにしている。
 私も含め道民には北海道弁が少なからずある。後ろの席のご一行も「ゴミ投げてくる」「したっけさー」と方言さく裂なのに、なぜ函館弁をやゆするのか。函館で育ち、嫁ぎ、子育てをし、その地で立派に生きてきただろう○○ちゃんは、今回の同窓会の準備をきっと一生懸命したはずである。かつては自分たちも同じ言葉を使っていたのではないか。
 函館弁をさんざん笑った一行といっしょに私は改札を出た。そのとたん、胸を打つ光景が目の前に広がった。70代半ばの彼女たちは○○ちゃんにかけよって抱き合い、女子高生のように飛びはねながら歓声をあげた。肩をくんだまますぐに大声のお喋りが始まった。全員が流暢な函館弁だった。あたりかまわぬ美しい函館弁が駅構内に大きく響いた。(生活デザイナー)

 

●ミステリアスなお菓子(2010.5.30掲載)
いろいろなべこ餅

 食文化を学ぶ時、各地の行事食の調査は欠かせない。冠婚葬祭や誕生祝、還暦などの人生全般の儀礼には、いつも特別な料理やお菓子が作られてきた。どの地域にも特有の作り方や食べ方があり、その背景には人々の生活の知恵や歴史が見えてくる。

 先日、函館短期大学の授業で、日本の行事食を取り上げた際、学生たちに記憶に残る晴れの日の食事について書いてもらった。年々手作りのお菓子が減っているのに、子供の日にはべこ餅(もち)を作るという学生が何人かいた。木の葉型だけでなく、カラフルな生地を使って花を作るタイプ、さまざまな抜き型を使うタイプなど、道南出身の学生たちのレポートは貴重な資料になった。

 あるテレビ番組でも、べこ餅について興味深い特集があった。道内各地のべこ餅を調べたものである。根室には「牛餅」と書く餅があり、道央にはは「べっ甲餅」、そして日本海側の羽幌、浜益、小樽、八雲には渦巻き型、木の葉型、カラフルな花形などがあり、知内、南茅部では金太郎飴(あめ)のように、断面の美しい切るタイプの餅が作られていた。

 北前船か、陸路からか、いずれであれ本州各地から移住してきた方々が、ふるさとの伝統を大切に守ってきた証しである。どこかミステリアスなべこ餅の分布とルーツだが、この道南になぞ解きの重要な鍵がありそうな気がしている。探偵気分で調査を続けようと思っている。(生活デザイナー)

 

●アートとしての野菜(2010.5.23掲載)
アスパラガスのオブジェ

 最近話題のファームレストランに行ってきた。都心から車で1時間。気軽に行くには遠いので席はあるだろうと思ったが、念のため予約して正解だった。平日なのにお昼の農家レストランには順番を待つ行列ができていた。
 人気の理由はすぐにわかった。野菜をベースにしたドレッシングがおいしい。サラダも付け合せのじゃがいもも、ポタージュも、とにかく野菜がおいしかった。味付けが薄いので、いっそう素材本来の味が楽しめた。
 肉料理がメーンだったのに野菜のおいしさばかりが記憶に残った。栽培技術の進歩や貯蔵、輸送等の発達で、多くの野菜が季節を問わずに食べられるようになったが、やはり旬は旬。今はアスパラが一番おいしい。
 先日、テレビの情報番組の装飾にアスパラを使った。ホタテといっしょにバターいためにする残りを何本か束ねてリボンを結んだ。水を張った皿に立てると立派なオブジェになり、司会者の後ろでキラリと光って見えた。以前、ピンクのリボンを結んだアスパラの「花束」をもらって大いに感動したことがあるが、おいしいものは美しい。
 食べる前にしっかり眺めたい。新タマネギやオクラの断面も感動するほど美しい。白菜やキャベツの葉脈には数学的な美しさがある。どれも自然の芸術である。北海道はその宝庫。これからの季節、大いに楽しみたい。(生活デザイナー)

 

●やさしい集い(2010.5.16掲載)
タケノコの贈り物

 ある木彫家の追悼展があった。一周忌でもある最終日、多くの仲間たちが集った。日常の食器から個性的な家具に至るまで、彼の作品には全国に幅広いファンがいた。私のいとこが彼と結婚したのは、もう三十年以上も前のことである。当時学生だった私は、京都に住む彼らを訪ねては、常識にとらわれず、ホンモノを追求する自由なライフスタイルに大いに刺激を受けた。いつのまにか月日が流れ、作品と同じくらい、たくさんの仲間を残して彼は旅立った。
 この一年、多忙な毎日を送ってきたいとこは、「どなたが何人いらっしゃるか分からない」と言いながらも、慣れた様子でパーティーの準備を始めた。彼の作品に料理を盛る作業はとても緊張したが、優しかった故人ともう一度向き合えるようで、私には幸せな時間でもあった。結局、30名ほどが集まった。
 著名な声楽家やアーティストたちは自然に歌い始め、いつしかすばらしいミニコンサートになった。そして彼が息を引きとった時間には全員で黙¥・オた。案内がなくても彼の命日を覚えていて、義理も建前もなく、彼の家族に会いたい人だけが集う、すばらしい一周忌だった。
 夜も更けてお客様を見送りに出た玄関で大きなタケノコの入ったかごにみんな驚いた。どなたかのお土産だったらしい。さみしくなったはずのアトリエなのに、深夜の玄関には明るい笑い声が響いていた。(生活デザイナー)

