2011年3月25日 (金) 掲載

◎被災地でカレー炊き出しへ キッチンカー函館港出発

 東日本大震災の被災地にカレーを届ける「1万人への炊き出しプロジェクト」を、札幌の企業が企画。調理の機能を担うキッチンカーが24日、道民の気持ちを乗せて函館港から出発した。宮城県気仙沼を目指し、現地で道産食材を使ったカレーを調理、提供する計画。函館市港町の青函フェリー乗り場では、市内の協賛企業の関係者らが見送った。

 農業関連サービスのマングローブ(札幌、竹本修社長)とHMカンパニー(同、林英邦社長)が企画した。一般や企業に広く協力を呼び掛け、約300人が資金面や野菜などの物資を提供。車両には既に3000人分のカレーの材料や、乳児用のミルクなどを積み込んだ。カレーは幅広い年代の人に好まれることから選んだ。

 被災地には竹本さんと友人の阿部将晶さんの2人が行くことに。車両は23日夜に函館入りし、フェリー乗り場には資金面で協力した齊藤建設(函館市田家町、齊藤大介社長)の社員ら10人が駆け付けた。キッチンカーの車体には協力者の「希望」や「応援しています」といったメッセージが書き込まれ、同社の社員らも思いをつづっていた。齊藤一三会長は「少しでも役に立ちたいという気持ちです」とした。

 車両は青函フェリーで青森入りし、被災地を目指す。出発を前に竹本さんは「交通事情が分からず問題はあると思うが、とにかく早く皆さんに笑顔を届けたい」と話していた。(小泉まや)



◎医療支援 全力で 国立函館病院の医師ら4人被災地へ

 国立病院機構函館病院(函館市川原町18、石坂昌則院長)は25日、医師ら4人で編成する医療班を東日本大震災の被災地の宮城県仙台市に派遣する。同機構本部などの要請を受けて派遣を決めた。28日まで現地に滞在し、避難所の傷病者の診療に当たる。(鈴木 潤)

 医療班は、岩代望呼吸器外科医長、石田千春看護師、若杉太朗保健師、曽我理・経営企画室長。一行は25日朝、函館発青森行きのフェリーに乗船し、青森港から陸路で仙台市内にある同機構仙台医療センターに移動。同センターの指示に基づき、26日以降近隣の避難所に赴く。医薬品や医療器具、メンバーの生活物資を持参し、医療活動を展開する。

 大震災発生後、機構本部が全国の系列病院に被災地への派遣を打診していて、函館病院は名乗りを上げていた。医療班は同病院で有事に備えてもとから編成していたメンバーで、4人とも志願してメンバーになったという。

 被災地の医療現場は災害派遣医療チーム(DMAT)の救護活動のほか、被災前からの疾患者や体調悪化した被災者への医療も求められ、医師や看護師らの確保が急務の状態という。

 岩代医長(52)は「現地で支援に当たりたいという病院職員の思いを受け止めながら臨む。4日間という短い期間だが、自分たちができることを全力で取り組み、次の医療班に引き継ぎたい」と話している。



◎公立小中学校で本年度修了式

 道南の多くの小中学校で24日、本年度の修了式が行われれ、1年間の学習を終えた児童らが春休みを迎えた。

 函館千代田小(鎌田芳樹校長)では、体育館に全校児童が集合。各学年で数名ずつステージに上がって「漢字をたくさん覚えた」「英語の授業が楽しみ」など、この1年間でできるようになったことや来年度頑張りたいことを発表した。

 加藤校長は各学年の代表生徒に修了証書を手渡し、「自分が成長できるようになったことを発表できるのは、素晴らしいこと。この1年で頭や心、体すべてが成長できたと思います。学年が上がっても、今まで学んだことを大切に頑張りましょう」と語りかけた。

 修了式に続いて離任式が行われ、本年度で退職・転出する教諭6人があいさつした。児童らは目に涙を浮かべながら卒業式で歌った思い出の曲「手のひらをかざして」を合唱。最後に手をつないでアーチを作り、離任教諭を見送った。

 新年度はほとんどの小中学校が4月6日に始業する。(堀内法子)


◎道知事選 4氏届け出 統一地方選スタート

 【札幌】第17回統一地方選のトップを切って道知事選が24日告示され、予想された4氏が立候補した。4候補は札幌市内で第一声を上げ、4月10日の投票日に向け、17日間の舌戦に入った。

 立候補したのは、届け出順に前道議会副議長の鰹谷忠氏(60)=無所属・新=、共産党道委員会常任委員の宮内聡氏(48)=同・同、共産推薦=、高橋はるみ氏(57)=無所属・現、自民、公明推薦=、元農林水産省大臣官房企画官の木村俊昭氏(50)=同・新、民主、社民、国民新党推薦=。

 各候補は届け出を済ませた後、事務所前、道庁周辺、大通公園で午前9時前後から第一声を行った。

 今知事選では、5兆7000億円もの借金を抱える道財政の立て直し、景気・雇用対策、地域医療問題などが争点。東日本大震災や福島第一原発の事故の発生を受けて、危機管理対策、道内被災地の復旧・復興策、道防災計画の見直しも論点に浮上している。

