2007年9月26日(水)掲載

◎昭和小学校、ふっくりんこ収穫
 函館昭和小学校(亀谷幸夫校長)の5年生82人が25日、校舎裏にある学校田で、春から丹念に育てた道南産のブランド米「ふっくりんこ」の刈り取り作業を行った。子どもたちは、頭を下げた稲穂の束をつかみ、片方の手に持ったかまで、手際よく稲刈りに取り組んだ。

 新築した校舎の裏に多目的に作った約75平方メートルスペースを学校田として活用。田植えから病害虫対策、水の管理などをすべて児童が行い、同時にコメについて学習してきた。

 この日は、渡島農業改良普及センターの宗像政美さんが刈り取りを指導。作業前に「下から10センチの所を切って、束が6つになったらひもで縛って」と伝えた。

 子どもたちは長靴と軍手を着けて水田に入り、注意しながら作業に当たり、次々に束を作っては「できた」と歓声を上げていた。工藤寛之君は「病気になったり虫が付いたりした稲もあるけど、ちゃんと実った」と喜んでいた。収穫した稲は今後脱穀、精米も児童たちが行い、家庭科の時間に調理して食べる。(小泉まや)


◎民生常任委「安全・安心なまちづくりに関する条例」制定に着手
 函館市議会の民生常任委員会(佐古一夫委員長)が25日開かれ、市町会連合会など4団体の連名で要望されていた「安全・安心なまちづくりに関する条例」の制定に着手、民生委として市議会定例会に条例案を提案する意向を固めた。議員提案という形で同条例が可決されたケースは、全国的にこれまで1件しかなく、民生委の取り組みが注目を集めそうだ。早ければ12月定例会に条例案を提出する考えだ。

 8月24日の前回委員会では、条例制定について大筋合意していたが、他都市の状況など調査が必要として継続審査となっていた。そうした中、同26日には昭和公園で高校生ら7人による傷害致死事件が発生、民生委として条例制定の機運がさらに高まっていた。

 25日の委員会では「市民が一番関心を抱いている時。このタイミングを逃すべきでない」「事件を無駄にできない」など、委員から傷害致死事件を重く受け止め、早急に制定を求める意見が相次ぎ、委員会として条例を提案していく方向で合意した。今後、関係部局や各団体の協力を得ながら素案をまとめていく。

 市議会事務局によると、函館市と同様の中核市で同条例を施行しているのは34市中23市で、いずれも市長が提案し可決された。議員が提案した例は三重県四日市市のみとなっている。

 同条例の制定要望は昨年11月に市議会議長に提出され、議員改選後の5月に再度提出され、同委員会で制定するかどうか審査していた。

 同様の条例は、道が条例化したのをはじめ、道内では室蘭市や釧路市、小樽市などが制定している。(鈴木 潤)


◎都市景観賞に2件「五稜郭タワー」と「石山邸」
 周辺環境に調和し景観形成に配慮した建築物や、活動を通じて都市景観づくりに貢献している個人・団体を表彰する「第13回函館市都市景観賞」の受賞建築物が25日に発表された。本年度は、昨年リニューアルし多くの市民や観光客が訪れる「五稜郭タワー」(五稜郭町)と、市の景観形成住宅等建築奨励金制度を活用して建築された一般住宅「石山邸」(大町)の2件が選ばれた。10月4日に市役所で所有者、施工業者らを表彰する。

 五稜郭タワー(中野豊社長)は清水建設北海道支店(札幌)が設計、施工した。形状や色彩、工夫された夜間照明など、周辺の都市景観と調和し、ランドマークとして認知されていることが選考理由。アトリウムの開放的な空間とともに「高さ98メートルの大規模建築物でありながら、すっきりとした印象」とし、都市景観向上への貢献を評価した。

