2009年6月20日 (土) 掲載

◎創業95年の大正湯 娘が3代目に

 創業95年の歴史を持ち、映画「パコダテ人」(2001年)のロケ地としても知られる函館市弥生町の老舗銭湯「大正湯」の3代目店主にこのほど、小武典子さん(60)が就いた。2代目として店を守ってきた父、茂さんが2月に心不全で亡くなり、後を継いだ。生まれも育ちも大正湯という典子さん。近年の銭湯離れで経営は苦しいが、愛着のあるピンク色の建物を前に「何とか維持したい」と意気込んでいる。

 大正湯は1914(大正3)年、典子さんの祖父で、船大工だった故、三蔵さんが安定した収入源として古い銭湯を買い取ったのが始まり。27(昭和2)年、現在の特徴的な和洋折衷型建物になった。外観は戦時中、目立たない緑色だったが、終戦を機に明るい色としてピンクに一新した。89年には、函館市の景観形成指定建築物にも選定された。

 代替わりは45年。東京の材木屋で働いていた茂さんが帰郷し、親から継いだ。

 家庭風呂の少ない戦後復興期、銭湯は庶民の生活に欠かせない社交場だった。北洋漁業が盛んなころは漁師客で男風呂が混雑し、順番待ちも出るほどにぎわったという。

 幼い典子さんもよく手伝いに駆り出された。「弟と交代でかごの片付けに大忙し。番頭さんやお手伝いさんもいて、家族を含め10人が働いた時期もあった」と振り返る。

 典子さんは市内の高校を卒業後、東京の短大に進学。好きな音楽関係の会社に5年間勤めたが、函館での結婚、出産を経て、79年ごろから店の経営を手伝うようになった。

 地元客の減少で西部地区の銭湯は1つ、また1つと灯(ひ)を消している。そうした中でも茂さんは定期的な手直しを怠らず、建物の保存に情熱を傾けていた。倒れる前日まで店番をしていたという。

 大正湯を慕い、長年通うなじみ客も少なくない。30代からほぼ毎日訪れている主婦(76)は「風呂はきれいで広くて良い。店のお姉さん(典子さん)もいい人だからいつもここに来る」と話す。

 家族の思い出の詰まった番台に座り、典子さんは「あと5年で創業100年。できる限り営業を続け、この建物を残したい」と話している。

 営業時間は午後3時―同9時。定休日は月、木曜日。問い合わせはTEL0138・22・8231。 (新目七恵)



◎渡島信金が札幌に進出

 【森】渡島信金(森町御幸町115、伊藤新吉理事長)は19日、本店で開いた通常総代会で札幌市に進出する方針を伝え、承認された。来年、設立100周年を迎えることを機に進出計画を進めていたもので、道南以外の地域への出店は初めて。早ければ今月中にも、金融庁に許可申請を提出する方針。

 同信金は1911(明治44)年の設立。森や函館など2市7町で13店舗を展開し、地元の水産加工業や製造業を主な取引先としている。

 同信金によると、札幌への出店は道南と道央圏との物流の円滑化が主目的。支店を置くことで、道南の企業の札幌進出をサポートする部分が強い。用地取得や人員確保などの具体的な動きは、許可申請を受けてから取り組むとしている。

 今回の進出決定を受け、地元経済界関係者は「札幌で業務を行う地元の加工業者も多く、地元産品を札幌に出す際には力になるのでは」と、好意的に受け止めている。

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 同信金はまた、通常総代会で2009年3月期決算を承認。経常利益は8700万円の減益となったが、前期比95・15%増だった。

 本業のもうけを示す業務純益は同51・6%増の7億7000万円と黒字を確保。経営の健全性を示す自己資本比率は同0・5ポイント増の11・65%で、国内基準(4%)を大きく上回った。

 金融再生法ベースの不良債権額は自己査定のランクダウンや建設関連での大型倒産が相次いだものの、同15億2300万円減の85億2500万円。不良債権処理額は貸付金償却と個別貸倒引当金を積極的に実施したことで、当期の純利益は同9400万円だった。

 10年3月期は業務純益11億円、純利益4億円の増益を見込んでいる。役員改選では常勤監事で舘内孝夫氏が退任し、新任に田村正明氏が就いた。(千葉卓陽)



◎ホテル白樺が今月末で休館

 【七飯】大沼国定公園にほど近い七飯町東大沼31の温泉ホテル「ホテル白樺」(客室22室)が老朽化によるリニューアルのため、6月末で休館することが19日、明らかになった。経営する湯の浜ホテル(函館市湯川町1、金道太朗社長)は「設備の補修や改築を行い、2―3年後の営業再開を目指す」としている。

