2014年3月27日 (木) 掲載

◎大間提訴 市議会が可決 関連予算など全会一致

 函館市議会は26日の本会議で、国と電源開発(東京)を相手取り、大間原子力発電所(青森県大間町)の建設差し止め訴訟の可否を問う議案を全会一致で可決した。自治体が起こす原発差し止め訴訟は全国で初めてで、工藤寿樹市長は4月3日、東京地裁で提訴に踏み切る。

 可決された議案は、同原発の建設差し止めと原子炉設置許可の無効確認を求める訴訟提起への同意のほか、新年度補正予算に訴訟費用391万円を計上する2件。採決では市民クラブの小野沢猛史氏と井田範行氏が退席した以外、全議員が賛成。地方自治法では自治体が提訴するには議会出席議員の過半数の賛成による議決が定められており、この日の可決によって条件が整った。

 市長は建設が再開された2012年10月に提訴の意向を表明。河合弘之弁護士(東京)ら10人と契約を結び、12年度には訴訟費用約2300万円を計上し、準備を進めてきた。

 訴状要旨では電源開発に対し、福島第一原発事故を踏まえ、事故が起きると自治体崩壊の危険性があると指摘、地方自治体が崩壊を防ぐ権利を訴えの根拠とする考え。国に対しては、原発事故前の基準に基づいて大間原発の設置許可を出したことを理由に、許可の違法性を主張する。

 同市長は定例市議会閉会のあいさつで「国に対する訴訟提起は、私もそうだが議員の皆さんも大きな悩みがあったと拝察している。多くの議員がこの街を思い、市民を思う強い気持ちで決断された勇気と行動に、心から敬意を表する」と述べた。

 議決を受けて同市長は来月3日、自ら東京地裁に提訴した後、会見を予定。正副議長と市民クラブを除く各会派の代表者が同行する。

 同市長は議会終了後の会見で「政府に要請もしたが聞いていただけず、最終的に提訴に至った。議員は政治的な立場を異にするが、一致団結して可決いただき、心強い」とした上で「問題が片付いたわけではない。地域をあげて頑張り、建設凍結を勝ち取りたい」と述べた。(千葉卓陽)



◎函館5月2日、松前4月27日 サクラ開花予想日

 【函館、松前】日本気象協会は26日、全国のサクラ開花予想日(6回目)を発表した。函館は平年より2日遅い5月2日、江差は同じく同3日としている。満開日は、函館は同6日、江差は同7日としている。また、松前町商工観光課は同日、独自に予想した町内のサクラの開花予想日を発表。早咲きのオオヤマザクラは4月27日、ソメイヨシノは5月1日など、平年並みか1日遅れと予想している。

 同町には250種、1万本のサクラが植えられており、道内で最も早く楽しめることで、毎年松前公園などに大勢の花見客が訪れる。日本気象協会ではソメイヨシノで予想を発表しているが、同課では1977年から同協会などの発表資料を参照し、早咲きのほか、雨宿(あまやどり)、ウコンなどの中咲き、一葉(いちよう)、普賢象(ふげんぞう)などの遅咲きで計9種と、フユザクラ、光善寺の血脈桜(南殿(なでん))で予想を発表している。

 今年は3月下旬から4月中旬にかけて高温ぎみになることで、それぞれの開花予想日を決めた。今後の気温によって予想に変更があった場合、改めて発表する。

 各品種の開花予想日は次の通り。

 ◇早咲き▽オオヤマザクラ=4月27日▽ソメイヨシノ=5月1日▽南殿=同2日

 ◇中咲き▽雨宿=5月4日▽糸括(いとくくり)=同5日▽ウコン=同8日

 ◇遅咲き▽一葉=5月10日▽関山(カンザン)=同11日▽普賢象=同13日

 ◇そのほか▽フユザクラ=4月10日▽血脈桜=5月1日

(山崎純一)



◎317人新たな一歩へ 北大水産学部卒業式

 北大水産学部(嵯峨直恆水産学部長)は26日、ロワジールホテル函館で、卒業式に当たる学位記授与式を行った。学部生203人と大学院生114人合わせて317人が、新たな社会や勉学の道へ一歩を踏み出した。

 学生は華やかなスーツやはかま、着物を着て式に臨んだ。嵯峨学部長が学士と修士の学位記を、山口佳三総長が博士の学位記をそれぞれ手渡した。

 山口総長が告辞で「生涯にわたって学ぶ姿勢を身に付け、常に社会と向き合って歩んでほしい。夢と勇気と大志を持って新しい船出をすることを祈念します」と励ました。

 「都ぞ弥生」を歌って学生生活に別れを告げ、応援団も卒業生に力強くエールを送った。新山匠さん(22)=青森県出身=は「あっという間の4年間で楽しかった。4月からは就職するので、責任を持って行動できる社会人になりたい」と話した。

 例年は函館キャンパス講堂で行っていたが、今年は改修工事のため会場を変更した。(山崎大和)


◎人や物 思い出運ぶ 「江差線」語り合う

 【江差】5月11日限りで廃線となるJR江差線木古内—江差間について語り合う「語り継ぐ江差線」が26日、町内で行われた。沿線の住民や元駅長らが思い出を紹介した。

 文芸誌・江さし草会と江差学運営委、町教委の主催。江差と上ノ国、木古内の沿線3町のほか、函館市からも江差線に関わりの深い関係者9人が座談会に臨んだ。

 木古内町の元農家川瀬盛美さん(81)は、木古内・吉堀駅から江差の中学・高校に通い「5時半の汽車なので早起きが大変。でも弁当や朝ご飯を用意するおふくろはもっと早くに起きなければならず、一番大変だったと思う」と母親の愛情も懐かしんだ。

 また汽車に乗り遅れそうなときに「『待ってで!』と叫んだら停まってくれて、後ろの客車に乗ることができた」と青春時代を紹介した。

 座談会では、除雪の行き届いた江差線の線路が地域生活を支えた点や子どもたちの遊び場だった—など、「人や物だけではなく思い出も運んでくれた。線路が無くなっても風景や人々の思いは残る」と鉄路の功績を振り返った。(田中陽介)