 

●気持ちの贈り方(2010.5.9掲載)
ハンガリーの桜

 先日、エレベーターに乗る私の後ろから、興味深い会話が聞えてきた。ご主人のお母様に、母の日はお花はいらないと先に言われたという。「何もしなくていい、気持ちだけでいいといわれても困る」と一人が言えば、連れの女性も「何もしない嫁だと思われてもいやだから…」と不安そう。食べてなくなるお菓子にしようか、いや、やはり形が残るように、安いバッグかお財布か、日傘かハンカチかと迷う気持ちがよくわかった。
 ある新聞の調査では、母の日に欲しいモノの第一位は「気持ち」だった。形を添えずに気持ちを伝えるのは実に難しい。義母も毎年なにもいらないと言ったが、私はスカーフやアクセサリーなどをせっせと贈った。だが亡くなったあと、それらが箱に入ったまま押し入れから出てきたときには思わず苦笑してしまった。
 今年は、86歳になった私の母には、好物の大福と仕事で使った残りのカーネーションをあげようと思う。何より母が喜ぶのは、家族が集うことと、明るい話題、そして友人達と会話である。できるだけそんな機会を作っていきたいと思う。私も娘達の元気な笑い声が今は一番嬉しい。
 五稜郭の桜がやっと咲いた。この写真は先日、夫がハンガリーで撮ってきたものである。日本と変わらない桜の風景に驚いたが、アイビーが絡まるこの一枚だけは、なぜか「洋風」に見えるからおもしろい。(生活デザイナー)

 

●小さな畳(2010.5.2掲載)
ミニ畳で楽しむ小さなお節句

 例年にない寒さが続いたが、やっと桜のつぼみがやわらいできた。北国の桜は端午の節句の時期に咲く。かしわ餅やべこ餅に桜の花を添えられるのだから、考えようによってはぜいたくな話である。さてこのべこ餅の名前の由来は、牛の色に似ているからだとか、べっ甲色だからだとか諸説あるが、最近はいろいろ着色して楽しい形の「キャラクターべこ餅」もあるようだ。
 さまざまな形や色があっても、木の葉型の「べこ餅色のべこ餅」は生粋の道南生まれらしい。北海道の各地に、そして各家庭に、代々伝わるお菓子があるのはなんともすてきなことである。北国の厳しい暮らしの中で、祝い事のたびに人々が集って作るお菓子は、味そのものよりコミュニケーションの道具として大きな役割を果たしてきたのだろう。
 さて、お友達の畳屋さんで素敵なマットを見つけた。本当の畳で作った置物台らしいが、それを見たとたん、高校の茶道部に所属する二女が、「お茶とお菓子をのせたらおいしいそうね」と一言。さっそく購入して自宅の板の間に置き、陶器の小さなかぶとを飾ると、そこだけ見事な和の空間になった。
 日本の家から畳が少なくなったのは実に寂しい。だがディスプレー用のミニ畳とイグサの香りに目をとめて、緑茶を楽しむ若い世代はしっかり育っている。なんだかホッとした。畳文化はなんとしても残していきたいものである。(生活デザイナー)

 

●桜を待つ(2010.4.25掲載)
函館五稜郭公園の満開の桜
(昨年5月)

 「そんなにもあなたはレモンを待ってゐた」これは高村光太郎のレモン哀歌の印象的な書き出しだが、毎年この時期、私は「こんなにも私たちは桜を待っゐるのか」と言いたくなってしまう。2月から5月までの間、特定の樹木の花がどこでいつ咲くかという情報がニュースで刻々と流れる。これはかなり稀有なことではないのだろうか。
 国の花だからと言っても、法令で定められたものではない。国花としては菊も同等の扱いを受けているはずだから、なぜこうも桜だけが愛され、その開花が待たれるのだろうか。そして、開花した桜の下で、飲んで食べて歌って踊るとはどう考えたらよいのだろうか。箸(はし)の使い方から席次に至るまで礼儀作法に厳しいこの国なのに、花見の席は見事な無礼講。その理由を考えていたとき、「サクラ」の語源に行き着いた。
 「サ」は田(稲)の神様、「クラ」は神の座る場所を意味する。サクラは「田の神様」が宿る木と考えられていた。暦のなかった時代、桜の開花はまさに田植えの時期を知らせるものだった。そして桜の散る様は神様が蒔く米にも見えたのかもしれない。神様を祀ったあとの無礼講だとすれば、花見の飲食は理解できる。
 ところで桜が散るのを無常感や死のイメージと重ねるのはよくないと思う。花が散ってこそ実が実る。ぜひともここは肯定的に考えたいものである。(生活でデザイナー)

