2007年10月20日(土)掲載

◎駒ケ岳噴火を想定した住民避難訓練
 【森、鹿部】駒ケ岳噴火を想定した住民避難訓練が19日、森、鹿部両町4地域で一斉に行われた。別荘地や住宅点在地の情報伝達確認、高齢者や幼児ら災害弱者のスムーズな避難誘導などを広域的に実施したのは初めて。町の「緊急火山情報」に住民らは素早く対応し、防災への意識を高めていた。

 災害弱者の避難誘導や、中心部から離れた地域などに目を向け、改めて関係機関の連携を見直すのが狙い。この日は両町の警察、役場、消防署、函館海洋気象台など4機関約100人、地元住人321人(117世帯)が参加した。

 訓練は午前8時40分、札幌管区気象台が火山性微動を知らせる一報を受け、11月をめどに導入される火山情報「噴火警戒レベル」で公表し、各関係機関が初動体制を確立。同10時に「火山性微動が増大。地殻変動を観測し大噴火の可能性がある」の発表で、両町が避難勧告を発令した。

 町立しかべ幼稚園(佐藤文雄園長、園児103人)では勧告を聞き、園児が素早く備え付けのヘルメットを着用。教員の指示でタオルを口に当てながら、避難場所の町中央公民館へと急いだ。

 訓練で分かった課題や反省点を踏まえ、今後も駒ケ岳火山防災会議協議会などで防災体制について検討を進める。 (笠原郁実)


◎国重文に大谷派函館別院、文化審議会答申
 文化審議会(石沢良昭会長)は19日、函館市元町の真宗大谷派函館別院(梨谷哲栄輪番)の本堂と正門、鐘楼(しょうろう)の建築物3棟を、国の重要文化財に指定するよう渡海紀三朗文部科学相に答申した。本堂は国内最初の鉄筋コンクリート造りで、歴史的な価値が認められた。梨谷輪番(70)は「非常に名誉なこと。二度と燃えない寺院を建てて仏法を残したいという先達の思いを大切に、保存と教化活動に力を入れていきたい」と話している。

 「大谷派本願寺函館別院」として、1件3棟が指定された。道内では唯一で、全国で10件が重要文化財指定の答申を受けた。正式決定は12月ごろになる見通し。函館市内の建造物で重要文化財の指定を受けたのは、旧函館区公会堂や函館ハリストス正教会などに続き5件目で計8棟。美術工芸品を含めると7件目となる。

 同別院は「東本願寺函館別院」「東別院」などと称される。系譜は16世紀に松前に建立された専念寺で、専念寺の末寺となる箱館浄玄寺が現在の東別院となった。火災を経て現在地へ移った別院は1907(明治40)年、再び大火で焼失。当時の帝室技芸員、伊藤平左衛門9世の設計で15(大正4)年、鉄筋コンクリート造りで本堂を再建した。本堂の正面は幅33?で、正門や鐘楼も続けて建てられた。

 同審議会では、鉄筋コンクリート造りの寺院建築の先駆けとなり、耐火建築としてその後の函館市街地の不燃建築物普及の契機となったと評価している。

 同別院の宗教法人としての代表は梨谷輪番で、別院住職は京都市に住む大谷演慧(えんねい)さん(93)。大谷住職は宗祖・親鸞の血脈を受け継ぎ、東本願寺の門首代行も一時務めた。

 同別院は1989年に市から伝統的建造物の指定を受けている。国の重要文化財に指定されると、国の補助で建物の修復を行うことができるなどのメリットが得られる。

 答申を受け西尾正範市長は「大変喜ばしいことで、函館の魅力を一層引き立ててくれるものと考えている」とのコメントを発表した。 (鈴木 潤)


