2008年2月11日(月)掲載

◎企画 映画と私の物語【居酒屋兆治編】(5)藤根明光さん 猛烈な火勢にヒヤヒヤ
 1983年の夏。七飯町東大沼は異様な熱気に包まれていた。同年の映画「居酒屋兆治」で大原麗子さん演じるさよが嫁いだ牧場が火事になるシーン。撮影現場となった同町内のかやぶき家の周辺にはスタッフや高倉健さん、田中邦衛さんら俳優陣のほか、地元のエキストラ100人も集まった。

 そこに応援要員として駆り出されたのが当時七飯町消防団第8分団員だった藤根明光さん(61)。「『とにかく1回勝負だ』という関係者の声が聞こえ、現場は緊張感があった」と振り返る。

 藤根さんは東大沼出身。大野高卒業後に本州で働き、31歳のころ帰郷。友人に誘われて消防分団に入団した。すでに亡くなった父親は分団長を務めており、親子2代にわたり地域の防災活動に携わる。

 当時は37歳。函館での映画撮影の噂(うわさ)は耳にしていたが、「まさか(東大沼に)来るとは思わなかった」という。

 火事の場面を撮影するため、廃屋だった家1軒を燃やすという提案に地域が協力。野火などの用心と片付けのため、地元消防団にも“出動”要請があり、第8分団からも10人程度が参加した。

 撮影は夜。見物人含め大勢が遠巻きに見守る中、撮影がスタート。一斉に燃え上がる火を背景に、悲しげに立つ大原麗子さんの姿をカメラが映す。「周囲に何もなかったけど、万が一野原に飛び火でもしたらと思って気を遣った。あっという間に火の手は回り、かなり迫力があった」。あのときの火勢は鮮明に覚えている。

 「カット!」の声が出てから鎮火までには2時間ほど掛かった。燃え尽きた後、藤根さんら分団員は残材を集める作業に当たった。その時、そばで休憩していたのが田中邦衛さん。「にこにこと誰かと話していて、明るいイメージそのままの雰囲気だった」。辺りは暗くてよく見えなかったが、高倉健さんの姿も見掛けた。物静かな印象だけが残っている。

 撮影現場となった場所は今では木や草に覆われ何も残されておらず、遠くに駒ケ岳が見えるだけ。藤根さんの入団後も、駒ケ岳は96年から2000年にかけて数回噴火した。山の“足元”に位置する大沼地区の全戸には防災用の無線機が設置されており、無線機の電池交換や使い方の指導は分団員の大切な仕事の1つだ。「噴火時は窓のサッシの内側まで灰が入ってきてひどかった。特にこの地区は日ごろの防災意識が大切なんだ」と藤根さん。

 東大沼地区は当時、約3600人がいたが、この25年間で少しずつ人口が減り、現在約2600人が住む。

 「仕事がなくて若者は中心部や函館へ行ってしまうが、生まれ育った土地や景色が自分には一番合っている。不便も感じないよ」。うっすらと雪をかぶった駒ヶ岳を見詰め、静かに語った。(新目七恵)

(おわり)


◎節目の公演 けい古に熱…17日に市民歌舞伎「初春巴港賑」
 道南各界の名士が集う市民歌舞伎「初春巴港賑(はつはるともえのにぎわい)」(実行委、市文化・スポーツ振興財団主催)が17日午後1時から函館市民会館(湯川町1)大ホールで開かれる。今回は第30回の記念公演で、歌舞伎十八番に数えられる「勧進帳〜安宅新関の場」、新歌舞伎の代表作「番町皿屋敷」などが演じられる。出演者は間近に迫った公演に向け、けい古に熱が入っている。

 「初春―」は1973年2月、市民劇場の主催で始まった。当時は初代市川団四郎さんの指導で歌舞伎が演じられたほか、民謡、舞踊など演目は多彩に行われていた。第11回公演(89年)には子どもだけによる歌舞伎「絵本太功記十段目」が演じられ、現在の「函館子ども歌舞伎」誕生のきっかけとなった。今回の出演者は捕手(とりて)を含め46人で、初回からの延べ出演者は1683人に上る。

 節目を祝う「勧進帳」は第20回公演(98年)でも演じられた。源頼朝と不和となり陸奥へ逃れる源義経一行が、加賀(石川)の安宅の関で富樫左衛門の関守に止められ、弁慶がうその勧進帳を読むなどし危機を脱する物語。実行委員長を務める大庚会理事長の今均さんは富樫役を演じる。「記念公演として皆がやりたいと思っていた演目。強の弁慶、柔の義経、情の富樫の3人の男のロマンがぶつかる奥深い名作を楽しんでほしい」と話す。

