2010年9月17日 (金) 掲載

◎ツール・ド・北海道 函館で開幕 競輪場で初の疾走

 国内最高峰の自転車レース「ツール・ド・北海道2010」(ツール・ド・北海道協会、日本自転車競技連盟主催)が16日、市営函館競輪場で開幕し、開会式に続いてプロローグ(個人タイムトライアル)を行った。同レースが函館市内で開かれるのは2004年以来6年ぶりで、同競輪場では初めて。市民らが、バンクを全力疾走する選手に声援を送っていた。

 24回目を迎えた今大会はオーストリアほか海外からの3チームに国内の企業、大学などを加えた計19チーム94選手が出場。20日までの5日間、道南から道央にかけての計25市町村で、計636`を駆け抜ける。道南を走るのは厚沢部町などを走行した07年以来3年ぶり。

 開会式では同協会の綿貫民輔会長が「自然豊かな北海道で力を発揮することを期待している」、西尾正範函館市長は「本道で唯一の函館競輪場で開かれることに感謝する。明日から沿道の観客にスピード、パワーを見せてほしい」とあいさつし、道地域選抜の山本幸平選手が力強く選手宣誓をした。

 プロローグは全選手が800b(2周)で競った。来場者は歯を食いしばって力走するのを間近に見て、好記録が出ると拍手を送っていた。この日は、西谷泰治選手(愛三工業レーシングチーム)が53秒01(時速53.0キロ)で優勝した。

 第2日の17日はロードレースの第1ステージが行われ、午前9時半に北斗市総合体育館前をスタート。国道227号の中山峠を走り、江差、乙部町を経て後志管内寿都町でゴールする(計218キロ)。これに伴い、選手通過予定時間は通行規制が行われる。(山崎純一)



◎ドクタージェット 道南地域で初運航

 重症の患者を都市部の医療機関に救急搬送する全国初の航空機「ドクタージェット」が16日、道南地域で初めて運航した。市立函館病院(港町1)に胃の疾患で入院していた生後2カ月の男児を函館空港から札幌市の丘珠空港までドクタージェットで搬送し、同市内の道立子ども総合医療・療育センター(同市手稲区)に収容した。函館空港から同センター収容までの所要時間は39分だった。

 ドクタージェットは、医学部を持つ道内3大学や救命救急センター、自治体、企業など約70団体で今年5月に立ち上げた「北海道航空医療ネットワーク研究会(HAMN=ハミン)」が運航。中日本航空(愛知県)の小型ジェット機を使用し、今月6日から10月5日まで丘珠空港を拠点に研究運航をしている。機内には複数の医師を同乗させることができ、搬送中の治療も可能。ヘリコプターが運航できない荒天時や夜間も出動できるメリットがある。

 ドクタージェットの運航は、釧路―丘珠、北見―丘珠に次いで今回が3例目。乳児らを乗せた救急車は同日午前9時、函病を出発した。30分後に函館空港に到着し、搭乗手続きなどをした後、同9時57分同空港を離陸。同10時23分には丘珠空港に到着し、その後、札幌市消防本部のヘリコプターで搬送、10時36分に同センターに収容された。

 機内には乳児のほかに母親と函病の小児科医、救命救急センターの専門医、同航空機専従の医師も同乗した。同研究会は「患者の引き継ぎも含めトラブルなくスムーズにできた」と述べた。

 乳児は北斗市内に在住し、14日に別の医療機関の紹介で函病に入院。胃の出口部分が狭まり、ミルクなどを飲んでも嘔吐を繰り返す「肥厚性幽門狭窄(きょうさく)症」と診断された。

 函病で手術は可能だったが、乳児の麻酔処置と、術後に新生児特定集中治療室(NICU)での治療ができる同センターへの搬送が望ましいと判断し、ドクタージェットを手配した。函病によると、過去に公的機関の航空機で緊急搬送したケースはあるが、民間機では初めて。

 今回のドクタージェットの運航に、救命救急センターの武山佳洋センター長は「一刻を争う救急医療にとって安全で安心な搬送手段があるのは心強い」と話している。(鈴木 潤)



◎箱館奉行所 オープン50日で10万人突破

 箱館奉行所(加納裕之館長)の入館者数が16日、7月29日のオープンからちょうど50日目で10万人を突破した。オープン効果や夏休み期間と重なったことなどが影響し、当初見込みよりも1週間早い達成となった。同奉行所は「和建築の趣ある雰囲気が来館者の心に響いているのでは」と好調な集客数の要因を分析する。