 

●じゃがいも礼賛(2010.4.18掲載)
好みの味のバターを添えて

 桜前線の北上を楽しみにしていたのに、日本列島を時ならぬ寒波が襲っている。勢い、野菜の価格が高騰した。四季折々の豊かな野菜料理は、日本ならではの楽しみである。一日も早い価格の安定を望みたい。
 わが家は家族全員、大の野菜好き。中でもじゃがいもの人気が高い。肉じゃが、カレー、シチュー、サラダに味pク汁、主食にもなる。じゃがいもは北海道特産のように思うが、全国で広く作られている。かつて住んでいた広島県のじゃがいももすばらしい味だったし、九州産も悪くない。だから春は「新じゃが前線」が桜に少し遅れて、九州から徐々に北上する。小ぶりで皮も薄い新じゃがの素揚げは実においしい。
 そしてこの季節、北国ならではの楽しみは「越冬じゃがいも」である。雪ムロなどで保存したじゃがいもは、低温で貯蔵したことで糖分を増し、その甘さは格別である。デンプン質を糖分に変えることで、自分自身が凍らないという、植物の「知恵」だとすると感動的でさえある。
 おろしニンニクやみじん切りのアンチョビを混ぜたバターで味の変化を楽しむのもいい。ニンニクもアンチョビも使いやすいチューブ入りが便利である。じゃがいもに塩辛を添える食べ方は函館に越してきてはじめて知った。さっと焼いた塩辛とホクホクのじゃがいもの、山海の組み合わせは絶妙だった。北国の「食」は、実に奥が深い。(生活デザイナー)

 

●しつらい(2010.4.11掲載)
桜の枝で春のしつらい

 今月スタートしたテレビ番組の「しつらい」を担当している。季節にあわせた空間の演出や、年中行事のお道具などの準備、飾りつけなどを行う。お菓子や料理の盛り付けや、伝統的な贈答や礼法も含む。
 「しつらえ」、「設え」が正しいのでは?とか「室礼(しつらい)」ではないかとの質問も多い。「しつらえる」は動詞、「しつらえ」、「しつらい」はともに名詞として使う。漢字の表記もいくつかあるが、懐石や礼儀作法に詳しかった義母に倣って私は「しつらい」という言葉を使うことにした。
 具体的には季節の草木や花のデザインと食卓の演出が主になるが、過剰装飾にならないように注意して、日本の伝統やしきたりを大切に提案していきたいと思う。ただ初回はお祝いに広島県から沢山の桜をいただいたので、スタジオのあちこちにふんだんに飾った。届いたときはつぼみだった枝を大きなバケツ5つに分けて、寒い部屋で保管して、本番の数日前から少しずつ暖かい部屋に移動させて開花を調節した。そのかいあって本番当日、見事に満開になった。
 そのあと、自宅でインテリア用と食卓用に生け直したところ、1週間経つ今もD、と咲き続けている。我が家に届いてからは16日目になるが枯れる気配など全くない。可憐な色や風情には不似合いな強さである。桜の花が、かくも深く日本人に愛される理由はそのへんにもあるのかもしれない。(生活デザイナー)

 

●街の声(2010.4.4掲載)
京都の枝垂れ桜

 先月、関西のある街を訪ねた時のことである。朝ごはんの席に大きな声が聞こえてきた。「北海道の人はナー、あいさつもあんまりセーヘン感じやネン」とか「買い物したら、ありがとうくらい、笑顔で言ってもエーのにナー」。
 こんなところで北海道への苦言を聞こうとは思わなかった。だが接客の「感じの悪さ」や売る側の「腰の高さ」は北海道を旅した関西人の多くが感じることなのかもしれない。悪気などまったくないのに、笑顔や言葉の少なさが「感じの悪さ」につながってしまうのだろう。残念である。
 以前、函館空港からタクシーに乗ったとき、目的地に着くまで、函館の景気の悪さや他人には興味のない地元の噂話をし続けた運転手さんがいた。もし私が函館にあこがれてはるばるやってきた旅人なら、相当幻滅したに違いない。たった一人の心無い接客で街の印象が悪くなるのは実に悲しい。観光都市は油断ができないのだと肝に銘じた。
 写真は数日前、仕事で行った京都の桜である。滞在中何度かタクシーを利用したがどの運転手さんも細い路地や近くを通る神社仏閣を上手に説明し、明るい話題で終始笑わせてくれた。その言葉の端々に京都への愛情と誇りが感じられた。時ならぬ雪と寒さで震えた3日間だったが、京都の魅力は住む人の魅了なのだと改めて思った。(生活デザイナー)