◎かあちゃん食堂 活動3年目
 【江差】江差町の愛宕町商店街で毎週水曜日、酒屋の店先を開放して高齢者への食事提供サービスなどに取り組む「かあゃん食堂・たまりば」の活動が3年目に入った。昼食の提供を通じた高齢者の見守り活動、住民との異世代交流といったユニークな取り組みは、本年度の「道福祉のまちづくりコンクール」(道主催)で奨励賞を受賞するなど、町内外でも高く評価されている。

 ある水曜日―。午前11時になると、地域の高齢者が連れ立って、普段は酒屋として営業している「かあゃん食堂」を訪ねてくる。食卓を囲んだお年寄りは「元気だった?」などと会話を弾ませる。何気ない会話からお互いの近況を知り、しばらく姿を見せない人がいると家を訪ねて安否を確かめるなど、活動のすそ野は着実に広がってきている。

 食堂は誰でも利用できる。ボリューム満点の食事は1食300円。煮物、焼物、汁物とメニューは多彩だ。四季折々の魚介類をはじめ、地物の食材をふんだんに活用している。正午を過ぎると、町内のサラリーマンも加わり店内は大にぎわいだ。

 小梅洋子代表(65)は「いつも来てくれる人がいて、『おいしいね』と言ってくれることが継続の力になる」と話す。

 「かあちゃん食堂」は2005年9月にオープン。小梅代表を中心とする商店街の主婦が交代で運営している。調理場では3、4人の主婦が調理や配ぜんを分担する。

 運営メンバーの中で最高齢の小梅ミサさん(77)は、病院や官庁の食堂で勤務したことがある。前日から食材の下ごしらえに参加し、開店日には調理場を元気に行き来する。「年を取っても通って来られる場所があるのはうれしいね」と目を細める。

 高齢者や住民の交流、見守り活動の拠点としてすっかり定着した「かあちゃん食堂」。この2年間で提供した“おふくろの味”は数千食に上る。小梅代表は「同じ思いを持つメンバーが一緒になって食べて笑って、楽しみながらやってきたことが成功の秘けつ」と語り、活動の継続に意欲をみせている。 (松浦 純)


◎青柳小、児童の顔のレリーフ復元
 函館青柳小学校(佐藤篤正校長、児童272人)は開校130周年記念事業として、校舎入り口の斜路ののり面に設置された児童の顔のレリーフを復元した。校舎が竣工した1935(昭和10)年に口から水が出る噴水として付設されていたが、以前から壊れて表情も分からない状態になっていた。19日には関係者が同校に集まって除幕式を行い、生まれ変わった青柳小の“顔”の完成を祝った。

 同校は1878(明治11)年2月9日に住吉学校として開校し、統合などを経て1936(昭和11)年に函館青柳小となった。斜路は函館山山ろくの傾斜を生かした校舎設計の中で施設されたこう配のある通路。同校には西側の南北から2本の斜路が延び、レリーフはその接点部分に取り付けられている。

 当初はレリーフの口から水が出る噴水で、下には水受けが設置されていたが、第二次世界大戦後に水が止まり、レリーフの顔も唇から上のほとんどの部分が壊れ、全体的に荒れた状態となっていた。

 心を痛めた同校同窓会(辰村和子会長)は7月、開校記念として噴水の水受けを花壇として整備することを決め、開校記念事業実行委員会(川上俊彦同校PTA会長)は同時に、悲惨な状態だったレリーフを復元することにした。

 ところが、レリーフの元の顔の資料が同校に残っておらず、関係者は顔を求めて住民らに写真などの提供を呼び掛けることに。これを知った同町在住の卒業生、高田菊子さん(81)が52(昭和27)年に妹らと撮影した記念写真に小さく映っているのを見付けて名乗り出た。この写真をもとに同校の教員が絵に仕上げ、市内の石材店に制作を依頼した。

 除幕式には各学年の代表児童も参加。高田さんは「つぶれた顔がかわいそうだったので本当に良かった」と喜び、佐藤校長は「かかわった人達に感謝したい。レリーフはこれからずっと、わたしたちの青柳を見守ってくれるだろう」とあいさつした。 (小泉まや)