 ホテル白樺は、函館バス興産が1980年に開業。2001年3月から同社の会社清算に伴い、湯の浜ホテルが土地、建物を購入して経営を引き継いだ。鉄骨3階建てで、大浴場や100人収容の宴会場などを備え、「会合や宴会など地元客の利用も多かった」(同ホテル)という。

 建物は築30年近く経過し、特に配管類やエレベーターなど機械設備などの老朽化が目立ち始め、金道社長は「万が一事故があってからでは遅い。ただ、改修には億単位の費用がかかるため、今の経済情勢を踏まえても再投資する時期ではないと判断した」と話す。近年はピーク時に比べ宿泊客が3割程度落ち込んだことも追い打ちを掛けた。

 同ホテルは大沼湖畔の東大沼キャンプ場の北東約2キロにあり、自然豊かなロケーションも売りの一つ。金道社長は「6年後の北海道新幹線開業を見据え、田舎旅館のような特色のあるリゾート施設として再オープンさせたい」と話している。既に予約が入っている利用客のため、8月ごろまでは営業を続けるという。(森健太郎)



◎北海道理容競技大会で穂積さんが優勝

 札幌市で15日に行われた「北海道理容競技大会」(道理容生活衛生同業組合主催)で、函館理容美容専門学校(中島眞之校長)2年の穂積弘平さん(19)が学生種目メンズ(第7部門)で優勝したほか、2年生の男女3人が上位入賞を果たした。4人は「うれしい」「さらに上を目指したい」と、今回の成果を励みに意欲を新たにしている。

 穂積さん以外の受賞者は同部門2位の対馬巨樹さん(19)、同3位の斉藤隆三郎さん(20)、学生種目レディス(同)2位の大坂明日菜さん(20)。

 同メンズ、レディスは男女とも学生ならでは独創性やざん新さを表現しながら理容技術を競う。優勝した穂積さんは「鳥がはばたくのをイメージした」というヘアスタイルに挑戦。左側のほほに鳳凰(ほうおう)のプリントをし、カールした毛先を異なる方向になびかせたのが特徴で、「誰もが目を引くヘアスタイルを考えた。狙った優勝ができて素直にうれしい」と喜ぶ。

 他の3人もユニークなヘアスタイルを完成させ、対馬さんは毛染めした髪を根元から毛先まで白やシルバーなど4色で色分け。斉藤さんは前へ流れる髪型、大坂さんは横髪のカットがそれぞれ印象的で、それぞれ力を出し切ったよう。

 穂積さんと対馬さんは同会場で行われた北理青年部主催のコンテストでもそれぞれ優勝、準優勝を果たした。

 4人は全国大会につながる別の道予選大会に向けて技術を磨いており、「全国に行きたい」と健闘を誓っている。(鈴木 潤)



◎平和の火 大阪のイベントで函館入り

 広島に投下された原爆の残り火を灯し続ける「平和の塔」(福岡県星野村)から分灯した「平和の火」が19日、函館市白鳥町のフリースペース「小春日和」(大野友莉主宰)に届けられた。採火式が行われた鎌倉から「火」を運んできた杉山晃司さん(20)=愛知県出身=は「この火の存在を多くの人に知ってほしい」と話している。

 平和の火は1945年、兵役中の故、山本達雄さんが原爆投下後、広島で書店を営む叔父を探した際、焼け跡から小さな炎を見つけ、星野村に持ち帰ったのが始まり。山本さんは自宅で火を絶やさず、68年には村が塔を建て、供養の火として引き継いだ。

 今回はこの残り火をともし、平和や戦争を考えるキャンドルナイトワンピース実行委(大阪)のイベントの一環。杉山さんは11日に鎌倉を出発し、ヒッチハイクで移動。携帯カイロで火種を持ち運び、16日に点灯場所として申し出のあった函館入りした。

 19日には、小春日和で数個のキャンドルに「火」がともされ、来店客らに披露された。点灯はこの日限り。杉山さんは20日に函館を発ち、札幌、余市に向かう。

 8月6日が誕生日という杉山さんは「原爆ドームに行ったことはあったが戦争について深く考えたことはなかった。何十年も火を守っていた事実に驚いた」と話す。3年前からこうした取り組みにかかわる大野さん(27)は「この活動で平和に対する意識が高まった。いろいろな人に伝えるため、来年も続けたい」と話している。(新目七恵)