 

●ほんのひと手間(2010.3.28掲載)
市販の総菜にひと手間かけて

 歓送迎会や懇談会の季節になり、案内状のほとんどが飲み放題付きの食べ放題。食べ放題と言っても「安かろう、まずかろう」という昔とは違い、味もサービスも充実した店が増えている。不況下の競争で価格はどんどん下がり、この先どうするのかと心配になるほどだ。
 こんなに便利な場が増えたのだから、自宅に人を招いて手料理をふるまう機会が少なくなったのもうなずける。外食は行楽や外出時の食事として、そして家庭ではできない丁寧なもてなしのために発展してきた。
 だがいつのまにか日常の食生活に見事にとけこんだ。自分で作るより安価でおいしいのなら当然だが、外食が好まれるようになった理由は単に便利さだけだろうか。行動範囲が広くなり、付き合う人たちの家が遠くなったこともあろうが、「家に招くこと」のハードルは、昔より、はるかに高くなったような気がする。簡単に自宅を開放する必要はもちろんないが、互いに訪問しあって築いたかつての人間関係が少し懐かしい。
 写真は若い生徒さんたちが、あっという間に作った食卓である。市販の総菜にカイワレなど緑を添えたり、切り方、盛り付け方を工夫しただけで楽しいテーブルになった。青いボトルと器がにぎやかな食卓を引き締めている。こんな時代だからこそ、ほんのひと手間かけて集う余裕が欲しい。(生活デザイナー)

 

●伝える言葉(2010.3.21掲載)
気持ちを伝える熨斗袋やギフト

 親しい友人のお嬢さんが結婚する。北海道神宮で挙式をし、身内だけの会食をするとのこと。大げさにしたくないようだったが、私たち家族も何かお祝いをしたくていろいろ考えた。新生活はスタートしているということだから、ここはやはり現金が一番。
 久しぶりに熨斗(のし)袋を見て歩いて、その種類の多さに驚いた。水引だけでも古典的で豪華なものからパステルカラーの現代的なデザインまで多種多様。和紙もカラフルなものや絵柄つきのものなど実に豊富である。
 ひと頃のラッピングブームを経て、目的や中身に合わせて選ぶ時代になったのだろう。結局、以前から愛用している縁起のよい図柄の熨斗袋3種類に、家族それぞれの名前を書いた。略式の熨斗袋だが老舗和菓子屋の紅白の最中(もなか)に添えて梅の柄の風呂敷で包むと、お祝いしたいこちらの気持ちは何とか伝わりそうな気がした。
 寿、御祝い、志などと書くべきところに、「おめでとう」とか「ほんのきもち」などストレートなメッセージを書いた熨斗袋のほか、最近はお菓子の箱や缶にお礼や感謝の言葉を直接プリントした便利な商品も増えている。
 メール文化で「書き文字」への関心が高くなり、「見せる文字」に頼る傾向が強くなってきたのかもしれないが、「話し言葉」で思いを伝える努力は何としても大切にしていきたい。(生活デザイナー)

 

●女性の日(2010.3.14掲載)
黄色いミモザを春の花に添えて

 ミモザの花束をいただいた。母と二人の娘たちの分も合わせて4つ。3月8日は女性の日ですから、とイタリア暮らしが長い友達が届けてくれた。ミモザだけの花束が家族全員を笑顔にした。イタリアでは大人も子どもも、その日は身近かな女性にミモザを贈るのだという。母の日のようなものかと想像してみるが、たぶん違う。
 家事を休んで女性同士で食事に出かけたり、職場でねぎらってもらったりするというから、広く女性を大切にする日なのだろう。国連は1975年に3月8日を「国際女性の日」と定めた。だが、日本ではその「声」はまだ小さい。恵方巻やバレンタインデーがこんなに早く浸透したのだから、「女性の日」もコマーシャリズムとジャーナリズムが誘導してぜひとも広めてほしい。
 ただ、シンボルにしたいミモザを全国一斉に手配するのは難しいが、大切なことは「その日」を定着させることだ。男性が育児休暇をとる率は極端に低い。ましてや結婚を機に仕事をやめる男性はほとんどいない。家事と育児と介護と仕事、女性の荷物はいつまでたっても軽くならない。
 ミモザの花がなくてもせめて「ありがとう」のひとことがあれば、そしてその日だけでものんびりできれば、次の日から少しは元気に歩けるかもしれない。照れ屋の日本男児がそのひとことを言いやすい「仕掛け」をなんとか作れないものだろうか。(生活デザイナー)の時代も人間である。(生活デザイナー)

