2009年1月26日(月)掲載

◎雪の「ポニョ」完成…木古内

 【木古内】国道228号沿いの木古内町釜谷生活改善センター前の敷地に、昨年のヒット映画「崖の上のポニョ」を題材にした大型雪像がお目見えし、「立体的でかわいい」と話題を集めている。

 同町釜谷95の会社員安斎彰さん(43)が制作した。高さ2メートル30センチ、横5メートル、奥行き3メートルで、子ども一人が入れるトンネルもある。

 1998年から毎年、雪像づくりに励んでいる安斎さんは「子どもたちが喜んでくれるから」と、近隣の冬イベントでも作品を手掛ける。昨年は七飯町大沼で開催された雪像コンクールで準優勝。「柔軟な発想と行動力がすごい」と評価を受け、完成度も年々高まっている。

 今年は20日から作業を開始。雪が少ないため、知人の協力を得てトラックで町内各地から雪を運んだ。23日には雨に見舞われたが、「雪の質は悪いが、楽しみにしてくれている住民のために少しでも立派なものをつくりたい」と連日、夜遅くまで作業に汗を流した。

 25日に作業を手伝った二男の木古内小6年、天彩(あつや)君(12)は「ドライバーがここで止まって携帯電話のカメラで記念撮影してくれるのがうれしい」と笑顔。設置は1月末までの予定。午後5時から同11時ごろまで、2台のライトが点灯し、津軽海峡を背に幻想的な雰囲気を演出している。 (田中陽介)



◎市民有志 映画化へ動く…函館出身の作家・故佐藤泰志の代表作「海炭市叙景」

 函館出身の作家、故佐藤泰志(享年41)の代表作「海炭市叙景」を映画化しようと、市民有志が準備を進めている。一昨年刊行された作品集の売れ行きも好調で、昨年11月には函館市内でシンポジウムが開かれるなど、その作品世界が再評価される中、「函館の一筋の光となれば」と映画関係者や読者らが活動を始めた。2月中には正式に実行委員会を発足させる。

 佐藤泰志は「きみの鳥はうたえる」や「そこのみにて光り輝く」など、市井の人の生きざまや青春のきらめきを描き、5回にわたり芥川賞候補となった。1981年の約一年間、函館で暮らした後に再び上京。東京で作家活動を続けていたが90年10月、国分寺にあった自宅近くで自ら命を絶った。

 映画化の構想は、函館の市民映画館「シネマアイリス」の菅原和博代表(52)が近年の邦画界の動きや、函館で撮影された作品などを見る中で、「函館の生活者の視点で映画が作れないか」と考えていた際、「海炭市叙景」を読む機会を得た。「これこそ観たかった映画だ」と直感し、昨年のシンポジウムに足を運んだところ、参加者の熱い思いを知り、活動を本格化させた。

 昨年12月、佐藤泰志の函館西高時代の同期生で、追想集作成などに取り組んできた「はこだてルネサンスの会」事務局長の西堀滋樹さん(58)に構想を提案。2人が中心となって佐藤泰志への思いを共有する仲間を集め、23日に約15人で準備会を立ち上げた。

 準備会で菅原代表は「この作品には地方都市で生きるさまざまな形の『家族』の物語がある。これは今の時代に合致するテーマであり、多くの人に訴える要素となる」と熱っぽく語った。西堀さんも「地元作家の映画化は函館市民でやりたい。映画や文学、世代を超えて映画制作を体験し、フィルムに変化する街並みを刻み、財産としても残したい」と話した。

 関係者によると、監督は第一線で活躍するプロの若手監督が興味を示しているという。プロの俳優に出演してもらい、商業映画としての成功を目指す考え。今後、脚本や資金集めなどを進める計画で、菅原代表は「多くの市民がかかわった形で制作したい。地元作家の作品を地元住民が中心になって企画するのは珍しいのでは」と話している。

 海炭市叙景 函館の街をモデルにした架空の北国の地方都市「海炭市」を舞台に、貧しい暮らしの中で身を寄せ合う兄妹や路面電車の運転士、燃料屋の主人などの人生が交錯する。社会の底辺で、懸命に生きる人たちに目を向けた18の短編連作集で、未完の遺作。この作品が入った「佐藤泰志作品集」(出版・クレイン)は函館市文学館などで購入できる。(新目七恵)



◎「暮らしやすい環境」議論…障害者条例制定に向けタウンミーティング

 障害児・者の差別や偏見をなくし、暮らしやすい環境を整えるための道条例の制定に向け、市民が意見を出し合うタウンミーティングが25日、函館市若松町の市総合福祉センターで開かれた。道内の当事者ら55人が参加し、条例への意見や日ごろの疑問などを出し合い、活発に議論した。