 政権交代後初の統一地方選となり、自民推薦の現職高橋氏と民主推薦の木村氏の両陣営の攻防が選挙戦の軸になる。

 ■鰹谷忠氏

 午前9時5分すぎ、大通西4で第一声。大半を東日本大震災に絡めた安全・安心の北海道づくりに費やした。

 「道と東北の歴史やつながりを考えると、このような中で選挙戦をすべきでないと訴えたが道に受け入れてもらえなかった」とし、「決まった選挙期日を守らなければならないとする道の行政は温かみに欠けている」と批判した。

 「今一番大切なのは道民の命の問題。道内には携帯電話やラジオ、消防のサイレンが聞こえない地域があり、その現状に沿った道の防災計画の見直しが必要。原発は道内にいらない」との持論を展開した。「食料と備薬品は空港周辺に備蓄するなど安全・安心の北海道づくりを約束する」と強調した。

 「道の財政健全化や、雇用、経済の確立、地域医療の確保、北海道の未来をどうするかが焦点」とし「水資源を活用した道内の活性化も必要」と訴えた。 かつや・ただし 1951年、網走管内小清水町出身。小清水高校卒後に郵便局勤務。網走市労働組合協議会の事務局長、副議長を務め、1987年に道議に初当選。2007年5月から09年6月まで道議会副議長。

 ■宮内聡氏

 午前8時50分、道庁北門前で第一声。「TPP(環太平洋連携協定)参加反対」「チェンジ」の横断幕やのぼりが掲げられる中、「暮らし・福祉を大切にして、災害から道民の命を守っていく。道政を大本から切り替えられるのは私しかいない」と訴えた。

 自民・公明道政を「公立高を次々と統廃合、国保料・補助金をゼロにして保険証を取り上げた冷たい道政」と批判。「道民の税金を福祉と中小企業に使う。道補助金を復活、国保料を1万円引き下げる」とし、小学校卒業までの子供医療費無料化、中小企業条例や住宅リフォーム条例の制定を訴えた。財源はダム建設中止や大企業補助金の半額化などで確保するとした。

 東日本大震災以前から泊原発の問題点を指摘、改善を求めてきたと強調。「北海道には知恵も力もある。一人一人が輝く北海道を一緒につくろう」と聴衆に呼び掛けていた。

 みやうち・さとし 1963年、小樽市出身。北星学園大を卒業後、北海道勤労者医療協会に勤務。1996年から2010年まで国政選挙に6回、07年の知事選にも共産党公認で立候補し、いずれも落選。

 ■高橋はるみ氏

 午前8時20分、大通西10の事務所で必勝祈願の神事を行い、同9時から事務所前で第一声を行った。改行 自民党の町村信孝、武部勤両衆院議員、札幌市長選候補予定者の本間奈々氏らの応援演説の後、マイクを握った。

 「今の差し迫った危機、大震災への対応をしっかりやっていかなければならない。水産業をはじめとして、道内にも多くの被害があった。この復旧、復興をしっかりやりたい。泊原発の安全対策も道民の視点に立ってやっていく」と防災対策重視の姿勢を強調。

 「8年間培ってきた知識、経験、道内外の人的ネットワークなど、そのすべてを活用し、全力で対処したい」とアピールした。

 「北海道のどこに住んでいても人々が支え合う地域づくりの重要性を、震災の対応の中で改めて認識を深めた。すべてのエネルギーをささげる覚悟」と決意を表明、遊説へ向かった。

 たかはし・はるみ 1954年、富山県出身、一橋大学卒。旧通産省(現経済産業省)に入省し、北海道経済産業局長などを歴任した。2003年に道知事選初当選、07年には173万票を得て再選を果たした。

 ■木村俊昭氏

 午前9時ごろ、道庁東門前で第一声。竹内實後援会長、上田文雄札幌市長らの応援演説に続いてマイクを握り、「地域が元気にならないと北海道は元気にならない。自主自立、地域主権の北海道政府をつくる」と訴えた。

 高橋道政の8年間で道民所得が下がり続け、道債残高も7000億円増の5兆7000億円に膨らんだと指摘。北海道の活性化には「1次産業を元気にし、付加価値をつけて加工、3次産業につなげる。地元の企業が関われる仕組みづくりが肝心だ」と力を込めた。

 小樽市職員時代にまちづくりに携わった経験や実績を基に、「頑張っている地域をサポートするのが道庁の役割。国の出先機関ではない」と強調。地域の命を支える医師不足の解消も掲げ、「道民の命と生活をしっかり守る」と声を張り上げた。

 最後はガンバローコールで締めくくり、遊説に向かった。

 きむら・としあき 1960年、オホーツク管内遠軽町出身。法政大を経て、1984年に小樽市役所入りし、企画政策室主幹などを歴任。2010年6月ら農林水産省大臣官房企画官を務め、1月に退職。