 

●新しいしきたり(2010.3.7掲載)
縁起のよさそうなお菓子

 恵方巻に続き、今年もひな祭りについてもいろいろな質問が寄せられた。お内裏様とお雛様の右左については毎年聞かれるが、地方によって飾り方は異なる。昭和天皇即位の際、西洋の方式を取り入れて以来、向かって左が男性になったのだという説が広く信じられているようだが、どんな理由でお内裏様が「西洋式」になる必要があったのだろうか。
 娘一人に一組ずつ段飾りをそろえるべきか、という質問も受けるが、それは「流し雛」の発想である。子どもの邪気払いに、身代わりとして草や紙で人形を作って水に流す「流し雛」なら、一人に1つ人形が必要になる。段飾りとは由来が違う。年中行事に関する質問を受けるたびに、日本人のまじめさを痛感する。みな「正しい」ことを確認して、それに従おうとする。間違いたくない。しかし、このまじめさは、私たち日本人の不安や弱さとも見ることができよう。縁起はかつぐし、八百万(やおよろず)の神様には、なんであれ手を合わせる。近年は受験シーズンになるとゴロ合わせの商品が並び、新しい風物詩になっている。
 しきたりやしつらえは季節や植栽、食物などで異なって当然なのに、コマーシャリズムが新常識を提案し、文化を均一化しつつあるようだ。そうとは思いながらも、縁起のよさそうなものはなんでもうれしい。弱きモノ、それはいつの時代も人間である。(生活デザイナー)

 

●ひなまつり(2010.2.28掲載)
食用菜の花も添えた春らしい一皿

 ご近所の親しいお宅に双子のお孫さんが生まれた。住まいに合わせたかわいいセットを選んだとのこと。明るい話題でこちらも嬉しくなった。わが家のお雛様は今年もまだ納戸の奥で眠っている。お内裏様は私の初節句に両親のお仲人さんからいただいたもので、その後毎年買い足して、小学校の中ごろ、やっと段飾りが完成した。牛車やこまごまとしたお道具を季節はずれのセールで見つけたときの両親の満足そうな顔は今でも鮮明に思い出すことができる。
 組み立て式の雛壇を買うまでは、毎年、百科事典や文学全集を積んで段を作った。両親はまだ若く、家も狭かったのによくやってくれたと思う。人形より、段を作る大騒ぎの方が幼い私には楽しかった。ぬいぐるみや当時流行のミルク飲み人形、セルロイドのキューピーなど、家中の人形が勢ぞろいで並ばされた。
 早く片付けないとお嫁に行けなくなると、両親は毎晩言いながら、あと1日、もう1日と片付ける日を遅らせた。3月はいつも、雛段で狭くなった部屋で家族3人肩を寄せて寝た。不自由なものが沢山あったのに、あの遠い日が懐かしい。
 市販のお弁当で夕飯を済ませることになった日、盛り付けなおして雛あられや色とりどりのmネも添えたら、春らしい一皿になった。今年こそ、古い雛人形を我が家の娘達に見せてやろうと思う。(生活デザイナー)

 

●身の丈の力(2010.2.21掲載)
旭山動物園の名物ペンギンの行進

 久しぶりに旭山動物園に行った。ブームもそろそろ落ち着いたかと思っていたが、開園20分前にはすでに長蛇の列。観光バスは次々にやってきた。同行した次女は去年ガラパゴスで自然の動物に触れたほか、国内外の動物園をいくつか見ている。
 さてどんな感想を持つかしらと様子をみていたら、ペンギンの行列でまず大歓声。アザラシの旋回泳ぎでまた歓声。シロクマが泳いだといっては喜び、鼻息荒く眠るヒグマには興味深々だった。彼女もこの動物園にすぐに魅了されたようだった。
 その理由は「思ったより小さいね」という感想に集約されるような気がする。広すぎないことに加えて、観光客仕様にあれこれ取り入ることも媚びることもない、市民サイズの動物園のままであることが、訪れる人をホッとさせるのだろう。
 かつてふるさと創生一億円事業というのがあった。様々なモニュメントや箱物が各地に誕生したが、それらは今どのように市町村に貢献しているのだろうか。結局はその地に住む人が楽しめる施設が、観光客にも魅力的な場所だということなのだろう。
 何事も大変身を望まず、培った「身の丈」を丁寧に磨いて最大に生かすことが成功につながるのかもしれない。寒い駅には受験生の姿もあった。手中の力を発揮するだけでいいのだからと、そして、春はすぐそこなのだからと、思わず声をかけたくなった。(生活デザイナー)

 