 条例は道議会の自民、民主両会派ごとに発足させたプロジェクトチームで原案を作成して制定を目指しており、早ければ2月の定例道議会に提案される。今回は多くの市民の声を反映させようと、市内の障害者らでつくる実行委(能登正勝委員長)が初めて企画した。

 グループ別討論の後、インクルーシブ友の会の島信一朗代表がコーディネーター、公立はこだて未来大の川越敏司准教授がコメンテーターを務めるタウンミーティングが開かれた。

 パネラーとして参加した清水誠一道議(自民)は「障害者自立支援法は市町村に責任を移したが、サービスに地域格差がある。条例は道が責任を持って環境づくりをサポートすることを明らかにする」と語り、条例の原案を説明。林大記道議(民主)は「良い条例を作ろうと、民主党は道民1万人に差別や不便に思う点を聞く実態アンケートを行った」とし、回答内容を紹介した。

 西村正樹DPI道ブロック会議議長や函館在住の平井喜一弁護士らも意見を述べた後、参加者から「条例を機に国全体が取り組むようになれば」との声や、車いす利用者から「駐車場の車いすマークのルールが守られず意味がない」などの意見が出た。討論内容は今後、実行委が意見書としてまとめ、自民、民主両会派や行政側に提出する予定。(新目七恵)


◎この1篇 天国の母に届け…心道嶺美さんが俳壇賞の最終選考まで残る。

 函館市松川町の俳人で結社天為に所属する心道嶺美(しんどう・れいみ)さん(52)がこのほど、本阿弥書店(東京)が発刊する総合俳句誌「俳壇」の第23回俳壇賞の最終候補までに残った。心道さんは文学の森(同)が発刊する「俳句界」の俳句界賞でも2005、06年の2度にわたり最終候補に残っていたが、今回は賞にかける思いがこれまでと違った。介護をしていた認知症の母信子さんが直腸がんを患ったためで、「必死で生きようとしている母を見て、自分も頑張ろうと思った」と話す。信子さんは昨年12月末に80歳で亡くなり、年明けに同書店から選考の知らせが届いた。

 心道さんは1995年に俳句を始めた。その約5年後に信子さんが認知症を患い、介護をしながら作句に励んだ。プロの登竜門として知られる俳句界賞で2度、最終選考に残ったことで自信をつけたが、07年夏に信子さんが直腸がんの手術を受け、看病が大変なため賞への応募を控えていた。08年夏からは自宅で信子さんの横に付きっ切りの生活。そうした中、「母が生きているうちに、俳句での受賞を知らせたい」と思い、作品を募集していた俳壇賞への応募を決意した。

 同賞は30句を1篇とし、今回は全国から342篇の応募があり、30篇が予選通過した。最終選考は俳人の辻桃子さんや宮坂静生さん、俳句を取り入れた舞台を企画するなど、俳句好きで知られる女優の冨士眞奈美さんら計5人が行い、冨士さんが心道さんの作品に特選をつけた。最終選考で特選、秀選に選ばれ、最終候補まで残ったのは17篇だった。

 冨士さんは「泣き腫らす瞼(まぶた)に当てゝ缶ビール」を特に気に入り、「約束の聖夜も母のむつき替え」などを高く評価した。むつきはおむつのことで、このほかにも看病を続ける中で詠んだ句がある。

 信子さんは12月30日に亡くなった。秋から冬にかけての看病の忙しさもあり、心道さんは応募していたことを忘れていたという。1月中旬、「俳壇」が自宅に届けられ、最終選考に残ったことを知った。「母の生前に間に合わなかったことは残念だが、一生懸命に介護、看病させてもらったことに感謝している」と話す。「時代を超えて愛される句を作り、1周忌までにもう一度応募し、受賞を伝えたい」と遺影に語り掛けていた。(山崎純一)


◎高齢者 寸劇で手口学ぶ…江差署員が演じ被害防止呼び掛け

 【江差】全国で被害が後を絶たない「振り込め詐欺」の被害を未然に食い止めようと、江差署(芳賀政男署長)は24日、江差町の陣屋ふれあいセンターで開かれた陣屋町内会(室井正行会長)の定期総会に合わせて、署員3人が詐欺の手口を再現する寸劇を演じ、被害防止を呼び掛けた。

 同署管内では昨年一年間で8件(被害総額約270万円)の振り込め詐欺の被害が発生。犯人が高齢者を狙うケースが多いため、「寸劇を通じて手口を知ってもらうことが効果的」として、実際の事件を基にしながら署員がシナリオを考えた。携帯電話やATM(現金自動預払機)などのセットも手作り。署員が犯人、被害者、郵便局員の役に分かれてけいこを重ね、この日が“デビュー”となった。