 けい古は1月から本格化し、2月からステージで各演目のまとめに入った。2代目市川団四郎さん、市松与紫枝さんらが時代、物語の背景に合った演技を求め、出演者に顔の表情、動くタイミングを細かく指導する。勧進帳で弁慶役の本間眼科院長本間哲さんは「練習はハード。禁酒して臨んでいます」と話す。

 女形がいない勧進帳に対し、「番町皿屋敷」は女性の純愛物語。青山播磨の恋仲、お菊は市内のバレエ教室「インターナショナルバレエストゥディオ(IBS)」主宰のビーグリィー綾子さんが演じる。団四郎さんは「女性が喜ぶロマンの物語。バレエのビーグリィーさんにとって歌舞伎は大変だったと思うが、良い芝居になるだろう」と期待を込める。

 このほか、第11回公演から演じられている「白浪五人男〜稲瀬川勢揃いの場」には函館おおてまち医院長の田中修市さんらが出演。口上は西尾正範市長ら5人が務める。 入場券は完売しており、当日券の販売は予定されていない。(山崎純一)


◎クイズやゲーム 笑顔がいっぱい…冬フェス
 「2008はこだて冬フェスティバル」(実行委主催)に関連した「五稜郭ファミリーイベント」(えぞ共和国主管)の2日目が10日、函館市の五稜郭公園で開かれた。初日に続き大勢の家族連れが訪れ、ゲームやクイズに歓声をあげていた。

 午前中は子どもたちのサッカー大会、ウオークラリーが行われた。午後は「ウルトラクイズ」(函館新聞社共催)が開かれ、子どもから大人までが参加。人気ゲームのキャラクターや、音楽、函館の歴史に関する問題が出され、参加者は親や友だちなどと相談して○または×の答えを決めていた。

 そのほか雪上滑り台や、ドサンコ馬の乗馬体験には長い列ができ、子供たちは冬の連休に楽しい思い出づくりをしていた。5歳のあかりちゃんと訪れた同市石川町の神貴昭さん(27)は、「初めて訪れたが、気軽に参加できる遊びばかりで楽しい。五稜郭で開かれることに大きな意味を感じる」、あかりちゃんは「かわいいドサンコ馬に乗ったことがうれしかった」と笑顔を見せていた。(山崎純一)


◎部長 退職者は8人…函館市人事
 函館市は3月末で6部長が定年退職を迎え、2部長が特別職就任の予定で退職する。機構改革で1部長が増え、空席となる部長ポストは合計9となる。市全体で4月から特別職が3部長職を兼務する予定で、相殺すると部長昇格者は6人程度となる見通し。次長や課長、係長以下の一般職も含め大幅な人事となりそうだ。

 定年退職する部長職は総務、商工観光、監査委員事務局長、選管事務局長、交通局管理運輸、消防長の6人。商工観光部は経済部と観光コンベンション部に再編されるため部長1人が増える。これに特別職起用の方向で財務、企画の2部長が退職するため、合わせて9の部長ポストが空く。いずれも要職で、政策立案や行財政改革、基幹産業の観光・産業振興、市民の安全確保などを担うポストが多い。

 特別職が兼務するのは理事が総務部長、水道局長が同局管理部長、交通局長が同局管理運輸部長の予定。西尾正範市長は「特別職も今や“上がり”のポストではない。民間のように経営者でありながら実務をこなし、成果を挙げなければならない」と説明する。

 団塊世代の退職が始まり、旧4町村の支所長が部長職となったことから、昨年4月は11人が部長に昇格した。現在の部長職は医療職を除き32人で、2年間で半分以上が入れ替わることになる。

 4月に昇格する部長は次長から起用する方針で、そうなれば次長ポストも空く。本年度は西尾市長の公約である労働政策、子ども未来、健康増進の3室を新設し、次長職が3人増えた。さらに2部に再編する商工観光部では、経済部だけに次長を置くことで労使が合意している。

 組織機構をスリムにし、コンパクトな市役所を目指す行革の中で、組織や管理職、特別職を増やしていることについて、西尾市長は議会などに「特別職を含む管理職全体の人件費は抑える」と述べ、理解を求めている。理事新設では、3特別職が部長を兼務することで4年間に約6000万円の人件費を節減する考え。今後は次長職の参事2級の配置体制見直しなども想定される。

 部長・次長人事は月内の早い時期に固める。(高柳 謙)