●早春賦(2010.2.7掲載)
心あたたまる古本

 春は名のみの風の寒さよ…という、早春賦の歌詞が好きだ。立春を過ぎたというのに、ますます厳しい寒さが続く。足元を気にしながら肩をすぼめて歩く通勤時など思わず口ずさんでしまう。そんな昨日、仕事帰りにある古本屋に立ち寄った。創業76年の老舗である。
 今は店頭のお客より、インターネットで全国から殺到する注文で大忙しだという。私も古い雑誌をネットで探していただいたが、膨大な量の本にもかかわらず見つけることはできなかった。
 お店の奥さまにお弁当について調べていることを話したところ、昭和14年の主婦の友の付録と、戦争中の食事を特集した昭和43年の「暮らしの手帳」を見つけてくださった。私は、興味深いタイトルの単行本の中から、昭和初期の小説家たちのおむすびやお弁当についてつづったエッセイ集を発見した。ページをめくりながら予期せず欲しい情報に遭遇したときの喜びは実に大きい。ネットでの検索では得られない感動である。
 数冊の本を大事にかかえて家路についた時、早春賦の歌詞がまた頭の中でリフレインした。歌詞は吉丸一昌氏で、曲は中田喜直さんの父上である中田章氏。大正2年に発表された唱歌である。古本も唱歌も、丁寧につくられた作品は長く残る。よき時代の名作にひととき寒さを忘れた。(生活デザイナー)

 

●節分(2010.1.31掲載)
柊(ひいらぎ)の葉を
添えた節分の食卓

 節分と言えば豆まきと決まっていた。それがいつのまにか、恵方巻が市民権を得て、コンビニでも予約して買うのが当たり前になった。「いつのまにか」と書いたが実は1989年、セブンイレブンが広島で販売を開始し、1998年から全国で展開されるようになったものである。
 昔から関西に伝わる風習だと言われているが、どこを調べても古い伝統だという証拠はない。確かに「節分の日に丸かぶり―恵方を向いて無言で…」という昭和7年のチラシが大阪のすし店に残っているという。だがその提案が定着した形跡はない。
 昭和30年に自分が考案したという人もいる。断続的にいろいろな情報があるが、いずれであれ昭和の産物である。コンビニや海苔(のり)業界などの巧みな戦略で、あっというまに日本中に広がった。
 起源や流行の背景を探って論文を書いたことがあるので、毎年この時期、いろいろなところから取材を受けるようになった。太巻きを切らずに食べるなど、かなり異様な光景である。この点からみても礼儀作法を重んじてきた日本の風習だとは思えない。だが伝統とは無関係だと力説してきた私だが、年々トーンダウンしてきた。
 売れて嬉しい人たちや、買って楽しい人が増えているのなら、新しい年中行事として認めざるを得ないだろう。暗い話題の多い昨今、せめてにぎやかな節分で明るい春を呼びたいものである。(生活デザイナー)

 

●春近し(2010.1.24掲載)
食卓に春を演出

 雪害のニュースが続き、この季節ばかりは北国の生活が少々つらくなる。受験生も雪と寒さという余計な心配をしなければならないから気の毒である。来年受験の二女は先輩たちの真剣さを見てすでに逃げ腰。「化学記号や年号、微分積分とか、こんなこと覚えてなんの役に立つの?」「覚えてもすぐ忘れるんだから、無駄じゃない?」と問う回数が増えた。わかるわかる、その気持ち実によくわかる。かつて私も何度同じ台詞を言っただろうか。
 そして高校や予備校で教えていた頃、どれほど多くの学生の同じ問いかけを聞いたことだろう。おちこぼれの受験生だった私が図らずも教師になって出した答えはいたって簡単。「なんの役にもたたないよ」というものだった。
 ただ、教師が覚えた方がいいというものくらいは、覚える努力をすべきである。その努力ができる人間は、逃げる人間より将来社会で役に立つことは間違いない。それでも納得しない二女に「じゃあ、ジャンケンで勝った人が合格することになったらどうする?」と聞いたら「それは困る」と真顔になった。クジや早いもの勝ちで合否が決まるとしたらそれこそ問題だろう。
 覚える技術と考える力を養うのは「若い今」が旬なのに、若い時はそれがわからない。うまくいかないものだ。こんなに深い雪も必ずとける。春は決して遠くない。(生活デザイナー)

 

