2009年11月24日 (火) 掲載

◎自殺相談窓口をポスターに、公共施設などに掲示

 函館市自殺予防対策連絡会議は、自殺対策関連の相談窓口一覧をまとめたポスターを作製した。市立函館保健所や函館市、警察、児童相談所、ウィメンズネット函館、法テラス函館など、33カ所の電話番号や受付時間を紹介する。今月下旬から市内の公共施設などに張り出し、同じ内容のちらしも配布する。さらに12月5日には、自殺の現状について理解を深める自殺予防講演会を初開催する。

 同連絡会議は自殺の増加に歯止めをかける目的で活動し、約20団体で構成する。自殺に対する相談・支援体制の充実や、要因となるうつ病の早期発見・治療、自殺や精神疾患に対する偏見をなくす普及活動、自殺予防に有用な情報提供などを行う。

 ポスターは、連絡先一覧を記載したデザインを300枚、自殺予防啓発のデザインは200枚を作製。どちらもA2判の大きさで、公共施設や学校、医療機関、関係施設などで掲示する。窓口一覧のちらしは、ポスターを掲示する施設の窓口などで配布する。

 自殺予防講演会は12月5日午後1時半から、函館市若松町のロワジールホテル函館で開催する。国立精神・神経センターの自殺予防総合対策センター長の竹島正さんが「自殺予防―今、私(わたし)たちにできること」と題して講演。なぜ自殺対策が必要か現状を踏まえて説明し、対策について紹介する。  同保健所の保健予防課は「函館でも毎年約80人が自殺で亡くなっている。いつ当事者になるかもしれないこの現状について一緒に考えたい」と来場を呼び掛ける。講演会は入場無料で、希望者は直接会場へ。問い合わせは同保健所保健予防課TEL0138-32-1534。同課TEL0138-32-1534。 (小泉まや)



◎日ハム選手とウインナ作りに挑戦

 今シーズン2年ぶりにパ・リーグを制したプロ野球「北海道日本ハムファイターズ」の選手と一緒に料理に挑戦するイベントが23日、函館市大森町のホテル函館ロイヤルで開かれた。30組の小学生親子が招かれ、函館滞在中の田中賢介、糸井嘉男の両選手とともに、ウインナソーセージ作りを楽しんだ。

 函館近郊で食品スーパーを展開する「スーパー魚長」と日本ハム北海道販売が食育活動の一環として主催した。魚長の柳沢一弥社長は「きょうは勤労感謝の日。おいしいものを作って、お父さん、お母さんに食べてもらって」とあいさつした。

 最初は緊張気味の子どもたたちも、田中選手と糸井選手の入場を手拍子で迎えた。両選手ともにウインナ作りは初めてといい、「楽しく作りたい」と子どもたちに呼び掛けた。両選手は、腸の端を結ぶ作業や肉詰めなど、子どもたちとともに苦戦しながら、作業を楽しんでいた。(今井正一)



◎五穀豊穣に感謝、函館八幡宮で新嘗祭

 勤労感謝の日の23日、函館市谷地頭町の函館八幡宮(中島敏幸宮司)では、五穀豊穣(ほうじょう)に感謝する「新嘗(にいなめ)祭」が開かれた。今年収穫された産物などを神殿に供え、実りの秋に感謝した。

 新嘗祭は、農耕文化を中心としてきた日本で、農民が精を出して育てた新穀を天皇が神に奉って感謝し、自らもこれを食してその年の収穫を祝い国家の安泰を願う。函館八幡宮では一年で最も大きな祭儀とされる。

 この日は、奉賛会や敬神婦人会の氏子など、約30人が参加。御神体がまつられている本殿奥の扉を開け、出席した氏子らが幣帛(へいはく)などを供え、中島宮司が祝詞奏上を行った。

 続いて、石崎地主海神社雅楽会による神楽「浦安の舞」(うらやすのまい)が奉奏された。最後に参加者が玉ぐしをささげ、一年の豊作に感謝の気持ちを表していた。(山崎純一)


◎津軽海峡に四角い太陽

 函館市内では冬の間、津軽海峡からの「日の出」を眺めることができる。23日も上空の雲をオレンジに染めた後、まぶしい日が洋上をゆっくり上昇した。

 海面は海水温と外気温の関係で光が屈折し、物体の形が変わったように見える。この日も左右が四角になったような姿で浮かんでいた。気温の差が大きいと、形の変化も大きくなる。

 この日は約5分で陽光が雲に隠れてしまい、その後、市内は雨となった。(山崎純一)


◎企画【わたし学びます】~函館遠友塾(3)~/外山禮子さん(80)

 民間が運営する自主夜間中学「函館遠友塾」スタッフは全員ボランティア。元教員もいれば主婦や学生もいる。教科書があるわけではなく、授業は担当スタッフが独自に教材を用意する。例えば理科では、「電気の働き」として電池を使ったモーターカー作りに挑戦している。

 塾生の外山禮子さん(80)は「何かにつけて参考になる」とうれしそうにほほ笑む。なじみの顔ぶれに会えるのも楽しみの1つ。遠友塾という“学び場”は塾生とスタッフの大切な居場所になっている。

  ◆1928年、函館生まれ。9人きょうだいの3番目。当時の函館常磐小から高等科に進んだ。学校には通ったけれど、何を学んだかは覚えていない。戦時教育の時代、1クラス50人、教科書は近所で貸し借りした。卒業前、先生に「教室の生徒で横浜の軍需工場に行く人が1人もいない」と言われ、思わず手を挙げた。14歳、都会へのあこがれからだった。好奇心を胸に、青函連絡船で海を渡った。

 18日の遠友塾、社会科のテーマは「裁判員制度」だった。塾生数人が裁判長や陪審員、被告人役になり、スタッフの用意した台本に沿って模擬裁判に挑戦した。外山さんを含む残りの塾生は裁判員役だ。

 被告の男性は窃盗(ひったくり)などの罪に問われている。しかし、「やってません」と無実を訴えた。証人もいる。約50分間の模擬裁判が進み、判決の時がきた。

 「無罪だと思う人?」。スタッフが塾生に問うと半数余りが手を挙げた。残りは有罪を選び、ほぼ意見が分かれた。

 裁判長役の塾生がマイクに向かって言った。「判決、無罪!」。「わぁ!」と喜びの声が上がった。無罪を選んだ外山さんも思わず手をはたいた。スタッフが続けた。「有罪にした塾生は不満でしょう。これが本当の裁判だったらどうしますか」―。

 その日、札幌市では道内初の裁判員裁判が行われていた。そのニュースを目にする度、自分自身に問い直すようになった。ただの丸暗記ではない、「学び」を実践している。(新目七恵)