◎乙部町 イカゴロ海中還元、磯焼け対策で初試験
 【乙部】日本海の磯焼け現象に歯止めを掛けようと、町内の漁業者を中心に、水産加工場で生じるイカの内臓(イカゴロ)を海藻の肥料や魚の餌として海中還元する試験事業が、乙部沖で実施されることが決まった。早ければ月内にも開始される見通しで、19日には町ぐるみで試験を支援する「豊かな浜づくり協議会」(会長・寺島光一郎町長)の設立総会も行われた。

 試験は、ひやま漁協乙部支所を中心に、乙部沖3カ所で実施。冷凍したイカゴロ100キロを金属かごに入れ、深さ10メートルの海底に沈める。「イカゴロが海藻の肥料や魚の餌になっていたことは漁業者の経験則で明らか」(同町)といい、試験では同様の効果を期待している。

 昨年から沿岸でイカゴロによる集魚試験を進める上ノ国町では、油膜拡散やイカゴロが含む重金属による汚染は確認されず、同漁協は「今回も試験に伴う環境への影響は無い」と説明。国と道も19日までに試験の実施許可を町に伝えた。

 日本海では、魚介類や海藻を育てる栄養が減る「貧栄養化」が進行。磯焼け現象も深刻で、漁獲が急減しているスケトウダラの産卵場所の乙部沖では、資源の回復に向けた藻場の育成も緊急課題だ。

 2004年、檜山沿岸8町(当時)はイカゴロの海中還元に向け、構造改革特区による規制緩和を国に申請したが却下され、05年の再申請でも認定は受けられなかったが、国は海中の栄養分を補う「施肥」の実施を初めて容認。これにより昨年、上ノ国町がイカゴロで魚をおびき寄せる集魚試験を開始したが、漁業系廃棄物の投棄につながる試験は多くの制約があり、磯焼け対策からは解離した内容になった。

 寺島町長は協議会の設立総会で「イカゴロの還元を規制する環境行政に風穴を開けた意義は大きい」と評価。同漁協副組合長の阿部一町議会議長も「乙部の漁業者が先頭になって成果を示したい」と意欲を示した。 (松浦 純)


◎市議会議運委、有料ホーム問題調査特別委、委員選任に決着
 函館市議会の議会運営員会(能川邦夫委員長)は19日、「有料老人ホーム問題調査特別委員会」の委員選任について、能川委員長が「本特別委に限り、各会派の判断に委ねる」と正副委員長の裁定を提案、全会一致で了承した。監査委員の発言権をめぐる慣例の取り扱いは今後の議運で継続協議する。委員選任に決着がついたことで、特別委は今月中にも招集される見通し。

 特別委の委員選任をめぐっては、9月28日と10月1日の議運で、慣例を重視する民主・市民ネット、新生クラブ、公明党の3会派と、市民クラブ、共産党の間で意見が割れて紛糾。この日は、能川委員長が「慣例は尊重してほしいとは思うが、このままでは平行線に終わる。特別委の設置を決定した以上、速やかに運営が図られるべき」と述べ、監査委員の委員就任も含め、各会派の判断に委ねる考えを示した。

 今後、特別委開会後、正副委員長を選任し、議論を開始する。

 また、新生クラブの白崎憲司郎氏が13日に死去したのに伴い、同会派後任の議会運営委員として、浜野幸子氏が選任された。

 有料老人ホーム問題調査特別委員会の委員は次の通り。(敬称略)

 ▽民主・市民ネット 石井満、板倉一幸、斉藤佐知子▽新生クラブ 黒島宇吉郎、出村勝彦、浜野幸子▽市民クラブ 小野沢猛史、本間新▽公明党 瀬尾保雄、志賀谷隆▽共産党 高橋佳大 (今井正一)