●食わず嫌い(2010.1.17掲載)
モツ鍋もおしゃれ

 昨今、学生のレポートに妙な傾向がある。インターネットの情報をつないで書くせいか、学生らしくない文体の上、みな同じ内容なのだ。ニュースもインターネットで見る人が増え、ページをめくる皮膚感覚が忘れられつつあることは実に寂しい。情報が豊富になっても人間が賢くなっているようには思えない。だからというわけではないが、どちらかといえば私はネット社会に批判的で、パソコンの技術向上の努力を怠ってきた。
 だが実際はインターネットなくして今の仕事は不可能。その上うれしい出会いも続いた。去年は函館親善大使である東京在住の男性からご連絡をいただき、つい先日はMさんという札幌の女性からお問い合わせをいただいた。お二人ともこの連載をお読みくださり、私のホームページにアクセスしてくださったのだ。Mさんは暮らしのパレットを全部プリントアウトして大切に読み返してくださっているとのこと。心から嬉しく思った。インターネットの恩恵にかくも与っている以上、毛嫌いせず、今以上自在にパソコンを使えるようになった方がよいような気がしてきた。
 そういえば長く苦手だったモツ鍋も、先日友人に勧められて挑戦したところ、その極上の味に大感激したばかりである。食わず嫌いは大損である。果敢な挑戦は老化も遅らせてくれるかもしれない。(生活デザイナー)

 

●食卓の赤(2010.1.10掲載)
食卓に映える赤

 日本には五つの大きな節句がある。三月三日の上巳の節句、五月五日は端午の節句、七月七日は七夕の節句、九月九日は重陽の節句。そして一月七日の人日の節句である。一般に七草粥を食べる日として知られている。新鮮な緑の野菜の少ないこの季節、野草を炊き込んだお粥で体をいたわる、なんとも優しい風習である。節句の料理としては素朴すぎるが、邪気をはらい、無病息災を祈る行事として長く受け継がれている。
 今年もわが家は七草のセットを買った。パックを開けたとき、その緑色がなんとも新鮮で、お粥にする前に写真を撮った。赤い漆器に入れると、葉の緑とスズナとスズシロの白がよく映えた。「赤」が背景にあればこそ、いっそう華やかに見えたのだと思う。
 今、弁当に関する研究をしているのだが、70%以上が弁当の思い出としてウインナーソーセージを挙げている。そしてウインナーといえば「赤」だと言う人のなんと多いことか。「赤いウインナー」は着色料の問題を克服して、今もその人気は変わらない。
 どの他、赤い食材としては季節を問わずプチトマト、昨今話題のキャラクター弁当には、カニカマボコが多用されている。古来、餅や赤飯の赤には呪術的な効果が期待されてきたが、器であれ食材であれ、今なお「赤」が好まれていることは実に興味深い。(生活デザイナー)

 

●丁寧な仕事(2010.1.4掲載)
心のこもったギフトカード

 政権が代わり、何だか騒々しいまま新年を迎えた。回復する気配のない景気に不安は募るばかり。子育てには援助があるというが、さて、子ども達の未来は明るいといったい誰が言えるのだろうか。大企業もいつどうなるかわからない。何かの資格を取得しても安定した将来など約束されない。就職を探す学生たちの心細さがよくわかる。だが、好きな職種にこだわらずとにかく働き始めれば思いがけない出会いや展開はきっとある。私自身がそうだった。
 大晦日が誕生日なので、この年末もいくつかお花をいただいた。その中に一枚、素敵なカードがあった。親しいフローリストから届いた花に添えてあったものだが、雪の結晶のモチーフが好きな私のために、わざわざ作ってくれたのだという。どんなに高価な花束でも、デザインを邪魔するような文字の、大きなカードが無造作にさしてあれば興ざめである。
 細部にまでこだわり、手を抜かない丁寧な仕事こそ、競争の激しいこれからの社会が求めるものであるに違いない。好き嫌いや向き不向きより、誰かに注目され、評価される仕事ができるとすれば、それだけで幸せなのではないだろうか。黄色いバラに合わせた優しい色の雪の結晶は、仕事の仕方を改めて私に教えてくれているような気がした。(生活デザイナー)

 

●贈る気配り(2009.12.27掲載)
届いた柑橘類をお正月風に飾って

 24日の午後、札幌の家に電話があった。Aさんから誕生日にお花を届けるように注文を受けたが、30日は在宅かという内容だった。誕生日は大晦日だから1日早く手配してくれたのだろう。若い仕事仲間のA君が誕生日を覚えていてくれたことはうれしかったが、1週間先の何日の何時なら家にいるのかという事務的な電話が残念だった。
 A君はきっと私の好きな花を突然贈って驚かせたかったに違いない。それなのにネタばらしをされた上、日時をしつこく聞かれた私は、A君の気持ちを考えると少々腹がたった。多忙な時期の配達とはいえ、依頼主の気持ちを配慮した電話のかけ方があるのではないかと言ったら、電話の相手は留守なら困るからだと繰り返すばかりだった。
 かつて夫の誕生日にある店を内緒で予約した際、その旨を確かに頼んであったのに、私の留守中に予約確認の電話があり、電話に出た夫に内容を伝えてしまって計画が台無しになったことがある。サプライズのケーキはいつごろ出したらいいかと、みんなの前で尋ねたレストランもあったという。
 商品がなんであれ「贈る人の思い」と「贈られる人の笑顔」を想像した配慮はビジネスの必須事項ではないのか。函館は笑顔の接遇だけでなく、贈答文化やホスピタリティーの基本姿勢が丁寧に伝わる街であってほしい(生活デザイナー)