 一方、石山邸は北海道ハウス(美原1)が設計、施工した木造2階建ての一般住宅。2階部分は下見板張り風の外壁に縦長窓、1階部分は聚楽風の塗り壁で格子窓、胴蛇腹や持ち送りなど、現代風でありながら、函館らしさを感じる和洋折衷が特徴だ。古い建物が多く残る西部地区において、町並みに溶け込む「都市景観形成地域における住宅建設の手本」と評価した。

 同賞は5年以内に新築、改築などを行った建築物、団体・個人は都市景観形成にかかわる活動を3年以上継続し、その貢献度が評価される。

 1989年度から94年度までは西部地区歴史的景観賞として建築物14件、1団体を表彰。95年度からは全市を対象に都市景観賞として、これまでに同27件、3団体が選ばれている。

 ことしは市民149人から31件の建築物に対して応募があり、市都市景観賞選考委(委員長・岡本誠公立はこだて未来大学教授、委員7人)の書類審査、現地審査を経て決定した。(今井正一)


◎江差測候所1日から無人化、観測機器の撤去進む
 【江差】気象庁の江差測候所(高岡正志所長、所員7人)が30日の業務後に無人の「特別地域気象観測所」に移行、67年の歴史に幕を閉じる。測候所内では、観測機器や事務用品の撤収作業が行われている。

 無人化に伴い事務室は廃止され、小さな図書室に気象、地震、津波の観測装置と非常用バッテリーを設置。屋外の芝生の上に観測機器を据え付けた「露場(ろじょう)」はそのまま残る。

 同測候所の業務開始は1940年2月17日。当時は「中央気象台江差観測所」として橋本町に平屋の庁舎を構えた。戦時中は国防上、気象情報が重視され、十数人の所員が配置されたことも。79年には江差地方合同庁舎(姥神町)に移った。

 30日午後9時には最後の観測通報を行う。古くは電報、現在はパソコンで行う観測データの送信作業だ。1日午前零時には観測業務を終了し、零時1秒に特別地域気象観測所による観測に移行する。「観測は一瞬も欠かすことはできない。1秒単位で機材の切り替えを行う」と高岡所長。廃止に当たっての特別な行事は無く、7人の職員は新任地へ旅立つ。

 10月以降は桧山管内の予報業務も担当している函館海洋気象台が、遠隔操作で機材管理や観測データ送信を行う。住民からの気象の問い合わせや自治体などを対象とする台風説明会も継続するという。一方で所員の目視で行うサクラ開花などの観測は打ち切られる。

 廃止翌日の10月1日には緊急地震速報の提供がスタート。気象庁にとって新たな歴史の1ページを刻む日となる。高岡所長は「ハイテク化や人命を守る防災情報の提供に業務の重点が移る中での測候所廃止。時代の流れです」と静かに語る。(松浦 純)


◎八戸みろく横丁の一行が大門横丁を視察
 青森県八戸市の屋台村「みろく横丁」の関係者34人が25日に来函、函館市松風町7の屋台村「大門横丁」を視察した。北日本を代表する両屋台村の出店者が互いの“商売繁盛”を目指し、積極的に情報交換をしていた。

 2002年11月に開業した「みろく横丁」は25軒で構成。運営する「北のグルメ都市」(中居雅博社長)は年1回、テナントを対象にした研修旅行を企画し、これまで帯広、小樽、栃木県宇都宮市を訪れており、函館は初めてとなる。

 市内のホテルで開かれた両屋台村の交流会で、中居社長は「みろく横丁をより進化させるため、大門横丁をはしごして、良さを学んでいきたい」とあいさつ。一方、大門横丁の運営会社「はこだてティーエムオー」の渡辺良三社長は「勉強させてもらうのは、われわれの方。町を元気づけ、盛り上げていく役割は同じはずなので、有意義な場にしましょう」と歓迎の言葉を述べた。

 一行は、午後5時半に大門横丁へ移動。函館の新鮮な魚介類や工夫を凝らしたメニューを味わおうと、目当ての店に散らばり、各店の店主や従業員との会話を楽しんでいた。(浜田孝輔)