 10万人目となったのは、青森市から来場した小形圭史さん(27)。妻の洋子さん(29)と長男の悠大ちゃん(2)と訪れた。小形さんは館内大広間の「壱之間」で、同奉行所の指定管理者「名美興業」の阿相博志社長から記念品の贈呈を受けた。小形さんは「記念すべき10万人目でびっくり。往時の姿を再現したと聞き、前から来てみたかった」と話していた。

 同奉行所の来館者数は7月が6673人、8月は6万5843人だった。アンケートの調査結果によると、訪れた人の割合は道外が約37.5%、道内が約35%、市内居住者が約28%。

 9月は修学旅行など団体利用が大きく伸びたほか、遠足などで市内の小学生が訪れる姿が目立つという。初年度の入館見込み数は14万7000人としており、同奉行所は「現在も多くの人が来館してくれている。見込み数も10月中には達成可能」と話す。

 同奉行所は国の特別史跡「五稜郭跡」に、2006年から4年の工期を経て完成。解体前の古写真や発掘調査、古図面、文献資料を基に、当時の資材や工法をできる限り使用。総工費は約28億円。幕末当時、約2700平方メートルあった同奉行所の3分の1に当たる、約1000平方メートルが復元された。(山田孝人)


◎イカ 今年は獲れない年? 暑さだけが原因じゃない… 「自然の周期」と意見も

 6月に解禁された函館近海のマイカ漁が昨年に続き低調だ。函館市農林水産部によると、9月10日現在の市水産物地方卸売市場での取扱高は1636トンで、不漁だった昨年よりも同期比で92トン多い。平均市場価格は1キロ329円で、同じく前年同期より61円高い。市場関係者は「数字だけだと良くないが、一方的に『不漁』と決めつけたくない。自然条件が影響している」と語り、研究者からは「漁の不調は周期的なもの。急に資源がなくなったわけではない」との指摘もある。

 解禁直後は水温が低く、来遊の上昇に遅れが出ていた。7、8月は猛暑で水温は上昇した一方、しけが少なく表面に熱さがこもり、イカが好む12―23度の好漁場が少なかったことが不漁の一因とされる。改行 ただ、記録的な暑さだけが不漁の原因とは言えないようだ。道立函館水産試験場によると、豊漁と不漁は自然の周期によるものが大きいという。担当者は今年の漁について「今は高水準期の中での不漁」と分析。ピークとなった1997年は渡島全体で8万5804トンの漁獲量があったが、近年は3―5万トンで推移している。

 道の統計では、10―20年前後の間隔で豊漁と不漁が繰り返されている。ある漁業者は「不漁、不漁と騒ぎ立てるのではなく、資源の浮き沈みを把握することが重要。不漁が先行して消費者が混乱することだけは避けたい」と強調する。  道南では例年、秋にかけて定置網漁が最盛期を迎える。南茅部地域では、マイカが一日で300―500トン入ることもある。同市場が取り扱う2、3カ月分を数日で塗り替える水揚げ量だ。

 同試験場は「南下するマイカが入れば、今の不漁具合を盛り返すことはできる。来遊数は少ないかもしれないが、大きさで十分巻き返すことも可能」としている。(田中陽介)


◎特養ホーム幸成園 バナナの木に実がついた!

 函館市桔梗町435の特別養護老人ホーム幸成園(廣正賢治施設長)にあるバナナの木が初めて実を付け、職員や入所者を驚かせている。

 同施設によると、バナナの木は10数年前に購入し、1階ホールに観賞用として配置していた。今まで花が咲いたり、着果しても数a程度にしか成長しなかったという。記録的な暑さの今年は8月中旬から次々と10センチ以上の実を付けた。実は青みがかった黄緑色をしているが、房状にたくさんの実を付ける出来となった。

 バナナは東南アジアなどの熱帯域が主産地で、寒冷な北海道では栽培は不向きとされている。今年の函館の8月は30度を超える真夏日が11日と、平年よりも気温の高い日が続いた。ホールには冷房機器を設備してないこともあり、暑さがバナナの成長を促したようだ。

 廣正施設長は「今年の暑さを象徴する出来事。これだけ実をつけたのはびっくりです」と話している。(鈴木 潤)