 

●あたたかい時間(2009.12.20掲載)
部屋の隅にクリスマスを演出

 さすがに師走、気持ちに余裕がなくなって、ささいなことでイライラしては後悔する繰り返し。せめて部屋の隅に少しだけクリスマスのムードを作ってみたくなった。今年次女がアメリカでお世話になったお宅からいただいた鳥の置き物にヒバや杉を添えると、そこにだけ優しい光があたったような気がした。
 多忙を理由に食事作りも相当手を抜いているがシチューだけはせっせと作っている。「うちのシチューは絶対においしい」という家族の声がうれしいからだ。義母の残したレシピだが、タマネギと鶏肉を炒め、ジャガイモやキャベツなどを加えて少量のスープで煮る。そこに牛乳に直接小麦粉をしっかり混ぜたものを加えて煮立てる。スープの素と塩、コショウ、最後にバターで仕上げる。牛乳1カップに対して小麦粉は大さじ1の割合。わが家はいつも4カップは使う。魚介類や、季節の野菜は別にゆでたり炒めたりしてあとから加える。今はカリフラワーやキノコもおいしい。
 だが、わが家にはまだクリスマスツリーが登場していない。毎年24日ごろ大騒ぎで組みたてる。1月末まで飾り続け、いつもみんなに笑われる。気が付けば長女は24歳、次女は17歳。サンタクロースに真剣に手紙を書いていた小さい背中が懐かしい。きっと今年もサンタさんは来る。(生活デザイナー)

 

●師の言葉(2009.12.13掲載)
クリスマスカラーで師走を演出

 クリスマスの仕事で、大きな荷物を抱えてタクシーに乗った日、ラジオでその訃報を聞いた。動物行動学を日本に紹介した日高敏隆先生が亡くなったのだ。直接門下にいたわけではないが、若い日、昆虫学を学んだ時も、40代で生活美学を専攻した家政学部時代も先生のアドバイスなくして私の学業と仕事はありえなかった。
 このところご無沙汰していたので、近く京都を訪ねて近況を報告しようと思っていた矢先のことだった。誰に対しても優しく、私のように門の外にいる学生も決して見捨てることはなかった。翻訳本やエッセーは常に話題になり、平易であたたかい文章は小学校の教科書にも載った。多忙な先生のそばにはいつもたばこの煙があり、琥珀(こはく)色のウイスキーもあった。
 人生の歩き方もたくさん学んだ。「仕事を理由に、生活を楽しまないのは悲しいね」「学問をするからと言って、髪を振り乱すのはよくないよ」「君らしく自由に考えなさい」「なんでも、これしかない、と思いつめてはいけない」「女の子はきれいな方がいい」。硬軟とりまぜた言葉が浮かんでくる。
 何年も前、FMいるかに先生と二人で出演したことがある。函館は景色も人も素敵だから、きっとまた来ると言っていたのに叶わぬ夢となった。師走の1日、先生の言葉を抱いてあの日立ち寄ったカフェを訪ねてみようと思っている。(生活デザイナー)

 

●新しい世代(2009.12.6掲載)
個性的なクリスマスリース

 子育ても介護も一段落した友人が、これから何か仕事をしよう、少しは世の中の役に立とうと思った。運転免許はあってもペーパードライバーで、パソコンも苦手、若いときお稽古事で取った免許も、どれも看板や証書だけで何の役にも立たない…。なにより年齢制限があって社会に一歩踏み出す方法が全くないと嘆いていた。
 長く家庭を舞台に生きてきた女性たちが、ふと社会に目を向けたとき直面する当惑である。できる仕事や役割がどんなにあっても、受け皿はきわめて少ない。求人情報もネットで探すとなると、ため息しかでないという。私もインターネットやパソコンは自在に使いこなすという域には程遠い。なんとか業務に支障のないレベルである。
 政権交代が高らかに謳(うた)われているが、かつては一般家庭でも主婦の座を嫁に渡す儀式があったようだ。さて寿命が延びた今、行き場を模索する「若い年寄り」たちにはどんな未来があるのだろうか。新しい技術やセンスを日々更新する若者たちには敬意を払い、必要なことは彼らからしっかり学ぶしかないのではないか。
 写真のリースは親しくしている若いデザイナーの作品である。色も素材も私の発想を超えている。かつて「師」といえば、経験豊富な年配の方ばかりだった。だがこれからは若い世代が時代をリードする。技術も感覚もなんとかついていきたいものだ。加齢対策にもきっといいに違いない。(生活デザイナー)