 犯人の男は「孫のマサト」を名乗りながら、標的リストから選んだ“祖父”に電話。「会社の金を使い込んだ。すぐに400万円が必要。おじいちゃんだけが頼りなんだよ」とだまし、祖父は言われるままに現金を振り込んでしまうが、機転を利かせた郵便局員の説得で我に返るというストーリーを演じた。

 男性が言葉巧みにだまされていく様子に、参加者は驚きの声を上げながら「うちにも似たような電話があったよ」「こんな電話が来たらやっつけてやろう」と話し合っていた。室井会長は「地域でも一人暮らしの高齢者が増えている。分かりやすい寸劇で住民の危機感もより強まったと思う」と話していた。

 署は2月上旬に江差町など3町で開かれる「地域安全大会」でも寸劇を上演し、住民に振り込め詐欺の怖さをPRする予定だ。(松浦 純)


◎競争激化、不況の波 老舗直撃…グルメシティ五稜郭店閉店へ

 道南最大の繁華街、函館市本町の中心にあるダイエーグループの食品スーパー、グルメシティ五稜郭店(本町24)が5月末で閉店することが決定し、波紋が広がっている。前身から数えて約40年の歴史を持つ老舗の撤退は、景気後退に伴う消費低迷の影響が大型店にまで及んでいる実態を浮き彫りにした。関係者には市街地の空洞化や地域全体の地盤沈下を懸念する声が広がり始めた。0ァ40ィ(森健太郎)

 「建物の老朽化に加え、競争激化で売り上げが年々落ち込み、今後も赤字脱却の見通しが立たないと判断した」。1月上旬、同店を経営するダイエーグループの食品スーパー、グルメシティ北海道(市内湯川町3、丸橋淳一社長)は五稜郭店閉店の理由についてこう説明した。

 同店は現在、魚長食品(市内豊川町、柳沢政人社長)が所有する地上7階、地下1階のテナントビルに入居。100円ショップなど計17社のテナントも含め、売り場面積は約8000平方メートルに上り、函館商工会議所が毎月集計している大規模小売店の売上データの対象店舗の一つとなっている。

 同店の年間売上高は1998年の約28億円をピークに減少を続け、2007年2月期には約18億円まで落ち込んだ。同社が昨年12月25日に市経済部へ報告に訪れた際、同社幹部は苦渋の表情で「断腸の思い」と漏らしたという。  同店と地下通路でつながる丸井今井函館店(市内本町32)はライバル店というより共存共栄を図ってきた。金輪浩之店長は「当店としてはこれまでと変わらず、地域のお客さまにご支持いただける店づくりを目指し、町のにぎわいを維持するべく努力したい」とコメントしている。

 本町地区の商店約120社でつくる「五稜郭商店街振興組合」の中里好之専務理事は「数年前の西武百貨店の撤退以来のショック。函館全体の活気が低下しかねない」と危機感を募らせる。近隣に住む女性客(68)も「買い物は丸井とうまく使い分けていたのに。本町周辺は家電や日用品を扱う店が少なくて」と嘆く。

 今回の事態を重く見た行政も動き出した。市と函館商工会議所の代表は21日に同社を訪れ、今後の営業継続を要請。入江洋之・市経済部次長らが「全館とはいかなくても、地域ニーズの高い食品売り場など低層階のみでも営業を続けてほしい」と訴えた。

 市によると、臨席した丸橋社長は「やめたくないのが実情だが、収益が上がらず苦渋の決断だった」と説明。同店に掛かる経費に対し、売り上げの減少が激しいことや、店舗の老朽化、駐車場確保の難しさなどを撤退の要因に挙げたという。

 市内では派遣社員の雇い止めが相次ぐなど雇用環境の悪化も深刻だ。今後、同店の正社員約20人とパート従業員約100人は他店舗への配置転換や再就職のあっせんを検討中というが、今年に入り、ホテルやスーパーの閉館、再編に伴う大量解雇も明らかになり「頭の痛い問題」(市経済部)の一つだ。

 既に市民の関心は「次に何ができるのか」に移っている。同店を含め本町地区の事業主約30社が加盟する「協同組合五稜郭」の久保一夫理事長は「まちづくりの観点で後継テナントの誘致に動かなければ」とし、市も「できれば引き続き商業施設としての店舗運営を望みたい」と話す。

 近年、市内では本州資本のスーパーや家電量販店などが次々と新規出店し、集客競争は激化の一途をたどる一方、商圏の勢力図は大駐車場を完備した郊外に移行しつつある。「ばかでかい空き店舗は街の空洞化を印象付けるだけ」。旧西武の撤退後に一時遊休化が進んだ際、ある商店主が漏らした一言が、あれから5年余の時を経て重くのしかかる。